A 突然の孤独
episode A-1 初めての経験
最初に見つけたのは一枚の紙だった。その簡素すぎる知らせに僕はお父さんもお母さんもますます嫌いになりそうだったけど、つい目をやった最後の一行が僕の〝好き嫌い〟をふっ飛ばしてくれた。
ごめんな。ひとりになっても頑張るんだぞ。
ひえっ、ひとり――独りになっても?
そんな……、やめてよ嫌だよ。すでに心を破壊しつつあった大いなる不安にたった一行が鋭く突き刺さる。震える両手で白く手触りのいい紙切れはあっという間にくしゃくしゃ、僕は瞼に載せてぬらさずに泣いた。
「
僕が手紙を見つける三日前の朝だった。食事をとっていたお父さんがやせた頬を肉でふくらませ、台所で咳をするお母さんと強引に目配せしてあきれる僕に握りこぶしを見せた。お父さんの手を離れ、皿をすべるスプーン。ご機嫌取りはもう飽きた。僕は使い古したさび色のため息で返事の代わりにし、親というものがいかに重くて面倒くさい代物か人に訴えたくなる。誰でもいいから僕の憂鬱を癒してほしかった。
「どうした、桜。大きな水槽が邪魔だって言ってたじゃないか。やっとまた使えるんだぞ? 金色の魚が隠れてるきれいな川が見つかったんだ。あそこはいい、取り囲む虫の声もほんと心地良かった。水鳥が騒いでたけどな」
無邪気に瞳を輝かせるお父さん。僕は水槽を排除したいくせに何度か小さくうなずき、自分でもつかみづらい娘の本音をごまかしてみせる。だいたい「虫の声」って何? 雑音じゃない。僕の憂鬱は余計につのり、心の奥で「誰か!」と悲鳴をあげていた。しかし例えば僕の名前は
この家を出たといえば、お父さんとお母さんは金色の魚の話をした午前中が終わる前にそれぞれ出掛けていった。二人別々の目的異なる時刻、行き先も違っていて不機嫌な僕は警戒も心配もしなかったけれど、気がついたら帰ってこない二つの影を頻繁に思い浮かべていた。
「何だろう、この胸……」
どうにも気持ちが悪く、視線の先には窓ににじみながら沈む紅の夕陽。やがて訪れた保護者がともに不在の夜は記憶にある限り初めての経験だった。
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