1-47.【ライラトゥリア】アーシェとの密談

 舎弟がコバタくんに魔法を教えた次の日。今日はアーシェを除いてみな何かしらの訓練をしていた。


 アーシェは夕方に公務を終えて戻って来て、先ほど人払いをした。コバタくんとフィエは今夜は外泊だ。我が舎弟も外で泊まるよう申し付けられていた。


 その上で『相談がある』私を呼び出した。てっきり今後の対応についてとばかり思っていたんだが……。




「世界の危機というのもそうですが、もっと大きな問題があります。


 妊娠しませんでした」


 アーシェはなんか最近良い雰囲気になったな、と思っていたのだが、いよいよイカれてしまっていたのか。応接室に呼ばれて開口一番これだもんなぁ。


「何の話かわからない。順序だてて話せ」


「内密に、内密にお願いします。あなたはこう言えば絶対守る人です。


 ……コバタと不貞をしました。あなた方二人が魔法の訓練に行って何日か外出している隙を付いて何度も、激しく」


 コイツの雰囲気の変化はそれか。でもコバタくんの方は特に変わった様子はなかった。……まさかアーシェのウソか? なんか混乱させようとしている?


「……ほー? まぁ、それで?」


「私が話したことを誰にも、特にコバタとフィエエルタには言わないように」


「なんでコバタくん? 不貞相手だろ」


「あなたが『私たちの関係』を知っていると分かると、緊張感が薄れます。


 『あの人』には罪悪感や後ろめたさを持っていて貰いたいのです。


 それが私の『すごく大切な宝物』なんです」


 ……あー、これヤってんな。嘘ではこうはならない感がある。一部の言葉を発するときに妙なうっとり感が声に出ている。


「わかった、ちゃんと守る。それで開口一番のアレはなんなんだ」


「……初めてコバタと交わった日。朝から続けての妙なる行為、加えて夕からも幾度となく果て、疲れ切ったコバタが眠る横で私は添い寝をしていました。月が細くこちらを覗く夜でした。私は体内に啓示を感じたのです。ひとつ、ふたつと。


 ……それなのに妊娠しませんでした。今朝、その証がありました」


「待て待て。何言ってんだお前。いろいろおかしいぞ。……朝から夜までって何回ヤったかは知らないが、そう簡単に授かるものじゃないはずだろ?


 まだコバタくんと会ってからそこまで時間も経っていないのに何言ってんだ。


 それにえーと……体の中の啓示ってなに? 別に体のそういう動きって明白に分かるもんじゃない……よな?」


「ライラトゥリアはそういうところありますよね。


 私と違って気分の上下を隠している素振りもありませんし、いつでも調子良さそうな感じですし。……私はそういったところははっきりと分かるタイプです。あの日、明らかに啓示を感じ取りました」


 私にはその啓示とやらは一体何なのか分からないが……コイツならやりかねない。それとも本当に私の感覚が鈍いとかなのか? 取り合えず話が進まないといけないので認めよう。


「わかった。一度認めた前提で話そう。お前の思ったこと、全部話せ」


「まず気になったのがフィエエルタです。


 彼女は早期にコバタと交合しているはず。彼女は若く健康状態に問題なく、コバタとの子を強く望んでいます。


 ライラトゥリア、あなたもです。コバタとの子を望んでいますね。


 そして私……私も強く望みました。そして先ほど言った通り啓示を感じました。12日前のことです。


 その日を含め以降4日間は空いた時間にコバタと幾度となく交わり、フィエエルタが帰還してからも隙を見ての4日、コバタが外泊したため途切れましたが更にひとたび、機会を得ています。


 最近はコバタがやや頑なで、少し寂しいのですが……」


 私は頭を抱えた。さすがにちょっと性が乱れ過ぎじゃないか。というか『激しく』と聞いた時点で嫌な予感はしていたんだが、ここまでとは。


「お前、やりたい放題やってるな……。なんか確信したくなる気持ちもわかるわ。


 12日中9日とか、ちょっとがっつきすぎじゃない? コバタくんの腰が壊れるぞ」


「私はその辺りは気を使って、3日目よりはなるべくこちらから動く形を取っています。コバタの食事は良いものをと気を使っています。それに2度、湯屋でマッサージも行なっています。


 というか、あなたやフィエエルタだって訓練から帰って以降、ほぼ毎日でしょう。私をがっついているというなら、我が身を振り返って御覧なさい。


 それ以前にだってあなた方には機会があったはずです。この家の部屋を貸してから毎晩毎晩遅くまで……耳の毒でした。閑静な屋敷、そして私の聞こえすぎる耳を呪いました。あなた達の部屋のせいで灯し油の消費がいつもの何倍になったと思っているんです?


