2-04.軍法会議、地母神講座、雷電

 その日の夜。アーシェ邸、応接室。5人が居並ぶ。議長席にはララさん。


 フィエは回復してこの会議に参加している。ソファーの隣に座ったフィエを俺は抱き寄せている。フィエは『しょうがない人だなぁ』という感じだ。


「じゃあ、クィーセリア。我が舎弟よ。申し開きはあるか」


「ありません。ボクを奸臣とみて処断するか、能臣として仕えることを許すかはフィエちゃんの御心のままです」


「ではフィエエルタの回答待ちになりますね。判決は最後に」


「次にコバタくん。私からキミに一言。


 キミの世界を悪く言う気はないが、性的許容範囲がこちらに比べてあまりにも広い。性欲異常者の妄想みたいな性癖を実現するのは控えなさい。


 その知識をこちらの世界に適用すると、カルチャーショックがでかすぎる」


「……反論を。


 俺が用いた性的行為は『俺の好みのもの』に限定しています。好みでないとか嫌悪を感じる性癖は一切使用していません。


 また、使用する器具が足りずに実現不可能だったものは多々あります。


 加えて言いますと、俺はあちらの世界ではノーマルの範疇内だと思っています」


「本当か? 虚偽ではないよな?」


「俺は自分で『俺は性癖が狭くて選り好みする方』だと感じています。おそらくは既知の5%以下、ニッチで知らない性癖も含めたら1%に満たないでしょう」


 会場が小さくどよめく。アーシェが小さく呟く。


「そういえばコバタって……何をしても『私個人に対する動揺』はしていたけど、行為そのものは普通に受け入れていたわね……」


「証人アーシェ。一つ例を挙げてみて」


「……コバタの血を飲みたいと言ったら、少し動揺していましたけど普通に応対されました。異常行動として拒否せず、飲ませてくれました」


「それって性癖なの? オナカ痛くならない? あと病気とかには気を付けてね? なんでそんなことを……ああ言わなくていいや。深く論ずるところではない」


「議長、この吊し上げの場は無効では?


 ボクはコバタさんに責任能力が問えないのではないかという懸念を抱いています。前提を読み違えたまま裁判が始まっています」


 なんかワイワイしているところを、フィエが制した。鶴の一声という奴だ。ベッド上でたくさん声を出した影響か、やや枯れた鶴の声ではあったが。


「えーと。黙れ。


 クィーさんお前、通過儀礼覚悟しとけよ。逃がさないぞ。


 コバタ、クィーさんは必要。逃げられないようにしてやりなさい。


 アーシェ様、お仕事いつもありがとう。暇が出来たらまた遊びましょうね。


 ……ララさん、こんなんでわたし達大丈夫なんでしょうか?」


「まぁ、旅先でこじれるよりは良かったんじゃない?


 フィエはもう……大体やりつくされたんだろ」


「まぁ、うん。ここまでさせるのはわたしだけという自信がでました」


 フィエは赤面したが、満ち足りた表情だった。




 翌日。


 アーシェはメリンソルボグズから出立するための準備、引継ぎをほぼ終わらせていた。目的地であるウイアーン帝都への事前連絡や調整も行なっている。


 自身の後任も決め、本来は敵派閥であるケルティエンズ筆頭執行との話し合いも行なった。相手は長い間いる古参だけあって、頼らなければならない部分もある。話し合いは終始穏便に終わった。


「これにて、会談は終わりとするのだよ。


 ……アーシェルティくん。


 貴女がこの街からいなくなることを、小生は悲しく思うのだよ。


 ……そしてあの大会議場に貴女の声が響かぬ日が来るのを悲しむ者は多い。


 それを背負ったつもりで旅立ちなさい。


 安全……は望めないかもだが、せめて幸運を祈っておこう」


「多大なご協力を感謝します。ケルティエンズ筆頭執行。


 ……このように尽力して頂けるとは、ひと月前の私なら信じないでしょう。


 この街、そして周辺諸地域も危険にさらされます。


 防備の統率は何卒よろしくお願いします」


「承知。


 ……で、退職理由、本当にアレでいいのだよ?」


「嘘を吐いてどうなります。


 秘匿せねばならぬ部分以外は私を正直者にさせて下さい。多くの期待を裏切るのですから、せめてものことです」


「でもさ『愛しき人、並びに我がご主人様との長期旅行のため』っておま。


 ちょっと流石に性が乱れていると思うのだよ。若いとはいえ」


「なんと誇らしい理由でしょう。幸福です。そうは思いませんか」


「あー、うん。頑張ってね。


 小生さ、捏造疑われるのがイヤなのだよ……。これ公示されるのだよ?!


