1-45.新しい方針

 敵魔法使いは、情報を吐いて死ぬことを選んだ。


「では聞きます。あなたはなぜ、山賊に身をやつしていたのですか」


「逃亡だ。……陰謀を企む組織に身を置いていた」


「陰謀。なるほど、ではその組織について話しなさい」


「その前に約束してくれ。


 話し終えたら楽にしてくれ。両側に怯えて生きろってのか」


 ……要はこちら側にも許して貰えないし、陰謀を企むというあちら側にも狙われるということだろう。


 彼の話した内容はこうだ。自分はクーデター組織の人間だったが、内実を知り、状況を悲観して抜け出して山賊に紛れ込んだ。


「オレはウイアーンの地方都市にいた単なる『放任・執行』派閥の人間だ。今も名簿に名はあるが、別の奴が使っている。


 派閥の衰退が嫌でね、宣伝活動を行なってそれを阻止しようとしていた。だが熱心であったためか奴らに目を付けられて勧誘された。最初は同志を得たと思った。


 だがしばらくして、単なる政治活動の秘密結社でないことに気付いた。


 最初は雑用をさせられるだけ。そこで真面目さを認められると討議を行なう場での発言権を得る。次は調査活動への参加が認められる、といった感じで段階を経て奥に入っていくうちに違和感が強くなった。


 これは言論や思想で戦う組織ではなく、暴力革命を目的としていると気付いた。阿呆が考えた絵空事を、真面目に実行している組織だった。


 秘密組織が作られたのは『放任・執行』過激派が主導するクーデターのためだ。奴らはあなたが所属する派閥を暴力的に一掃したいわけだ。アーシェルティ殿」


「存在は察知しています。……それで、他には?」


「……『砂漠向こう』からの侵攻を手引きする奴がいる。砂漠向こうの連中は戦争ばかりで物が足りない。豊かなこちらまで攻め入る理由がある。


 加えて『荒れ地』の対岸勢力もそれに呼応している。今まで戦争を後ろから支援されて、莫大な借金を抱えている。このままじゃ勝っても隷属国だからな。借りられるだけ借りて、海を渡ってこちらに攻め込んで踏み倒すつもりだ。


 そいつらにウイアーン帝都や周辺諸国を攻めさせて混乱状態を作るつもりだ。相手をだまして体制側を攻めさせるわけだ。それに乗じてあの組織は『放任・執行』の実行力の高さを見せ付けるっていう寸法で物事がうまくいくと思っている。


 この度のジエルテの神託にしてもそうだ。社会に不安要素があり、体制がそれを打開できなければ民衆は動揺して代替の力ある者を求める。


 現状、ウイアーンの聖都、帝都辺りの連中は状況を察知できていない。内輪もめの方しか見ていない。商人たちは金や資源の流れを見て脅威を察知し始めている。


 奴らは近々……おそらくは1年以内に潜伏をやめて活発化するだろう。


 ……俺はこれを知った時、愚策であると思った。意味のない混乱だ。手段を選ばず目的ばかりに執着した結果だ。あいつらは愚かにも、自分たちの生きる土台を破壊することを熱心に続けている」


 男は吐き捨てるように言った。その様子を見てアーシェが口を開く。


「生きて、こちら側で共に戦う気はありませんか」


「……内部にいたものの感想としちゃあ、もう懲り懲りなんだ。


 あんな馬鹿気た組織だが、大きな歯車で動いていて、俺が飛びついても止まらない。挟まっても止まらない。潰されるだけだ。俺にはどうにかできると思えない。


 そもそも、組織が止まったところで『砂漠向こう』はもう止まらない。もう十何年も前からこちらの造船技術や航海術も伝達し、現地に協力員まで派遣しているって話だ。『対岸』の連中にしたってそうさ。いまさらどう止まるって言うんだ?」


 魔法使いの男は震えながら話した。髭面の顔に涙がこぼれている。


「……んー。アーシェ。こいつは全部喋らせたら約束通り楽にしてやろうや。ちょっと可哀想になってきた。


 なぁ、おっちゃん。もうちょっと喋れるか? 私らまだ生きていくつもりだからサービスしてくれ。ちゃんと楽にしてやるからさ。


 そーいや組織の名称は?」


 ララさんが、励ましなのか何なのかよく分からない言葉をかける。


「名前などない。あればバレやすくなるだけだとさ。


 ……ハハ。あんたたちには済まないと思っている。だが組織は思ったより根を張っていて、外部にいる奴らだけじゃない。体制側の内部にもいる。世間に公表したところでどうにもならないと思ったんだ。


