B  ロボット登場

episode B-1 ZTコンピューターの声

 誰かのためになりたい。

 僕がそう決意した一週間後、自分の役目のつもりか動物が盛んに遠吠えしている。時間だけを持つ僕はZTコンピューターや地下室だけでなく家中、勉強用のパーソナルコンピューターも含めて可能な限り調べたが、有用な情報は見つからなかった。ただコンピューターには僕に入れない領域があり、生前のお父さんやお母さんが何も知らない娘に全てを開示するはずもないから、僕に入手できない秘密が残っているのは間違いなかった。

 そんな憂鬱な昼下がり、僕は陽の当たらぬ地下室でZTコンピューターの前に腰を下ろしていた。電源は入っている。この怪物が本当は横幅二メートルにとどまらぬ巨大な一連の機械群だということは僕も理解しており、例えば本体左奥には多数のコードでつながれた黒い円筒が四つ並び、逆の右手前、太い二本の管が突き刺さった金属製の箱は高さも二メートル超え。立ち上がって正面の扉を引っ張り開けようにも、数ミリの緩みからがたがた鳴るだけで開いてはくれない。鍵穴もないのにロックされているようだ。

 これ、僕が隠れられそうだけど。僕はこちらも金属でできた扉をかんかんたたき、大きな縦長の長方形に小さい正方形とその上に二等辺三角形が載った不思議な形に首をひねった。もちろん家の中に凶暴で騒々しい動物たちはおらず、隠れる必要はない。

 もう……、やんなる!

 つかみにくい取っ手を引っ張るのをやめ、僕はため息をついて誰もいないことを再認識する。いいかげん気鬱に浸るのはやめようと何度も思うのだけど、最大限にある時間と全くない話し相手が僕を傷つけてやまないのだ。

 はあ、ため息をくり返した直後だった。

『無理矢理こじ開けないでください』

「へっ?」

 電子音じゃない。男声、お父さんの寝起き程度には抑揚があり、驚いた僕は「え……、ゔゎっ」と椅子もろとも後ろに転んでしまう。ちょっと、頭ぶつけたじゃないか! しかも保存していた僕や両親の声を再生したのではない、機械が僕の知らない声で――もしかして自分の意思でしゃべった?

『あなたは誰ですか?』

 起き上がった僕に続けて聞こえてきたのはどうやら本体ディスプレイ横のスピーカーから。こんなことは初めて、ディスプレイ上の表示に変化は見られない。機械で合成した音声ならもっと電子音っぽくなりそうだが、僕の正面にたたずむ巨大なZTコンピューターには可能なのかもしれない。

「えっ、僕は……」

 怯んだ僕が名乗り始めた時、『只今測定したあなたの性質データを保存します。名前を提示してください』とスピーカーが言った。もう逃げられないらしい。

「僕は――、牧野、さく、桜……だけど」

 自分がいたく緊張しているのが分かる、久し振りにまともにしゃべった気がする。ZTコンピューターはがががじじじじと内部で微弱な雑音をたて続け、どんな処理をしているのだろうと思いを巡らせる僕に『分かりました。性質データを――』と告げて停止。

 うん? どうした、処理につまずいて困っているのか。機械に人格があるかのように考える自分に、僕は孤独だなとより哀しくなってしまう。でも相手がしゃべりだしたんだから、ねえ。その〝相手〟は雑音を止めずに作業は続けているようだけど、僕が再び扉に近づくと、

『エラーです。エラーが発生しています』

「エ、エラー……?」

 びくりとした。直せないコンピューターが壊れたかと思った。

『性質データを保存できないため、重複の可能性があります。情報を照合しています――はい、結果が出ました』

 速い! そして予期せぬ変化。

『――何だ、桜か。もう登録されてるね』

 声の調子、口調が変わった。人間様に向かって「何だ、桜か」とは生意気な。軽く腹を立てた僕は例の金属扉に手をふれ、どうせ乱暴な言葉遣いで警告してくるんだろうと本体に流し目してみせる。

 ところが、扉はあっさり開いた。

「うそっ」

『ああ、桜になら見せてもいいね』

 ZTコンピューターが言う前に僕は見ていた――一人の「人間」を。

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