2-03.夜空を黒板にして、今夜教えて

 ……俺は見事に手のひらの上で転がされたことを理解した。クィーセ先生は、策士タイプだった。しかも策士だと気付かせないタイプ。


 まず第一に、自分の魅力を理解している人だった。俺を後ろから歩かせることで後ろ姿に注意を引き付けるとともに、周辺位置の目印を見させなかった。俺は今、この場所からどう帰ればいいのか分からない。


 二つ目に、今にして思えばあれは間違いなく狸寝入りだった。おそらく、それまでに後姿をアピールしたので、正面側を見る機会を与えたのだろう。


 三つ目に、森の中という難度の高いコースに誘い込むことで、俺の時間経過に対する意識を削いでいった。俺は何度か小休止したときも、休むのと先生の話に受け答えするのに精いっぱいで、太陽の位置を確認していなかった。


 四つ目に、今の休憩のときだ。クィーセ先生は無邪気な瞳を捨てて、なんというか上手い表現が見つからないが、優しくちょっとエロい感じの眼をした。露骨なエロ目線ではない。気を許した相手に見せるような自然な色気。


 俺はその眼で、自分が逃げられない場所に誘い込まれたのだとはっきり気付いた。だって、そんな眼をするクィーセ先生にドキッとさせられたから。


「……先生。帰りませんか。まだ夕焼けてはいないけど、日が傾いています」


「授業の本番はこれからなんだよー。んーそうですね。


 ララトゥリ姉貴……呼び方を借りますね。ゆるしてね。


 『コバタくん』。


 『キミ』ってちょっと、誘導されやすいタイプですよね。ボク、いくつもヒントを出していたのに、キミはここまで誘導されてしまいました。


 先生悲しいです。最初からたくさんヒント出したのに。


 ……先生はコバタくんが、先生の意図に気付きつつも付いて来るタイプだとは思っていないんだけど、どう? 想定通りですか、騙されましたか?」


「……騙されました」


「……正直だね、良い子。


 今日の講義は隠しテーマがございましてそれは『楽しく学べる戦争ごっこ』。


 今日コバタくんは事前情報として、いろいろ危険性を感じる発言をボクがしていたことを憶えていますか?」


「はい。半分おふざけなのかと」


「それならもう半分の、本気の方の可能性も検討すべきでしたね。まさか攻めてくるわけがないと思っていたんでしょう?


 こういうのは作戦行動において致命的です。違和感に気付けない将官は自分のみならず兵を死なせることになります。


 コバタくんに将官の役割は今のところ求められていません。ですが兵卒としてアーシェルティ殿、ララトゥリ姉貴やボクの指示に従うなら、この違和感は出来ればコバタくんにも感じて貰いたい。今回露骨に示しましたからね。


 違和感を共感できないと説明に時間がかかるんですよ。


 ボク   : 変だな、違和感があるなぁ。


 コバタくん: え? 何がですか?


 こういう感じだと即断して行動が出来ない。いちいち説明が必要になって隊の動きが悪くなります。


 問答無用でついてこさせるのも一つの手ですけど、滅私の心を持った兵隊ってボクはあんまり使いたくない。将官に疑いを持てないのも良くない」


「……なら疑ってかかりますけど、この説明って時間稼ぎですか?


