ちいさなまほうのものがたり
chocopoppo
ちいさなまほうのものがたり
これは、いまからながいながいときをへたみらいの、ちいさなちいさなまほうのものがたりです。
その日はプロイ少年が、難病のお母さんが飲む万能薬をもらいに、薬屋へ出かける日でした。
そのころはもう『くに』とかいうものは無くなり、人々の顔は穏やかなものになっていました。
沢山の新しい便利な物で世界はあふれかえり、誰も彼も幸せそうな顔をしていました。
でも、プロイ少年は、そういう顔を見ると、必ず寂しげな、何か足りないような影を見るのでした。
薬屋から帰る途中、プロイ少年はある男の人を見ました。
なんだか周りの人とは違うきつい目つきをしていて、服装も皆のものとは違っていました。
でも、周りの人は誰も、その異様な感じに気がつきません。
プロイ少年は意を決して、その男について行くことにしました。
しばらくしてその男は、道を外れて、立ち入り禁止の札がかかった私有地に入っていきました。
プロイ少年は気づかれないように、そっと後をつけていました。
するとその男は、服の内側から、なにやら見たことも無い長方形の小さなものを取り出しました。
そして、カチッという音が出たかと思うと、その物から小さな青っぽい、ゆらゆらしたものが出ました。
プロイ少年は、あっ、と、声を出しそうになりました。しかし、かろうじて言葉を飲み込みました。
そうしてその男は、口に棒状の小さなものをくわえ、ゆらゆらしたものを近づけました。
棒状のものの先が赤く光って、そこから白っぽい、やはりゆらゆらしたものが出ました。
プロイ少年は、体をきれいにするときに、水場で浴びる温かい水を思い浮かべました。白っぽいゆらゆらは、そこで見たことがあるようでした。
それからしばらくして、男はへんてこな形の家へ入っていきました。プロイ少年も入ろうとしました。
でも、そこには変な仕切りがついていました。
家で見る仕切りとは違い、はずすボタンはついておらず、代わりに何かを引っ掛けるようなものがついていました。どうやって入ったらいいかと、家の周りをぐるぐるしていると、ひとつの壁に、まあるいくぼみがついていました。
よじのぼってみると、仕切りはありましたが、そこからは部屋の様子が見えるのでした。
男はその部屋で、プロイ少年に背を向ける形で、何かを見ているようでした。
ふっと、男がこちらを向こうとしました。あわててプロイ少年は、そこからおりました。
でもその男は、まるでプロイ少年がそこにいることを知っているように、その仕切りを簡単にはずして、下を覗き込んできました。
プロイ少年は声が出ませんでしたが、その男は目つきに似合わない優しい声で、おはいり、と言いました。
プロイ少年はそこから入ると、まず一番に質問をしました。
どうして僕がいるのがわかったの?
男はそれに答えず、黙って机の上を指差しました。
見るとそこには、丸いピカピカした物が置いてありました。
覗き込むと、誰か少年の顔が映っています。その後ろにはあの男の顔と、さっき入ってきた仕切りが映っていました。
え? 少年はびっくりしました。手を伸ばすと、向こうの少年も手を伸ばしてきました。
男はそっと言いました。
これは、かがみ、というんだよ。
そして、向こうにはこちらと同じ世界があるんだ、と付け加えました。
少年はただただ驚くばかりです。少年はちょっと前に、睡眠学習を受け、一通りのことは知っているつもりでした。でも、かがみについては何も知りませんでした。
目を輝かせる少年に対し、男は、今日はもうお帰り、明日またおいで、と言ってくれました。
少年は、お母さんの薬の時間が迫っていることに気づき、あわてて家を飛び出しました。
お母さんに薬を飲ませた後、少年はコンピューターに向かいました。そして、かがみについて調べてみました。
すると、かがみとは、過去において使われたもので、主に容姿をチェックするために用いた、とありました。
容姿とは何か、少年は知りませんでした。でも、調べていたらきりがない気がしました。大人は、都合の悪いこと、自分が知らないことはぼかすということを、少年は知っていました。
そして最後に、こう書かれていました。虚勢を張っていた昔の人々の、くだらない産物。
でも少年は、かがみを思い浮かべて、ちっともくだらない物じゃない、と思いました。それどころか、すばらしいものに思えてきました。
さらに少年は、次のようなものを調べていきました。
色・青い。形・不定形。=炎。
⇒炎。過去において、熱を得るために利用された。ある時点から危険ということに気づき、使用されなくなった、くだらない物。
大きさ・小さい。形・細長い。特徴・炎を利用する。くちにくわえる。=タバコ。
