1-35.【ライラトゥリア】クィーセとかいう奴について

 魔法を習得した後はフィエに対するレクチャーがほとんど、ほぼ座学で一日が終わってしまった。それには私も参加した。クィーセの講義に横から口を挟みながら、フィエの側についていることにした。


 クィーセはかなりの熟達者だった。おそらく魔法習得はかなり早い段階で達成し、実用に関しては悔しながら私を上回っている。比較的安定している地域にいる人間と、戦場の真っ只中にいた人間では意識のシビアさが違う。


 夕暮れ近くになって一度アーシェ邸に戻る前に、クィーセからこんな言葉をかけられた。


「明日からは泊まり込みで訓練に入って貰いますから、用意はして来て下さいね。ボクは素早く魔法使いを仕立て上げるのは得意な方ですよ。適任。


 取り合えず一番有効なのは『ちゃんと頑張ること』なんですよ。逃げ場がない状況、打開しないと終わらない状況、そういうものを経験していきましょうか。


 ライラトゥリアさんはそういった点、経験も心構えも持っているでしょう。ですけどフィエちゃんは実際にどこまでできるか未知数です。フィエちゃんには覚悟をハッキリ持って貰いたいです。だからもっと危機感煽っておきましょうか。


 ボクはお二人の『想い人さんへの愛』を試す、そんな目線で見ながら訓練をさせて貰います。……普通、これにおいては誰にも負けたくないはずですよねー。


 これからの訓練で、諦めてもいい、挫けてもいい、負けても構わない……そういう負け犬思考が出そうになった時に『想い人さんへの愛』がそれで潰えてもいいのか……そういう風にお二人も意識してみて下さいね。


 いみじくも最初にフィエちゃんに言われましたよね? ボクを『殺せるような力を持つまでは想い人には会わせたくない』って。ライラトゥリアさんも同様。


 ボクに教えを受けるからには、挫けたり諦めたりするような奴は殺しますよ。その上で『想い人さん』をボクが掻っ攫ってあげようじゃないですか」


 フィエは普段はどちらかというと穏やかなのだが、明白に吹っ掛けられた場合は喧嘩上等の意識を持った娘だ。


「……わかりました、クィーさん。


 人の恋路ってのは、軽率に引き合いに出していいもんじゃないってこっちから教えてあげますよ。覚悟しとけ」


「んふふ、フィエちゃん。……ボク、冗談で言ってるつもりなんてないですよ。


 先ほど説明したように、今の世の中には不穏な要素がたくさんあります。テロリストと目される組織に、ジエルテ神が振り撒く『災厄の予兆』。


 これらに無関係に人生を全うすることなんて、お二人には無理なことです。だって当事者なんですから。逃げ隠れてみたところで、不意の遭遇が起こったらそこまでなんです。お二人にしても、その『想い人さん』にしてもです。誰かが欠けたら、そこにある想いというものは過去のものになる。


 死ねば、終わるんです。例えば『死んだ奴を想っている』なんて美談であって恋でも愛でもないとボクは思います。だってそんなの『永遠に終わらない片思い』と変わらないし、産まれてくるものもない。新しい喜びを上書きできない、古びた心の中の想いだけ。形を伴ったものが未来に続かない。


 やる気を出してくれるのは結構です。でもフィエちゃんはまだボクより弱い。デカい態度を取りたいのなら強くなってからにするべきです。そんなのは毒牙を持たない小っちゃな蛇が、狩りに慣れた狐の前に鎌首をもたげるようなものです。つまり『食べちゃって下さい』ってこと。


 じゃあ、明日からフィエちゃんはボクを『センセイ』って呼ぶようにお願いしますね。熟達者には頭を下げて教えを乞うと言うのは正しい処世術だと思います。


 ああ、ライラトゥリアさんはその必要ないですよ。ご同輩と思ってますから」


 フィエは何も言い返せない。私の目から見ても、今日のところはフィエの完敗のようだった。私は口をはさまなかった。クィーセの言っていることの方に同調しそうになったからだ。


 フィエはまだ若く、覚悟が足りない。人生経験……という言葉はあまり使いたくないところなのだが、『困った状況を自分で打開する』気力に乏しい。


 先立っての求婚騒動についても、コバタくんが現れるまでは覚悟を決めずにウジウジしていたところもある。……まぁ、それについては私も挫折して田舎に引っ込んで6年もウジウジしてたから偉そうなことは言えないんだけど。