 まぁ、それはいいでしょう……つまりですね、3人もの若く健康な女性が、若く健康な男性と交合しています。機会を得たとなれば何度も何度もです。しかも全員、子を授かる意欲に満ち満ちているのです。


 ……なのに妊娠していないのには違和感があるのです」


「んー。そうかな、そうかも……。


 私、先月はコバタくんとした後すぐに来ちゃったからそもそも無理だと思った。でも私、今月はまだ分かってないんだぞ。さすがに早計な気がするなぁ。


 まぁ、アーシェの言うことだし一応信じる前提で話すか。


 ……それなら、コバタくん側に何か原因があるとか? 他の世界の人ではあるんだし、何か違いがあるとか?」


「それはないでしょう。私はよくコバタの匂いを嗅いで確信を得ましたから。そもそも子を成すことが出来ないほど差があれば、もっと違和感が……。


 私の直感なら気付くはずなのです。コバタには問題ない。


 ……そこで気になるのがジエルテ神です。


 あの神がなにか、操っているのではないかという直感があります。何故ならあの神は、今回『最初に』コバタに接触しています。


 そして、コバタに対し魔法の指輪を預けて『フィエエルタを守れ』『彼女が幸せに生きられる世界を守れ』と使命を与えているのです。


 以降はウイアーン、ヌァント、トゥエルトの3国において『災厄の訪れ』を喧伝しています。これらはコバタへ使命を与えた日より後になります。フォルクトからはまだですが……まぁ、あちらは情勢が良くないですし、報せが遅れているのでしょう。


 つまり実行力の高い国家組織や宗教組織より優先するほどに、コバタは重要な立ち位置に選ばれています。


 加えて言えば、コバタには『言語』において何らかの作為が成されています。他にも何らかの細工をされていてもおかしくない。


 我々が愛したコバタと子を成せていない、何故か?


 ……私の直感は、ジエルテ神が怪しいと言っています」


 ……コイツの言っていることは、直感と憶測の塊だ。狂人が妄想を語っているだけと言われたらそれも一つの正解なのだろう。


 でも、なんかそんな感じかなー、と思わせる部分はある。


 まだ十分な期間を経ていないからアーシェの勇み足な推論ではあると思うが、私ら女側も皆が健康優良だし、コバタくんも健康だ。


 そしてヤってる回数なー。……うん、アーシェが確信したくなる気持ちは分かる。コバタくん毎回頑張るもん。


 そもそも『下弓張月の魔法』の条件とか、あれを見境なしに達成していたらあっという間に子沢山となってしまう。世界の危機より育児とその費えに目を向けなくちゃならなくなる。


 つまり能力保持者の性格によっては、対象が動けなくなる可能性がある。無責任タイプならともかく、コバタくんは育児しそうだ。強い能力を預けた相手を、赤子の夜泣き対応に追わせてしまうというのはなんともお粗末だ。


 あ、夜泣き対応に『弓張月』『下弓張』の分身使えばいいかも知れない。やっぱ便利だわあの機能。


 まぁ、それはそれとして……今のアーシェの話を聞いての、私の気持ち。


 もしアーシェの推論が当たっているのなら、恐ろしいことだ。未だ先のことかもしれないが私たちの『産まれるはずの子供』を人質にされている。


 なんでジエルテ神はそんなことをするのか……今、思い当たる理由。


 それはジエルテ神が望む『災厄解決』への強い動機となる。コバタくんの子を産みたい女側に強い強制力・原動力を与えている。


 つまり『子供が出来ない』ということがジエルテ神の作為だったとしたら。


 神様というよく分からん存在が仕組んだことだったとしたら。


 ふざけんなよ。


 解決までに何年も何年もかかっちゃったら私はどーすんだ。コバタくんは私がオバさんになっても好きでいてくれそうだけど、私の方が割り切れない気持ちを抱えることになりそうだ。


 今こそが最初で最後の好機、運命と思っているというのに。


「……取り合えず、『起こるであろう災厄』を解決することをちゃんとやろう。なるはやで解決しよう。もしお前の憶測が当たっていたら、私はとても困る。


 まぁ、クソ神の可能性はありそうだな。もしアーシェの想像が当たっていたらクソゴミ外道の神で間違いないだろうから」


「私の感じている危惧を、分かって貰えましたか?


