1-43.【アーシェルティ】ガアルズトオク

 クィーセリアが『ともに外出しよう』と言うので、少しワクワクしてついていったら、それは尾行だった。


 コバタとフィエエルタのデートの様子を、物陰から観察した。……あの二人はやはりまだ素人だ、尾行に対する意識がない。


「やっぱ、まだまだですね~」


「いや、クィーセリア。


 なぜこのようなことを? そしてなぜ私を連れ立って?」


「ボク、執行官なんで『調査』するの得意というか、人間関係を把握することって大切な要素なんですよ。


 アーシェルティ殿をお誘いしたのは、隠密訓練を受けているようでしたのでその腕試しと言いますか。ちょっと実力調査を」


「……さすがに、恋人同士の後を付け回すのは任務の範囲外なのでは?」


「ふむ。あちらの劇の鑑賞に、コバタさんとフィエちゃんは準備金を私的流用していますね。これは横領に当たります。


 つまりは犯罪発見ですね。興味本位というわけではない」


「詭弁を……。付け回し始めた理由としては根拠薄弱です。


 それにあのお金は公金ではなく私の貯蓄から出しています。多少の私的流用は看過します。咎め立てなどしません」


「私費でしたか。通りで額が大きいと思いました。あれだけの額の稟議通すのは役職持ちとはいえキツイですもん。予算会は渋いですよね、ちゃんとムダ金出さずに財布のヒモを締めてくれていると言えばそうですけど。


 出所が分からないお金を受け取って使ってしまっては、収賄となる可能性がありましたので少し警戒していたのです」


「あのねぇ……。何かはぐらかそうとしているでしょ。


 あなたにそういう癖があること自体は別にいいわよ。でも政治の席でやりあっている人間に対して、のらりくらりで対処できると思ってそうなのがムカつくから、取り合えず何でこんなことしたのか言いなさい」


「ほら、見て下さい。恋人同士が手を繋いで宿に入っていく」


「…………まぁ、そういうこともあるでしょ。別にそれくらいはリフレッシュのためにお金を使って貰ってもいいわ。許容するわよ。


 あのねぇ……。だから何の目的があってこんなことするのよ」


「アーシェルティ殿と、もうちょっと親しくなっておきたいな、って。


 ボクね、割とお気に入りなんです。あなたのこと」


「……さすがに何か企んでる人間特有の匂いがするときに、その言葉を嬉しくは受け取れないわ」


「じゃあ、打ち明け話で仲を深めてみますか?


 こんな街角で話していい内容じゃないです。一度戻りましょうか」




 アーシェ邸。応接室。


「で、なに? 打ち明け話って?」


「自己開示です。こればっかりは打ち明けておかないと、あとからバレると信頼を大きく損ないますので」


「……言いなさい」


「はい、これ」


 クィーセリアは腰のポシェットから巻物を机の上に放る。……なるほど、不意打ちで脅す算段か。しかしこれは、頭を抱えるしかないシロモノだ。


「あんたねぇ……なんで持って……ああ、そう『荒れ地』だからか。


 …………いや、おかしい。さすがにその年齢で集めるのは無理」


「ご明察です。ボクには先生がいましてね。その方から受け継いだんです。


 ボクにとって重要な秘密です。ナイショにしてくださいね」


「……ぶっちゃけるわよ。咎め立てはしないし、かと言って見なかったことにもしないわ。けれど、面倒臭い問題が起こるから秘密にはする」


「おや、寛容ですね。怒られるかもとビクビクしてたんですが」


「……私は別に、杓子定規で敬虔な信者というわけでもないのよ。


 加えて言えば『放任・執行』を心から敵視しているわけでもない。政治的ポーズよ。とはいえ、現代の時流には『管理・裁決』が向いてるとも主張しておくわ」


「派閥の急先鋒と言われる方にしては、随分ユルくないですか」


「期待された役割よ。私がやらなきゃ本物の急先鋒がやるだけ。そう言うのが暴走したら後始末が面倒だから私がその位置を占有してる。


 別に思想信条を大きく偽っているわけでもないし。そのくらいいいでしょ」


「別にボクも、派閥争いとかはどーでもいいノンポリです。


 ただ、個人的に魔法をよく知っておきたいだけ。他の人とか時流とかには特に興味なかったりするんです。


 ふふ、こう言うところの擦り合わせ出来ていると、下手な探り合いの時間を省いて色々話が早くなって便利ですよね」


「同感ね。まぁ誰とでもやっていいものではないけど。


 逆にこちらから質問するわ。あなた……いえ『放任・執行』はジエルテの神託についてどこまで分かっているわけ?」


「それに関しては、過去の資料の書庫は共通でしょう? 同じですよ。


 現在進行形の方は、本当なんも分かっていないです。ただひとつ、偶然の手柄としてボクはコバタさんの出現については早い段階で把握しました。


 メリンソル村にフィエちゃんの調査として、一度雑用しに行ってるんです。他派閥が何か抜け駆けしていないか、フィエちゃんが思い詰めて逃亡していないか、傷病はないかとか知るための調査確認ですね。


 執行対象がないときの穴埋め的な任務でありましたが大金星でした。ケルティエンズ筆頭執行に早急に報告入れています」


「……なるほど。あなたが喋ってるんなら『言っていいこと』なのね。


 通りで。あっちの対応が早いと思ったわよ。……ライラトゥリアがフィエエルタに『魔法を覚えさせて自衛できるように』って提案してきたとき、つい流しちゃったのよね。ライラトゥリアは意外な提案をしてくることも多いから。


