1-41.実戦訓練会議・フィエとのデート
次の日の午後。今日はいつもより秋の気配。過ごしやすい。
今日も午前から昼過ぎまでトティツ師匠と訓練した。午後はアーシェが会議を開くと言うので戻ってきた。
アーシェ邸は拠点化してしまった気がする。大部屋には俺とフィエとララさんが住み着き、書庫近くの小部屋にはクィーセさんが住み着いている。
もともとは使用人さん一人が通うだけのアーシェの個人的空間。随分騒がしくなり申した。
そういえば昨日は女の子同士4人での親睦会・お風呂イベントとかあった。あまりにもキャッキャウフフな声が聞こえてきて、俺は揺さぶられた。だが覗きは倫理的にダメなので耐えた。……代わりにフィエとララさんとは一緒に入った。俺のために2度目の風呂に入ってくれた二人には感謝しかない。
なお、抑えつけると暴発するとアーシェがララさんに提言し、クィーセさんとはある程度話せるようになった。
そんなわけで、大部屋に5人が集められて会議となった。今回の会議の発起人のアーシェ議長が言う。
「まず最初に。
皆さん良く鍛錬に励み、成果を得たことを嬉しく思います。つきましては少し先の話になりますが一度、慰労の席を設けさせて頂く予定です。
さて、この度の会議におきましては山賊討伐・実戦作戦(仮)をこの度取り行うこと、そしてその詳細な内容を詰めていきたく思っています」
ララさんが問う。
「アーシェ、これはどんな作戦なんだ。名前そのまま?」
「ええ、ライラトゥリア。
あなた達が実戦において連携を行なえるかの確認です。
それを山賊討伐において試そうというわけです。良いですか、2日後を探索開始とします。必要な用意は済ませなさい。
用意に必要な資金はこちらから前渡しします。取り合えず各自に銀貨一袋。……中身の確認は良いですか? 追加が必要でしたら内容を申請してください」
アーシェ以外の4人に各自に一つずつ配られた銀貨袋は結構重い。俺はこちらの貨幣制度は良く知らないが、この重みだけで価値を感じる程度には入っている。
アーシェのポケットマネーかどこかから出た予算なのかは知らないが、よくこんなポンと出せるものだ。
「おお、こんなに! 頑張ります! 強くなったわたしを見て貰いましょう」
フィエの反応を見るに結構な額のようだ。しかしそれを遠慮するでもなく受け取るフィエはちゃっかりしている。
クィーセさんは中身を確かめようともしない。お金には執着がないタイプなのだろうか。なんかクールな一面を見た気がする。
「……んー、作戦に参加するのはこの5名ですよね。
殲滅対象って近隣をちょこちょこ荒らしてる30名ほどの山賊集団ですよね?
連携の確認とはいえ、ちょっと戦力差が大き過ぎませんか。おそらくボクだけでも任務遂行可能です」
クィーセさんが熟練者であることは知っているが、1vs30で余裕って……魔法使いってどれだけ強いんだ。
「クィーセリア、これは実戦ではありますが訓練の意味合いを大きく含むのです。
現状、実戦経験が不足しているコバタ、フィエエルタを慣らす意味合いが強いのです。これは私の言葉選びが悪かったですね。ごめんなさい」
「頭を下げないでくださいアーシェルティ殿。ボクが勘違いしたのが悪いです。こちらこそ申し訳ないです」
「そんな下手に出る必要もありませんよ。クィーセリア。まだ出会って短いとはいえ、あなたのことは頼りに思っています。それに風呂をともにした仲ではありませんか。
それで、先ほどクィーセリアが言ったように問題の山賊は30人規模。この程度であれば普段はキィエルタイザラ氏が文字通り潰しているのですが……現在はご実家に戻られて療養中の身でして。
何度か警邏隊による山狩りを行なったのですが、逃げ足が速く難航しています。こういった状況で有効な『早駆け』を使用できる熟練者が現在、地教団から出払ってしまっているのです。
そこで、気配を察知されづらい少数で殲滅するという形を取ります。クィーセリアは『早駆け』を使えますから、いざという時のフォロー役として頼りになります。ライラトゥリアは警邏任務や制圧任務の経験と実績持ちです。
訓練しつつ任務を遂行するにはうってつけのサポート役かと思います。コバタもフィエエルタも、敵を一人として逃がさずに潰す経験はしておかないと」
……さらっと怖い。先ほどからじっと相手の死が確定している物言いだ。初心者な俺とフィエを除けば、武闘派っぽい3人だからなぁ。
「実のところ、私も限られた場でしか戦ったことがありません。ライラトゥリア、クィーセリア。頼りにさせて貰います」
「アーシェ、謙遜はそこそこにしないとかえって印象悪いぞ。そうだろ舎弟?」