 俺を帰れなくするための」


「はずれ。


 そもそもキミ。もう帰れないというか……逃がされない状況なんですよ。その辺の現状判断も、まだ甘いと言わざるを得ませんです。


 いいですか、何回もチャンスは与えました。戻るための機会を。……でもキミはボクがホンットーに明白なシグナルを出すまで気付かなかった。


 あれは、赤点補修の合図なんです。あれで気付かなかったらもうダメでしょ? ボクが今まで、キミに向けたことがない視線をしたんですから」


 俺は落第寸前……。取り返しがつかなくなってから気付いた。


「先生、戻らせてくれる気は……」


 俺は一縷の望みにかけたが、クィーセ先生はちょっとムッとしたようだ。少しだけ不機嫌を滲ませた言い方をされる。


「ないって分かっていることを聞かないように。授業の邪魔です。復習とか確認は大事ですよ。でもダメ元みたいな確認されるのはちょっとね。


 ……で、フィエちゃんとかも正直、この講義に噛んでいるんですよ。


 わからないかな? ボクはフィエちゃんに提言した。キミは『ちょっとチョロ過ぎる』んだって。そもそもそこら辺を教えないと繰り返すだけだって」


 ……え。フィエから……フィエにもそう思われてる……ってこと? クィーセ先生とフィエは、俺の知らないところでそんな話をしてたのか。


「ね。今ショックな顔しているけど、フリじゃないよね?


 自分への認識が甘い。硬派な振りをしているけれど、フリだけじゃ、ねぇ?


 さすがに可哀想だよ、フィエちゃん」


 今までの口調とは違い、最後の言葉は、感情をこめないバッサリとしたものだった。今まで外側しか見ていなかったクィーセ先生の内面を見させられた気がした。


 俺が畏縮したのを見ると、クィーセ先生は顔をふっと緩めた。


「……ひとつ、キミに優しい言葉をあげておくね。


 これはボクからの指導。イジメているつもりはないし、無理に返答を強要したりしない。ただ聞いているだけでいい。


 聞いて、考えて。……フィエちゃんのためにもね。




 ……ねぇ。キミってフィエちゃんが好きで、フィエちゃんのもの、なんだよね。


 なのに、フィエちゃんの合意があったとはいえ、ララトゥリ姉貴を断固拒否できなかった。キミには譲れない決意がない。強引に押せば譲歩する。


 ならフィエちゃんの言うことを聞くのが目的? 違うよね。フィエちゃんに合意の取れていないままアーシェルティ殿に手を出しちゃったんだもの。


 向こうから強引に? 何か打ち明け話を貰って、同情して相手に譲歩した? 何の言い訳にもならないということはよく理解しておいた方がいいよ。


 キミの一番良くないところは、正直じゃないところ。別に外側へ向けての話じゃない。キミは『自分にこそよくウソを吐く』んだよ。


 フィエちゃんが大事だから他の女には目が向かない? それは『キミが設定したウソ』であって、それはもう破綻しているのにしがみ付いているんだ。


 ……ちょっと作戦の話に戻るね。この『ウソの目標と、それが破綻しても維持しようとする』って、とても命に係わるからね。無駄死にを増やす要素なんだ。


 今のところ、キミは将官にまるで向かない。ボクはコバタくんが隊長になったとしたら付いていけない。見誤っていることが多すぎる。


 ……ごめんね。言葉が強くなっちゃった。良くないなぁ……ボクは」


 ……確かに俺は自分にウソ、というか言い訳が多い。ごちゃごちゃ考えているが、自己弁護やらなんやらが多くて……。


「じゃあ、クィーセ先生ちゃんの、ワンポイントアドバイス。


 今までの言葉、割とウソだよ?」


 あっけらかんとした口調。コロッと化けたように変わる表情。俺は呆然とした。


「……え?」


「じゃあ、クィーセ先生ちゃんの、ワンポイントアドバイス・その2。


 いやいや、あれは全部ボクの本音なんだよなぁ……」


 クィーセ先生は今度はちょっとふざけた感じで先ほどの発言を否定してみせる。さすがにからかわれている感が強くて、俺はムッとした。


「……なんなんです。からかっているんですか」


「じゃあ、キミはどっちを信じたい?


 どっちであってもボクは構わないよ。それに本音かウソかなんて、キミにとってはどうでもいいことじゃない?


