ただ生きていただけなのに

白川津 中々

 趣味もなにもなく、仕事と一次欲求を満たす生活を何十年も続けていた。


 出勤、仕事、帰宅、食事、睡眠。合間に排泄やら身だしなみやらを整える。決められたパターンで動いて時間を使っていると、最初は自我の淀みや焦燥を感じていたのだがそれも慣れていき、この閉じた生活の中で何事もなく生きていきたいという想いだけがあった。しかしそんな細やかな願いは簡単に打ち崩される。


 倒産。


 勤めていた会社が破産してしまった。

 周りの人間は「早く次を見つけるか」と気楽に、なんなら楽しそうにそう口にしていたのに対し、俺には絶望しかなかった。これまでやってきた仕事は誰にでもできるもの。俺の代わりは幾らでもいる。俺を欲するような会社はどこにもない。不適合者として、自室に籠る日々。僅かな貯金を切り崩していくと忘れていた焦燥が蘇る。なんとかしなければ生きていけない。なんともならないから生きていけない。貯金額が減っていくのが死へのカウントダウンに思えた。残り何か月、何年生きていられるのだろう。そう思いながら布団の中で震える。誰の迷惑になるでも何か特別なものを望んでいたわけでもないのに、善良な市民として生きていたのにどうしてこんな不幸な目に遭わなければならないのかと考える。世界は理不尽だ。俺には何もないのに、更に奪っていく。周りの人間は楽しそうに笑っているのに、沢山持っているのに、俺だけから……



 不安が強く、胸が痛く、苦しく、時間が早く過ぎていく。

 残りの貯金額を見る。心許ない命の灯。終わりの到来が予見される。




「なにをすればいいんだろう」




 そんな間抜けな言葉を落とす。何もない俺にその答えは分かりそうにない。

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