⇒タバコ。過去において、嗜好品として利用された。有害。快楽感も現在の脳マッサージに劣る、くだらない物。
酷似物・仕切り。特徴・ボタンが無い。=ドア。窓。
⇒ドア。窓。過去において、外部と内部の境界を示すときに利用された。窓は透明。どちらも他人を退けるためには鍵が必要。
無くしやすいので利用されなくなった、くだらない物。
調べているうちに、少年は腹が立ってきました。自分たちが昔使っていたものを、くだらないとか、そういう風に片付けることに怒りを感じました。
コンピューターが、もうそのぐらいで、くだらないことを調べるのはやめなさいと、警告してきました。
少年は、じゃあくだらないって何だ、と聞きました。
コンピューターは、取るに足らない、価値が無い、と答えました。少年は、じゃあ最もくだらない物は何だ、と聞きました。
コンピューターは言いました。
「それは魔法です。魔法使いです。過去の人間が憧れ、それを夢見ました。しかし、人間は結局それを得ることはなかったのです。」
「魔法って、なんだい。」
「ひょうたんから駒を出す、物を消したり出したりする、水の上を歩く……」
それ以上は、コンピューターは何も言いませんでした。
少年は思いました。あの男は魔法使いだ、と。
魔法がくだらないとは、ちっとも思いませんでした。逆に、そう言っているコンピューターがくだらないと考えました。
次の日、少年は男の家に行きました。
留守のようでしたが、窓が開いていたので、そこから入りました。
いろいろ見ていると、ある部屋で、少年は不思議な窓を見つけました。
その窓に手をかけて開くと、この世のものとは思えない風景が広がりました。
よく見ると、その部屋には同じような窓が沢山ありました。
しばらく少年は、その窓を開け閉めしていました。
窓の外では、広場があったり、醜い生き物と人間が戦ったり、ある男女が別れを惜しんだりしていました。
少年は、これこそ魔法だ、と思いました。
少年は、たくさんの冒険をしました。窓の外の風景は、はらはらする光景や、とても悲しい光景が展開していました。
後ろには、いつの間にかあの男が立っていました。でも、少年はちっとも驚きませんでした。
少年は聞きました。
おじさん、魔法使いでしょ。
男はにこりと笑うと、昔のものを大事に使っているだけだよ、といいました。
それが気に入ったようだね、と言う男に、少年はうなずきました。そして、この窓はなんていうの、と聞きました。
男は、その窓は『本』と言うんだよ、と教えてくれました。
昔の人が作ったのさ、とも言いました。
へえ、と少年は感心しました。あれだけコンピューターが馬鹿にしていた昔の人が、こんなにすばらしいものを作ったのかと思うと、コンピューターが偏屈な奴だと思えてきました。
男は、僕はロウェというんだ、と自己紹介しました。少年も、プロイだよ、といいました。
ロウェは、もし気に入ったのなら一つあげよう、僕が書いたものだから、気に入るかどうかはわからないけどね、といって、本を服の内側から出して、手渡してくれました。
その本は、手製のものらしく、ほかの本より粗末で、形もいびつでした。でも、少年は喜んで受け取りました。
家に帰って、少年はコンピューターに自慢してやりました。コンピューターは、黙って聞いていましたが、その本を見せてくれ、と言ってきました。
少年は、まだ見てないけど、先に見せてやるよ、と言いました。そして、コンピューターの中に本を入れてやりました。
コンピューターはしばらく読んでいるようでしたが、しばらくして、ガリガリという音を立て始めました。
「何してるんだ。」
「くだらない、実にくだらない。価値も無い、有害な思想、忌むべきもの……」
コンピューターはぶつぶつと言っていました。まさか、と思って少年は、コンピューターを開けましたが、時すでに遅く、本は粉々にされてしまいました。
「何てことするんだ!」
「くだらない、価値無し、有害、忌むべきもの……」
「くだらなくなんかない。」
少年は涙を流しながら、コンピューターに言いました。
「くだらないのはお前たちのほうだ。人が頑張って作り上げたものを、そうやって馬鹿にするだけで、お前たちは何も努力していない。ロウェが僕にくれたんだ。自分で書いたものだ、と言って、僕にくれたんだ。一生懸命考えて、ようやく出来た物なんだ。」
コンピューターは何も言い返してきませんでした。ただ、画面にたくさんの公式を並べて、わけのわからない計算をしていました。
少年は、粉々になった本を直そうとしましたが、どうにも直りそうにありませんでした。
ちいさなまほうのものがたり chocopoppo @chocopoppo
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