1-46.クィーセ先生と魔法習得

 次の日からアーシェは全力で動き始めた。一週間ほどで全ての準備を完了してウイアーンへと出発できるよう段取りを進めている。


 俺はクィーセさんと魔法習得を行なうこととなった。フィエやララさんも同席したそうだったが、クィーセさんが強権的に断った。


「魔法習得においてはボク譲る気ないですよ。


 魔法習得方法の秘匿という義務があります。誰かに観察された上で魔法習得を行なうのは秘密の漏洩や、方法を推定するための情報取得がされる危険があります。


 一言で言うと、本気でダメです。


 これ私人としてやってることではないので、公務。遊びじゃないんですよ」


 さすがにこう言われると二人も引き下がらざるを得ない。普段明るくニコニコなクィーセさんから真面目顔で言われたのだから。




 街から離れた場所にある荒れた建物。これは『放任・執行』派閥の拠点の一つだ。聞いた話だと、フィエやララさんもここで魔法習得を行ない、訓練を行なったのだと言う。


 人気のないガランとした廃墟といった印象だが、細かく見れば物資の収容やら使用痕跡は伺える。


「まずはちょっと、ボクに対する警戒を解いて頂くために雑談でもしましょうか。


 ごめんなさいね、ちょっと今まで悪ふざけし過ぎていたかも知れません」


「……? 悪ふざけ、ですか?」


「コバタさんに色々モーションかけてたじゃないですか。


 あれって反応を見ての情報収集の一環のつもりだったんですけど、ちょっと楽しくなっちゃってやり過ぎちゃいましたね。


 あ、コバタさんに全く興味がないとかのわけじゃないですけどね。今日は逃げられちゃうわけにもいかないので、露骨なからかいは致しませんのでご安心を」


 クィーセさんはいつも通りのテンションだ。なのに言っていることは結構衝撃だった。単なる距離感近い系の人ではなかったのか。


「わかりました。えーと、それでどんな情報収集を?」


「人間関係ですかねー。


 コバタさんは今、アーシェルティ殿に強引な不貞関係を強要されていますよね?


 コバタさんはアーシェルティ殿を嫌ってはいないけれど、相手の特殊な趣味に付き合うのに神経をすり減らしている」


 見事な洞察だ。というかアーシェは隠してるつもりでも、クィーセさんはほぼ完璧に把握してしまっている。


「…………俺はその調査結果にどう反応すれば?」


「こういう時に便利なのがボクです。ご相談ください。


 ボク思うんですけど、こんな人間関係を抱えたままで団体行動とるのは危険なんですよ。変な形で破綻が起きてはいけないんです。部隊の和は大切。


 フィエちゃんやララトゥリ姉貴に『ボクがコバタさんに興味津々アピール』しているのも調和の為です。


 ボクがコバタさんに興味示すとですね、あの二人って食いついてくるんですよ。コミュニケーションのきっかけ作りとして優秀なんですね。ボクがそういう口実としてコバタさんの話題出してるのも、二人は薄々気付いてるんじゃないかなぁ?


 あ、コバタさんには好感持ってますよ。ただ利用しているだけじゃないですよ」


 フォロー的な言葉を貰うが、明るく距離感近い系と思っていた人に『あなたを利用していた』発言は少しチクリと心に刺さった。……俺、勘違いしてた。自意識過剰だったわ。


「ええと、俺を利用してあの二人と仲良くなれたならまぁ、それは結構なことだと思います。……それで、そろそろ魔法習得についての話にしませんか」


「まだダメです。


 『こんな人間関係を抱えたままで団体行動とるのは危険』って言ったじゃないですか。そこんとこの相談をしておきたいのです。


 なにより、コバタさんもそこら辺は解決したいでしょう?」


「……勿論です」


「じゃあ、現状についてボクに相談を持ち掛けてみて下さい」


「……アーシェから口止めされていますから、話しません。クィーセさんはお見通しのようですけど、それでも礼儀、約束として語れません」


 俺がそれでも渋ると、クィーセさんは真面目な顔をして、優しい声で言った。


「……先ほどの調査結果、こちらも根拠なく話してはいません。


 部隊の一員として、現状に不安を抱えているからこその相談事です。コバタさんからの悩み相談だけじゃない。ボクの不安を解決する相談でもあります。


 ……真面目な雰囲気出すの、苦手でごめんなさいね。明るい方の接し方がボク自身気に入っているところもありまして。


 プライベートなことですし、そこに顔を突っ込むことが礼儀知らずであることも重々承知した上での、今回の行動なんです。……ボクの見たところ、コバタさんは問題解決に向けて努力しておられるように思います。ですが、コバタさんは強引にでも物事を解決しようとする性格ではない。


