テスト

@novel-rockisland

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 短編1


 人様に見せるものだ。多少の文法的ミス、誤字脱字は許されるかもしれないが、それでも推敲スイコウを行うのは、一作家としての義務だろう。

 カクヨムという小説投稿サイトに文章を打つ。ここに投稿するために、先ほどアカウントを作ったばかりだ。そういえば、ルビや傍点はどのように付けるのかと思い、サイトの使い方を漁った。なるほど、括弧カッコを使って入れれば良いのだと、ひとつ学ぶことができた。

 こうして、他人に自分の空想を開示することは、初めてのことである。

 文章を作ることはあったし、それを他人に見せる機会も少なからずあった。だが、それは脳内で紡がれる物語ではなく、事実と希望を描いたもので、寝る前に考える、の類ではなかった。

 あらかじめ作っておいた文章を、サイトにコピー・アンド・ペーストする。数万の文字列が一気に投下され、絨毯ジュウタンのように、白紙を埋めた。

 緊張の一瞬だ。もちろん、すぐに誰かが読むわけではない。もしかしたら、誰も読むことなく、この電脳の海の中に眠り続けることになるかも知れない。読者から、心ない言葉を投げられ、癒えない傷を負うかもしれない。それでも、投稿することをやめることはできない。だって、勿体ないだろう。せっかく、作った創作物を誰にも見せないなんて。

 もし、神が人を創ったとするならば、神も自分の作品を見てほしいと思ったに違いない。だから、人に好奇心を植え付けた。新たな発見が、人の心を満たすように仕向けた。人自体も神の作品ではあるが、観客がいない劇ほどつまらぬものはない。人を観客にするために創ったのかもしれない。

 『公開』のボタンをクリックする。どうやら、問題なく文章は打ち込まれたようだ。一応、読者の画面からも、正常に投稿が完了していることを確認して、ブラウザを閉じた。

 さて、しばらくのときを待とう。

 

 翌日、目が覚めた俺は、パソコンの電源を入れた。実を言えば、近頃はスマートフォンを使って執筆することが多いのだが、を出すために、この投稿作品はほとんどをこのノートパソコンを使って作成していた。意外とこの雰囲気は大事で、どうしてもスマートフォンで集中できないことが多くあったからだ。

 カクヨムのワークスペースの直リンクをクリックしようとする。が、手が震えてかダブルクリックがうまくいかず、結局、直リンクではなく、ブラウザを開いてブックマークから、ワークスペースに飛ぶことになる。

 当たり前のことだが、ビュー数は増えてはおらず、フォロワーもゼロのままである。だが、不思議なことに、コメント数だけが異様に伸びていた。その数は、二百以上。

 嫌な予感がした。

 こういった伸び方は覚えがある。誰か一人だけがコメントをして、誹謗中傷を書き込んでいるのだ。その中に真っ当な意見などはなく、ただ、人をオトシめ、さげすむことを目的としたコメント。信じられないかもしれないが、この世には、それを生き甲斐とする人間が、少なからず存在している。

 本当だったら、コメントなど読まない方が良い。自分だけの世界に浸り、趣味で投稿を続けた方が、精神の安寧アンネイには役に立つ。それでも、俺はコメントのボタンをクリックした。

「読ませていただきました。とても面白かったです! 次の作品も楽しみにしています」

 跳ね打つ心臓をよそに、一つ目のコメントは良好なものであった。胸を撫でおろした。自分の文章が認められたことがうれしかった。

「主人公のその後が気になります」

「一気に読み終えてしまった。続きを早く出してくれ」

「思わず夢中で読んでしまいました」

 コメントを追っていくと、そのほとんどが賛辞で埋められている。だが、下に行くにつれてコメントの質が変わってきた。

「ハッピーエンドが無理矢理すぎる」

「ヒロインが主人公を好きになる理由がわからない」

「キャラクターが動いているというより、ストーリーに流されているようにしか見えない」

灼熱の吐息ブレスオブスコーチのネーミングは、ちょっとセンスが……」

 否定的な意見である。だが、それも悪くはない。それは建設的なものである。これを見ないことは、向上心を否定することになる。心は痛むが読み進め、画面をスクロールしていく。

「もう二度と書かないでほしい」

「時間の無駄でした」

「頭が悪すぎる」

 最早、それは批判ではなく、誹謗中傷である。どうしてここまでのことが書けるのか、理解できなかった。スクロールするにつれて、その数は増えていく。

 だが、違和感がある。

 どうして、ビュー数がこれだけ少ないのに、コメント数だけがこれだけ伸びているんだ。

 このサイトに慣れていないから、最初は不思議に思わなかったのだが、投稿サイトの仕組みは大抵同じだ。ビュー数よりコメントが多くなるものは、かなり特殊である。なぜなら、視聴者のほとんどが、物言わぬ観客であるからだ。

 違和感の正体はすぐに分かった。コメントを書き込んだユーザーは、すべて同じ人物である。その理由はわからないが、一人でこれだけのコメントを打つことに、狂気を感じずにはいられない。

 ビュー数は、たったの1である。こいつしか読んでいない。

 これを読んだやつを、特定してぶちのめしてやりたいと、机をこぶしで叩いた。だけど、投稿をやめてなるものか。こんな狂ったやつに、自分のやることを邪魔されて、それに従うなんて絶対に嫌だ。

 俺はまた新しい作品を書き始めた。こんどはぐうの音も出ないほどの作品を書いてやる。

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