 いっそ、不用心なまま王族たちが寝首を掻かれた方が民衆に被害は少ないと……いや、勝手な理屈だな。それでも血は流れるし、焼かれる村や街はでる」


「……連絡員は? あなたとつながりのあった相手を全て教えなさい。それで用済みとしてあげます」


 アーシェは多分、彼が全て吐いた後も生かし続ける気だったんだろうな。どう使うかは想像したくないほどエグそうだけど。


「……本名を知っているのは一人だけだ。ウイアーン帝国、西方神聖第三騎士団メィムミィ副団長。


 他は下部の構成員すら偽名を用いていて分からない。……ちなみにオレの名はホルヘイフだ。今は別人がその名前を使っている」


「……喉元に刃が入っていることも気付いていないのですか。あの国は。


 ……わかりました。本来は証人として残したいですが、あなたを重んじて介錯します。ホルヘイフ。まだ言うこと、言葉を伝えたい相手はいますか」


「ない……いや、メィムミィに会うことがあったら言っといてくれ。『最後は美人に囲まれて幸せだった』ってな」


 死に際のジョークに、俺は省かれたようだ。




「さーて、困りましたな。どうだね舎弟くん」


「困りましたねぇ。ボクとしては上に報告してから、一人ずつ地道に潰して相手を削いでいくくらいしか提案できないです」


「うまくやらないと国際問題化しますね。『執行官』のクィーセリアにとっては問答無用の執行なんでしょうけど。私が関わろうとすると立場がね……」


「なんか、その。世界って陰謀に溢れているんですか?


 平和に暮らしている人たちがいる裏側でジエルテ様の予言した災厄、クーデター組織、『砂漠向こう』や『対岸』からの侵攻って……いろいろ起こり過ぎじゃないですか?


 わたし、いま、あたまが、いんぼーにそまりそう」


 フィエののうみそは強いダメージを負っているようだ。気持ちは分かる。山賊討伐の報酬が『世界がヤバい』という情報とは誰も思わない。


「……ジエルテ神が言ってたことってこれなのか?


 フィエを守るための露払い、平和な世界を維持するって……」


 俺たちは途方に暮れた感じだった。なんか話がでかい。災厄+クーデター+世界大戦ってちょっと多過ぎだろう。……神様が、これの解決を俺に?


 皆が考え込む中、フィエが言った。


「……取り合えずわたし達で何か始めましょう。前に進まないことにはどうにもならないことです。今は解決しなければならないことが山積みでも、やってみたら何とかなるの心意気で行くべきです。


