お引き取りください! 勇者さま!②

 ばらばらになったドアを見たとたん、先行していたアイリスは目にもとまらぬ速さで表通りへと飛び出していた。


「アイリスさん!?」


 その後を追う浅間。ドアの破片に足をとられつつも外へと転がり出る。そして彼の見たものは――


「あんたがここの宿屋の主人……いや、おかみさん?」


 バチバチと雷光を散らす槍をかまえた人相の悪い男が、下卑た笑みを浮かべながらアイリスへと近づこうとする。


「ええ、そのとおりです。それより勇者さま、たいへん申し訳ありませんが、玄関の修理費用を払っていただけますか?」


 丁寧な言葉とはうらはらに、険呑な顔で拳をかまえるアイリス。その気丈さに勇者と呼ばれた男は「ヒューッ!」と口笛を吹いた。


「こりゃ勇ましいおかみさんなこって……」


 勇者は背後の仲間をちらりと見た。重そうな鎧に身を固めた男と三角帽子をかぶって杖を持った女が、ふたりしてにやにやと笑っている。


 アダマンタイトはこの状況をある程度は理解した。


 どうやら強盗の類であるようだ。しかし勇者とはいったい……?


 目の前の男はどう見ても勇者には見えなかったが、後ろで控える二人をあわせるとそう見えないこともない。勇者と、戦士、そして魔法使いのパーティというわけである。


「一応……聞いておくけどよぉ。『勇者法』は知っているよな?」


 勇者の問いかけに、アイリスは拳で答えた。素早いサイドステップからのジャブ。予備動作のほぼ無い早業だったが、勇者もまた早い。


「おっと……!? やるねぇ!!」


 いひっと嬉しそうに声を上げて、勇者は槍をかまえる。アイリスはその切っ先を視界にとらえながら、弧を描くような歩法で勇者の隙をうかがう。


 その背後で、戦士がぴくりと動いた。


「――じゃますんじゃねぇよヴァルカス! 俺はこういう気の強い女が大好きなんだよ!」


 不意打ちをたくらんでいた戦士は、剣から手を放してつまらなそうに言った。


「ふん。勝手にしろ」


「やぁねぇ。あんな乳臭そうな子供のどこがいいのかしら……」


 そう言いながら魔法使いの女も何歩か後ろに下がる。ふたりとも両者の一騎打ちを見届けるつもりのようだ。


「はぁ……なんかやばそうな雰囲気やん?」


 耳元からいきなり声。気が付けばアダマンタイトの肩に例のトイペが乗っていた。


「うわ!? ……あ、なんだトイペの芯ですか」


「トイペ言うな」


「あの勇者とやらは強いのですか?」


 トイペは少し顔(それはどこですか?)を上げた。


「強くはないんちゃう。でもあの槍はあかん。あのお嬢ちゃん、たぶんやられるで」


「……! そんな、止めないと!」


 もう遅い。両者は今まさに激突しようとしていた。


「――『連蹴:藤袴ふじばかま!!』」


 先手を打ったのはアイリスだ。軽やかな跳躍からの回し蹴り。エプロンスカートのすそから伸びた華奢な足首がしなり、勇者の顔を狙う。


「おせぇよ!」


 上半身の動きだけで回避する勇者。しかし、アイリスの『藤袴』は連撃である。即座に放たれた追撃の左足は、一撃目の勢いを得てより鋭い。


「槍よ!」


 ばちっ、と槍から電光がほとぼしったかに見えた直後、勇者はおどるべき反射速度を見せた。崩した体勢を素早く立て直し、槍の柄で蹴りを受け止める。


 ――のみならず、槍から片手を離して、アイリスの細い足首を掴んでしまった。


「――ッ!?」


「へへっ。捕まえたぁ!」


 べろんと舌を出す勇者。さかさまに吊られたままアイリスは拳を打つが、リーチの差は無情だ。どうしても届かない。


「アイリス……!」


 遅れてきたリリィが叫ぶ。一瞬だけ、勇者がアイリスから目を逸らした。


「はっ!!」


 スカートの中身が見えるのもかまわず、アイリスは体をねじって蹴りを放つ。パンプスのつま先が勇者をかすめ、その頬に一筋の赤い線を刻んだ。


「あ……!?」


 自分の頬を触る勇者。そこに赤いものが付いていることを知ると、彼は急に真顔になった。


「あらら。……あの子、死んだかもねぇ?」


 魔法使いが肩をすくめる。戦士もやれやれと言いたげに首を左右に振った。


「そんな上等な顔じゃないのに、あいつはやたらに顔の傷を嫌がるからな……」


「コンプレックスの裏返しなんじゃなーい?」


 けらけらと魔法使いが笑った時だった。


「こっの――クソアマがぁあああ!!」


 鼻筋にしわを寄せて表情を豹変させた勇者が、躊躇いなくアイリスを地面にたたきつけた。


「げほっ……!?」


 背中をしたたかに打ち付け、苦しそうに口を開くアイリス。舞った土煙が彼女の白いエプロンスカートを茶色く染める。


「あ、ああ……っ!!」


 リリィが震える声を漏らした。勇者はくるりと槍を持ち替えてると、その切っ先をアイリスに向けた。


 ――まずい。このままでは……!!


