1-48.ララちゃんとかいうチート生物

 翌朝、俺たちがアーシェ邸に帰ってくると、出迎えたアーシェは憔悴していた。


「コバタ、フィエエルタ。……ああ、クィーセリアも戻ってきましたか。


 あと数時間で、一つの危機が訪れます。ララトゥ……ライラトゥリアが、若返って目覚めるのです」


 なんじゃそりゃ、と思ったがジエルテ神が降臨してなんか若返りの薬を置いて行ったらしい。アーシェは続けて言った。


「ライラトゥリアは『青春を取り戻す』と言って眠りにつきました。


 非常に危険です。今のララトゥも素敵だけど、昔は今とは違った感じで魅力的だったのです。そんな奴が全身全霊を以てコバタを襲うのです。


 ……フィエエルタ、覚悟なさい。最大の敵です。


 ……コバタ、いつもの一歩引いたララトゥではありません。心をしかと」


「アーシェは、そんな冗談も言えるようになったのか?


 ララさんが、若返るだけでなにか化物になるような言い方を」


 俺はアーシェに関係の清算の覚悟を決めていたのに、なんか変な方向に話が進んでいる。なんかしばらくは話を切り出せる雰囲気じゃない。


「わたしは18歳より前のララさん見たことないから見てみたい!」


「ララトゥリ姉貴が、年下になるんですか?」


 俺たちは応接室に向かった。そこのソファにはかなり若返っているララさんがいた。16……くらいかなぁ、やっぱ昔から美人だったんだな。


 フィエが興奮した様子ではしゃいでいる。


「ララさんが起きたら、わたし『ララちゃん』って呼べる! 楽しみ!」


 フィエは無邪気に笑っていた。




 しばらくして目覚めたララさんは、天使のような小悪魔だった。


「おはよう、コバタお兄ちゃん」


 開口一番からキャラ作って来やがった。眠たげに目を擦る仕草が……あざとい。


 本来若い女の子というのはそれだけで可愛い部分はあるが、ララさんは基本性能が高い。加えて若い子には気恥ずかしくて出来ないあざとい動作が出来る。


 ……年代的にはフィエと同じくらい。だがタイプは正反対だ。ナチュラルなフィエと、理想の仮面をかぶったララちゃん。


 アーシェが言った言葉の意味も理解できる。いつものララさんは格好いい感じが強いのだが、今のララちゃんは両方が同居している。ちょっと表情が変わるだけでかっこよく見えたり可愛く見える万華鏡のような存在だ。


「おはよう、ララちゃん。


 ……えへへ、ララさんの昔ってこういう感じなんだね」


「おはよ、フィエちゃん」


 基本的に語尾にハートマークがついている。笑顔も計算したようにあざとい。アーシェが俺に囁く。


「あれは危険です。やはり本気です。心乱されぬよう」


「大丈夫ですよララさん優しいから……と言いたいところですが、異様ですね」


 俺とアーシェがひそひそ話していると、ララちゃんは光輝く笑顔を使用した。


「ねーぇ? コバタお兄ちゃん、『おはよう』って言ったじゃない~。


 アーシェと話してないで、言って? 『おはよう』」


 なんだコイツ、化物か。アニメから出てきたみたいだな。だがこれはアニメじゃない。目の前で起こっている本当のことだ。


「……おはよう、ララさん」


 ララさんは、ぷくっと軽くふくれて見せた。あざとい。あざとい。


「ララ、って呼んでよ~。年下なんだから」


「元から年下でしょ、差が広まっただけで」


 こんな素っ気ない反応をしつつも、俺は少し心に揺れるものを感じていた。リアルでここまであざとく接してくれる存在なんて、お金が発生するお店だけだろう。行ったことはないが。