 そして私とフィエは、アーシェ邸に帰った。明日からしばらくは合宿となる。その準備をしているときにコバタくんが戻ってきたので、こちらも充分に摂取した。




 翌早朝。私とフィエは眠っているコバタくんの頬にそれぞれ口付けて出かけた。


 昨日と同じ郊外の拠点。クィーセはどうやらここに泊ったらしく、瓦礫や砂で汚れた荒れ果てた建物の床に座り、朝食を食べながら迎えてくれた。


「お早うございます。いい日和ですね。まぁこれからずっと室内ですけど。あんまり外で派手にやると評判悪いですからねぇ。


 おや? お二人からオトコの汗の匂いがするんですけどー、勘弁して下さいよー。ボクへの当て付けですかー、もー」


 ふざけた笑みを浮かべながらもクィーセは常在戦場の雰囲気がある。今の段階で不意打ちしても余裕でかわすだろう。


「わたし今日からは、クィー教官って呼びますね。


 よろしくお願いします。クィー教官」


「お、素直じゃないにしても教えは受け入れてくれましたね。いいことです。ボクはそういう子にはしっかり報いる気はありますよ。……んん、ちょっと優しい言葉かけ過ぎかな?


 もう一回、挑発し直しときますか? どうします、フィエちゃん」


「……まだいいです。でも、わたしが弱ってきたときに、檄を飛ばして貰えるならそれは感謝して受けましょう」




 訓練初日・午前、フィエは私とクィーセの監督のもと、『癒しの帯』『風の扇』『地の閉塞』の発動に成功する。他の二つは遠距離、もしくは広範囲に影響があるものであるため、今回の合宿においては対象外となった。フィエが初心者であるため、あまりに多くの課題を与えると混乱し効率が悪くなるとの判断。


 訓練初日・午後。フィエには発動訓練をひたすらに行なわせて、一度『魔力疲れ』を経験させることになった。これによる昏倒がいかに危険なものであるかを実感させなくてはならない。魔法において、頑張り過ぎは美徳ではない。むしろ上手な調整・計画が出来ていないことと同義だ。


 訓練初日・夕暮。昏倒して眠るフィエを脇の部屋に避難させ、私の魔法訓練を開始する。『光の盾』『火の扇』『水の壁』『風の拳』『雷電』『鉱脈探知』の全てを発動確認。クィーセからは彼女が使える『水の壁』の使用感のレクチャーを受ける。加えて、それぞれの魔法に関する知識のすり合わせを行なう。


 訓練二日目・早朝。走り込みを行なう。フィエは痛む頭で真っ青な顔になりながらもこれを完了した。クィーセは『早駆け』習得者であるため、その効果についても実例を見せてくれた。私が見たことがある中では、キィエルタイザラに次いで熟達している。年齢を考えると相当な熟達速度だ。


 訓練二日目・午前。フィエには発動訓練と休息を交互に行ない続けさせる。私とクィーセは簡単な手合わせを行なう。クィーセは魔法の発動が早く、その効果量も上級者に達している。


 訓練二日目・午後。フィエには午前に引き続きの訓練に加え、私たちが手合わせしているところにちょっかいを出すことが許可される。『風の扇』『地の閉塞』で私かクィーセを妨害してみろという実地訓練だ。乱戦において横から魔法が飛んでくるのはよくあることなので、私もクィーセもフィエの魔法には全然当たらなかった。フィエは悔し気だったが、まだ覚えたての奴に当てられたらたまったものではない。


 訓練二日目・夕暮。3人で魔法について談義する。フィエがかなり的確な質問をしてくるので答えやすいとの印象を持つ。クィーセも同感のようだ。実際に魔法を出したりしながら、具体的にその内容について意見交換する。この日から訓練の一環として、ベッドではなく部屋の床などでクィーセ同様に眠るようにする。


 訓練三日目・早朝。走り込みを行なう。フィエは身体がギシギシ痛むようだったが、これを完了した。朝食後にフィエの『癒しの帯』の実地訓練をする。私もクィーセも細かい傷を昨日までに受けているので、それを清浄な水で洗った上で施術する。実際、緊急時だとこの手順をやるのが難しかったりする。清浄な水はすぐに用意できるとは限らないからだ。だが洗浄処置があまりにいい加減だと、異物が体内に残ったり、傷がくっ付かなかったりするので傷を刃物で抉ってでも処置せざるを得ない場面もある。


 訓練三日目・午前。フィエの訓練内容は相変わらず。私は新しく習得した魔法を重点的に使うため、『灯虫』を使わない形でクィーセと手合わせする。慣れないことで反応が遅れたのか、フィエの『地の閉塞』で一度転ばされてしまう。フィエは魔法の熟達はまだだが、機を見るのが上手いようだ。


 訓練三日目・午後。フィエの訓練内容は相変わらず。しかしクィーセより『自分を重点的に狙うように、一度でも有効であったのなら初心者終了』との指示。私が断然動きやすくなったものの、クィーセは互角以上に戦ってくる。


 訓練三日目・夕暮。昨日に続いて魔法について談義する。意外にもクィーセの知識は理論にやや偏っていることに気付く。戦争経験者なのだからガチガチに現場主義かと思いきや、研究者的な側面を見せてくる。それについて指摘すると、どうやら魔法習得時から戦争参加していたわけではなく、数年の訓練期間を持っていたようだ。ちなみに初の魔法取得は8歳くらい、とのことだ。生年がやや曖昧だという点を除いても……ちょっと待て、と言いたくなるような早さだ。誰に教わったかは教えて貰えなかった。


