異世界! 姉妹! 宿屋!②
すったもんだのあと、浅間は宿屋の1階にあるレストランに案内された。
広さは20畳くらいであろうか? 天井にはランタン、壁には見たことのない国の名前が記された古地図や可愛らしいポプリが飾られている。カントリー調のこじゃれたカフェのような印象を受けた。
「どうぞおかけください、アダマンタイトさま」
リリィに勧められて4人がけのテーブルに着いた浅間は、丁寧な清掃が行き届いたレストランの様子に「ほう……」と感嘆の声を漏らす。
板張りの床は古びてはいるものの美しく磨かれていて、窓の
デザイナーズの家具や高級な絨毯を取りそろえていたとしても、汚れていれば何の価値もない。『よいサービスは物の価値を乗算する』を信条とする浅間は、この古びたレストランをとても好ましく思った。
……しかし、浅間にはひとつ気になることがある。こんなにも配慮が行き届いたレストランだというのに、客の姿がないのだ。
十字の格子が可愛らしい小さな窓から見上げてみると、太陽は青く晴れた空の頂点にある。いまはレストランにとって掻き入れどきのはずだが……。
3人と1個が席に着くと、リリィはいきなりテーブルに頭突きをした。ゴンッ……と重い音。
「なっ……!?」
突然の奇行に驚く浅間に、リリィはゆっくりと顔を上げた。その丸っこい目には光るものがうるうると溜まっていて、いまにもこぼれ落ちそうである。
「ご、ごめんなさい……!! いきなり召喚なんかされたら、アダマンタイトさまだって困りますよね……!!」
ふええええ、と泣き出すリリィ。
浅間はたしかにきょろきょろとしていたから、動揺しているように見えたかもしれない。しかし、それはこのレストランに客がひとりもいないことをいぶかしんでのことである。
「まぁまぁ、落ち着いてください。たしかに少しびっくりしましたけれど、私は大丈夫ですから……」
「は、はい……」
おでこを赤くしたリリィがうなづくと、浅間はやっと落ち着いてその姿を見ることができた。年のころは15か16か。180ある浅間と比べたら頭一つ以上背が低く小柄だ。髪はマロンブラウンで、肌は白く、薄い唇はリップもつけていないのに優しい桃色をしている。
十分に可愛い顔立ちであったが、目だけとても大きい。ボブカットもあいまって、まるで某漫画の神様が描いた医療漫画に出てくる助手のようである。
浅間は心のメモ帳に『とてもかわいい、ただしピ〇コ』と書き記した。
リリィが落ち着くのを待って、浅間は気になっていたことを尋ねてみる。
「『召喚』とお聞きしましたが、私はなぜ『召喚』されたのでししょうか? いきさつを教えていただけますか」
鼻をぐすっと鳴らして、リリィが答える。
「……このお店は『マンダリンの木陰』という名の宿屋なのですが、母と父が亡くなってから経営が上手くいかず……。私もいろいろと試してみたんですが、赤字続きで」
宿屋と聞いて浅間はぴくりと眉を動かした。なるほど言われてみればたしかに、浅間が召喚された部屋は客室らしきものであった。
「ここは宿屋だったのですね……。たしかにオーラムさまも、宿屋の姉妹を助けてやってほしいとおっしゃっていました」
あの老人が『黄金と商いの神』を自称していたことを思い出しながら、浅間は続けた。
「経営不振をなんとかしようと、神さまを頼られたのですか」
「はい。藁にもすがる思いで、町の占い師さんに相談してみたんです。そうしたら黄金と商いの神オーラムさまにお願いしてはどうかと助言をいただいて、それで……」
そこで妹アイリスが「ふんっ」と鼻を鳴らす。
アイリスは顔だけみれば姉と瓜二つだったが、ロングの髪をお団子にして後ろでまとめていて、姉より快活な印象を受ける。
ぽけっとした姉と比べると剣呑なほどに眼光は鋭く、いまも浅間の一挙一動を探るように見据えている。その姿に、浅間はもしやと思う。この雰囲気には見覚えがある。――格闘家だ。いや、しかしこんな華奢な少女が格闘家? 浅間はすぐにそれを否定した。
アイリスは無遠慮に浅間を見ながら、腕を高飛車に組みながら言う。
「なけなしの金貨だっていうのに、アンタみたいなのがでてきたってわけ」
あまりな言い分に苦笑する浅間。それをじろりと睨むと、アイリスは「それで?」と冷たく言った。
「アンタはリリィの願いを聞きとげたオーラムさまに呼ばれたんでしょ。いったい何ができるの?」
明日の晩御飯のメニューの相談から、大統領暗殺の方法まで幅広く相談を受けてきた浅間である。ときに上手くいかないこともあったが、最終的にお客さまから「君に相談してよかったよ」と満足の言葉をいただいたことは数知れない。
ゆえに浅間は自信たっぷりに答える。
「お客さまのご要望なら、どのようなことでも」
あまりに浅間が簡単に言うものだから、逆に毒気を抜かれてしまったのかもしれない。アイリスは組んでいた腕をほどいて言った。
「じゃあこの宿屋……『マンダリンの木陰』の経営を立て直して。いますぐ」
妹のずけずけとした物言いが浅間を怒らせないかびくびくしていたリリィも、このときばかりは浅間を見た。オーラムに呼ばれた彼ならなんとかしてくれるのではないか……。そんな期待が瞳にこもっている。
「……ふむ」
浅間はちらりととなりトイペを見た。なぜか彼は白いツチノコのような姿から、トイペの芯のような奇天烈な姿になってしまっているが、人知を超えた存在である。この事態を把握してるかもしれない。
「ときにヨルムンガルドさん。ここはいわゆる『異世界』で、私はその世界の神さまに『召喚』されたのですね?」
トイペは椅子の上でだるそうに頭を上げた。
「せやな……。その認識であってる」
「では私には何か特別な力があるのではないでしょうか。『神の加護』や『全属性魔法適正』や『鑑定スキル』、いやいや『即死スキル』なんて可能性も!!」
「まぁ、なんかあるかもしれんね。……『ステータス・オープン』って念じてみ? あ、思うだけでいいから。絶対に言うなよ、恥ずかしいからな」
――キタキタキタキタ!! そうそうそれです!
