1-34.【ライラトゥリア】執行官クィーセリアとの出来事
ケルティエンズの爺さんはさっさと帰った。手元には『鍵の証』がある。
本来、今の段階でこんなもん貰っちゃダメだろ。最低5年くらい予備官で下積みやってから貰うものを気軽に渡していくな。
フィエはこの証の価値が分かっておらず、クィーセリアという執行官も授与を行なわれたことをさして重要視していないようだ。とはいえ一応聞いておく。
「選抜執行官殿、クィーセリア殿。この『鍵の証』……よろしいのですか」
「いいですよ。実力がなければ飾りです。執行官なんて悪しきを叩き潰せなければ、その証もろともコナゴナに潰されます。それだけです。
普段は隠しておいてくださいね。見せびらかすものではないので。ああ、汗でも錆びませんからお手入れカンタンですよ。肌がかぶれるとかの話も聞かないので気を付けるのは汗疹くらいですかね。
それとボク、ライラトゥリアさんより年下ですので、もっとフランクにお願いします。緊張しちゃいます」
笑顔で好意的を装いながら若さアピールされた。わざわざ言うなよ。どこ出身だコイツ。
「じゃあ聞くけど、クィーセ、でいいよな。
最近この街に来たのか、知らない顔だ」
「もう2年になりますね。ボクが15の時です。最近じゃないですよ」
……2年って最近じゃないのか、時間感覚に差があるのか。若さアピールか。
「……以前はどこに?」
「ラートハイトです。いわゆる『荒れ地』ですね。ボクは故郷で頑張るのイヤになっちゃって逃げてきたんです。
あちら未だに戦乱ばかりで、情勢クソなんです。
ボクに信じるものでも残っていれば良かったんですが、ウソ情報で溢れてて判断が付かない。ここで頑張ってもしょうもないなー、って。
老人はほぼいないし、少年兵も良く吹っ飛ぶから大人になれる子も減ってる。大人も戦時に育ってる世代だから憎しみだけで動いてる感じでした。
故郷を大切にしようにも、我慢の限度があるってもんでして……」
ラートハイトか。キッツいところから来たんだな。まぁコイツも片手ないくらいだし今も戦火の真っ最中か。
フィエは荒れた戦場の話にビビりながらも興味を持ったようだ。
「クィーセリアさんも、戦場で戦われたんですか?」
「そうですよ。少年兵志願して忠誠を確認されたら即魔法儀式って感じです。そこで使える奴を選別してあとはベテランが実地教育。少年兵が武器持ってもたかが知れてる以上、そうなります。
ボクは『大火球』『水壁』『散る霧』『風の扇』『早駆け』『地の閉塞』『光の大爪』『灯虫』が使えます。
あ、フィエちゃんって呼んでいいですか? ボクもクィーでいいですから。
年上だけどそんな畏まらないでね。威張る趣味はないから、だいじょーぶ」
「はい。クィーさん。魔法、すごい数ですね」
クィーセは『両手法掌』か。これは『放任・執行』派閥に見られる特徴だ。使い道は多いが、管理がひどく難しい、時代に合わない魔法使い。
選抜執行官は単独行動が許されるレベルの熟練者。……コイツ17だろ? 『放任・執行』派閥の選抜基準がユルいだけかも知れないが、戦闘能力の評価だけならアーシェ並みだ。
……悪人になったらたまったもんじゃない。こんな奴。なんかフィエには優しい感じなのも、私と差をつけているようで腹立たしい。
「ライラトゥリアさん、そういえばボクはあなたの目的を聞いていません。
あなたはなぜ、更に学び修めようと思ったんです?」
「惚れた男の役に立ちたい。それくらいだ」
昔あった出世欲や向上心は今は全くない。アーシェという化物に会って心が折れて、実を言うとまだ直っていないところがある。アイツに優しくし辛い理由だ。
「いいですね、ハート感じます。……そういえばフィエちゃんと同じ理由ですね」
「同じ奴だ」
あー、コバタくんにもうちょっと構って貰いたいなぁ。というか早く子供を産みたい。この点においてはフィエに先んじたい。
「ん? ……その方かなりの男前?」
「うーん。10人に聞いたら9人くらいは『ああいう感じ好きな人いるよね(アタシは違うけど)』って感じかな」
「ほー。つまりお二人は、その残りの一人の区分ってことですか?