「ララトゥリ姉貴の言う通りです。魔法使いとしてこれほど怖い相手はいないというのに。アーシェルティ殿、派閥替えして執行官やりませんか。組みませんか」
実戦経験の多い二人からしてもアーシェは強いらしい。アーシェは褒められてちょっと嬉しそうにしながらも、キリっと顔を引き締めて言った。
「……あのですね。私は『対魔法使い』であれば確かに強いでしょう。私の実戦任務の経験は主にそれです。逆にそうではないもの……今回のような山賊討伐などはあまり経験がないのですよ」
「すいません、割り込むようですがアーシェが対魔法使いに強いっていうのはどうしてなんですか?」
俺はよく分からなかったので質問してみた。答えが返ってきたのはフィエからだった。教えたがりは変わっていない。
「コバタ、アーシェ様は『光の大爪』を使えるでしょう? あれは魔法を『消滅』させる大きな盾の役割を果たせるんだよ。都市防衛に使われることが多い魔法なのは知ってるよね。
ある程度の大きさのある街には、基本一日中交代制で展開されているものなの。それで都市に対する『魔法攻撃を消滅』させているんだ。
あ、別に頻繁に街へ魔法が撃たれてるって意味じゃないよ。そういう安全対策を常にしているってことが信用を生んで、街に人やお金、物資を呼び寄せるからお得なんだよ。
それでアーシェ様の熟練度になると、光の大爪をいろいろ調整できるから魔法使いとしては『魔法を封じられた』のと同じになっちゃうんだよ」
フィエは最近大好きになったアーシェのことを自慢気に誇る。……フィエ、俺最近寂しいよ。なんかアーシェの良い様にされてる気がしてならないんだ。俺も悪いんだよな。いや、俺が悪いんだ……俺が浮気者だから。
そんな俺の表情を、流し目でこちらを見ながらアーシェはホクホク笑顔だ。アーシェ、お前絶対歪んでいるよ。
「ふふふ……フィエエルタに褒められると……うふっ……嬉しいですね」
「アーシェ喜びすぎだろ……お前も私からフィエを盗るのか?! コバタみたいに! コバタみたいに!」
ララさんは不満げだ。クィーセさんという舎弟を手に入れてもなおフィエは手放したくないらしい。
……連携して戦う、という割にここの人間関係はちょっと絡まり合いすぎていないか。大丈夫なのかこれ。
会議のあと俺は一人、東屋でたそがれていた。アーシェとの関係は……清算しないといけない気がする。フィエとララさん間は了解が取れているけれど、アーシェは隠れた関係を望んでいる。……困る。
俺がため息を吐くと、後ろから声がかかった。クィーセさんだ。
「どうしました? ため息は良くないです。
辛い事でもあるのなら、ボク話聞きましょうか?」
クィーセさんは、先ほどの部屋の中で唯一関係を持っていない……頬にキスはされたけどあれは挨拶ということだし。
しかし、そんな人にこそ話せない。俺が汚れて爛れた人間だと知られたくない。
「いや……何でもないですよ。
ただちょっと、訓練の疲れがたまっていたのかも知れないです」
「訓練に加えて3人もお相手してれば、そりゃ疲れますよね」
……アカン。フィエとララさんはともかく、3人ってことはアーシェもバレてる。
「……この話終わりにしませんか」
「代わりにボクも混ぜて貰えるなら。ボクだけ仲間外れ、独りぼっち寂しいです」
……悩みの種増やさないで。……というかさぁ、異世界に来てモテモテって皆が夢見るけどさぁ、なんで修羅場が怖くないの。俺怖いよ。フィエが怒るよ。
「……聞かなかったことにさせて下さい。本当にギリギリなんです。これ以上は」
「ん~、ボクの言ってる意味わからないです?
ボクは情報通だってことです、内側に取り込んでおいた方が賢くないですか~?
複雑な女性関係とかジエルテ神より授かった指輪とか、コバタさんって大勢には知られたくない秘密ありますよね~?」
俺はクィーセさんの顔を見る。ああ、これ言葉が柔らかいけど脅しだ。ちくしょうこの世界どうなってるんだよ。クソ、もっと悩まないで済む性格に生まれ育ちたかった。そういう性格だったら幸せな状況のはずなのに。
ジエルテ神は俺の人生を歌にするとか言っていたな。なんだよこれ、クソ男が浮気しまくる歌になるじゃねぇか。フィエとの純愛の歌が良かったよ俺は!
よくよく考えると、こっちの世界に来てまだ一ヵ月ちょっと。それで……3人も? 出会いから性行為に至るまでが早すぎる。
フィエとは半月の同居を経てからだから……早いとは思うが納得できる。でも特にアーシェとは早かった。初対面から3日後ってさすがにどうなの。
俺ってなんか特殊なフェロモンでも発しているのか……?
