爪が前世だと彼女は言う〜冬山深雪は前世が見える 1〜
葉月クロル
第1話
「ごめんね。わたしの実力不足かもしれない。でもやっぱり爪以外は見えないんだ」
彼女は済まなそうに言って、
「いや、いいよ」
本気で信じているわけじゃないし、という言葉は飲み込んでおなかに入れておく。
冬山と俺は、大学の同じ学科生である。情報システム工学科だ。プログラミングを学んだり、在学中に片っ端から資格を取ったりする学科、と言えばわかりやすいかもしれない。
そんな最先端な(って、教授は言ってるぞ)学科にいるのに、冬山は『他人の前世が見える』らしい。本人の口からは聞いたことがないが、そういう噂だ。
で、さっきぽけっとしながら歩いていたら、すれ違いざまに冬山が露骨に変な顔をした。
「なんだよ、前世が見えたん?」
ジョークのつもりで言ったのに、俺は空き教室に連れてこられた。
で、言われた。
「わたしね、人の頭の上に別の人が見えるんだ。おばあちゃんに聞いたら、その人の前世が見えてるって言われた。なんか、うちの家系の女性にちょいちょい現れる能力らしくて。見えたからどうだって言われても、どうしようもないんだけど」
冬山に「でも、爪が見えたのは初めて。しかも切られた爪だし」と言われて驚いた。
「切られたやつ? 爪切りの中に入ってるあれ?」
「うん、あれ」
「ひでえ話。切られた爪って、魂あるの?」
「…………………………あるよ。きっと」
すげえ沈黙の後に言われちゃった。
やだもう、おうちに帰る。
「母さん」
「なに」
生物なんたら研究所勤務で年収が二千万くらいあるうちのおふくろ様は、今日も肉を焦がしそうになった。やっぱりこの人にフライパンを持たせたらあかん。
俺は手早く生姜焼きを盛りつけて、炊き立ての白米を茶碗によそった。うちは母子家庭なので、おふくろ様が俺を育てている。金だけはある! っつって、家事を外注しながら。
生姜焼きだって、家政婦さんがあとは焼くだけってところまで用意してくれたやつだ。
「いただきます」
「いや、言いかけた続きを言いなよ」
「ごはん冷めちゃうじゃん」
「おまえは本当にマイペースだなぁ、我が息子よ」
ということで、まずは夕飯だ。
「で、なに?」
「全然大したことじゃないんだけどさ、うちの学科に前世が見える女子がいるの。で、その子に言われた。俺の前世は爪なんだってさ。しかも、爪切りに入ってる切られた爪。ちょっと切ないわー」
おふくろ様が、湯呑みを取り落としそうになった。
「なんだよそれ! マジで? えー、陸斗、その子、今度連れてらっしゃい!」
「すげえ混乱してる……」
溢れたお茶を拭いてから、おふくろ様が話してくれた。
俺、本当に爪から生まれたらしい!
「あたし、子どもを育てるなら絶対に的場の遺伝子を持った子どもがよかったの。でも、的場には婚約者がいてさ。だから、爪が伸びてるから切りなって行って爪切り渡して、そこから遺伝子取り出してクローン作ったんだよね。それが陸斗なんだ」
「待ってよ母さん、俺吐きそう」
「吐くな。きちんと消化しろ。それが豚に対する真摯な態度だぞ」
「親のドロドロなんて聞きたくなかった! 的場って奴と付き合ってたの?」
「ううん、ただの同僚。同い年の奴」
「そいつのことが好きだったんだろ?」
「違う、遺伝子が欲しかったの。すごく頭が良くてさ、こいつの脳味噌欲しいなって思ってたから。やっぱり優れた子どもが欲しいじゃん?」
「軽々しく欲しいじゃんとか言うなよ!」
俺は頭を抱えた。脳味噌が狙われてるかも。
「でも、なんで爪なんか……普通は髪の毛から行かない?」
「スキンヘッドなんだもん。ツルッツルで髪の毛なんて一本もないよ」
「……」
気持ちが悪くなったので、俺は寝た。
「冬山はすげえな。俺、爪から生まれてたわ」
翌日、また冬山とすれ違った時に声をかけて、俺の出生の秘密を話した。
「いいお話ね」
「どこがだよ」
おふくろ様も変だが、この女もだいぶ変だ。今後は近寄らないようにしよう。
「ねえ、気になるんだけど」
「なにが?」
「的場さん、どうしてスキンヘッドだったの? なんでツルッツルだったの?」
「言うな。それ、この話の一番怖いとこ」
俺は額をおさえた。
爪が前世だと彼女は言う〜冬山深雪は前世が見える 1〜 葉月クロル @hazuki-c
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