ボク見てみたいです。是非ともお会いしたいですね」
クィーセが目を輝かせる。あんなんでも興味をひかれたか。もうちょっと悪く言っておくべきだったか。
「ダメです。見せません。わたしがあなたを殺せるようになるまでは」
フィエが物騒なことを言い出す。
「だって二人オトしてキープしてるとかアッチの方が強いんでしょ~?
そうやって取り分守ろうっていうことはそういうことなんでしょ~?
ちょっとだけですから、ボク。ちょーっとでいいですから!」
まぁ、そこだけがコバタくんのいい所というわけでもないが、コイツの推察は部分的には合っている。
コバタくん……アイツ経験少ないとか言ってた割に、謎にエロ知識が多いんだよな。どこで仕入れたか分からない膨大な性行為知識を誇るエロ博士。
あとはベッドの上でとにかく尽くすタイプ。こちらを満足させるのが生きがいと言わんばかりだし。向こうの世界ってどうなってるんだ。私が今まで聞いたエロ話の中で、あんなに尽くす存在なんていなかったぞ。
「私もお前を殺せるくらいに強くなるまで会わせるつもりはない。早く本題に入れ」
「ケチ、共有しましょうよー。ボクはちょっとでいいです」
こういうグイグイ来るタイプ、コバタくんに会わせたらダメだな。アイツ押しの強いタイプは脳内で『愛されている?!』って変換しちゃいそうで怖い。
「はいはーい……。クィーセちゃんのまあほう講座始めるねぇ……」
クィーセは私たち二人から断固拒否されて意気消沈しながら話を始めた。
「まずは用語の確認ですよー。
ライラトゥリアさんは『灯虫』が使える『法指』ですねー。
ボクは『両手法掌』。あるいは使える魔法が8つありますから『法掌八ツ』とか言いますね。
んで、ここから機密。書いちゃダメ。憶えてくださいね。現状研究の成果ね。
『魔法は各宗派2つまで。5宗派合わせて10まで使えるとされています』
『理論上は誰でも、鍛錬次第で10使えるとされています。
ですが現状、確認されている範囲で両手法掌を全て満たした人はいない』
『火・水・風・土・光宗派以外にも魔法は存在します。実例少数』」
私の常識が崩されるのを感じた。また頭がクラクラする。コバタくんの使った『太陽の矢』ほどではないが世の中って隠し事多くないか。
「……フィエちゃんはふーんって感じですけど、ライラトゥリアさん……ボクもララさんって呼んでいい? ……はショックみたいですね」
「お前にララ呼びは許さん。まだ親しくもないし年下だろ」
頭おかしなるわ、各宗派2まで覚えられるって解明されてるのかよ。まだチャンスあったってことじゃん。私はひとつで打ち止めかと思ってた。
「じゃあ、ライラトゥリアさん。
別方面に頭イタくしちゃいますね。『管理・裁決』派閥にはキッツいですけど。
超ガチ機密です、内密に。
『近年、両手法掌が集った結社のようなものが確認されています。
規模不明、目的不明、構成員は教団名簿の登録に該当なしという脅威です。
これは上層には"管理・裁決"に反発したテロ準備組織と目されています。
選抜執行官クラスが内密に調査を行なっている段階です』」
……なんだそれ。世界どうなってんだよ。
私の望む世界は、戦争がない片田舎でコバタくんやフィエとイチャイチャしながら子供を産み育てられる場所だ。なんでンなモノが存在しちゃうんだよ。
皆が平和が一番だろ? おいしいものを食べて、楽しくえっちして、安心してゆったり昼寝できるように生きればいいじゃん。なんでそんなことするの?