 だって、キミとフィエちゃん、婚約者同士の話なんだよ? 部外者のボクの意見なんてそこまで真面目に聞く必要ないじゃない。


 キミの良くないとこ、もう一つ言おう。キミは流されやす過ぎる。さっき真剣に悩んだ表情をしていたかと思えば、今度はこちらに疑念を向けて来たりと、感情に落ち着きがない。


 ……反省したり傷付いたりした振りをするな、直せないんならそんなの無駄だ」


 ……クィーセ先生の言っていることが、色々こんがらがってくる。はぐらかす様なことを言ったり、からかったり、まぜっ返したり、鋭い言葉を出して来たり……。


 表情もコロコロ変わる。いつもの笑顔。真面目な顔。厳しい顔。無表情。いろいろ。そんな表情の読めなさが俺を混乱させる。何のための表情なのかが分からなくなってくる。


 そんな俺の様子をクィーセ先生は不思議そうに見つめて、言った。


「ねぇ。コバタくん。


 こんな訳の分からないことを言ってくる先生は嫌いかな?


 『ボクの生徒をやめる』かい?


 これは、すごく正直に答えが聞きたい。キミのハートから直接ね」


「……やめません」


「なんで?」


「それは…………」


「……ウソの吐けない生徒さん。


 さっき指摘されたから、見透かされそうで怖くなっちゃったんだね。


 自分の心へのウソ、それをやめたから今は言葉が出てこない。


 律義なんだね。もっとズルくて、いい加減でもいいのに。


 こわがらないで、先生はキミを嫌ってなんかいないよ。


 でも、これ以上は駄目。優しい言葉はあげられない。


 自分を真面目だと思い込んでる生徒さん。


 良い子ちゃんぶってるから、怖がりだから、それを認められない。


 自分がしてきたことに理由付け、言い訳をしてるからそうなるんじゃない?


 ね、ボクから優しくしてほしい? でもそれはしてあげられない。


 可愛い生徒さん。


 キミの気持ちは分かっているよ。ボクも同じだから。


 どう? 勇気はある? なんで挫けちゃったのかボクには分かんないんだ。


 キミの過去に何かがあって、心に傷があったとしてもボクには分からない。


 ……キミは誰かを傷付けたくない、わけじゃあないとボクは思うよ。ウン。


 キミは誰かを傷付けて『自分が悪者になる』のが怖いんだ。良い子ちゃん。


 悪者になんて出来ればなりたくないよね、わかるよ。


 ボクの生徒さん。


 こわがることは悪くないよ。でも、なんでボクに伝えてくれないの?


 ボクはキミのことをもっと知りたいんだ。わかるでしょ。


 先生に、キミの言いたいことを言ってみてくれる?」


「…………」


「……ハイ。じゃあ、今日の講義はこれでおしまいにします。


 夕暮れだね。街に帰ろうか。


 クィーセちゃんの講義、面白かったかな?


 どれがどこまでウソかホントか?


 ……まだここにいたい? 帰る?」


「……残ります。一人で。


 ここってメリンソルボグスの近くなんでしょう?


 明日……多分、一人で帰れます」


「……はい失格ー。


 近くないよここ。またウソに引っかかっちゃったね。キミはここの位置の情報を何も持っていないくせに。『夕暮れだね。街に帰ろうか』ってボクの一言のウソに惑わされた。ボクの人格を見誤ったんだ。優しいのではないかと。そうじゃなかったらどう?


 キミは、よく分からない女に森の中へ連れ出されて殺されるかもなんだ。キミはボクには勝てない。わかるよね?


 キミはボクが散々訳の分からないことを言ったのに、まだあてにしている。信じたがってる。そんな相手を殺すなんて、いくらでも出来ちゃうんだ。


 キミは弱い。身体はかなり訓練を受けたけど、今、心を整理して強くなっておかないとこれから苦しむだけだよ。


 引率責任あるからね。ボクが横にいてあげる。イヤだったら逃げて」


「……横にいて下さい」


「わかった。ここにいるよ。


 お疲れ様。お腹空いてる? ……そっか、なら一緒に夕ご飯食べようね。


 次も授業に誘うよ。断るのも自由だけど、受けてくれると嬉しいな」




 しばらく、夕日が沈んでいくのを二人で眺めた。


 俺がさっきから言えなかった言葉、怖くて言えなかった言葉。クィーセ先生が引き出そうとした言葉を俺は言った。夕日はもう、山の向こうに消えていた。


「……俺はクィーセ先生のことが、好きです」


 さっき『ボクの生徒をやめる』かと聞かれて、『やめる』と答えられなかった理由だ。彼女の生徒でなくなるのが嫌だった。


「結論?」


「そうです」


「どうして好きか、聞かせて。先生だから答え合わせはしてあげる」


「普段、俺に感じよく接してくれていた。アーシェの件で相談に乗ってくれた。俺に最初、挨拶のキスをしてくれた。見た目が好きだった。今日もこうして俺に力添えしてくれていた。