 しかし、今のララさんはお金ではなく、純粋に俺の関心を引きたくてそれを行なっている。そう思うとなんというか、気持ちが引っ張られるのだ。


 可愛い女の子が、俺の関心を引きたくて、頑張っている。


 俺の顔を振り返って見たフィエが「?!」という表情をし『やっぱこういうの好きなん?』の表情へと変わる。


 違うんです違うんです。俺は、俺は。…………。


 ……何が違うというのだ、ともう一人の自分が語りかけてくる。消えろ邪心。久しぶりだな、元気してたか。


 俺は平静を取り戻した。はずだった。


 起き上がったララちゃんが、俺に駆け寄って耳元に囁いた。


「コバタお兄ちゃんと、やってみたいことがたくさんあるの」


「……ぐっ」


 確かに有効な一言だ。俺は既にかなりの妄想が浮かんでしまっている。


「まずは二人でいろいろしよっ。私……ララと二人で、ね。


 そーだ。ひと段落したら、『下弓張月』で大人のララを出せば、年の離れた姉妹? あるいは年の近い母娘に見えるんじゃないかなぁ」


「……?! …………」


 俺の脳味噌が停止する。瞬断だった。すぐに妄想力は復活した。


 そんな、そんな。そんな。そんな。


 背徳的? いや同一人物である以上、倫理的に問題ないはず。え、ララちゃんとララさんが、同時に? イメージプレイで?


 そもそも考えてみろ。姉妹母娘なんて、よほどの罰当たりでない限りリアルは無理だろ。って言うか俺は倫理が気にかかってしまう。エロマンガでなら好きなシチュを、完全合意、倫理審査通過で行なえる。しかもララ二人組は多分、俺が望むままに演じてくれる。……嘘だろ最高か。


「コバタ、気をしっかり持ちなさい。ララトゥは悪魔だと言ったでしょう!


 悪魔の囁きです。心をしっかり持ちなさい」


 アーシェはこれを危惧していたんだ。ララさんは本気を出していなかった。いつも見栄を張って格好つけていたとララさん自身言っていた。その見栄を取り去った形振り構わないララさんは強い。多分すごく強い。


「……」


 俺のすぐわきで、小悪魔は微笑んでいる。かわいい。


 あくま、でもいい。難題を押し付けてくる神より、やさしくてやらしい小悪魔の方がありがたいに決まっている。


 俺は、最後の理性で言った。


「フィエ、俺は醜態を見せてしまいそうだ。そんな気がする。俺の恥ずかしい姿はフィエに見せたくない」


「コバタ……無理しないでいいよ。ララちゃんがそうしたいって言うなら、別にわたしとしてはもう構わないし」


 フィエの言葉は優しい。天使だ。でも、もしかしたら俺は呆れられて突き放されているのかもしれない。


「フィエちゃん、ありがとう。でも、改めてお願いするね。


 この姿、一日だけなの。お願い。私に青春を取り戻させて、お願い」


 それは悲痛な、あまりにも重い言葉だった。言葉の迫力に、まだ青春時代が残っているであろう残りのメンバーは圧倒されたようだ。


「……うん。深刻過ぎて嫉妬する気になれないから、コバタ、本当に大丈夫だよ。


 今日一日、ララちゃんをよろしくね。楽しくさせてあげてね」


 フィエの言葉を聞いて、ララちゃんはパァっと明るく破顔した。


「アーシェ。私、お風呂はいってお洒落したいの。手伝ってくれる?


 背中とか流してくれると嬉しいなー。私、アーシェとお風呂入りたいなー」


 アーシェも、仕方ありませんねとかぶりを振る。アーシェの欲望が鼻から出ている。最終防衛ラインは突破された。




 最初は、街に出てデートだった。まぁ青春ならこうだ。


 この間フィエとデートしたばかりで、今度はララさん……ララちゃんとデートしている俺は何なんだ。死んだ方がいい存在なのでは?


 アーシェが速攻で磨き上げてくれたララちゃんは、ララさんとは大きく違いがある。なにより普段のボサボサ頭ではなく、髪の毛が艶々とまとまり、品の良い飾り櫛を付けている。キュートな感じの服を着ている。加えて媚び声……。


 立ち姿はすらりとしていて、なんというかこの年代にしかない特別感を漂わせる。しかも普段ララさんは恥ずかしがってか使わないが、自分を綺麗に見せる技術を心得た立ち姿だ。やっぱララさんガサツに見えて内心乙女で、見えないところで練習していたのかも知れない。


 ララちゃんとのデートは甘々だった。ララさんの方では外面的に恥ずかしくて出来なかったことを全力でやってくる。周りの目を気にするつもりがない。


 甘酸っぺえ青春イベントを詰め込み過ぎない程度にやってくる。ララさんにも、俺の青春にも無かったものでもある。


 ……しかし目立つ。何人かに「死ねよクソが」の目で見られる。何人かで済むだろうか。今のララちゃんはちょっと声がでかいというか、目立つ行動を取りがちだ。加えてガチ美少女なのだから。