「次いきますねー。
『教団の魔法獲得のための儀式はダミーです』」
「ウッソだろオイ。
あの冷たい泉で神託を得るとかいう奴とかってダミー?!
全裸で水浴だし、冷たくて乳首立っちゃうし、他の候補生や監視人にそれ見られて恥ずかしいし、次の日は熱が出て寝込んだんだぞ」
昔の記憶が蘇る。森の奥深くまでせっせと歩いて、大木が生い茂りコケに覆われた地表の奥にあった、神秘的な泉。クッソ冷たい水に凍えた記憶。
「それは、きっとダミーですね。古くからあった何らかの慣習を利用して、それっぽく仕立てていますね。
でも一応真面目な意味があります。女の子の裸見たいわけじゃないですよ。
大量のダミーで本来の魔法獲得方法を隠蔽しないといけなかったんです。どの情報が漏れたかで漏洩元の裏切り者も絞り込みできますしね」
……あの時なんか神秘体験したような気がしてたんだけど、気のせいだったわ。泉の水に深く埋もれて、何者かの意思を感じた気がしたけど、気のせいだった。
「隠蔽のために恥ずかしい儀式やめてよ……あのとき12だったからすごくナイーブな時期だったんだぞ。寒くて乳首立っちゃうのすら恥ずかしかった頃だぞ」
「だって、ライラトゥリアさんも『なんか効果ありそう』って思ったでしょ? 『わざわざこんなことするんだから効果があるはずだ』って。そのために必要な、とっても重要なプロセスなんです」
それまで黙っていたフィエが口を開いた。
「じゃあ、本来の魔法獲得の方法って?」
「良い質問。それは大機密でーす。先ほども許可は出ませんでしたし」
「クィーさん……ララさんは乳首の話に夢中で気付かなかったみたいですけど、つまりそれってテロ準備組織に大機密が漏れてるってことじゃないんですか?
教団に登録のない魔法使いがたくさんいるってことは」
フィエは賢いなぁ、私は乳首の話に夢中な馬鹿だったわ。……え? それってヤバくね。潰せない奴じゃん。
「フィエちゃんは分かってくれましたか。
ボクがこれをあなた方に伝えたのは『この点に関しては何か気付いたら必ず報告すること』と『機密のために予備官登録を免除したあなた方はテロリストと間違われる危険性がある』ということをご理解いただくためです」
……つまりは、ケルティエンズの爺さんが『貴族の後ろ盾』を欲しがっていたのはこれに対抗するため、ということか。結構ヤバイ案件だった。
「……わたし達はテロリストと似た状態になる……ということはテロリスト側の錯誤を利用して、私たちを潜入とかさせようとしてませんか? ジエルテ神託事件の特例でこうなったのをいいことに」
「おー。フィエちゃんは良い執行官になれますよ。話が早いタイプです。
ますますボクのパートナーに欲しくなっちゃいました。
……与えるばかりなんて、都合のいい話あるわけないじゃないですか。騙したようで悪いんですが、聞いちゃったからもう戻れませんよ。持ち逃げもさせません。
それに、フィエちゃんが断った『献身』の対価はウチの派閥としても回収したいところですしね」
「……ハメられたってことですか。ケルティエンズ様もやりますね。
でも、タダじゃないと分かったのはかえって安心しました」
フィエは落ち着き払った様子だ。……コイツは本当に度胸がある。
「で、ここからどうするんだ?」
「もう、お二人は幾つかの魔法を新たに使えるはずです。
実を言うとボクにも魔法獲得の方法は分かんないんですよ。
教えるって言っても、『魔法を覚えてなくちゃ』この場で出来ることはない。
なのに、あなた方には『法掌五ツ』以上じゃないと持てない『鍵の証』。
……これはそういうことですよねぇ?」
クィーセは言いながら『鍵の証』を示して、ニタァと気味悪く笑った。背筋がゾクゾクする。『魔法は教団の都合で付与される』と思ってはいたものの、こんなに兆候もなく覚えているものなのか?