 それに……俺にさっきの結論を言わせたがっていた。いろんな方法で、答えが出るように導いてきた。


 クィーセ先生も俺を好きだって、思っている気がした」


「正直になってきたね。


 その答えは先生好きだなぁ。キミがちゃんと答えてくれた。


 まだ、何か分からないこと、ある?」


「……俺は、気の多いクズ男なんでしょうか」


「おやおや、そこに答えださないままさっきの結論出したの?


 いけない生徒さんだな。


 途中の計算式をテキトーに、感覚だけで結論、答えを出しちゃってる。


 キミが良い点数を自分にあげられないのは、そこがテキトーだからだよ。


 ……わからない? ……そうか、じゃあ先生の答え言うね。


 『今はまだ違うよ』かな」


「……そうなんですか? こんなに好きな相手多いのは、良くないんじゃ」


「それも、ある意味では答えとして合ってるんだよね。


 でも、ボクからすれば一つの条件で分岐する。違う答えが出る。


 好きな相手が多いのは、キミがスケベだからだよ。悪くないよ、個性。


 相手が多くて、色々破綻させてしまうなら『無責任なクズ』かもね。


 何度かキミはクズになりかけているけど、持ち直してはいる。


 ちゃーんと全員愛せるのなら、キミをクズだなんてボクが言わせない。


 もし『全員を愛し通して、幸せにできる』ならボクが誰より評価するよ。


 そうだな。ちょっとイジワルな言い方しちゃおう。


 『一人も幸せにできない奴より、たくさん幸せにしたキミが偉い』、だろ?