 これって貴女の風評を貶める宣伝工作に見えちゃうのだよ」




 ララはフィエと共に、実戦の訓練を行なっていた。フィエは本調子ではない。だがこの状態での訓練はほとんど必須と思われた。


 旅先で似たような事態が起こったとき『ヤリ疲れていて負けました』では済まされない。調子が悪くても戦えなければ、ただのお荷物なのだから。


 フィエには軍人や戦士、兵隊の動きは出来ない。すばしっこさや身軽さはあるものの体格と資質が全く足りない。もっとも向くのは諜報と斥候だが、メンバー全員からその運用はネガティブに捉えられている。危険が大きい役目だからだ。


「つまりフィエ。お前が望まれる役割は後方からの支援。加えて言うなら『メンバー誰とでも連携できる』ことを全力でやれ。


 例えばコバタくんと舎弟は『早駆け』が使えるから組むことが多くなる。そこに連携の重点を置いてやることになる。


 だがお前は全員だ。全員と連携して『誰よりも強力に支援』できるようになれ。努力目標じゃなく、やるべき役割だ。こなしていけよ」


「了解です、ララさん。あとは指揮の優先度を確認したいです。


 わたし達二人の場合、どっちが指示するかは現状ララさんです。支援の立場から何か助言はすべきでしょうか?」


「常に指揮する立場になったつもりで考え、自身を訓練しろ。余裕があったらこっちから今フィエが考えていることを聞いて参考にする。ちゃんと考えているかの抜き打ち検査も兼ねるからな。失望させてくれるなよ?


 まずは判断と、それを相手に言葉で十全に伝えるのを出来るようにしていこう。例えばこうバチッとやってズガーン、みたいな感覚的な表現はしないように。


 ああ、あと私の判断が遅れていると思ったらいつでも指示出せ」


「了解です。


 ……それと、この件でちょっと困っているのがアーシェ様なんですけど。


 アレ、どーしたらいいですか?」


「大丈夫だよ信じてやれ。私と同じでいい。


 夜は……まぁちょっとアレだけど、戦場では澄ました顔してちゃんと行動できるだろうからさ」


「次にクィーさんなんですが、指揮能力はどの程度なんです?