 これは悪い事ではありません。その人の個性です。ですが一人で抱え込んで困っているコバタさんの姿を見て、ボクは『何とかしてあげたい』と強く思っています。可哀想で胸が痛むんです。ボクに支えにならせてほしいんです。


 話してください。……出来る範囲で」


 クィーセさんは、いつもとは違う雰囲気だ。優しさと憂いを込めた瞳で俺を見つめている。……俺は一瞬これも情報収集の手管かと思ったが、その考えはクィーセさんに失礼と思ったので打ち消した。


「……アーシェはストレスを抱えていて、俺は彼女に好意を持った上で関係を持ちました。俺自身、悩みを抱えているアーシェを見て……強く惹かれてしまったのかも知れないです。それを俺が解消したいと思いました。


 でも、そこからこんな状況になるとは考えが及んでいませんでした。……俺は変なところで楽観的に考えてしまっていたのかも知れません。


 今はただ、裏切ってしまったフィエやララさんに申し訳が立たないです」


 俺はどうしても打ち明けられない部分を除いて話した。クィーセさんが知り得ている情報とほぼ変わりない内容でしかなかった。


「打ち明け、有難うございます。


 ボクの判定だとややアーシェルティ殿が悪い。コバタさんは軽率気味ではありますが、善意であり好意で動いています。


 さすがに『不貞関係を持ち掛けて、相手に脅迫的に不実を強いる』っていうのはちょっとアーシェルティ殿の暴走ですよ。


 しかも今のアーシェルティ殿の様子を見るに、心のわだかまりは大きく解消されています。以前に比べ素直に笑えている場面も多い。つまり今はコバタさんを自身の趣味に付き合わせているだけ。


 ……ですが、これは第三者のボクの判定であって、フィエちゃんがどう思うかはフィエちゃんの御心のままです。


 あ、ララトゥリ姉貴はその辺は緩めです。自分を忘れさえしなければ他がいても気にしないタイプですねぇ。おおらか。


  一つ聞きます……コバタさんは、ちゃんと罰を受ける気はありますか?」


「はい。


 クィーセさんは、俺に甘い判定を出してくれています。アーシェの部屋に行くまでに怪しさを察知できていなかった時点で、俺が悪いです。


 フィエに誠実であろうとするなら、他の女性に関わろうとするべきじゃなかった。意思がはっきりしていなくて流されてしまったのは俺です。俺が悪いです」


 クィーセさんは俺の瞳を覗き込んで言った。


「今の回答は、良い子ちゃん。


 自罰的です。ちょっと相手を守ろうとし過ぎに聞こえる。自分が悪を背負い込むことで逆に聖人であろうとするかのようです。


 ですけど、ボクはコバタさんのその気持ちを重んじて関係の暴露に動きます。フィエちゃんにはちゃんと怒られてくださいね。


 アーシェルティ殿はボクがちょっと突っついて、破綻させますから。コバタさん一人で何とかするよりずっと早く、この状況は終わります。


 ……どうです、相談したらちょっとは楽になりました? なってくれてたら嬉しいんだけどなぁ。いやいや楽になってくれてよ。ボクが誠心誠意、相談に乗ったんだから、泥船に乗ったつもりで楽になって下さいな」


 クィーセさんは相談の終わりに、いつもの明るいテンションに戻してくれた。


「相談、有難うございます。楽になりました。


 ……泥船って。何でちょっと笑わせようとしに来るんですか」


「そりゃ勿論、これから魔法を学ぶからですよ。学習時は笑顔でリラックス。


 ……あ、来た来た。


 ケルティエンズ筆頭執行殿が到着されたようです。表のドアの音がしました。


 ……変なお爺ちゃんですけど、すぐ帰りますので我慢してくださいね」


 俺にはその音は聞こえなかった。俺もトティツ師匠との訓練でかなり感覚も鍛えられたつもりだが、クィーセさんには及ばないようだ。


 そして、音もなく小太りの老人が現れた。気配を殺しているわけじゃないのに、ただ単に静かだ。……筆頭執行、やっぱ実力者なんだな。


「おお、クィーセちゃん! 相変わらずいい脚をしているね!