 ……でも、これはまだ未来にしかない答えなんだよ。


 今のキミにはあげられない答えなんだ。……これ、欲しい答えかい?」


「…………分からない。まだ見通しがたっている気がしないです。


 その将来の答えが欲しくはあるけど、まだ手に入らないし。


 ……自分が全員幸せにできるなんて自信、持ちたいけど。でも、俺は……。


 ……最初は、フィエに幸せでいてほしいと、俺がそうすると決めていました。


 でも、何度もフィエに辛い思いをさせて……フィエを、泣かせてしまった」


 俺の思うところは何よりそれだった。好きな人が泣いているというのは、何よりも明白な証拠だ。これは悪いことなんだ。


「……キミは少し、そこを間違えている。


 フィエちゃんは泣いてなんかいない。彼女は認めてないじゃないか。


 ……そだねぇ。キミが背中に感じたのは、ヨダレとか鼻水だったかもだよ。


 あるいは彼女の指や舌がそう感じられたのかも知れないよね。


 でも、泣いてないよ。それは認めてあげてね。


 『フィエちゃんは、コバタくんの前では涙を見せない』んだから。


 ……フィエちゃんが目標達成できず、負けちゃったみたいじゃないか。


 いい? フィエちゃんは『まだ』泣いていないからね。


 これから先、泣かせないように努力してあげてね」


 クィーセ先生の言葉は優しい。俺やフィエに対して、応援をしてくれている。これから良くなっていけばいいと言ってくれている。


「はい……そういう目標、フィエは持っていたんですね。知らなかった」


「んー? 目標って何だい? ボクは情報漏洩してないよー。忘れてねー。


 いいか忘れるんだ。もともと泣かせる趣味ないだろー? あ、ベッドでは別か。


 いいかね、情報漏洩のことは忘れるんだ。忘れるんだぞー、約束だぞー。


 もう一度言う、情報漏洩のことは忘れるんだよー」


「分かりました先生……。


 なんでちょっと、笑わせに来るんですか」


「次にキビシイことを言うからだよ。


 『コバタは誰を好きになってもいい。でもわたしはコバタを誰にも渡さない』


 ……この言葉から察するに、フィエちゃんはキミを『どうしようもないスケベ』と思っていそうだよね。それをフィエちゃんは理解して受け入れてくれてる。


 寛容と言うか、キミのしょーもないところまで愛してやるって言ってくれてる。こんなにも愛されてキミは幸せ者だね。


 しかし、ボクからは一つ言わせて貰いたいことがある。


 ……あーんな可愛いフィエちゃん以外にも手を出すとか、正気かね、キミィ? 特にボクがイケナイと思う理由は二つある。思い当たるか確認してね。


 正気じゃない理由、キミは『フィエちゃんにはできないこと』を設定している。


 正気じゃない理由、キミはそれを他の女に対してやりがちだ。特にアーシェルティ殿の不貞でやったことって、フィエちゃんにもしたいことなんでしょ?


 キミって本当はフィエちゃんにしたいことがあるのに、してない。ボクから見ると自分にウソ吐いてるように見える。けれどもキミの主観はボクには分からない。正解じゃないかも知れない。


 ララトゥリ姉貴やアーシェルティ殿。キミはこの二人を想っていはするけれど、そこを通しフィエちゃんを見てたりしない? これはボクの想像、邪推だけど。


 それは両者にとって失礼なことだとキミは分かってる。だから自分がクズに思える……んじゃないかな。んー、知らんけど。


 キミはまず自分が『どうしようもないスケベ』だと自覚してる?」


「……確かに、俺を良く表わす言葉だと思います」


「その自分を、ぶつけられるだけフィエちゃんにぶつけてないよね。


 もしぶつけた上で足りないならまぁ、後ろめたくもないんじゃない?


 フィエちゃんもうコバタくんの欲を受け切れなくて限界。大切なフィエちゃんを壊す訳にもいかないから他の女も必要……とかなら世間の目はともかくボクはいいと思う。キミの性欲が異常でも、それはまぁ個性と言えるし。


 でも、フィエちゃんに手加減した上で他に行くなら、ボクは浮気者って思う。フィエちゃんを信頼せずに、彼女に出来ないことを他にやるのは浮気だよ。


 本来フィエちゃんに使うべき欲を、他の女に流用してたりしない?」


「……俺の欲をまるごとをぶつけて、フィエは大丈夫なんでしょうか。


 全部やれっていうんですか」


「それは恋人同士の事柄だから、先生は関知しないよ。コバタくんがフィエちゃんの限界を感じたらやめてあげてね。


 でも、本当に分からない?


 フィエちゃんまだまだ受け切れるし、もっと欲しいって思ってそうだよ」


 ……過去に、下弓張の魔法でフィエの分身から『本音』を聞いたのを思い出す。確かにフィエはまだまだ許容しそうではある。


「ボクはさ、先生なんて顔で今キミに接しているけど大した人間じゃない。全部信じなくてもいい。キミはちょっと真に受け過ぎだよ。影響されやすい。


 ……でも、キミ。コバタくん。ボクの生徒さん。


 ちょっとでも信じてくれたなら、ボクからのレッスン1は終了だよ。


 ……じゃあ、先生からの評価。キミへ贈る言葉。


 キミのわだかまっている部分は、早めに直さないと今の状況を受けきれないと思う。だって女3人抱えてるんだよ? 今更ウジウジしてちゃ危険だとボクは思う。


 次に『キミにとっての自分』が何なのかは、心を覗けないボクには分からない。だけど外から見れば、やたらと愛されてる幸せ者だよ。世間様に体面が悪いってのはそう。でも彼女らには、自分をもっと誇るくらいで良くないかなー?