 スンナリと話が通ったときは流石にニオイはしたわ。で、魔法の指導担当教官として貴女と引き合わせたのも、意図が有ってのこと?」


「ええ、例のアレの噂に巻き込んじゃおうって。


 ご存じでしょう、例のアレ。テロ組織と目されるナントカ」


「……知っているわよ。あんな面倒臭そうな話、いずれ対処することになるかと思うと憂鬱でしかないわ」


「いけないんだぁ。それって『執行官』の上位クラスが秘密裏に調査してる案件ですよ~。知ってること認めちゃったらスパイじゃないですか」


「私をスパイ呼ばわり? ほー、よく言うわね。


 じゃあ、こんなこと聞くのは野暮だけど聞かせて頂戴。


 クィーセリア、あなた、密偵なの?」


「ボクが密偵? それこそ意外な発想ですね」


「命令。略歴と、機密階級」


「承知。ハイハイ。お答えします。……あ、ゴメンナサイ。ハイは一回ですね。


 ボクはラートハイト出身です。天涯孤独の身となり、地教団女子孤児院にて保護を受けています。そちらで魔法に接する機会がありまして習得。


 その後はヨチカ傭兵団に入りました。2年ほどの在籍になります。その後は渡航してヌァント王国へ。ヌァント王と謁見の栄誉を賜りました。まぁ、気さくな王様なんで会う難易度低いですけど。


 そこで『何かやりたいことがあるなら手配するよ』といった意味合いのことを言われたのでメリンソルボグズへの移動を希望しました。


 機密階級は上位一等級までです。大機密というものが存在していることは知っています。あとはちょっとした豆知識とかもこぼれ聞いていたりはしますね」


「ウソはなさそうね。でも幾つか確認するわ、形式的に。


 ヨチカ傭兵団のどの部隊に?」


「レインステア筆頭隊長さんとこですね」


「……それがウソじゃなさそうと言うのが驚きだわ。


 加えて質問。そこで"飼ってた猫"は知ってる?」


「あ、なるほどあの方から隠密習ったんですね。ボクも教わりましたよ。


 トティツ師範辺りに呼んでもらった感じですか、呼び出してご教授させるとかゼイタク者ですねぇ」


「……本当にウソじゃないのね。


 で、あなた本当に密偵じゃないの?」


「どうしてそう思われるか、根拠を伺いたいですねー」


「分かって要素を追加してきたくせに。


 『天涯孤独』『出所不明な術式の巻物』『ヨチカ傭兵団の大将級とのコネクション』『ヌァント王とのコネクション』『出身地から遠く離れた街への移動を希望、しかも理由は言わない』とかね、こう言う要素を併せ持ってる人はあまりいないでしょ」


「大物とのコネならアーシェルティ殿も持ってるじゃないですか。


 こんなお屋敷に、使用人さん一人しか付けないで籠ってるってのもなかなかにアヤシーっていえばそう言えちゃうんですよ」


「まぁ、形式的に疑ったけど別にいーわよ。あなたが密偵ならそれで。


 でもあの尾行とか……あんまり変なことに私を付き合わせないで」


「またまた~。コバタさんを『変なこと』に付き合わせてるクセして~」


「……意趣返しさせて貰うわ、『根拠を窺いたいですね』」


「え、カマかけただけですよ? 会話の基本技能じゃないですか。


 ああ、ちなみにフィエちゃんは察してませんね。コバタさんへの信頼が厚くて想定できていない。ララトゥリ姉貴もまた察してない……というかあの人は『自分から心が離れそうにならなきゃコバタさんの女性関係を気にしない』感じですかね。おおらか。察そうと思えば察するでしょうけど今は気にしてない感じ?


 なぜかボクは最初、コバタさんから遠ざけられましたけどね」


「……あんたねぇ。


 そういう感じだから危険視されたんじゃないの。ライラトゥリアはそういうところは鼻が利くのよ。『コイツ何か隠してる。危なそう』って」


「今度はアーシェルティ殿が話そらしてるじゃないですか~。


 コバタさんとのことについて、ボク、秘密にしてあげますから。さっきボクが打ち明けた『違法所有』をくれぐれも内密にお願いしますね」


「えっ……ああ、うん。わかった、秘密ね。


 じゃあ、一番知りたいことを聞いておく。『何が目的で潜り込んできたの』


 答えたくないならウソでも沈黙でもいいわよ」


「ボクには目的があります。


 確認。アーシェルティ殿の機密階級は?」


「承知。貴女と同じ上位一等級よ」


「ボクは大機密については知りません。


 ですが、これはおそらく大機密級のこぼれ話です。違反して共有しますか?」


「…………。


 ………………困らせてくれるわね。


 …………知るわ、あなたをね」


「ふふ、これで本当にトモダチですね。


 『過去の事例から、迷い人に対して必ず、ジエルテ神は反応する』


 『ジエルテ神は災厄を前触れする存在、しかし幾つかの証言から、前触ればかりが目的ではないということが分かっています。該当の証言は抹消』


 『"連なる掌"は災厄の呼び水であることがほぼ確定。裏付け終わってます』


 ついでにもうひとつ。ボクの目的を明確に。


 ボクは過去に『災厄』を見たことがあります。あれは止めないといけません。その実感、危機感を持っているんです。だから、ジエルテ神と接触がある……つまりは一番情報が早いこのコミュニティにいたいんです。


 ウソじゃないって分かって頂けたのなら、信じて貰えるなら、嬉しいです」


「……結局、それが話したかったのね。


 遠回りしてくれるじゃない。前置きが長い。あなたのクセね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る