 ふむ、そちらがコバタくんかね。よろしくなのだよ。


 エロエロで羨ましいなぁ……小生もあと20年若かったらなぁ……。


 老人になると若さが妬ましいのだよ。その硬度と角度と回復力が憎いのだよ。


 小生、もう長らくおしっこにしか……しかも切れが悪いのだよ……」


「筆頭執行殿、下ネタはやめて下さい。


 コバタさん、そういうのの応対あんま上手くないんですよ。気を使って下さい」


 俺には分かる。漫画とかでは下ネタでふざけてる老人ほどやたら強いと。実力者はそれをカムフラージュしがちだ。


 そんな俺の視線に気付いたのか、ケルティエンズ翁はニヤリと笑った。


「……ほぅ、分かるのかね?


 かつてシャールト王国にその人ありと言われた小生のことが。


 かつて王都格闘技大会に偽名で参加し優勝をかっさらった『格闘王レルム』を」


「……コバタさん。


 このお爺ちゃん、若い男には武勇伝したがるのでもっと適当に扱ってください」




 ケルティエンズ筆頭執行は俺に『鍵の証』を授与するとさっさと帰った。


「コバタさん微妙に気に入られていましたね。


 大人しく武勇伝聞こうとするからですよ。……あの御方は大人しいタイプの男に馴れ馴れしく話しかけるのが好きなんですから。


 ……まったくもう。


 じゃ、魔法の確認はいる前にちょっと事前知識。使用知識に関して確認。


 あ。いいですか、これから魔法の授業のとき、ボクのことは『先生』と呼んでくださいね。立場を明確にして、教えを乞う姿勢を持って下さいね」


「わかりました、クィーセ先生」


「よろしい。では魔法の特性についてお話します。


 これは基本の基本で確認事項でしかないのでレッスン1未満。レッスン0です。


 魔法は『術式』を想起し、それに『特定の行動』で発動を促します。まずは『術式の想起訓練』を行なっていくことになります。


 これ、見て貰えますか?」


 クィーセ先生は俺に巻物を渡した。開くと円の中に複雑な文様が入った図形……いわゆる魔法陣のようなものが書かれている。


「さて、ボクの生徒さん。


 あなたはこれから『頭の中で』必要になったときに『いつでも』その術式を思い浮かべられるようにならなくてはなりません。


 簡単に思えるかもしれないですけど、意外とここで詰まっちゃう人は多いんですよ。上手く想起できないまま落第しちゃう。


 パッと思い浮かべられないと、魔法としての使い勝手が大きく下がる。魔法使いとしても二流以下になります。


 『想起を瞬発的に素早く行なえて』『高い集中力を持ち』『周囲の環境に動じず』それを行なえることが肝要です。


 ちなみにコバタさんは男性ですし、強い興味を持てた場合は有利だと思います。魔法習得に一番大きいのは個人差ですが、傾向としてやや性差があるんですね。興味を持って取り組んだ男性は強いと言われますから、ポジティブに捉えてね。


 えーと、これについては次の内容からめて話します」


 魔法に性差ってあるのか。まぁ何か脳味噌のなんかがどーたらこーたらというのは聞いたことがあるけど。


 クィーセ先生は講義を続ける。


「魔法のタイプにはいくつも特性があります。


 まず対となるのが『速効/準備』の特性です。


 『速効』は想起してからの発動が短いという特性です。訓練次第な部分は多いですが、大体3~7秒って言われます。


 でもそれは常識的な範疇での話ですかね。ボクは2秒切りますし、ララトゥリ姉貴とかは1秒かかってるか怪しいレベルで発動早いです。


 基本的に『速効』タイプは男性有利と言われています。……というか、好戦性? ボクやララトゥリ姉貴という例があるので性差の傾向としては微妙なラインですが、そういうところと訓練で使い勝手が良くなります。