 以上! 今日の講座はこれで本当に終わり。 


 もう寝るよ。ほら、すごいだろ。ここに野外泊用の布仕込んであるんだ。


 明日帰ったらボクはアーシェルティ殿の手伝いをしに行く。ウイアーン帝都への出発準備、予定からかなり遅れていそうだもん。


 フィエちゃんには明日も魔法訓練って言ってあるけど、その時間は全部キミにあげる。早いうちにやっておかないと取り返しがつかなくなることもある」


 クィーセ先生は、執行官ローブの隠しポケットから大きな布を取り出し、俺を一緒に包んだ。


「この毛布は風を防げるし、ちょっと大きめに作ってある。


 ボクが執行官として誰かを助けて保護するときのためにもね。


 今日はボク、キミとはしない。少なくともこちらから強引にしたりしない。


 それとも浮気してくれる? フィエちゃんに全部出しきった残りじゃなく。


 ボクのためだけに、間違った答えを出してくれる?


 ……ボクだって、そういう答えが欲しかったりもするんだよ?」


 この布は、クィーセ先生の匂いが染みついている。はっきり思う。こんなものを二人一緒に被って包まれていたら……。だが、だとしても。


「まずは、フィエに正解を確認しに行きます」


「……先生応援するよ。頑張りなさい。


 ボクが言うのもなんだけど、今日の夜はキミにはツラいぞー。生徒さん」


 体温で温まっていく布の内部の空気と身体。クィーセ先生の匂いがとても濃密だ。この匂いを耐え難いほどに良い匂いだと思ってしまう時点で、俺はどうしようもないスケベで、クィーセ先生が好きなのだと理解させられた。


 でも、それでも俺にとってはフィエが一番大切で、好きな人だ。これは、これだけは揺るがない。




 翌朝、大量の欲求を抱え込んだ俺は、クィーセ先生と共にメリンソルボグズに帰還した。クィーセ先生は俺を送り届けるとすぐに離脱した。


 フィエが玄関に出迎えに来て、ジトッとした目で俺を見る。


「朝まで何してきた。コバタからクィーさんの匂いがすっごいするんだけど。


 …………ん?」


 フィエは、俺が滾るような性欲を抱えたままであることに違和感を覚えたようだ。……フィエは勘がいいな。指揮官向きなのかも知れない。だがもう遅い。


 俺はフィエの両二の腕をがしりと捕まえる。俺の眼が、どんな光を放っていたかは分からない。フィエはその視線に射すくめられるように、ピンと硬直した。


「フィエ。部屋に行こう。……いや、来い」


 フィエの手を掴み、俺たちの部屋に向かう。ベッドにはララさんがまだ寝ていたので追い出す。部屋を閉め切る。


「……コバタ。クィーさんが何かしたの、何か言ったの?


 …………ッ。アイツ、まさか」


 フィエが少し青褪めて呆然とした顔をする。フィエが最後まで言葉を発する前に俺は襲い掛かった。怯えたフィエも可愛いなぁ。




(詳細は伏す)




 コバタとフィエが朝から部屋に閉じこもって、もう夕方になる。ララは追い出されたし、なんか部屋に声もかけづらいのでクィーセの部屋に居候していた。


 ララは思う。……なんか、あの部屋の前に行くとこわいんだもん。いろいろ聞こえて来て。さっきもまだ続いていたもん。なんで獣みたいな声がするの、ここヒトの住処だろ。


 気を利かせて部屋の前に小机を運び、ご飯と水は置いてきた。『これを食べて下さい。早く部屋から出てきてね ララより』と書いた紙を添えたが、よく考えたらコバタくんはこっちの文字読めないんだったな、とララは思った。


 夕暮れの空になってもコバタとフィエはまだ部屋から出てきていない。いつしか食べ物は空になって部屋の外にあった。水桶とコップはまだ中のようだ。栄養と水分大切だね、とララは思い、追加も用意した。


 薄暗くなってから、クィーセがアーシェと一緒に帰還する。


「オイ舎弟。コバタくんをそそのかしたな」


 ララは原因を察していた。コイツそういうところあるんだよな、と思った。


「だって、フィエちゃん潰しとかないと通過儀礼大変そうですし」


 そのやり取りを聞いて察したアーシェが呟く。


「ご主人様が今、コバタと…………?


