1-37.【アーシェの5歳上、ひとつ上のお姉さま】アーシェに関する補遺
私の一人だけの妹は、変り者だったと思う。他に妹を持ったことはないから本当にそうだったかは分からないが。
勘のいい子だったし、頭も良い……はずなんだけどどうにも不器用な子だった。他の子ならできそうなことが、出来ない子だった。
両親は年経てからの子、長く授からずおそらくは最後の子となるためアーシェを可愛がった。でもあの子はいつも不満げだった。両親はちょっかいをかけすぎていた。内気なあの子にはそれが負担なのだ。私はそれに気付いていたけれど、何かしてやる気にもなれなかった。それは優遇され過ぎ。
あの子はたまに癇癪を起こした。両親がそれに応対する様子を見ていると、それは悪手だろ、と言うのが私には透けて見えた。
あの子の可哀想なところは、それまでに10人も子供を育ててきて育児に自信アリの両親に育てられてしまったこと。すでに育児方法が確立してしまっていて、それは上の兄弟からの『お下がり』でしかなかったという事だ。
つまり融通がきかなくてちょっと時代遅れの教育法。そのせいで周囲の子供付き合いからもアーシェは浮いた存在になってしまう。あの子は家の外に楽しい居場所を作れなかった。内向さが増して、まるで家で飼われた室内犬だ。
年経て気力・体力・思考力・感性全てに衰えた両親は、試行錯誤をすることを無意識で避けていた。おそらくあの子には個別の対応が必要だったのに。
とはいえ私は手を貸す気になれなかった。年経た人間というのは強情になるというのは私も身をもって感じていたからだ。口を挟んでもなしのつぶて。意見の具申は却下。年少者の意見を重んじようとはしないから介入などできない。
たまにそっとアーシェを抱き締めてあげるくらいしかできなかった。それも遅らせていた嫁入修行に出されるまでだから、あの子は良くは憶えてないのかもな。
そしてしばらくの別れ。なんで私がこんなに心配してやらなくちゃならないのか。清々したと思おうとしたが、私もなんだか寂しかった。
しばらくして一度、実家に帰省したとき、またひとつ両親の失敗があったことを知った。失敗があること自体は仕方ないが、感性が鈍った両親は子供が心を痛めているのに気付けなかったのだ。
御母様にアーシェが内緒ごとを持ち掛けたらしい。二人だけの秘密を作って、親しさを強めて甘えかったのだろう。……両親の仲が良すぎてしっかりとした合議制を敷いているというのは、このケースにおいて悪い方向に働いた。
子供にとって親は生命線だ。関心を失ったり放置されれば死ぬという命の危険に関わる問題だ。そこで『自分より優先されるものがある』と認識されてしまえば、それは強い恐怖であり、不信感のもととなる。
勘のいいアーシェは、秘密が漏れていることに気付いた。それを拒絶と解釈し不信を抱いたようだ。……なんでまぁ、こんなことになっちゃってるんだろう。
私はもう、たびたび実家になんて戻れない。ヌァント王国の光教団に本格的に腰を据える流れになっている。多分しばらくしたらその周辺で政略結婚だ。
親に決められるか、教団に斡旋されるか、それとも自分でいい感じの相手を見つけてうまく誘惑し向こうから求婚させるか、どれになることやらという婚前の憂鬱の先払いを受けながらも、妹に別れの言葉をかけることにした。
内気さが増してなんだか俯いた感じの妹には、よくそうしてあげたようにお茶を振舞うことにした。
「アーシェ。お茶を淹れたから一緒に飲みましょう」
「……うん」
「お姉ちゃんは……ごめんね、もうお家には戻ってこられない。光教団に行って修行して、それからお嫁さんに行くことになる」
「……やだ」
「ヤダも何もないでしょ。そういうもの。
アーシェは、なにか将来の目標はできた? いずれ必要、決めておこうね」
「おねえさまといっしょに行く」
「あー無理だなぁ、それは。
さすがに姉妹で同じところにお嫁さんに行くのはちょっと無理。
連れて行ってあげられないから、アーシェはアーシェで何とかするしかない」
「連れてってくれないの? ……遠くにいきたい、しずかなとこがいいの」
「それは、私のやることじゃない。
自分で外に飛び出すか、そうしてくれる人を見付けるしかない。
今みたいに俯いていては、ダメだよ。どっちを選ぶにしてもね。
ほら、お姉ちゃんの分のお菓子も食べていいから、その顔はやめなさい。
お、笑ったな。ゲンキンな子だなぁ。ほら、もっと元気にしてあげる。おいで。
……イタイ、ちょっとそんなに強く抱き付かない。……背も伸びたねぇ。
もう7歳になったんでしょ、もうそろそろアーシェもどこかに行けるから。
ちゃんと自分で決めた場所に行けるように、見付けておかないとね。
勝手に決められちゃうの、もうイヤでしょ? したいこと、見付けなきゃ。
まずはそれから頑張ろうか。そこから先も楽しく生きられるようにね」
あの子は結局、9歳で光教団への出仕という形でそれを達成したようだ。あの街が静かであるかと言われれば微妙なところだが、治安の良さという視点でなら静かなところではある。やっぱりやれば出来る子だったか。内気なのは何とかなったんだろうか。
その内に、メリンソルボグズの光教団で元気にやってるっぽいと言う風の便りが流れて来た。手紙のひとつくらい親愛なる姉君に寄越せよ、と思ったが便りがないのが良い便りなのだろう。
アーシェ、今頃なにしてるんだろうなぁ。
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