鳴かぬ蛍が身を焦がす

富田 りん

短編

「た、高梨さん…」

「ああ?」

「あの、いったいどちらへ…?」


 高校からの腐れ縁であるこの男・高梨たかなしの運転で、暮れなずむ山の中をドライブ中。…なんて、そんな楽しい気分ではない。


 大学の課題に取り組んでいた、土曜日の夕方。

 いきなり電話してきたかと思えば、こちらの都合など聞かずに、暇だろ?ちょっと付き合え、ときたもんだ。

 迎えに来た高梨に、どこに行くのかと訊ねたが、返事はなし。代わりに、色気のねえ格好だな、と鼻で笑われた。

 そんな私のスタイルは、Tシャツ、パンツにスニーカー。どこに行くかわからないのだから、これが一番妥当だろう。


 それにしても、相変わらずの自己中っぷりである。

 文武両道で真面目な優等生。

 高校の頃から、高梨に対する周囲のイメージはこうだ。顔も整っているため、かなりモテていた。

 しかし、実際腹の中は真っ黒。利己的で、格下の者を嘲笑っているような奴だ。

 恐ろしいのは、気に入らない人間や邪魔になりそうな人間は、ご自慢の頭脳を駆使し、尽く排除してきたこと。

 いじめなどではない。なぜか相手が自爆する。そういう方向へもっていく。

 高梨が糸を引いていると、バレたことは一度もないのだから、天晴れである。


 自慢じゃないが、私は昔から人を見る目だけはあった。だから関わらないようにしていたのに、逆に目をつけられた。

 いつの間にか格下認定され、今日こんにちまでバカにされ続けているのだ。

 たまに窮地を救ってくれるもんだから、味方にしておいて損はないかと、ずっとつるんでいる私も私だが。

 しかし、どうして高梨が、私の前で本性を曝け出すようになったかは、忘れてしまった。




 色々思い返している間にも、どんどん人里離れた方へ。

 太陽が沈むのに合わせるように、山の奥へと入っていく。

 その間会話はなし。

 冒頭の質問への返事もない。


 これは、いよいよ殺されるんではないだろうか…。


 高梨を怒らせたことなら数知れず。思い当たる節しかない。積もり積もって、もういっそやっちまおうと…。


 あり得る…。


 こいつなら、絶対バレないよう、完璧な犯行をするに違いない。


 いや、怒らせたと言っても、私だけが悪いわけじゃない。

 高梨にも非のあることはいくつもあった。

 もし本当に私を葬るつもりなら、完全犯罪が暴かれるよう呪ってやろう。


 よし。……じゃない!

 まだ死にたくないよ…!


「着いたぞ。おりろ。」


 悶々としていると、いつの間にか車は、開けた場所に止まっていた。どうやら、ちゃんと整備された駐車場らしい。辺りは暗くなっていたが、他にも何台か止まっているのは、確認できる。


「こっちだ。」


 今のうちに逃げるべきか迷ったが、すぐに捕まってしまうことが容易に想像でき、諦めて降車。

 高梨は、私が隣に来たことを確認し、歩を進めた。





 少し歩くと聞こえてきたのは、水の流れる音。

 どうやら、その音の方へ向かっているらしい。

 足場の悪い道へ差し掛かるとき、


「ほら。」


 と、手を差し伸べてくれる。


 不覚にもときめいてしまった。


 そこから先は、舗装されていない、道とは言えない道を行く。

 すると現れたのは川。水の音は、この川のせせらぎだった。


「ここは?」

「見てみろ。」


 高梨が向こう岸を指差す。

 ただ木が繁っているだけ。


「なにもないじゃん。」

「よく見ろよ。」


 もう一度目を凝らしてみると、小さな光がついて、またすぐに消えた。

 それが何度か、高梨が示した方向で繰り返される。


「もしかして、ホタル?」

「ご名答。」

「うわぁ…!」


 殺されるかもなんて考えはどこへやら。

 すでに頭は、蛍のことで埋め尽くされていた。

 目が慣れてくると、他にもたくさんいることがわかる。

 飛びながら光っているもの、とどまって光っているもの。とても幻想的だ。

 よく見ると、離れたところに、私たち以外にも人がいる。駐車場にあった車は、この人たちのものか。


 いや、ほんと…生きててよかった!


「こんなとこ、よく知ってたね!」

「見たことないって言ってただろ、お前。」

「だから、連れてきてくれたの?」

「まあな。感謝しろよ?」

「ありがとーございまーす。」


 棒読みで返したら、頭をはたかれた。


「彼女でも連れてきてあげればいいのに…

 あ、いなかったね。」


 腹いせに嫌味を言ってやる。

 また叩かれるかと思ったが、高梨はただ黙ってこちらを見ているだけ。


「な、なによ…。」

「お前がなればいいだろ。」

「へ?」

「お前が、俺の彼女になれよ。」


 なにを言っているのか瞬時に理解できず、茫然としていると、意地悪な笑みを浮かべた高梨の顔が近づく。

 唇にあたたかい感触があったかと思うと、すぐ目の前で、更に意地の悪い顔で笑う高梨。


「間抜け面。」

「う、うるさい!

 ってか冗談きつ…」

「冗談じゃねえよ。」

「だって、私なんか好きじゃないくせに…」

「好きじゃなきゃ、わざわざこんなとこ連れてこねえだろ。」


 私から離れた高梨は、一度蛍火に目をやり、それからこちらへ向き直る。


「一度しか言わねえから、よく聞け。

 好きだ。俺と付き合え。」


 こんな横暴な告白あるだろうか。

 高梨らしいといえばらしいが。


「つーかお前に拒否権は…」

「私も好きだよ。」


 被せて気味に言ってやると、目を見開かれた。

 そんなに予想外だったろうか。

 我ながら結構わかりやすかったと思うんだけど。


 驚いている高梨をじっと見つめていると、チッと舌打ちをされる。

 いい返事なのに舌打ちとは何事かと口を開こうとしたその時、強く抱きしめられた。


 −好きだ。−


 耳元で聞こえたのは、一度きりのはずの、愛の言葉だった。

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