思った通りの展開に、浅間は満面の笑みで言った。
「――ステータスゥウ・オォオオープンんんん!!」
「――言うなって言っただろボケぇ!!」
顔を赤らめたトイペの芯のつっこみもなんのその、浅間は目の前に示されたゲームのウインドウのようなものにかじりついた。
―――――――――――――――――
名前:アダマンタイト
年齢:28
性別:男
人種:異世界人
所持スキル:異世界全魔法 異世界全武技 ラッキースケベ(弱)
―――――――――――――――――
「ふ、ふぉおおおおお!!」
思わず雄たけびをあげる浅間。ラッキースケベはともかく、異世界『全』魔法、異世界『全』武技である! 名前からして圧倒的なスキルではないか!
「勝ち申した……!」
不敵な笑みを浮かべたアダマンタイトだが、隣のトイペのやる気のなさそうな顔に表情を元に戻した。
「ヨルムンガルドさん……先ほどからずいぶんと落ち込まれていますが……?」
はぁ、とため息をつくトイペ。
「魔法陣、消えたやん。俺、こんなんやん。帰れんやん……」
「そういえば……お姿がいささか変わられましたね」
トイレットペーパーの芯である。
「金貨1枚で召喚したツケがなーんで第三者の俺にふりかかるんよ……。こんなんおかしいやん。なんやねんトイペの芯って」
そう言われても困るアダマンタイトであるが、なんとなく事情は把握した。無理な召喚をしたしわ寄せが、ヨルムンガルドに振りかかってしまったらしい。
「ヨルムンガルドさんがどこから来たのか私は存じないのですが……。もしや私も、貴方も帰れない……?」
「せや。俺はただのトイペになってしまったし、お前さんも召喚されたからには帰れんよ。帰れるとしたら……」
ちらりとリリィを見るトイペ。
「召喚した娘の願いを叶えたときやね。手を合わせて『契約』してしもたやろ?」
なるほど、とアダマンタイトはうなづいた。
アダマンタイトとて、元の世界には家族も仲間もいるし、なによりお客さまがいる。どこぞの物分かりの良すぎるなろう系主人公のように「異世界で俺は生きていくぜ!」とはならない。可及的すみやかにこの仕事を片付けて、もとの世界に戻らねばならぬ。
されどその瞳に不安はみじんもない。なんせ神のごときチートスキルがあるのだ。
「リリィさん。私を召喚したときの願いは、このホテルの立て直し……ですよね?」
今のアダマンタイトにはそれくらい造作もないように思えた。なぁに、このチートスキルを使って魔王でも倒すか、ドラゴンでも狩って、王さまから報奨金でも貰えばいい。その金で宿屋は末代まで安泰である。
ところがリリィから帰ってきた返事は、とんでもないものだった。
「はい! 私はこの『マンダリンの木陰』を、世界一の宿屋にしてくださいとお願いしました!1」
きらっきらの瞳でアダマンタイトを見るリリィ。
「……こいつ、どんだけ頭お花畑なん」
トイペが悪態をつくが、アダマンタイトには聞こえていない。
あが、とアダマンタイトは口を開いていた。
世界一……!?
その言葉は彼には重たすぎた。彼にとって世界一の宿屋とは、設備、サービス、食事、そのすべてが完璧に整っている宿屋である。なんと遠い道のりであろうか……!!
――ねえさん、事件です……!!
こうして、アダマンタイトの新しいコンシェルジュ人生が始まったのであった。
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