1-38.ゴキゲンなアーシェ、そして新しい仲間
フィエとララさんが修行に出立してから4日後。
残暑未だ衰えずと感じている頃にフィエが帰還した。魔法の短期集中講座を終えたフィエは自信に満ち溢れていた。
アーシェ邸の玄関、俺はフィエを出迎えた。
「これで、コバタに守られるだけじゃない! 役に立てるね!」
フィエのまぶしい笑顔。俺を罪悪感で殺す処刑台。
俺が悪人で居続けるのがアーシェとの約束。許しを乞うてはならない。心の痛みを顔に出すわけにはいかない。俺は紛うことなき悪人だ。主犯は最初アーシェだったが、最近は俺から犯したと認めなければならない罪の数も増えている。
「こんなに早く魔法を? フィエ、え、才能凄いんじゃ……」
俺は悪人らしくすらすらと言葉を紡いだ。
「あ、あー……。ちょっと見栄張っちゃったかも……。えへへ。
取り合えず形になるところまで、急ごしらえして貰っただけなんだ。
地道なところはこれから毎日やって行けって、教官のクィーさんに言われた」
「そうか、それでも凄い」
ララさんは教官のもとで更なる鍛錬を積みたく思い、残ったそうだ。基本が出来ている分、伸ばせるところが多いのだろう。
「でも、こんなに早く魔法を覚えられるなら、俺も覚えるべきなんじゃないか」
「ダメ。……ララさんがね、もうちょっと強くなるまではコバタにはダメだって」
ララさんの強さと、俺の魔法習得時期に何の関係が……?
「……あら、お帰りなさい。フィエエルタ。
修行は終わったようですね。
強くなりましたね、わかります。良い師と出会ったようです」
書庫から何やら資料を抱えて出てきたアーシェが通りかかり、フィエに軽く挨拶を済ませて執務室へ向かった。
「…………?
アーシェ様……? どうしたんだろ、雰囲気が柔らかくなってる」
フィエの勘が鋭い。というかアーシェが俺より先にバレるってなんだよ。俺がウソ吐くの上手みたいじゃないか。
「さぁ? フィエが強くなったから、前より怖く感じないんじゃないの」
「そう……? そっかぁ! でもコバタも、前より頬がシュッとしてるね。あの師匠さんのところで頑張っているんだね!」
「ああ、デカい成果を出せたよ。今年一番の伸び頭だって師匠にも褒められたよ」
「今年一番の伸び頭! コバタ、かっこいい!」
フィエは満面の笑顔で褒めてくれる。……報告した成果は実話だ。アーシェにも用事はいろいろとある。決して、二人の秘密ばかり作っていたわけではない。
目下、俺たちの目的は自己鍛錬だった。
村にいた頃はメリンソルボグズの街勢力との争いこそが、フィエへの脅威だと思っていたのだが、今となってはそれほどの危機ではなかった。
次なる脅威、ジエルテ神が歌い回っている内容というのはひどく曖昧で、アーシェが言うにはこの内容が一定以上に具体的になると危険だと言う。
これってジエルテ神も危機の内容がまだ分かっていないのか、それともふざけてお遊び感覚でやっているのかも分からなかった。
そしてフィエ帰還からわずか2日。あの日の夕食の席でのフィエの訓練結果の報告に端を発し、フィエはアーシェとの関係を急速に改善していた。
最初は警戒した猫みたいだったのに、今ではアーシェの膝の上で寝たり、おっぱいを弄ぶ猫になってしまった。
今となってはフィエがアーシェの髪型をいじったり、逆にフィエの髪を使って新しい髪のまとめ方をアーシェが教えたりしている。ベッタリしながらフィエはアーシェのおっぱいを触っている。フィエはおっぱい星人だった……?
「フィエエルタはいたずらっ子ですね。
ふふ、これから仕事に行かなければいけませんからもう離れなさい」
「アーシェ様、もうひとつ、もうひとつだけ! 新しい髪形教えて下さいよ~。
わたし、それまで離れませんよ。
他にも『癒しの帯』の使い方とかもっと詳しく話したいこともあるんです~」
……フィエは気に入った相手にはすごい懐くんだな、というのを見せ付けられた。客観視するとよく分かる。フィエって露骨なくらいに懐くな。
「ほら、コバタが見ています。あちらにいっていらっしゃい」
追い払われたフィエが不承不承にこっちに来る。えー、俺のところ来るときも喜んで欲しいんだけど。
「フィエはアーシェとすごく仲良くなったよね……」
「コバタももっとアーシェ様と仲良くなるべきだよ。なんか余所余所しいよね二人はさぁ。まだ確執あるの? 良くないよそういうの」
俺は、勘のいいはずのフィエが全く疑ってこないということに罪悪感を覚える。アーシェとは、未だに隙を見ては秘密を増やす間柄ではある。
いろいろしておいて何だが、俺はこういうのを続けていくのはツラい。だがアーシェは、俺が音符マークを幻視してしまうほどに今が楽しい様子だ。
そしてその日の午後、ララさんが帰ってきた。後ろにはしょぼくれた雰囲気の褐色肌白髪ポニテ娘を連れている。彼女が魔法の教官らしい。
「彼女はクィーセリア、選抜執行官だ。出身はラートハイト。
これより我らがチームに参加して貰うことになった。ジエルテ神関係の部分とか全部知ってる奴だから、ちょうどいいと思ってスカウトしてきた。
……彼女はな、特殊な文化事情を抱えていてな。異民族の男性とは目も合わせられないそうなんだ。コバタくんもコイツをあんまり見るな」
ララさんがそう紹介してくれた。クィーセリアさんは慌ててローブのフードを被り、それからは黙って目を伏せている。
「……ララさん、あの鬼教官を……クィーさんを倒したんですか……?」
「ああ、どっちが上か分からせてやったよ。今は私の舎弟だ」
フィエとララさんが何やら報告し合っている。
「……あの、ララさん。俺から挨拶もしちゃダメな感じですか?」
「ダメだ。意思の疎通が必要な場合は私を通せ」
……どうやらそういうのが厳しい土地の生まれのようだ。こっち側の世界でもそういうのがあるんだな。
文化というのは共同意識を芽生えさせるものでもあるし、逆にこんな不便を起こすものでもある。まぁ、俺もそれを尊重しておくべきだろう。
「あら、ライラトゥリア。帰ったのですね」
「…………? アーシェ? なんか雰囲気変わったな、髪切った?」
なんか、アーシェって意外とわかりやすく変わってるんだな。
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