episode A-2 愛と別れの手紙

 コンピューターのディスプレイと机の間で手紙を見つけたのは、僕が孤独を味わわされるままに三日を過ごした蒼い晩のこと。月光が狙ったように僕を射抜き、生意気な少女が知らなかった両親喪失の恐怖が強まっていった。金色の魚のように他の動物はいるものの、この星にはもう僕しか人間はいないのだから。

「三日って、早かったのかな……」

 淋しく泣いていた僕はやっとのことで手紙を顔からどけ、それでもまだ手紙の全文を読む力は出せなかった。次の段階に進むのが怖い。たとえ哀しい現実を半ば認めた状態であろうと、書かれた言葉によって二度と戻れない最後の一歩を踏む度胸はなかった。

 僕は苦しい息を吐いて目を瞑る、書かれた紙の心地良さが哀しい。思い返してみれば、最近のお父さんとお母さんは調子を崩して寝込んだり僕に内緒で相談や喧嘩をしたり、病気とは限らないが娘として注意しておくべき点は一つならず存在していた。といって僕に心配させたくなかった両親の想いも分かる――ああ僕は、どうしてこの日が来るまで何にも気づかなかったんだ、今回の失踪に至る可能性もこれまで全ての愛も。ねえ桜、親孝行って知ってる? 僕は二人に愛されていた。過去から現在いや未来の僕への素敵な贈り物、どんなに毎日が憂鬱でも〝もらった分〟だけで十分幸せな娘だった。なのに僕は……、

 ぼろぼろの紙がふわわっと舞って床に落ちていく。視線が床の紙に向かい、もう読まずにはいられなかった。


親愛なる桜へ


元気かな? お父さんからの初めての手紙になるね。

まだこのままの形で読んでもらうか分からないけど、

いつか必ず知らせなきゃいけなくなることがあって。

お父さんとお母さんは病気だ。感染力の強い病気で、

潜伏期間が長くてその間は大丈夫だけど、発症すると

すぐにお別れしなければならない。

桜のことを思うと悲しいし、悔しいよ。許せないよ。

ごめんな。ごめんなさい。だめなお父さんだよな。

自分たちが死んでしまうことは前から分かっていて、

それほど悲しくないけれど、桜のことは心配なんだ。

桜がひとりになってしまうのがとてもとても悲しい。

桜にはできるだけ不安にならずにすごしてほしいから

ぎりぎりまで知らせたくないけど、もし早まったらと

心配だから、最低限のメモを残しておくことにした。

お母さんには反対されちゃったけどね。

この、前もってのメモは簡単には見つからないけど、

ひとりになった時に頑張って探せば見つかる場所に置

いておくね。

生きていく方法はZTコンピューターに書いておく。

桜は感染しない病気だから心配しなくていいからね。

かわいい桜へ、愛してるよ。本当に深く愛してる。

まだ終わりが来たわけじゃないのに泣きそうだ。

ごめんな。ひとりになっても頑張るんだぞ。


          桜が大好きなお父さんより


 さ、最悪だ……。

 目の前が暗くなった。僕の心配は現実のものとなった。見慣れた優しい文字が斜めに揺れ、次々浴びせられる衝撃に再び泣きだす僕。負けじと最後まで読み終えはしたものの、もはや真実は変わらない。

 お父さんもお母さんも――、死んだから帰ってこないのだ。

「ほんと、死んじゃったんだ……」

 思わずもれた声がかすれないのが不思議なくらい。僕は手紙に書かれた最後の一行の通り「ひとりになって」しまった。両親の死、二人の大切な存在から貴重な命が奪われた哀しみは僕の胸を荒々しくえぐり、自分の未来も不確かなものとなった。

「頑張れって――、どうしたらいいんだ」

 しばらくひざまずいて動けなかった僕は床にたたずむ白い紙を拾い、静かに身体を起こした。思ったより内容が濃かったメモ――各文字はお父さんの筆致であり、左下の署名を見てもお父さん単独の訴えと分かる。途中に「お母さんには反対されちゃった」とあるから、例の口喧嘩はやはりこれが原因だったのだろう。病気と失踪、そして永遠の別れ。死の病だったことを除けば確かな証拠はないけれど、僕が過ごした三日間の淋しさにはもう十分な力があるように思えた。三人家族がつましく暮らすだけのこの星に医者はいない、病院なんかない。治すことはできない。そしてその前に人がおらず、今の僕は本当の本当に孤独だった。もしやこの星には他にも人がいて、皆病気で消えていったのだろうか。そんな話は全く知らない。

「ああ、あーあーあー、あー……」

 いくら叫ぼうと聞いてもらえない大声をあげる僕、騒音が騒音にならない。

「ううぅ、あーあーあーあーっ!」

 薄暗い部屋で反響する牧野桜の哀しみ。これまで触りもしなかったZTコンピューターの陰に「天国からのメッセージ」を発見したのは未来への第一歩だが、遺された僕に必要なのは生きることより生きる意味を教えてくれる〝誰か〟だった。きっと両親を疎ましく思っていた僕にばちが当たったんだ。そう、親孝行、僕はまだ何もしてないのにお父さんもお母さんも死んでしまった。

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