「ねぇ。ちょっと空きの時間が出来た時、ボクが訪ねて行ってもいいですか?」
「脅しには屈しません。ギリギリなんです」
「ボクが癒しますよ~」
俺は立ち上がって早足で逃げ出した。俺は限界だった。フィエがちょうどこちらに来る。俺はフィエの手を握り締めて言った。
「フィエ、前に街が怖いとか言っていたよな。今は大丈夫なのか」
「ああ、あれね……。アーシェ様の庇護のもとだからもうほとんど怖くないよ。
やっぱりアーシェ様が一声かけると違うね」
「じゃあ、二人でデートしないか」
フィエは、ぱぁっと明るく笑った。……俺にはこの笑顔があれば良かったんだ。ララさんもアーシェも素敵だし好きだけど、俺はフィエの婚約者なんだから。
俺とフィエは連れ立って街中を歩く。いつも通り手は繋いでいる。フィエの表情はやわらかで、何かに怯えている様子はない。
「フィエは、強くなったんだな」
「……今度の山賊退治で成果を見せるつもりだけど、コバタが言いたいのそういうことじゃないよね? うん、街中はもう平気になったよ。
……コバタがいるから強くなったんだよ。隣にいられるように」
フィエは、俺にはもったいない言葉をくれる。
村にいた時の俺は、自信が持てなくてフィエに励まされたりしてたっけ。あの時フィエに肯定されて嬉しかった時に戻りたい。フィエをまっすぐ見つめていたい。
「フィエ。俺はフィエが好きだ」
「嬉しい。……でもどしたの急に」
俺としてはフィエにかけて貰った言葉への返答、自分の気持ちをそのまま言ったつもりだったが、フィエには急に言われたように聞こえてしまったようだ。
「……ん~? コバタは何か企んでるのかな?
こんな風に私を連れだしたってことは」
なんか話が変な方向に行っている。いや、俺としてはフィエと一緒にいたいのと、あの場から逃げ出したかったのが合わさっただけなんだが。
「あ、わかった。わたしに何か、えっちなことする気だね」
……そりゃしたいけどさぁ! そういう風に思われているの? 普通にデートでいいじゃん。俺は今、客観的な自分の姿が見えない。フィエにはそう見えるのか。
俺としては、もっとお互いを知り合う時間を積み重ねたいだけなんだが。
「いや、その……フィエが劇とかお芝居が好きだって知ってから、一緒に見られたらいいなって思っていたんだ。
……山賊退治の準備金、ちょっと私的流用することになるけど」
「ぬふふ、コバタ、お主もワルよのぅ。
そこらの屋外劇場なら、立見席で途中からでも見られるよ。この時間だと、多分途中からになっちゃうね。
初見のは無理だけど、わたしが知っている奴なら解説してあげられるよ」
フィエの口ぶりからすると、屋外劇場とやらは幾つもあるようだ。ネット環境や映画が無ければ、娯楽ってそっち方面が発達するってことか。
「……じゃあ、知っていそうな劇があったら教えて貰える?」
フィエは満面の笑みだ。俺の手を引っ張ってこっちこっちと誘導する。……そうだよ、俺が欲しいのはこういうのだよ。可愛くて無邪気な恋人と歩きたかったんだよ。爛れた関係を作りたいわけじゃなかったんだ……。
フィエに案内されて見た劇は、ドロドロの不倫愛憎劇だった。俺はフィエに心を見透かされているのではないかと疑心暗鬼を発動しかけた。
「前に見た時はさ、いまいちピンとこない作品だったけど、今見るとこれ面白い。
うわー、あの女優さん上手い。怨念がこっちまで届くみたい。浮気されて気付いたときってあんな風になるんだろうね」
「…………俺もなんか怖い」
俺は、罰を受けているのか。フィエを裏切っておきながら、フィエに癒されたいと思ってしまったことへの罰なのか。
「しかし、ふーむ。……こういった劇にもなにか陰謀のメッセージは含まれているのかな? うーん、新しい視点からの鑑賞だなぁ」
フィエは何かよく分からないことを言っている。ララさん辺りに何か吹き込まれたのだろうか。
でも、こうしてフィエの横顔を見ていて思う。キィエルタイザラさんが『地母神より美しい』と思ったのも納得だ。楽しそうなフィエは実に可愛い。
結局、その劇は浮気男が刺されて終わった。……納得の結末だった。観客は喝采を上げた。俺が死ぬときもあの喝采は起きるのだろうか。
「うーん、最後スカっとしたね。やっぱりモヤモヤが残る奴よりこういうのが私は好きかもしれない」
「……フィエは、俺があの主人公みたいなことをしたら刺す?」
ほぼ自白のつもりでの質問だった。だがフィエは全く俺を疑ってくれなかった。
「え~? それちょっとイジワルな質問だなぁ。コバタはしないよ」
そのフィエの信頼感が俺の心を刺す一番鋭いナイフだ。今すぐ土下座したい。
「コバタ、わたしは刺さないよ。
だってコバタがいなくなったら悲しいだけだよ。きっと今日みたく劇を見たって楽しくなくなっちゃうんじゃないかな。
んんん、もしやったら思いっきり蹴られるのは覚悟してね」
……俺はアーシェとの関係は清算しようと決意した。もうアーシェに恨まれ殺されようとも、これ以上は無理だ。俺にとってはフィエが大事過ぎる。
「フィエ、今日はアーシェ邸には戻らない。宿を取るぞ」
「……! 宿でコバタと二人っきりだね。
やっぱえっちなこと考えてた」
フィエは嬉しそうに笑っている。……フィエも期待していたんだろうか。
(略)
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