 なんだか測りかねていまして」


「舎弟は指揮自体は出来ると思うんだがなー。ちょっと歪んでるというか。指揮対象が『アイツ一人の部隊』なんだよ。メンバーに求められるところが高すぎる。


 まぁアイツの指揮の時は全力でついていけ。加減はしてくれるはずだ、それでも高水準求めてくるけど」


「コバタ……コバタが一番分かんないです。好きなので」


「私もアイツは分からん。なんか影響受けて行動変わりやすいし……。


 まぁ、現状ダメとみておけ。指揮能力があるかどうかは今後の活躍に期待だな。


 ああ、今日はここまで。明後日から船旅だし。忘れ物ないか、買い出しは十分かはしっかり確認しとけ。


 それとコバタくんのために新しい服2-3着増やしとけ。服装変えるだけで滅茶苦茶興奮するらしいから。船旅中のマンネリ防止用だな」




 俺とクィーセ先生は、補修を始める事となった。


「じゃあ、生徒さん。今日の課題ですよー。


 『ボク、先生を追いかけて捕まえてみよう』の訓練をしますねー。


 ちなみに見失ったら隠れます。オーダーは追跡から探索に切り替えです。


 しばらく見付けられないようなら出ていきます。無駄な時間になっちゃうから。


 コバタさんの以前主張していたことを尊重し、ボクは『周辺に迷惑行為』はしないようにしますが、それ以外では妨害します。


 実践的ですねー。しかも今回はご褒美付きですよー。


 今日一日の訓練期間、先生を捕まえた後は生徒さんの『自由時間』です。


 どーですかぁ? 先生は、生徒さんがやる気出してくれると嬉しいなぁ」


「挑発しますね。そちらが強いのはよく理解しています。


 学ばせて貰いますよ、先生」


 俺が多少の啖呵を切って始めた訓練だったが、しばらくの追いかけっこの後に今は一区切りがついてしまった。


 クィーセ先生による制圧完了だ。


「ボク、実践的って言ったじゃない。こういう反撃は妨害の内だよ?」


「幸せな屈辱ですね」


 俺は今……何なんだろうこの態勢? 俺は地面にうつぶせ、両腕は固められている。背中を先生の尻に抑えつけられている。


 パロ・スペシャルという奴か? なんか技をかける側の向きが違うような気もする。まぁそんなことはどうでもいい。背中に感じる尻の圧力が素晴らしい。


「先生、早く捕まえてほしいんですか、そうでないんですか?


 俺は解放されてもしばらく速く走れませんよ」


 俺はやたら挑発的な先生に向けて、下ネタで反撃するしかなかった。


「地面に擦りつけて、地母神の加護にでも縋ってみるかい?」


 先生から割とバチ当たりな宗教ジョークを言われる。これって許容範囲なのだろうか。こういうラインって分かりにくいんだよなぁ。


「神様にちょっと失礼じゃないですか……。


 そういえば地母神様ってどういう神様なんです?


 詳しく知らないので、これを機会に覚えておきたいです」


 しばらく先生の尻を感じていたいという欲も満たせる一石二鳥だ。


「お、生徒さんは地母神様に関して初心者?


 いいですよ、先生が分かりやすく教えてあげます。ボクは神学者としてはあまり大したものじゃないからおおまかな概要くらいになっちゃうけどね。でもさ、かえって初心者さんには良いかもね。」


「よろしくお願いします。地母神様には失礼ながら、全く分かっていない初心者です」


「いいよいいよー。地母神様は許すに違いないです。たださ、ちょっと不思議なところもある神様だから『なんかヘンだな?』とか思うかもしれないけれど、そこら辺は細かく突っ込んじゃうと話が長くなるからスルーしてね。


 えとね、まず地母神様は大きな源流となる神話を二つ持っていて、それぞれ違う物語が語られているんです。今の信仰ではどっちの話も『まぁそういう事なんだな』と受け入れることで成立している。言い争うと宗派が出来て最悪の場合分かれちゃうからね。


 ひとつめの神話は『天恵地母』と呼ばれるものだね。『空、あるいは天上神様』がこの地上に精を遣わして、それが大地に落ちて生命を産んだというお話。人間が産まれるまでのように、外からこの大地に『生命の元』が訪れたことによる創世だね」


「なるほど、人間と同じようにこの世界も生まれたって神話ですね」


「そうそう、理解が早い生徒さんで助かるよ。


 それでふたつめが『斬首地母』だね」


 俺はギョッとした。斬首とは穏やかではない単語だ。なんで地母神様が殺されているんだ。斬首ってことはそういうことになるよな……?


「お、今の言葉はやっぱり不思議に感じるみたいだね。


 神話の内容はね、首を斬り飛ばされた地母神様の頭がくるくると宙を舞って、それがこの大地となった。海は涙と汗。湖川は鼻水と涎。溶岩は血。地中を掘ったときに瘴気が出てくるのは地母神様の首が腐ってきているから。首を切り落とされたときに一緒に切断されて宙に舞った髪の毛が固まって、月となった。或いは地母神様の首を切り落とした凶器とも言われるね。


 ボクたちの祖先が大地に街を築くずっとずっと前から地母神様の首はくるくる宙を舞っていて、それがどこかに落ちるときに世界は滅亡する」


「な、なんだって? 世界が滅亡する?


 どういうことなんです、クィーセ先生」


「あはは。ちょっと解釈が難しいよね。でも割と、この不可解に聞こえる神話は世界とリンクしているんだ。


 言ってみればそう『ボクたちが産まれて死ぬのは何故か、世に不条理があるのは何故か、神様から出来たはずのこの世界はなぜ完璧とは言えないのか』に焦点が当たった神話と言われているよ。


 地母神様の首はまだ生きているけれど、もう胴体からは切り離されていて、満足な状態ではない。だからこそ、いつかは滅びるし、そこに生きる者であるボク達だって死ぬ。神聖な地母神の身体から出来ているのに世の中は腐って不条理に満ちている。地母神様の首だけの世界だから、神様、ひいては世界は完璧な状態ではない」