 私は大変憤慨しています。だっておかしいもの! おかしい! おかしい!


 ……絶対にという執念を持って臨んだのですよ。自らの心を委ねられる人が目の前に現れ、私を受け入れてくれたのですから!


 『予告された不吉』が本格化し、その解決のため死地に赴かねばならなくなる前になんとしてもコバタと子を成し、愛の証を後の世に残さねばと心を尽くしているというのに……!」


「……まぁ、でもこれはここだけの秘密だな。


 裏が取れていない。まだ憶測だし広めてはならない情報だ。何らかの確証を得たい。どうしても得たい。


 話は終わりか……よし、この秘密守る代わりに私の質問答えろ。


 昔やってたやつだ、憶えてるか?」


「……懐かしいですね。


 ララトゥ、何が聞きたい?」


 おお、昔の呼び方を。昔、喧嘩しちゃった前の呼び方に戻しよった。ちょっとお茶目な感じで言いおった。……何か本当に余裕出来た感がある。やはりコバタくんとのことは妄想ではなく本当なんだろうな。


「いつコバタくんが好きになったか聞きたいな。


 最初険悪だったじゃん、あれ照れ隠しとかだったの?」


「……いつから好きだったかは、私にもよく分かりませんね。


 気付いたのは、『弓張月』で出来たコバタの分身を刺し殺したとき。とても取り返しのつかないことをした気がして、悲しくなったのです。嫌いな相手や無関心な相手ならこうはならないと思いました。


 そこで、いろいろと自分の気持ちの符合に気付きましたね」


「……分身で良かったな。それ、コバタくんには言ったのか」


「言えるわけないでしょ。


 『あなたを殺したら悲しくなるから、すき』だなんて。いくらなんでも」


「……そっかー」




「お久しぶりにございまする。ライラトゥリア様。


 なんとも不躾な訪問と相成りまして残念。この失礼はお許しを」


 部屋の隅になんかいた。アーシェも私も熱を入れて話していたとはいえ、あんな爺さんがいることに気付かないほど鈍くはない。


 アーシェは視線だけ向け、相手をにらむように見据えている。


 ……話しかけられたのは私だ。さて、どう答えたものか。


「……まず呼び方を教えてほしい。吟遊詩人のじーちゃん。


 コバタくんにはジエルテって名乗ったんだよな。あんたさんのことでいいのか」


「左様に御座いまする。


 そして、アーシェルティ様。初にお目にかかりまする。


 ……ふふ、そのように睨まれなさるな。


 わたくしめは敵意有ってこの場にいるわけではございませぬ。


 対話の席で、初めから敵意を向けられては穏当な結果は得られますかな?」


「名を知っているなら自己紹介は必要ありませんね。


 『対話』というからには、あなたの要件ばかりではなく、こちらにも質問や提案を持ちかける時間は用意しているのでしょうね。


 砂漠の向こうから来た蕃神。歌い歩く神。ジエルテ神。


 わたしからの呼び方は『不吉の先触れ』で良いかしら?


 覗き見、盗み聞きが趣味ですか。神とは退屈を持て余しているようで」


 すっげぇ敵意を出しながらアーシェは神相手に煽っている。怖いものなしだな。恋バナ(?)っぽいものを盗み聞きされたのがよほど癇に障ったか。


 まぁ相手の気まぐれで何されるか分かったもんじゃないし、このくらい自由でもいいのかも知れない。


 吟遊詩人はひっそりと、まるで何の威も持ち合わせぬ老人の雰囲気だ。そいつがここにいること自体が有り得ないはずなのに。


「不吉を告げ、歌い、街から街へと。


 それは悪意あってのことでも、それを楽しむが故でもございませぬ。


 ましてやその仕掛けを行なっているわけでもございませぬ。


 わたくしめはただ、憂いを以て世を見つめ、助けと思ってこうしてございます。


 不吉の先触れ、確かにそうでございますな。


 ですが告げねば尚更に、世の中は困ったことになりましょう」


 それを聞いたアーシェが怒りを含んだ言葉を叩きつける。やばいよ怒ってる。こわいなーこわいなー。祟りがなければいいんだけど。


「長ったらしく話して煙に巻くのも趣味だというのなら、お好きになさいな。


 貴様が神だというのなら、卑小な人間である私たちの質問に余さず答え、貴様の告げたい本題を告げて去れ。……ここは私の家だ!