 浅間は助けをもとめて視線をさまよわせたが、他の宿屋は固く門を閉ざしている。勇者を止めようとする者も、アイリスを助けようとする者もいない。


「アイリス……! お姉ちゃんが助けてあげるから……!!」


 そんな中、リリィが震える足で前に出ようとした。


 彼女はたとえ無力でも立ち向かおうとしている。妹のために。その姿をみて……動く者がひとりだけいた。


 黒い髪をオールバックにしたさえない男、浅間だ!


「――おおおおおおっ!! ――『双拳:総角っ!!』」


 いままで暴力などふるったことのない浅間。彼が決死の覚悟で放った一撃は、しかし、――ただのパンチであった。


「へっ。なんだァそりゃあ……」


 へろへろの拳が当たる前にアダマンタイトはすっころんだ。勇者にとっては軽い足払いであったが、浅間にはとてつもなく重い一撃だった。ふくらはぎから電撃めいた痛みが走り、腰ががくがくとして立ち上がれない。


 勇者は相手する価値もない雑魚と認識したようだった。


「チッ、ゴミが」


 興ざめと言わんばかりに吐き捨てて、尻もちをついたままじりじりと下がろうとしているアイリスへとまた槍を向ける。


「おい女、一晩でいいから俺と遊べ。そうしたら命は助けてやってもいいぜ……!?」


 アイリスはへらっと笑ったと思いきや、中指を突き立てた。


「お断りよ、アンタみたいな不細工のクソ勇者!」


 眼光するどく勇者を睨みつける。対する勇者はこめかみに青筋を立てて、手の甲が白くなるほど槍を握りしめた。


 アイリスが殺される。そう察した瞬間、浅間はすさまじい勢いで思考をめぐらした。それはコンシェルジュに求められる『咄嗟の機転』を極めるために彼が編み出した芸当であった。


 もう一度やったらスキルを発動できないか? いや、ダメだ。2回もダメだったものが3度目で出来るとは思えない。確かポケットにソムリエナイフがあったはずだ。それで勇者を刺すか? ダメだ駄目だ、効くわけがない……。大声を上げて勇者の気を引く? アイリスに覆いかぶさって盾になる?


 いま自分に出来そうなすべての事柄をシミュレートした結論、ある結論が出た。


 ――それはアイリスを助けられない、という残酷なものだった。足りないのである。能力が、ステータスが。速さがたりない、腕力が足りない! 方法は有効であっても、それを成すにはあまりに貧弱……!


 ううっ。なにが異世界全武技ですか……! 


 神から授かったスキルに毒づいたときだった。とある疑問が浮かんだ。


 ――異世界? 異世界とはなんだ? 


 異世界とは、リリィやアイリスがいるこの世界の事だと思っていた。しかし、この世界からすれば、浅間のいた世界こそ異世界である。


 も、もしや……!? 異世界とは――!?


 浅間ははっとなった。


 スキルを理解したその時、彼の脳裏にさまざまな格闘技が浮かんだ。しかし、その中でも最も陰影を濃くしたのは、やはりあのキャラクターの技!


 浅間――いやアダマンタイトは、今までにない軽やかな動きで立ち上がる。その流れるような動きは、槍で素早さを強化された勇者ですら捉えられないものであった。


← タメ → + パンチ。


「――『ソニブー!!』」


 両腕で大ぶりなフックを放つ。あまりに高速なその動きは、互いの尾を追いかけて渦巻くふたつの衝撃波を巻き起こした。


「ぐごっ……!?」


 勇者には何が起こったのか分かるはずもない。まさか音速を超えた動きから放たれた衝撃波――ソニックブームが、自分を打ち据えたなど。


「あ、あいつ……なにをしたんだ!? ――いや、何をしているんだ!?」


 白目を剥いて後ろへと倒れる勇者を見て、戦士が目を白黒させる。『ソニブー』が見えなかったということもあるが、それ以上に彼を困惑させたのは――アダマンタイトの奇妙な『構え』である。


 ぺったりと地面に座り、片膝を立てる。そして胸の前で小さくファイティングポーズ。到底、命を懸けた戦いのさなかとは思えぬその構えは、まるでケツアナをかかとで抑えつけ、漏れそうなウ〇コを押しとどめている小学生のごときものであった。


 だが、そのふざけた構えからまたあの理解不能な技が繰り出されようとしている。


「――『ソニブー!!』」


 素早く立ち上がったアダマンタイトの腕からまたもや衝撃波が放たれる。


「早いっ!?」


 避けれぬと悟った戦士は盾でそれを弾いた。びりびりと盾が震える。衝撃はすさまじく、彼は大きく後ろによろめいた。しかし、ヴァルカスは膝をつかず、耐えきってみせる。


「すさまじい威力だが……ッ!!」


 戦士は前に出た。


「――『ソニブー!!』」


 三度、衝撃波を放つアダマンタイト。戦士はその大柄な体でよくもと思える跳躍を見せた。目の前の正体不明が放つ謎のスキルは、水平方向にしか撃てぬと見越してのことであった。


 そしてその目論見は的中していた。『ソニブー』は飛び込みに対しては無力である。


 だが、しかし!!