 ……コバタ、こうなったら一緒に何とかしよう。逃げても多分、将来産まれる子供が安心して生きられない。今このときで何とかしよう」


「フィエ……」


「あ、私も産むから。何とかしなきゃだよなー。コバタくん」


「……俺、二人のために早く手に職付けて稼がないといけないですね。


 っていうか、世界の危機と並行してこんな感じで大丈夫なんですかね……」




 山賊退治を終えた俺たちは街に戻った。街の警邏隊に山賊討伐完了の報を届け、アーシェ邸に帰って風呂を浴びた。そしてもう夕方だ。


 全員が身綺麗になり、夕食の席でアーシェは話し始めた。


「……今後の行動方針を、私から。


 フィエエルタの言った『前に進まないことにはどうにもならない』とはまさしく今の状況において重要なことです。停滞は有利とならない、拙速あるのみです。


 現状、吟味できる材料の中では有力な『固有名詞』が出ている人物を調査しクーデターの妨害、鎮静化を図る必要があります。


 ジエルテ神の予言した『災厄』とこれが同一かは分かりませんが、世の中が荒れていれば解決が難しくなるのは明白です。


 まずはそこから手を付けて解決を見出していきましょう。


 つきまして私はメリンソルボグズの光教団、上等祭司の職を辞して私人となり、ウイアーンへ乗り込もうと思います。


 ……拙速とは言いましたが、退職までの引継ぎや各方面への連絡、移動手段の手配などがありますので出立までおそらくは5-6日ほどかかりますが」


 アーシェは思い切りが良い。とはいえ今まで10年近くかけて築いた地位を捨てて、こんな訳の分からない話に飛びつくのは流石に拙速すぎでは……。


 俺の困惑の表情を読んだクィーセさんから捕捉が入る。


「コバタさん、一応まだ薄いながらも裏付けを取ったから動くんですよ。


 ボクは今日お風呂入る前に商人さん、ケリルトン氏に情報の提供をお願いしに行ってきましてね。確度の薄い話であると前置きされましたがね。


 使途不明の帆船の注文が、ここ15年ほどに渡ってあるそうなんです。


 この辺りでは海や河を利用した人やモノの運搬が盛んですから、造船技術自体は十分ありますし注文も多い。……でも、安い買い物じゃあないんですよ。


 なんでも、同系の『海での長距離航行を目的とした』『機動性が高めで軍船への転用も可能な』ものが闇へと消えているそうなんです。お高い船です。


 闇と言っても、その船が海底の闇に沈んでいるならまだマシです。困ったことにそういう船を作れる職人さんまでも、何人か消えちゃってるらしいんですね。


 ……つまりサンプルである船本体に加え、増産や補修、維持技術というものが流出しちゃってる可能性がヒシヒシと、って感じなんです。


 あの魔法使いが言っていた通りの内容なんですねぇ」 


 クィーセさんはやれやれといった顔をしている。


「……技術流出。……防止対策とかしていないの?」


 これにはアーシェが答えてくれた。


「残念ながら。


 ウイアーン、ヌァント、トゥエルト、フォルクト、そして我らがシャールトも水運による経済効果を重視しています。


 一部の特別なものを除いて造船技術の秘匿はしていません。広めた方が経済的なので。ヒトとモノの流通も厳しく制限してはいないのです。


 基本的に、同じ価値観を持つ宗教圏内であればこその内容です。『砂漠向こう』への流出など想定されていなかったとしか」


 自由にモノを売り買いできる社会を作っているというのは素晴らしいことだが、あまり警戒感のある想定がなされていなかったようだ。


「……クィーセさんに前教えて貰ったけど『砂漠向こう』って凄い遠いんだよね。


 今まで行き来はなかったの?」


 これにもアーシェが答えてくれた。


「する意味がなかったのです。長期航行のリスクが高すぎました。宗教圏内での取引で十分な利益をあげられていたのです。


 実験的な試みもされたと聞きますが、それらは失敗に終わっているはずです。外海は遠くへ行くほどひどく荒れますし、しっかりとした海図がない。砂漠の海岸線を伝おうにも多くの暗礁がそれを阻んでいました。


 『世界八分一』地図の外を目指す者……遠くの世界を夢見る者は、ほぼ全て帰らぬまま……と聞いていました。


 ……ですが、今回の件で可能性が出てきてしまったというわけです」


「なるほど。ごめん、ウダウダと色々聞いちゃって。


 ついでによく分かってないところを聞きたい。


 ウイアーンは外国だよね、行ったところでどうにかなるものなの?」


「一応は元宗主国です。300年前にこちらシャールト王国は独立しましたが、その後の外交の成果もあって現在の関係はそこまで冷えてはいません。私にはウイアーンの光教団ともコネクションがあります。


 また、滞在先としては姉様2人がウイアーンの貴族に嫁いでいます。ちなみに私は11人兄弟の末子になりますね。


 あと私の一族メイルニア家も元を正せばウイアーンの大貴族ですから、名前を出せば粗末な扱いは出来ません」


 11人て……サッカーチームができる人数産んだのか、アーシェのお母さん。さすがにこっちの世界だとしても多くないか。


 アーシェは一人一人を見て、確認の声をかけていく。


「……クィーセリア、あなたは執行官です。このような悪しき企みを阻止するため力を貸して貰えますか?」


「勿論ですよ。執行官任務の範疇内です。……あ、ボク個人はそーですけど、一応現在の上司に明日、遠くまで行ってきますよって確認取ってきますね」


「ありがとう。クィーセリア。


 ではコバタ。あなたは私について来てくれますか?」


 ……勿論だと言うつもりだが、微妙に言い回しが気になる。不貞関係のこと含めて言ってそうなのが嫌だ。でも肯定で答えるしかないよな。


「分かりました。俺たちが平和に暮らせるために、戦いましょう。


 ……フィエ、ララさん。俺と一緒に来てくれる?」


 せめてもの抵抗だ。アーシェからフィエやララさんに声掛けはさせない。


「コバタと一緒に世直しの旅だね。劇みたいでいいじゃない?


 ……わたし達の未来のためには戦わなきゃね」


「私は問題ないぞ。


 コバタくんがいるならそこが帰る場所だ」


 二人とも凄く頼もしいことを言ってくれる。


 ……アーシェとの関係は早く清算せねばならない。世界の危機もそうだが、俺はこの二人との関係が破綻することも全力で避けたい。


 不誠実な状態を、何としてでも解決せねば。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る