 招いてもいない闖入者に礼を尽くす気などないし、神であるからと言って無礼を許しはしない。むしろ神なら範となるよう礼を尽くしてみろ!」


 アーシェは神に説教を始めた。こわいなーこわいなー。神よりアーシェが何しでかすか怖くなってきたぞ。いいぞもっとやれ、これは楽しい。


「なにとぞ、この失礼はお許しくださいませ。


 このように、深く頭を垂れて許しを乞うばかりでございます。


 長く人の世を見続けますと、何処もかしこも我が家のごとく見知っているよう。


 つい、禁足の地を見誤ってしまったようでございます。


 ……まずは望まれる答え、次に謝罪の品をお渡しいたしましょう。


 先ずひとつ、お気にされていた不妊につきましては我が不手際でございます。


 いかにも左様、ご明察。あの指輪によるものでございます。


 次にひとつ、ライラトゥリア様のご懸念はこの丸薬をお渡ししましょう。


 不思議の薬にございます。この瓶より二粒お分けしましょう」


 吟遊詩人は大瓶をどこからともなく取り出し、そこから黒い丸薬を二粒、応接机に置いた。


「これは『授けもの』って解釈でいいのか。ジエルテおじーちゃん。


 変なもん授けたってなればその名が泣くぞ。


 ……ってか、コバタくんの子が出来ないのやっぱお前のせいかよ!


 神だからってやっていい事じゃないって分かってんのか」


 言葉を聞いた老人は深々と頭を下げた。……さっきアーシェは神に謝らせたし、私もこれで同じか。相手が内心怒っていたらアーシェと地獄まで一緒だな。


 しかし意外と素直というか謝罪するのな。なんかおじーちゃんイジメてる感じになっちゃてて嫌だ。するとアーシェが静かに口を開いた。


「ジエルテ神。


 あなたが頭を下げて許しを請うというのなら、その解決方法が私どもの何よりの望みと分かるのではありませんか。


 あなたは長く在り続けることが出来ます。ですが、私どもはあなたが瞬く間にも愛を繋いだ命を得る機会を失っていくのです。


 この点ばかりは、強く抗議させて頂きたい。そして解決を求めたい」


 神が低姿勢を示したことで、アーシェが大幅にプラス評価をしたようだ。やっぱちょろいなアーシェは。まだ怒ってるけど通常のところまで戻ってきた。


 ……あ、お茶まで出すんだ。でもそれ私たちが飲むために煎れた奴だから、ちょっと出涸らし気味じゃない?


「……また、お怒りを受けることとなるでございましょうな。


 まず先ほど、指輪の件。不妊の件にございますが『不手際』と申し上げたのは説明不足ということにございます。コバタ様が、指輪を付けることを躊躇うであろうと言わずにおきました。


 『必要であるから』付いている効能なのです。呪いや意地悪ではございません。この度の災厄、それからあなた方をお守りするための『力』なのです」


 コバタくんに嘘はついていないが、言わないでいたことはあるってか。結構セコイことするな。


 んで、不妊の効能が必要ってどういうことだよ。なんかやべー系の邪神とか出てきて女のコが性的に危険とかそういう奴じゃねーだろうな。ちょっとキッツい系の奴とかマジ勘弁してほしい。清い身のまま産ませてくれ。


「……つまり、250年前の再来ですか?


