お引き取りください! 勇者さま!①
『世界一の宿屋』にしてほしいというリリィの無理難題に、浅間が衝撃を受けているころ、町の大通りでのこと。
「……んだよ、これじゃあぜんぜん『協力』してもらえねーじゃねーかよ……」
そう言って「ペッ」と唾を吐き捨てたのは勇者アーレスだ。王から勇者の認定を受けて旅立ってから、わずか3か月にしてランク3のダンジョンを踏破した勇者である。
彼は手にした槍――『雷竜槍ヴリトラ』で肩をとんとんと叩きながら宿場町を眺めた。
さすが交易の町プロスペルだけあって、質の高そうな宿屋がいくつも並んでいる。その一つ一つを品定めしながら通りを行くアーレスだが、宿泊先を探してのことではない。
彼が探しているのは『協力的』な宿屋だ。金貨の詰まった袋を勝手に持って行っても「へ、へへへ、どうぞ勇者さま……」と店主が愛想笑いするような宿屋である。
「アーレス。あの宿屋はどうだ?」
近くの宿屋を指さしたのは戦士ヴァルカスだ。名のしれた剣術道場で免許皆伝の許しを得た実力者ではあったが、その荒い素行のせいで破門となったという経歴を持つ。
「ありゃ駄目だ。みてみろ、あの入口に立った用心棒をよ……。ただのオッサンに見えるが、とんでもない腕利きだ。返り討ちにあっちまう」
弱気な発言だがそれも無理はない。なぜなら彼自身の実力はそのあたりにいる少し喧嘩の強い荒くれ者程度なのだから。
ではなぜ彼は勇者なのか? その答えは槍にある。
――雷竜槍ヴリトラ。その槍はもともと雷竜の持ち物であった。
……今から4か月ほど前のことである。破竹の勢いで魔王軍を蹴散らす勇者パーティ『新しい夜明け』の襲撃を受けて、雷竜は重傷を負った。かろうじて勇者たちから逃げおおせた雷竜だったが、ついに力尽き、片田舎の村の近くに堕ちたのだ。
その雷竜の死骸から運よく槍を手に入れたごろつきがアーレスというわけである。
「そうは見えないけどねぇ……。はあ、私、つかれちゃった。早く休みたいわぁ」
妙に艶めかしい声を上げたのは魔法使いメリアである。魔女の森とよばれる魔境に拠点を構える大魔法使いゲイルアーン師の親戚にあたり、その血筋に秘めたる才能は確かではある。しかし努力を嫌う性格のために
「おっ……。あれはどうだ?」
そう言って勇者が立ち止まる。彼が目を付けた宿屋はなかなかに良いあんばいであった。ボロすぎず、豪華すぎず。窓や玄関にはきちんと手が入っていて、そこそこ繁盛していそうな気配がある。
酒好きのヴァルカスがぺろりと唇をなめて言う。
「あそこにするか。まずは酒だな。その後で金だ」
「はやくやってしまいましょう……?」
メリアは「ふわぁ……」とやはり妖艶にあくびを漏らして、どうでもよさそうな様子だ。
仲間たちの言葉に、勇者アーレスはにやりと笑う。
「そう急くなよ。俺たちは勇者パーティだぜ。まずは丁寧にお願いしなきゃな……!」
きらりと槍が光った。その矛先が向かう宿屋の看板には『マンダリンの木陰』の文字が――……
◇
宿屋『マンダリンの木陰』の裏手には、その名の由来となった巨大な柑橘の木がある。はたして樹齢はどれくらいであろうか? 浅間と姉妹が手をつないだとしても、囲めないほどの大木である。
その木のたもと……大きな木陰の中に、浅間と姉妹の姿があった。
「じゃあやって見せるから。ちゃんと見てるのよ」
そういって呼吸を整えるアイリス。ふっ、と鋭く息を吐き出した直後、彼女は驚くべき速さで前に飛び出した。その先にあるのは、ずいぶんとぼろぼろになった案山子。
「――『双拳:
低姿勢から放たれた正拳突きを受けて、はじけるように後ろにしなる案山子。そこにさらなる猛追が繰り出される。
全身をばねにした強烈なアッパーカットだ。
ぱぁん、と破裂するような音。地面に深く刺していたはずの一本足がすっぽぬけて、案山子は天高く飛び上がった。
「な……なんですか今のは!?」
口をあんぐりと開ける浅間。目の前の140㎝ほどの少女が繰り出した武技は、彼の常識をはるかに超えていた。