 次に『準備』は発動までにやや時間を要します。これは5~15秒と言われます。早く使える人は『速効』とさして変わらない。


 では何でタイプ分けされているかというと、女性有利な分類の魔法とされているからです。女性は6~9秒くらいが目安で、男性は8~15秒って言われてます。でもこれも目安でしかないですね。ボクの教わった先生とか男なのに訓練バリッバリだったから『準備』分類の魔法の発動まで3秒でしたから。


 ……秒数だけだと、ボクが魔法教わった相手がオジサン顔の女性だったことになっちゃうんです。こわやこわや。


 この特性って職業特性にもなってまして、街とかを防衛する『光の大爪』は『準備』分類なんですね。そんなわけで女性職場として染まってまして『守り巫女』って呼ばれていたりします。……制服が可愛くて男性人気あったりします。女性も着てみたがったりしますね。


 まぁ傾向一つ目はそんなもんです」


 分類の話は興味深かった。ちなみに最後の豆知識の『守り巫女』の制服は、俺知ってる。アーシェのクローゼットにあって、着てもらった。別に和風衣装ではない。なんか萌え袖だし、うなじから背のラインが開き気味でエロく、白と青を基調としていて清純アピールがあった。


 こっちの世界にも制服フェチというものが存在していることに俺は安堵した。


 クィーセ先生は講義を続ける。


「次の特性は『瞬発/持続』の特性です。


 これはララトゥリ姉貴やボクが使う『灯虫』が分かりやすいですね。『魔法がその場に残り続ける』でしょう? あれを『持続』分類とするんです。


 えーと、『瞬発』については一度体験訓練しましょうか。いい機会だし。あと言葉の意味とはちょっと齟齬があるから。正確には『短期の発動』ね。


 コバタさんは魔法攻撃食らったことある? ないなら経験してみましょう。一度外に出て、ボクの『風の扇』っていう『準備・瞬発』属性食らってみて下さい。あ、これはフィエちゃんが山賊退治で使ったのよりも熟練度的にかなり強いから気を付けてね」


 魔法攻撃を受ける、結構スパルタというか実地教育だ。棒術の先生であるララさんやトティツ師匠もいきなり体験型訓練だった。この世界の標準なのか?




 建物の外に出る。周囲は誰もいない。『放任・執行』派閥は魔法使いがフリーダムだし強いので恐れられているのだ。


 クィーセ先生は10メートル以上距離を取って俺と向かい合った。


「体術訓練はそこそこやってるねー?


 これから撃つから、受け身取ってみてねー。油断し過ぎだけはやめてねー」


 ちょっと大声でこちらに確認を取ってくる。俺は了解のサインをした。


 数秒後、俺は空を見ていた。飛んでいる。空気というか風の塊に吹っ飛ばされたのだ。<受け身取らんとアカン><今の体勢思い出して受け身!>


 何とかくるりと身を翻すことができたので四つ足で着地した。危ないこれ。心臓がバクバクいってる。


「先生、それ危ないです! 近くで受けたら死ぬんじゃないですか?!」


「死なない程度の威力しかない魔法なんて、使えないじゃん!


 その内楽しくなるから! ボクの風を受けたいって思うようになるから!


 でもこれでわかったね?


 『風の扇』は、今はもうここに持続して存在してない。発動後、それを維持して続けられない。これが『瞬発』だよー」


 クィーセ先生はとっても子供っぽい顔で笑っている。俺も釣られて楽しく感じ笑ってしまった。


 その後は軽くレクチャーを受けて講義は終了。以降は帰って『想起訓練』の宿題となった。


 アーシェ邸に一人帰る途中に気付いた。今日の訓練を受けてから、クィーセ先生にアーシェの件を相談をしてから、ずいぶん気が楽になったように思う。


 ……クィーセ先生って、かなり気を使ってくれている人なんだろうな。




コバタ(法掌五ツ)


『癒しの帯』


『炎槍』


『魔法の霧』


『風の拳』


『早駆け』


クィーセの品評:良いの引くなぁ、といった感じ。


        攻撃・牽制・回復・防御・欺瞞・移動と隙が無い。


        『早駆け』を持っているのが嬉しい。ボクと一緒に動けそう。


        花丸と笑顔マーク。

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