 有り得ざるものが抜け出てしまった。つまりは『ひずみ』が生まれた。おそらくは何者かの安易な行動によって狂いが生じた。


 ……となるとそれは人間側が要因です。我々が解決する必要があります」


 なんかアーシェが分かったようなことを言っている。三人で……二人と一柱で話しているんだから私にもわかるような話し方をしてくれ。


「左様にございます。


 『連掌』の末に行き着いた破壊が行なわれたのでございます。


 10年前のタッセの大いくさ。あの顛末はご存じでございましょう。


 わたくしめは散った欠片を集め、埋め戻しを行ないましたが全ては叶わず。


 まだ数も定かではございませぬが、『息づいてしまったもの』を見付けました。


 それにはあの忌まわしき『大禍の檻』も含まれております。


 故にわたくしめは、所謂『不吉の先触れ』を行なっているのでございます」


 やべぇ、なんかヤバいことが起こってる以上が分からない。専門用語多すぎて何言っているかが分かんねぇ。もうちょっと手加減してくれ。


「……聞かなければ良かったような内容ですね。


 …………先ほどの非礼は深くお詫びいたします。


 重ねての非礼となるやもしれませんが、この度に限らず、再び我が住いに訪いを願えませんか。私たちが成し得ることを探らねばなりません。


 是非に、知恵をお授け下さい」


 ジエルテ神は頷いた。アーシェはそれを見ると、お茶を淹れ直して参りますと席を立った。あいつ分かりやす過ぎるくらい扱い変えて来るなぁ。


 残されちゃったし、なんか話して繋ごう。


「神様、ジエルテおじーちゃん。話よく分からなかったところはあとでアーシェに聞くわ。……で、この丸薬は何よ、私にくれる奴だよね?


 不思議な薬飲むのちょっと怖いんだけど、どういうのなん?」


「それは若返りの薬でございます。一粒呑みますると眠気に襲われ、目覚めた時には十ほど若返った身となります。続けて飲むことはおやめください。


 なお、こちらの薬はお試し頂くためのもの、大きく弱らせてございます。次にまた眠れば、身体は元に戻りますのでご安心を」


 ……若返りの薬。続けての服用は不可。効果は抑えてある。眠っている間に若返り、次に眠ったときに戻る、か。


 なんだろう……神様から「お前年増だな」って言われたようでちょっと悲しくもある。まぁ近場の女性陣の中で最年長ですけど。


「お話を聞くに、問題解決した後に年数が経ち過ぎていた場合、お前の加齢をフォローしてやんよってこと?


 今回のこれはお試しで、問題解決の際はもっと長く効く薬をくれるってこと?


 ……おい。なんとか言え大事なとこだぞ、知りたいところだぞ」


「恐れながら、左様にございまする。


 ……まぁ、一度お試しあれ。間違っても体の毒とはなりませぬで」


 なんだろう。女の年齢という話題で、結構センシティブな雰囲気出してしまったせいかジエルテ神が言葉少なだ。


 コバタくんの時はもっと不敵な感じだったと聞く。まさか女に押されると弱いタイプか。……この直感に賭ける。追加でなんか貰おう。相手も断りにくいだろ。


「……この丸薬は有り難く頂く。正直かなり助かる。


 神様を前にして欲張るの良くないって聞くけど、天罰ない範囲でもっと貰えない? その辺サービスしてくれない? ジエルテおじーちゃん」


 ジエルテ神はちょっと黙り込んでいる。そろそろ顔を覗き込んで要求を強めようかと思っていると、ジエルテ神は一本の飾り櫛を虚空から取り出した。


「これをあなた様に差し上げましょう。大したものではございませぬ。守りの魔法が宿っているだけ。


 今の手持ちでお送りできるものの中では最もお似合いかと」


 守りの魔法が宿った櫛か。……デザインは好みだ。ボサボサ頭やめなさいってことかなー。本当におじーちゃんから貰ったみたいなプレゼントだ。


「有難う。ジエルテおじーちゃん。大切に使わせてもらう」


 ずっと無表情だったジエルテ神が、かすかに微笑んだ気がした。お、もしかして私は神を誑し込んだ魔性の女なのだろうか。やがてアーシェが戻ってきた。


「お茶を淹れて参りました。あとこちら、近頃話題となっていますお茶請けでして、よろしければ」


 アーシェはもてなしムードに入っている。こいつ本当にプラス評価の反映早いな。良い部分ではあるんだけどさぁ……。




 ジエルテ神はアーシェと専門用語満載の話をして、空に掻き消えるように帰った。お菓子もちゃんと残さず食べてったな。


 アーシェはぶつぶつと対話の内容を精査しているようだったが、ひと段落ついたのかお茶を飲み干して言った。


「取り合えず方向性は見えた。大きな進展。調べるものも特定できた。ウイアーンに移動する前で良かった。こちらとあちら両方の資料に当たれる。調査に二日追加。クィーセリアに協力を仰ぐか要検討。