「…………『光の大爪』、無理。『癒しの帯』、無理。
『光の盾』……あ、これだわ。ハズレふたつ目かよォ……」
優先すべき二つの後に、これだったらヤだな、と思ったやつを先にしたらそれだった。
「ハズレじゃないですよ。戦場向きです。『灯虫』もそう。
両方とも長時間維持が容易い、コスパ良いやつです。……戦場行きます?」
クィーセはニヤニヤしている。コイツ殺してぇ。
「……私が若い頃から夢見ていたのは、楽な暮らし。今も戦場なんて行きたくないよ、楽じゃないじゃん。魔法を頑張ったのは、近場の平和を維持するためだぞ。
『荒れ地』の紛争を収めようとか高尚な目的じゃないんだ」
フィエがおずおずと口をはさんだ。
「えーと、わたしはどうすれば……」
フィエは魔法に関する知識が薄い一般人だ。取り合えずそっち説明しよう。
「いいか、フィエ。魔法には術式がある。
それを思い浮かべて『なんか使える感』があったらそれだ。
魔法って言うのは、それに動作を付けて発動させるんだ。そこは分かるよな?
オイ、クィーセ、ここで教えるってことはだ。
……本来禁忌だが、光の術式表持ち出してるんだろ、出してくれ」
術式表とは門外不出で、監視の上でしか閲覧が許されない。しかしクィーセは筆頭執行から紹介された選抜執行官。かなりの権限持ちのはずだ。
「持っていますが、一つお約束してください。
今日この場であったことバラされると『執行』ですんで、本当に他言無用です。
本来、他宗派の術式表って持ってちゃいけないんですけど、ボク持ってます。
まぁ持ち歩くの自体が、今はきつーく禁じられてますけど」
気が遠くなる。個人所有するなよ、王様だってできねぇことするな。
……戦争中の国から来た、荒れた国内で魔法習得、ルール無用になりがちな戦時体制、クィーセは若いのに既に歴戦……。ってことはマジかよ。
「歴史に残る不祥事……っていうか記録抹消レベルの禁忌だろそれ。……え、ウッソだろ」
私の目の前の地面に、五つの皮紙の束ねが投げ出される。もっと丁寧に扱え、めちゃくちゃ貴重品の管理官に怒られる奴だぞ……こいつ、頭おかしい。初対面相手に開示できる情報じゃない。本来なら墓まで持っていく秘密。
「ケルティエンズ筆頭執行どのが早めに逃げた理由、分かりました?
知らんぷりして関わらないためなんですよ。
ボクってこれがバレたら『駆除対象』なんですね。とっても危険な魔法使い。
でも見逃して貰ってるんです、ボクは全部持っていて便利だから」
結果発表:
ライラトゥリア(法掌七ツ)
『灯虫』(速効・持続)『光の盾』(速効・持続)
『火の扇』(準備・瞬発)
『水の壁』(速効・持続)
『風の拳』(速効・瞬発)『雷電』(速効・瞬発)
『鉱脈探知』(準備・持続)
クィーセの品評:傾向は実用重点。持続しやすいものが4つと多い。
速効発動タイプが5つ、彼女の資質によく合っていそうだ。
すでに魔法研鑽を積んでいるため他の習熟も早いと思われる。
優れた体術と合わせて使えばさらに効果的だろう。
フィエエルタ(法掌五ツ)
『癒しの帯』(準備・持続)
『火の遠射』(準備・瞬発)
『雨呼び』(準備・持続)
『風の扇』(準備・瞬発)
『地の閉塞』(速効・瞬発)
クィーセの品評:就職引く手数多。欲しい所を持っている。
まだ未訓練であるため、覚えが悪いと腐る可能性もある。
『準備』タイプが多い傾向だが、内容が良く不利ではない。
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