 俺は心を削られていた。やはり俺、このやたら目立つ娘をエスコートできる立場ではないのでは。自然体なフィエとのデートの方が俺に合うよ。


「ねぇ、コバタお兄ちゃん。お姫様抱っこして」


 ……正気か?! んな目立つことしたら殺意で街が染まってしまう。俺は異質な存在で、遠目からならともかく近くで見られると『迷い人』と特定されるんだぞ。


 俺とフィエの婚約は既に街では知れていることだ。そしてララちゃんは明らかにフィエではない。


「ララちゃん、それはさすがに……」


「やって」


 語尾ハートと俺に向けていっぱいに伸ばした腕。その天使の仮面の裏にあるリアルララさんの渦巻く執念。……俺は負けた。


 俺は明日から街は歩けないかも知れない。今の俺を吟遊詩人が歌ったら、刺されて死ぬエンドでないと観客は納得しないのではないか。




(省略)


(アーシェ・フィエはクローゼットの中に隠れ、それを見ていたのだ)




 非常脱出口がアーシェの私室には取り付けられていた。それはクローゼットの床部分に取り付けられており、階下からの移動が可能であった。


 アーシェが、基本立ち入り厳禁の私室を、二人のために開放したのはこのような理由があったからだ。


 一通り覗き終えた二人は、階下の書庫まで戻っていた。


「アーシェ様……なんて、なんちゅうもんを見せてくれたんですか……。


 わたし、いま、のうみそが。


 ああ、うあ、ああ」


「私としては、昔と今のララトゥの綺麗な姿が見れて、とても嬉しかった。


 あのような方法があるのですね。知見が深まりました」


「なんで、アーシェ様は動揺されないのです?


 わたし、なんだかお腹痛くなってきたんですが……。


 っていうか、覗き趣味はないと言っていませんでしたか、どうしてこんな……。わたしには分かりません。……あ、あのララさんがあんなことを。


 コバタも途中から人が変わったようになって……」


「覗き趣味は最近覚えただけです。


 ララトゥとコバタの行為についても、あれはあれでいいではないですか。むしろフィエエルタ、あなたも『そうしたい』と思ったりはしないのですか?」


 フィエは考え込んだ。テーマこそ違うが先日も昨日の晩も、コバタと宿の一室で既に似たようなことはしている。しかしアーシェ様に言っていいものだろうか。


「コバタは……わたしを……」


 フィエは思った。コバタってとにかく『わたし』にこだわる部分あるよなぁ。他の誰かとか役割を演じろとかじゃなくて『あの時のフィエ』の再現ばかりだ。


 昨日なんか『温泉一緒に入ったときのフィエ』『この前のデートで劇を見てはしゃいでるフィエ』から始まる謎プレイだった。


「大丈夫ですよ、フィエエルタ。……焦る必要はありません、ゆっくり愛を育めばよいのです。


 新しい形を学んだと思えば良いのです」


「あ、はい。そうですね」


 もう学んでるんだよなぁ……とフィエは少し落ち着きを取り戻してきた。


 アーシェは、暗い欲望の妄想をしていた。フィエエルタが今のように、コバタと自身の関係を見たらどうなるだろうかと妄想していた。背筋が震える。


 そうして、アーシェは再度フィエの表情を見た。……フィエの表情は既に落ち着いてしまっており、平常を取り戻している。


 アーシェは思う。……あの秘密はスリルがあるから、価値がある。バレたら人間関係が壊れるというスリル。でもコバタは優しいから私を見捨てないだろうし、フィエエルタも思ったよりコバタの性関係に寛容なのかもしれない……と。


 アーシェは、ゆっくりと『コバタとの秘密の関係』の価値が薄れていくことに気付いてしまった。最初、それはコバタと自身を繋ぐ絆のつもりだった。


 でも、それはいつしか破綻して終わるものだった。アーシェはもう、コバタと離れることなど考えられなかった。


 アーシェは思う。コバタとの新しい関係を構築しなければならない、と。




 その頃、それらの経緯をこっそり見ていたクィーセリアは思った。機が満ちたし対処しよう。明日明後日辺りでアーシェルティ殿を秘密の露見に誘導してしまおうと。

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