戦後事業「異世界横断鉄道」

田篠あぐれ

第一章

第1話 東京駅襲撃事件の記録

 雪の降る東京駅構内。多くのモノたちが行き交うこの駅は現在、銃声と爆音が飛び交っていた。襲撃者と、それを鎮圧しようとする駅員たち。激戦を繰り広げていた。


 客たちは悲鳴をあげ、錯乱し逃げ惑う。その中で駅員たちは彼らを先導し、外へと退避させる。


「落ち着いて、行動してください!」

「出口はコチラ! 押し合わないで!」


汗ばみながら、素早く切符を切っていく。


 襲撃者は十人弱。戦闘を繰り広げる駅員はそれを下回る。客を守りながらの攻防戦は、熾烈しれつを極めていた。


 既に多くの損害が出ている。これ以上被害を拡大させてはならない。


 その信念から、一歩も引けなかった。

 相手は銃火器だけではなく、魔法を使う。いくら頑丈な体を持つとはいえ、駅員たちは近代兵器だけで戦ってた。劣勢なのは明らかだ。


 東京駅十二番ホーム。辺りは弾痕だらけで、人は駅員と襲撃者の二人だけ。対峙する駅員の方は息遣いが乱れていた。


「——かれこれ一時間近く、ずっと戦闘しているけど、よく立っていられるね。一般人ならもう死んでるよ」


別ホームから怒号が飛び交う中、そう言ったのは黒髪で、コートを羽織る黒紺スーツの男。女と見間違う顔立ちの彼を、駅員は強く睨みつける。


「何が目的だ!!」

「言ってもわからないでしょ」


話が通じないその様は、苛立ちを煽る。焦燥感で満たされていった。


 唐突に爆発音が聞こえ、一瞬駅員はたじろいだ。それを見逃さず、男は駅員に向かって発砲する。


 我に返り、回避した。臨時態勢に戻り、一瞬のうちに男の背後に回り込む。駅員が銃剣を突き立てようとしたところ、男は後ろに飛び、避けた。

 余裕綽々で微笑を浮かべる男。


「さすが。まだそんな物まで持っているとは……戦後混乱期にどれだけ、くすねたことやら」


感心したように言うそれは、駅員の怒りを逆撫でする。それを無視し、駅員に向かって語り始めた。


「我が国はこの鉄道で、多大な利益を得た。それこそ、かの米国と経済戦争ができるぐらいには、ね。そのことには我々も感謝してるよ。でもね、それと同時に取り返しのつかない罪を背負ってしまった……それも無自覚に」


そう呟く彼。そして、はっきりと目を見ていった。


「だから、ワタシたちはこの場所を攻撃しているの。これ以上、この国がを背負わないように、ね。理解した?」


重苦しい空間に、その言葉は軽々しく発せられた。口元と違い、目は全く笑っていない。それが駅員の恐怖を煽る。


「何を訳のわからないことを! 仮にお前たちの言い分が正しくとも、無関係な客を巻き込んでいい訳ないだろ!!」

「こちらとしては、巻き込むつもりなんてなかったよ。そもそも、最初にこちらの要求に応じなかったのは、キミたちだ」


怒りを込めて言う駅員と、呆れながら受け流す男。言い合いは平行線となり、収拾が付く目処が立たない。


 落ち着くように一度深呼吸をして、男に向き直る。


「絶対に、客や駅には手出しはさせない」

「やれるものなら。君たちの装備が旧式なことは知っているし、性質もある程度は把握している」


こちらの方が有利だよ? そう舐めるように言う彼は、嘲笑の笑みを深めた。


 それを合図に戦闘は再開され、弾痕と血が辺りに付着した。悲鳴を掻き消すほどの銃声は、構内十二番乗り場から広がっていく。それは、他のどの戦闘よりも激しかった。




 日の出前の駅執務室内。叢雨むらさめは真剣に資料を凝視する。資料には「東京駅襲撃事件による被害とその補修について」と記載されていた。夜明け前の薄暗い部屋で、彼の紫色の瞳にそれが映る。