「なにって……スキルよ。武術をかじったことのある人ならこれくらい誰でもできるわ」
そうこともなげに言うアイリスだが、はたしてこれが浅間にできるのであろうか。
「ほら。はやくやってみなさいよ」
拾ってきた案山子を地面に突き刺し、挑発的な視線を向けてくるアイリス。
「アダマンタイトさまならできます!!」
その黄色い声の持ち主は、少し離れたところから浅間を見守っているリリィだ。
これから浅間はこの宿屋を改善していくわけだが、それには姉妹の協力が不可欠。ここはぜひ一つ、華麗に決めて姉妹の信用を勝ち取りたいところだ。
……ことの発端は今から10分ほど前のこと。
さっそく自分のスキル『異世界全武技』を試してみたいと思ったアダマンタイトは、とくに何も考えずに姉妹にこう尋ねた。
「この世界の剣術や武術をみてみたいのですが、どこで見れますか?」
リリィはアイリスと顔を見合せてから、
「それならアイリスに実演してもらいましょうか」
と思いがけぬことを言ったのである。
じっと案山子を見つめる浅間。あの俊足と剛拳が自分にできるのであろうか。コンシェルジュとしてお客さまの話し相手になれるよう、さまざまな格闘技の知識を頭に入れた。時にはスパーリングの手伝いをすることもあった。
だが、浅間は言ってしまえばただのホテルマンである。超人的な力などない。
いいや……できる! 浅間は口をきつく結んだ。なんせ自分は異世界全武技というチートなスキルを持っている。『全』というからにはこの異世界のすべての武技を使える素質があるはずだ。
「――行きます! 『双拳:
アダマンタイトは駆けた。瞬間――世界が変わった。ぐるんと世界が反転し、重力からも解放される。
おお、この感覚は……!?
と思ったとき、浅間は派手につんのめって空中で一回転し、そのまま地面にぼちょりと落ちた。はたから見たら前転に失敗しただけに見えたであろう。
「あ、あはははは!!」
ぶざまなさまを指さして全力で笑うアイリス。
「ひーっ、何、いまの!? あははは、あははははは!」
面の皮の厚い浅間とて、さすがに今のは恥ずかしかった。「い、いまのは何かの間違いです……」と顔を赤くする。
「……アダマン……タイト……さま……?」
ひっ、とアダマンタイトの背筋が伸びた。まるで地獄から響いてくるような、背筋が凍るようなこの声はまさか……?
ちらっとリリィを見る。彼女はがっくりと肩を落とし、虚ろな瞳でアダマンタイトを見つめている。
「やっぱり金貨1枚じゃだめだったんだ……。ごめんなさいお父さんお母さん……。せっかく何かあったときのためにと金貨を残してくれたのに……。もう自害してお母さんとお父さんのところにいくしか……!!」
青い顔で何やらおっそろしいことをぶつぶつと言うリリィを、慌ててフォローするアイリス。
「だ、大丈夫よ、お姉ちゃん! もう一回したらできるかもしれないし……ね、アダマンタイト!」
アイリスはぎろっ、と浅間を睨みつけた。固く握られた拳が怖すぎて、浅間はかくかくとうなづくしかない。
「じゃ、じゃあもう一回……!」
へっぽこなファイティングポーズをとる浅間に、アイリスはにこりと微笑みかける。
「このクソ野郎! お姉ちゃんを泣かせたらケツの穴に案山子をぶちこむぞ!!(頑張って! アダマンタイト! できるって信じる心が大切よ。落ち着いて、成功した自分をイメージして!」
「考えてることとセリフが逆ですよアイリスさん!?」
あな恐ろしや、ケツアナを確定させてはならぬ……!! さぁ、もう一度……! そう浅間が前に出ようとした時だった。
――ゴォーン……ゴォーン……。
町に鐘の音が重く響く。時報だろうか? 浅間は顔を上げて音の出所を探る。
「……この鐘は?」
ギリ、と歯の軋む音。かすかに怒気をはらんだ無表情でアイリスが言った。
「――勇者が来た……!!」
その直後だった。宿屋の入口の方から轟音がとどろいたのは――。
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