1-40.【アーシェルティ】親善のONSEN

 どうにも、浮かれ気分だった。


 今までの人生、どこかで釦の掛け違いをしてしまって取り返しがつかない、もう終わりだ、このまま私は何も変わらないまま死んでいくに違いないと思い詰めていたことが、転機を迎えていた。


 コバタとの密通、フィエエルタとの関係改善、そして良いことは続くものだ。ライラトゥリアが魔法の訓練を終えて帰還してから、以前の自信を取り戻したようになった。つまりは私に対して卑屈めいた視線を向けて余所余所しかった部分が、消えた。


「よっしゃ、アーシェ。風呂だ風呂。


 私に新しく舎弟が出来た。本来なら酒でも酌み交わしたいところだが、ウチの舎弟は生憎、酒をあんまり喜ばないらしくてな。なら飲ませても仕方ない。


 なら代わりに、風呂という大きな盃を交わそうと言うわけだ」


「お風呂と言うならいつもかけ流しになっていますから、私に断るまでもないのでは。好きに入っていただいて構いませんよ?」


「バッカお前。お前もフィエも入るんだよ」


 ライラトゥリアはこういう訳の分からないことを良く言う人だ。クィーセリアと私との間には特に繋がりがないと言うのに。普段なら断るところなのだが、今のところ万事うまくいっている。そのせいか万能感を感じていて了承してしまった。


 実のところ、同性同士とはいえ、肌を見せ合う関係というのには割と抵抗があった。胸が大きくなったころから、やたら視線を感じるので見せたくないのだ。ちなみに男性より女性の方が露骨に注目してくる。だから同性相手でも苦手なのだ。


 親しくなってからフィエエルタがやたら触ってくるのは不思議とイヤではない。性的なものというよりは、母性のようなものへの反応に感じるからだろうか。




 女四人が揃って湯屋の脱衣所に入る。ライラトゥリアやフィエエルタはあまり隠さないタイプ。普段から水浴びなどで慣れているのだろう。


 クィーセリアは少し落ち着かない様子だった。ラートハイトという『荒れ地』つまりは戦場育ちと聞いていたので割と意外だった。


「クィーセリアも、あまりこういうのは慣れませんか。私もです」


「小さな頃は孤児院でしたから共同で入ること多かったんですけどね。


 ボク、右手が無くなってからはあんまり他の人と入る機会なくって」


 迂闊だった。浮かれに感けて気遣いすべき部分を忘れていた。私は片手がないからと言ってその人を悪く思うことなどないので失念していた。


「あまり気にするものでは……いえ、それは私の意見であって、クィーセリアの気持ちに押し付けるものではありませんね」


「ありがとうございます、アーシェルティ殿。


 ボク自身、分かってはいるんですよね。フィエちゃんもララトゥリ姉貴も気にしてはいないって。もちろんアーシェルティ殿も」


 クィーセリアは少し気まずそうに笑った。コンプレックスとはそういうものだ。周囲が気にしていないと分かっていても、自分の心がそれを許さない。


 ……私の仮面、外交的な仮面を使って上手く言い繕うことは出来ると思う。でもこの仮面の言葉が有効な相手というのは、往々にして『既に私に好意的な相手』だ。つまりはそれ以外の相手の心にはあまり響かない上っ面の言葉。


 本音……私の不器用な本音を出すべきだろうか。コバタは受け入れてくれた。……でも、過去にライラトゥリアやフィエエルタから拒絶されている。


 …………どうしよう。相手はあまり知らない人。いきなり私を出していいのか。変に思われたり嫌われたり……、ああもう、黙っている方がダメだ。<話せ>


「その程度欠けたからと言って人間の価値が下がるわけでもないでしょう。


 細かいことをやたらと突っつくほどイジワルで悪意ある人間かもと怯えられては、そういう態度の方が迷惑です」


 ……そうだ、私は口が悪いんだ、内心は割とガサツで無神経。……今となっては両親に修正された理由が分かる。


 でもクィーセリアは、何故か本当に嬉しそうに笑った。今まで見てきたところ、彼女は割と『良く出来た笑い』の仮面をかぶっていることが多いのに。


「なーんだ、アーシェルティ殿ってボクと仲良くしたいって思ってるんですか。


 普段出さない面を出してるのは、温泉の効果ですかね?」


 仮面をかぶっていると認識できているのはお互い様のようだった。……うーん、割と似た者同士なのかもしれない。


「じゃあ、その面があんまり気軽に見せるものじゃないって分かる?


 あとね、私だってやたらと大きくなった胸見せるのイヤなのよ。あなたが欠けた手を恥じるように、私はこのふくれ過ぎた胸が恥ずかしいの」


「じゃあ、ボクもちょっとだけ本音。


 いやいや、それは自慢するものであって恥ずかしがるものじゃないでしょーが。あたしのとは全然違うよ。ゼイタクな悩みだな、まったくもー。


 『早駆け』でダッシュしてぶん殴ってやりたいレベル。こうと言ったらあたしはやるよ。一度、その暴言のツケ払わせてやる」


「へぇ。勝てる見通し立てちゃうとか『執行官』失格じゃない?」


「言ったな、隠れマッスル女。


 胸がデカいんだから筋肉だってもっと膨れさせればいいのに、隠すとかセコイなぁ」


「あ? オマエ、上手に細く鍛える苦労も知らないで! 鍛えれば鍛えるだけ筋肉が膨れるから一度筋肉落として鍛え直したりとかしてこっちは試行錯誤してるのよ」


 しょうもない言い争いだった。湯舟からライラトゥリアが呆れたように声をかけて来る。


「アーシェ、舎弟。お前ら風呂入れ。バカじゃねぇの。


 風呂に来て湯にも入らず、なんで立ちっぱなんだよ。私の湯の盃を受けない気か」


 残暑があるとはいえ、季節は秋に入っている。日も暮れかけて涼しくなってきているというのに、裸でこんな言い争いをするのは確かに馬鹿げていた。


「よし、先に入りましたー! バカはアーシェルティ殿だけー」


「クィーセリア、あなたかけ湯はしっかりかけなさいよ。いい加減にやってる方がバカでしょ」


「クィーさん、アーシェ様。……あのさぁ、二人ともバカだって気付いてくださいよ。


 ララさん。わたし、バカ二人とお風呂に入るのヤなんですけど。暴れそう」


「そうだなー、私は盃を交わす相手を間違えたかもな」


 私とクィーセリアは、取り合えずこの二人を標的として湯をぶっかけることにした。




 過去には、ライラトゥリアに本音の部分を見せたことはある。


 でも、仲が深まる前に心を開いて友人が出来たのはクィーセリアが最初だった。あまり外聞の良い関係じゃないから、たまにしか仮面は脱げないけれど。

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