 それこそが――アダマンタイトが模倣する格闘家『カイル』の必勝パターンである! ソニブーの連射で相手を削り、がまんならぬと飛び込んできたところを迎撃するというシンプルかつ強力無比な戦法! ――通称、『待ちカイル』!!


「もらったぁッ!!」


 戦士が剣を手に空から落ちてくる、その刹那、アダマンタイトは宙がえりからの蹴りを放つ。


↓ タメ ↑ + キック


「――『サマソッ』!!」


 見事なサマーソルトキックであった。残像を宙に残すような俊敏な蹴りが、目を見開いた戦士の胴体へと迫る。


 しかし、直撃のわずかコンマ数秒前。戦士は口の端を吊り上げていた。笑ったのだ。


 なぜか? ――それは、魔法使いがアダマンタイトに向かって火球の魔法を放っていたからである。咄嗟のことであったから、詠唱の短い『ファイアボール』という基礎的な魔法だったが、それでもアダマンタイトを怯ませるには十分。


 そこに剣を下ろせば十分に倒せる。


 そう戦士は思ったのだが、なんと――


 火球はアダマンタイトの体をするりと抜けて、空のかなたへと飛んでいってしまった。


「――がはぁ!?」


 つま先がみぞおちを打ち抜いていた。アダマンタイトは戦士が堕ちるより早く着地して、また例のウ〇コポーズをとる。ファイティングポーズを添えることも忘れない。またも『待ちカイル』である。――その姿は、まさに難攻不落の要塞のごとし!!


「――『ソニ」


 アダマンタイトがスキルを放とうとすると、魔法使いは引きつった顔で後ずさる。


「ま、まって! 私、もうあなたとやるきはないのよぉ……! 勝てるわけないじゃない、なにそのスキル!?」


 魔法使いが杖を下ろすのを見て、アダマンタイトも立ち上がる。


「――これは『ストリートバイター通』というゲームの登場キャラ『カイル』の技です」


 この世界にはコントローラーでぴこぴことするゲームなどないので、魔法使いにはなんのこっちゃである。


「そ、そう……なのね? ……ね、ねぇ、一つだけいいかしら……? なんで私の『ファイアボール』は、あなたの体をすりぬけたのかしらぁ……?」


 アダマンタイトは「ああ!」とうなづいて手をぽんと叩いた。


「あれは無敵時間です。『サマソッ』には発生後3フレームから8Fまで長い無敵時間があるので。もちろん飛び道具も無効です」


 ちなみにフレームとは、ゲームの中での時間単位である。1秒を30分割したものが1Fだ。


「無、無敵……」


 理解をはるかに超えていたようだったが、そのヤバさだけは魔法使いにも分かったようである。


「じゃ、じゃあ、わたしはこれで……それじゃあ……ね」


 背を向けてだっと走っていく魔法使い。それを見送った浅間は、ぽかんとして地面に座ったままになっているアイリスに手を差し伸べた。


「怪我はありませんか!? ああ、砂だらけではありませんか……」


 起こしたアイリスのエプロンをはたいてやるアダマンタイト。そこにリリィが飛び付いてくる。


「アイリス……!! よかったあ……!! それにアダマンタイトさまも……。ありがとうございます!!」


 緊張の糸が切れたのであろう。アダマンタイトは表情を緩めておおきくよろめいた。


「いやぁ……みなさんが無事でよか……」


 ふらっと後ろに倒れるアダマンタイト。そして不運にも、その背後……正確には彼の尻の下あたりにいるトイペ。


「へ!? こ、こっちくんなや!?」


 ずぶり♂。


「アッ――!?」


 こうして、アダマンタイトがあれほど守り抜こうとした尻穴は無残にも散ったのであった。クソ勇者は撃退したが、まことに締まらないケツの穴のような終わり方であった。



◇ここまでの後書き◇


――面白いってなんだろう!?


 そう考えすぎて頭が痛くなり、怒りのままに好き放題書きました。クスリとでも笑っていただければ何より嬉しい、ブクマと感想、評価もいただけるとさらに嬉しい。更新速度も上がります。


続きもちょこちょこ書いてみるつもりなので今後ともよろしくお願いします。

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おやめください勇者さま!~異世界宿屋のコンシェルジュ~ @nanactan

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