「相変わらず、真面目だな。お前が配属される前の出来事なのに」


背後から低音の男の声がした。振り向くと、叢雨より大柄な男が立っている。

 ——駅長だ。事務室へ視察しに来たのだろう。彼の口元からする、強烈なコーヒーの香りが鼻につく。


「勤務先の記録を確認することは、重要ですから」


叢雨は淡々と言った。そして手に持った資料を机に置き、別の書類を手に取る。


 地下街及び旅客用地下線開業計画について、賢竜族専用列車製造時の経費、花笠はながさ鉄道利用者の統計、天道あまじ駅で発見された危険物の詳細、等々。


 本社から東京駅ここに送られてきた書類を仕分けしつつ、目を通す。山のように連なる文書の数々。それを叢雨は捌いていく。


「何件ほど送られてきたんだ?」

「今日だけで二十件ほど」


叢雨は即答する。駅長は思わず苦笑いした。


 周りの駅員たちの協力もあり、それほど時間も掛からずに、書類はある程度まとめ終わる。まだ始業まで猶予があるため、駅員たちは各々休息を取っていた。手洗いに向かう者、仮眠を取るもの様々。


「……見たところ、問題はなさそうだ。今日も、よろしく頼む」

「ありがとうございます。夕立ゆうだちさん」


閲覧する夕立に向かい、礼を述べる叢雨。彼はそれを聞いた後、執務室から退出した。




 叢雨は座り、新聞を広げココアを飲みながら、目を通す。一面には「青鳥あおどり製薬製特効薬 承認遠のく」と、大々的に記載されていた。


「本社の人たちも大変なものだね。難航してるんだろう? 事業も関係構築も」


こぼすようにぼやく声がする。振り向くと、叢雨と同年代の青年、春雨はるさめが微笑を浮かべ覗き込んでいた。


「天道駅で行う新事業の許可が、なかなか下りないと、霧雨きりさめさんがおっしゃっておられました」


事業のことは専門外ですが、医薬品系の事業を行おうとしているのは、聞いています、と先ほどの言葉と同じ、別駅の職員である霧雨から聞いた情報を話す。


 本社の一部門でしかない花笠鉄道は、事業に直接関わることは少ない。しかし、運輸部門であるこの鉄道は事業のかなめを担っている。


「まぁ、無理もないよ。まだ繋がりも薄いし、の政治家たちは、我々の世界の医薬品の効力を、疑問視しているのだろうね」


少し呆れながら、呟く春雨。同僚の声を背に、叢雨は新聞を机に置き、少し冷めたココアを飲み干した。


「前のこともありますし、慎重に動くべきでしょう。客は生者なので」


その言葉を聞いて、思わず春雨は叢雨から目を逸らした。




 七時三十分の駅のホーム。到着したのは、蒸気機関車、引退したはずのC53形。多くの慌ただしい足音が、駅のホームに響き渡る。叢雨ら駅係員は、それらを適切に処理していく。


 ——この時間帯は忙しい。ターミナル駅であるから、尚更だ。多くの路線からは、多種多様という言葉を体現した者たちが、出入りする。


 魔法使い、エルフ、オーク、機械生命体、諸々。


 それらを適切に対応するのが、駅係員たちの仕事だ。皆それぞれの持ち場で、こなしていく。


「大変混雑しておりますので、走らないようにお願いします」


放送が駅構内に響き渡った。叢雨はそれを背に、ホームを巡回する。また、広いこの場所で迷わないよう、案内も行っていた。


 東京駅を模して作られたこの空間は、改札を通してこの世界と行き来する。異世界人にとって、多くの出入り口がある東京駅は難関の迷宮だ。そのため、客の誘導は重要だった。


 ——花笠鉄道。それは様々な世界を繋ぐ交通機関だ。街一つ分ほどの小さな世界から、惑星をいくつも統べる巨大な文明をもつ世界まで、大小様々。その顧客たちの目的も多種多様。新たな事業展開、移住、布教、などなど。日本の経済成長にも多大な貢献もしている。


 しかし、東京駅世界の多くの人間は、異世界のことを何も知らない。それは、日本政府が意図的に隠蔽しているからだ。


 当然、異世界人を相手する駅員たちも、ただものではない。経緯は様々だが、死んで、本社に雇われた幽霊だ。


 ——今日もまた客を運び、秘密裏に彼らが日本経済をまわし、国家へと貢献していく。

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