 フフフ、堕ちろ。私と同じところまで堕ちてくればいいんだ……」


 ララはアーシェの呟きを聞かない振りをした。


「舎弟はさぁ……。そういうとこ良くないぞ。


 もうちょっとこう、何というか手心と言うかをしなきゃダメだろ。


 ああいう強烈な『誘導』は敵に使うものであってさぁ」


「技術は使わないと。魔法ももっと使わないと、がボクのスタンスです。


 それにフィエちゃんは敵城の主ですよ? うまく彼女の恋の奴隷を使って刺させるのが良策だと思いました。


 今は用意が足りていない。ボクではフィエちゃんは倒せない。でも奴隷は王を刺せる位置にいるから使いました」


「……倒せたと思っているのですか? フィエエルタ……ご主人様を?」


「いやーキツいです。


 昨日は、コバタさんの心を整理してあげて信頼を得て、一番目を取り換えてやろうかと思ったんですが、無理でした。


 ならボクとしてはフィエちゃんに負けを認めて投降する前に、この部隊において能臣になれることを示す攻城戦を仕掛けておこうかと。


 高度な柔軟性を以て臨機応変な対処が出来たと思っています」


「……舎弟。お前負けるぞ。蹂躙されるぞ」




 二日目の朝。まだ出てこない。またもご飯は食べてあった。良かったとララは思い、新たに食事と水を置いておく。


 前よりずっと小さくなったが、まだ弱々しく獣の声がする。コバタくんの身体を鍛え上げたのは正解ではなかったかもしれないと、ララは初めて思った。


 トイレ大丈夫かな? お風呂もそうだけど、この部屋と近い位置にあるし、夜とかに行ったのかな、とララは憂慮した。


 ……よく恋愛のキメ台詞に「もう一秒だって離れない」みたいな意味の言葉があるけど、私はトイレには付いて来て欲しくないな、とララは思った。


 二日目の昼前。獣の部屋になにか反応を感じたのでララは向かった。まさかコバタくんフィエを死なせてねーよな、お医者さんできるアーシェの出かけた先は憶えている。現状確認してヤバいようならすぐ呼ばないと、私じゃ応急処置までだとララは即時行動した。


 ララが部屋の前に近づいたとき、コバタがかちゃりと扉を開けた。むわっとした空気と汗と性の匂いが溢れ出る。


「おう、性獣コバタくん。フィエは大丈夫なんだろうな」


「寝てます。確認しますか?」


「一応確認する。命は大切。……でもキミ、どれだけのことをやったの?」


「さすがにフィエも限界だと思ったので、今回はここまでです。


 フィエはたまに嫌がりましたが、説得し、最終的には喜びました」


「それは危険思想だ。今回限りにしなさい。割とマジで今回限りにしなさい。


 ……あと服着ろ。ここはヒトの住処だぞ。廊下には通せない。公共の場所だからケモノは入っちゃダメ」


「……ケモノ、耳、尻尾。……ララさん、アーシェに頼めば腕のいい服飾の人紹介して貰えますかね? まだ全然終わってないや」


「そうか、まだなんか抱えているのかキミは。そういや着衣を好むタイプだったな。しばらく出かけるんだから帝都で調達しなさい。


 フィエの面倒は私が見るから。キミがフィエ見てたら延長しそうで怖い。


 ……フィエー? 生きてるな? ……ヨシ、生きてるな。


 アーシェに少し回復させてもらった方がいいかー?


 ん? 寝てれば大丈夫? ……フィエは強い子だなー。


 痛いとことかあったりしない? ……そっか、問題ないかー。


 私が替えのシーツ……マットも持ってきてあげるから今日は安静にしような。


 空気入れ替える? ……ん、いらないか。


 ……ん、なに? なにか言いたいことあるの?


 …………うん、…………うん。良かったな。今はゆっくりお休み」

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