 でも災厄の発生個所、その時期は不明。つまり情報収集と鍛錬は継続。早期発見が理想。捜索範囲が見えない。残念ながら偶然かジエルテ神に頼るしかない。


 最も重要なのは……解決までの期間コバタの気をしっかり惹けること」


「いや、コバタくんは大丈夫だろ。もうちょっと信じてやれよ」


「信じています。ですが変な虫が寄って来そうなのが嫌なんです。


 あの人は優しい。目に留まった先に難事を抱えた相手がいれば興味を示すやも。それをさせないために惹きつけねばならないのです。


 理想を言えば私が早くに子を授かるべきでしたが、そうもいかなくなりました。今は気安い間柄の人間で構成されていますが、もう異物はいりません」


 ……んー。どうだろうねぇ。増えるんじゃねぇかなー。増えるとしか思えないんだよなぁ。アイツ結局アーシェ喰ったんだしなぁ。


「というか、コバタくんをお前の特殊な趣味……秘密の共有ごっこに付き合わせる意味あるの? もうバラして良くない?」


「……ララトゥにはわからないの? フィエエルタを愛しているコバタを、裏切らせることの快感が」


「まぁ多少はね? だけど私からすると、そもそもフィエに無理言って分けて貰ったみたいな感じだし、ジエルテじーちゃんからしばらくコバタくんの子お預けされちゃってテンション下がってるんだよね……。


 昔ならお前の悪戯心を分かってあげられたかもだが、とにかく今はコバタくんとの子供が欲しかったんだよ」


「ララトゥ。恋愛を楽しむ気持ちが、加齢から来る焦りに負けてない?」


 すげぇ辛辣なこと言いやがる。昔みたいになってきたな。……あ、そういえば。


「加齢とは言うが、ジエルテ神から若返りの薬を授かった私にそれを言うのか。


 10年くらい若返る権利を貰った私にそれを言うのか」


「……ッ?! なにそれ、ズルくない? ちょっと待って。


 …………ララトゥは、今も素敵だけれど、若返り? あの頃に?


 え……敵。最大の敵がこんな近くに」


「なんだよ、敵とか言うな」


 ……アーシェはこちらを羨むような、憎むような眼で睨む。そして少し、懐かしむ目をした。昔の私を思い出しているのだろう。


 あの頃……かぁ。


 自分に良い未来が来ると信じて疑わなかった。絶対に『献身』の候補になれるはずだ。上昇婚だぜヒャッホイとか思っていたなぁ。


 『献身』とは光教団が貴族との癒着を強めるためにやっている婚姻政策だ。敬虔で美人で貞淑な乙女を作り上げて、対貴族のスパイにするのだ。


 私は上昇婚出来る上にスパイってなんかカッコ良くねと思って人生の進路を決めた。『献身』には優秀な成績と貞操が求められる。……私は未来を信じて、青春のアレコレを我慢したのだ。


 だが段々と自由に青春を謳歌して生きている奴らが羨ましくなった。『私は将来楽な暮らし、贅沢な暮らしを出来るようになるんだ』と周囲に強がらなくては青春する欲に負けそうだった。


 …………失われた青春。重すぎるテーマだ。若いときにしかできない経験というものは確かにある。失うまで気付けない。だって人生って一度だから。


 今の年齢になっては、今更どうにもならないことがある。


「ララトゥ……なんで泣いているの?」


「……失われた青春を、取り戻せるかもしれないと思うと。


 あの頃やっとけば良かったなぁ、ということが出来るかも知れないと思うと」


「……ちょっと待って。


 あの頃のあなたが、今の執念と知識と経験を持って、コバタに迫ったら……」


 アーシェが青褪める。私は阻止を受ける前に薬を一粒飲みこんだ。


「アーシェ、私はこれから眠りにつく。形態変化の観察を頼んだぞ」


「……! 神からの授かりものとは言え、安易に薬を服用してはダメでしょ!」


 私は眠りについた。色無き青春の日々が、鮮やかに書き換えられると信じて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る