 クィーセ先生の話を聞いて思うに、天体の回転とかに関しての比喩も含んでいるように感じられる。世界が完璧でないのは、神様の首が斬り落とされて死に向かっているからとは……中々にぶっ飛んだ発想のように思える。


「割と物騒な単語でビックリしましたけど、世の中の成り立ちについては説明されていますよね。


 でも、首を斬られたっていうのはやはり穏やかではない気が……」


「それはまぁ。それはそうだよね。


 子供の頃に語り聞かされた時はさほど不思議には感じなかったけど、改めて地教団の聖典を読んだりしたときは『結構不思議な話ではあるなぁ』ってボクも思ったよ。でも地母神様がいなかったら世界が無くてボクたちがいないって考えれば、とてもありがたい神様なんだよ」


「そうですね。その部分はとても感謝したいです。


 そう言えば地母神様って、どういった性格……というか神性を持った神様なんですか?」


「基本的に子供好きな神様だねぇ。信徒もそういう傾向あるし。救済活動の中でも孤児院がメインだからね。ボクもお世話になってた。


 今は光教団に所属しているけど、ナイショの信仰は地母神様だから」


「信仰の掛け持ちとかいいんですか?」


「大っぴらにはダメさ。でもお世話になった神様に感謝するくらいは社会的に許されているよ。本当に神様が許してくれているかは知らんけどー。


 でも、大事なことひとつ教えるね。『ある神様を信仰しているからといって、他の神様を貶しちゃダメ』


 神様同士にも人間関係というか……『神様同士の関係』があるじゃない? それって下々の信仰者があーだこーだ言って迷惑かけちゃうのは違うよね。


 まぁボクたちが何を言っても神様が動じるとも思えないんだけどさ」


 ……クィーセさんの宗教観は多神教寄り。今まで見てきた社会からもそんな雰囲気を感じている。


「……クィーセ先生って、地母神様の孤児院にいたんですか、ラートハイトの」


「そうだよ。ボクの母は地母神様で、一緒にいた女の子たちはみんな姉妹。お世話をしてくれた地教団の女の人たちも姉妹だね。お婆ちゃんもいたけど姉妹」


「……? 男の子はいなかったんですか?」


「あー、男の子の孤児院もあったと思うよ。でも現地の軍閥に断固として主導させてもらえなかったみたいなんだ。そっちは少年兵の育成所みたいなもんだと思う。兵力の原資として優秀な男の子たちを『子供に優しい宗教勢力』には渡せないよね。


 だから地教団員の男の人は、女子孤児院の塀の外で脅威の排除とか輸送任務をしてくれていたんだ。しばらくそんなことお話でしか知らなかったけど。


 だから初めて? 久しぶり? 男の人見た時ビックリだった。存在知っていたとはいえ、こういう生き物本当におるんか、って感じ。


 普段施設内からあまり出たりなんてしないし、お外は戦争中だしね」


「そんな感じなんですか」


「だって無法者からボクたち守るため、ガチガチの精鋭地教団がこっちから出張してきて頑張っていたからね。憧れた。将来こんな感じで強くなってやるぞってさ」


「……今は、どうなっているんです?」


「戦争がいよいよ酷くなったんで、ヌァント王が支援してくれてさ。名君! 孤児院のみんなはこっちに渡れることになった。結構これって外交や内政的な意味で大変なことだったと思うよ。


 でも、ボクはラートハイトに残ろうと思った。


 ……14までは戦った。でも15歳になったときに、いよいよダメだと思って、こっちに来た」


「…………」


「まぁ、暗い話だから。相槌もし辛いよね。


 ついでだ。ちょっと昔話しますか。生徒さんも尻に敷かれていたくない?


 そんな雰囲気感じるんだけど、どうかな~?」


「お願いします」


「正直なスケベになったねぇ。


 ……あちらの情勢で一番困るのは『敵が誰か分からない』点なんだ。


 法将マファクを擁する地域大国ペリウス共和国は、防戦しながら周囲を見ている。謀略が行なわれ周囲を争わせているという見方もある。


 それと規模を同じくする好戦的なメルトヴィロウス王国。野心的な王ばかり続くけど、進退の見極めが上手で、自国の地盤を荒らさない賢さもある。


 ラートハイト、ヘルウィコ、タッセ、シェルム辺りは荒れ放題だよ。昔は国だったらしいんだけど、今では勝手に王を名乗ったり、将軍が独立して自衛してたり、もうなんかよく分かんない人たちもいっぱいいる。


 それでもって、何で戦っているかが最早よく分からないんだ。停戦や融和があってもいいはずなのに。いや、あったとしてもすぐ破棄されちゃってね。


 ……この前、尋問したクーデター組織のやつが言ってたこと、憶えてる?