 訓練四日目・早朝。走り込みを行なう。フィエも昔の感覚を取り戻して来たのか走り方が軽やかになってきている。フィエはクィーセの『早駆け』をしっかり観察する余裕を持てるようになったようだ。


 訓練四日目・午前。フィエの訓練内容は変わらず。私は新しく覚えた魔法から『光の盾』『風の拳』『鉱脈探知』を特に意識して鍛えた。『光の盾』は相殺を得意とする個人用の防御魔法といったところで、常時展開も出来て扱いやすい。これを貫くには余分な労力を相手に強いることが出来る。『鉱脈探知』は不意に相手を見失った時に特に有効だ。全方位への魔力方向が発生するため、相手の魔法をわずかながらにも相殺でき、戦う奴の大体は鉄か鋼を帯びているので発見できる。『風の拳』は使っていて相性が良かった。発動を早めるよう意識したらみるみる成果が表れたのでお気に入りだ。クィーセへの有効打も増えた。


 訓練四日目・午後。フィエの訓練内容は変わらず。しかし『癒しの帯』での治療が追加された。割とクィーセが手加減をやめて来たので、午後の手合わせで両者ともに傷が増えてしまった。やはり癒しの力は便利だと実感する。この点、フィエやアーシェが羨ましい。私も欲しかった。


 訓練四日目・夕暮。恒例となった談義・意見交換を行なう。フィエは早くも、普通に談義参加できるようになってしまった。積極性ゆえだろうか。クィーセから見ても、このレベルで話せるようになったのは意外らしかったようだ。途中でコバタくんについての話が出る。それからは魔法に関係のない談義となった。


 訓練五日目・早朝。走り込みを行なう。途中でフィエが『地の閉塞』でクィーセを転ばせる。これにてフィエは初心者卒業となった。クィーセは素直に敗北を認め、フィエは朝食の後、帰ることとなった。私はまだ、クィーセを負かせていないので継続することにした。




 訓練五日目、午前。フィエが帰って、二人だけになったのでクィーセにひとつ聞いてみた。


「なぁ、クィーセ。お前さ、監視やってただろ」


「ん? この訓練が監視だったなんて初耳ですが」


「違う。メリンソル村でのことだ。コバタくんと棒術の訓練やってた頃にさ、ちょっとだけだけど監視されてる雰囲気あったんだ。私の勘違いかなって思っていたけれど、お前と手合わせしてて分かったわ。あれは、お前だ」


「なるほど、それはボクの未熟でしたね。


 なんで6年も現場離れている人が気付くんですか。ボク傷付いちゃうなぁ」


「まぁ、長時間監視任務してれば普通はもっとバレる。こっちだって一応斥候や監視においてはそこそこ実務やってんだ。……多分、調べてあっただろ? ちょっと不利な場所、監視に適さないところにズラして対策してたっぽいから。


 あそこまで気配出さずにやれたら、上等の上だ」


「でもですよぅ。『執行官』にとって監視業務は肝心カナメなんですよ。これがヘタクソだったら情報収集も罠張りも不意打ちも出来なくなっちゃう。


 でも、ふふ。ちょっと仲良くなれそうな気がして嬉しいですね。ちょっと極論かも知れませんが、同性同士の友情って『相手をどう利用できるか』っていう価値が割と重要じゃないですか? ライラトゥリアさん」


「……クィーセお前、ちょっと悪ぶりたいタイプ?


 私はそういう露悪的な言い方はメンドクサイって思うから、友達は嫌だな。むしろ、部下に置いて管理してやらんとって思う。奇しくもお前が言ってたことと同じになるがな、お前は使える。私が使ってやりたい」


「……なら、そうして頂くためにはボスとしての強さを見せて頂きたいですね。ボクは弱い奴の部下となったら不安を覚えます。笑顔ではいられません。


 ケルティエンズ筆頭執行は、老兵ですから戦闘的には衰えている。でも政治力という面ではまだ強い方です。ライラトゥリアさんはそれより魅力的な上官になれますか? ちょっと難しいんじゃないかなぁ」


「老い耄れが死ぬまで付いていく気か? 随分と忠臣だな。


 私の方が長く仕えるに値する。それにクィーセ、お前はリーダーに向かない。お前はどうも目上の人間が使われたがるように見える、何というかそんな感じだ。


 ……自分で選んだかあの爺さんに指示されたかは知らんけどさ、この室内が訓練場所な時点でお前の負け確定してるんだよ。監視と不意打ちを主体とする執行官が、こんな不利な状況を維持したまま戦ってるとかアホか。


 もう、私は負けない。後はお前を追い詰めて倒すだけだな」

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