 『対岸勢力には、借りるだけ借りて借金を踏み倒す予定がある』って。


 あれ聞いたとき、やっと理由らしきものが見えたよ。


 借金を追加する時間を稼ぐために、ボクの故郷戦ってたのかなって。


 まだ憶測でしかない。だけど、理由らしいものは初めて聞いたから、なんかさ。


 本当に聞こえちゃったよ、ウソかどうか疑わないといけないのに」


「……クィーセさんは、敵を見付けたかもしれないんですね。


 もし、復讐したいのなら俺は手伝います」


「うーん。……ちょっとまだ意思疎通に齟齬があるなぁ。


 ボクはそうはしない。そんなのいらない。時間の無駄だよ。


 ……や、一つ復讐したいものはあるよ。


 でもそれは国とかそういうものではないんだよ」


「それじゃあ、何に復讐を?」


「………………。


 うーん、今は言いたくない。


 今、あんまり、ウソ吐けてないから。話せない。


 ……もうお喋りは終わりだよ。


 約束だ、十数えてから再開。


 これからはボクは『先生』だ。いいね?」


「先生。俺が捕まえられたら、ウソの話でもいいので聞かせて下さい」


 俺は2回目の啖呵を切ったが、以降の授業時間全てをかけてなお、クィーセ先生は捕まってくれそうになかった。




 翌日。俺たちは明日から始まる船旅のための最終確認を行なっていた。すっかり拠点と化していたアーシェ邸にもこれでしばらくお別れになる。


 俺は、家主の許可を得たので空いた時間でフィエと色々した。ララさんは午前中、ケルティエンズ筆頭執行に呼ばれていたので俺と色々は午後からになる。




 ララはケルティエンズに呼ばれ、訓練所まで足を運んだ。


「やぁ、ライラトゥリア女史。君への餞別だ。三つある。


 ひとつはこの、かつて『シャールト王都、伝説の格闘王』と呼ばれた小生からの技の伝授だ」


「それって、武勇伝というか嘘っぱちじゃなかったの?


 格闘王レルムって美男子だったって聞くんだけど。今、私の目の前にいる爺さんがそうだったとは思いたくないんだけど。


 伝説はさ、汚しちゃダメじゃない? 何十年も前の話とは言え、格闘王レルムは吟遊詩人の歌にもなってる。それに憧れる女の子だっているんだぜ」


「フフフ、『雷電』。


 それは小生が得意とした格闘近似の魔法。


 素早く移動して掌底を放ったり、相手の顔や首に手のひらで打撃を当てたり、相手を素早く抱き潰したり、相手の両腕を折ったりするのだよ。


 これら『格闘近似手』をライラトゥリア女史に伝授するのだよ」


「私も『雷電』覚えたからちょっと調べてみたよ。


 でもさ、この魔法の謂れって結構胡散臭くない?


 昔の『迷い人』がこれを発見したとか、凄くニセモノの伝説っぽくてさ……」


「なんだ、そういう蘊蓄を知っているのかね。


 せっかく小生が語ろうと思っていたのに……」


 そんなわけで、ララはケルティエンズから『雷電』の奥義を会得した。


「ふたつ目の餞別は……もしかしてもう本人から聞いてる? クィーセちゃんの指揮権を譲渡するのだよ。


 あの子はさ、小生の親友の忘れ形見なのだよ。それでまぁ、預かっていたわけなんだけど小生も人生の終盤だからさぁ、いつまでも近くにいて欲しくないのだよ。


 この世を去るときに、涙目なクィーセちゃんが近くにいたら、残していくのが不安になっちゃうのだよ。『きっとどこかで元気にしてる、楽しく生きているはずだ』って妄想しながら死にたいのだよ」


 最後の餞別は『熱い接吻』だというのでララは断った。


 結局この爺さんは、口では色々言う割に触ってこないタイプの人だとララは思った。案外口だけのキャラ付けなのかもしれない。

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