1-33.鍛錬再開、フィエの覚醒
その日の昼前、ララさんの棒術の師匠の元へ預けられた。
アーシェの努力譚に啓発された俺はもっと強くなりたいと訓練をせがんだのだが、ララさんは午後からはアーシェと面談するとのことだったので紹介して貰った。
案内されたのは大きな修練場で、訓練する者たちの声と打撃音で溢れている。
ぎっしり詰まった筋肉。多くの傷跡。戦場で失ったであろう左足は義足だ。しかしそんなハンデを感じさせない堂々としたオーラ。男が憧れる強者といった感じの師匠、トティツは出会って早々にこう言った。
「良く来た。強さを求めるものは友だ。歓迎する。
一度でも多く試し合おう。強さを求めるものを我輩は肯定する。
お前こそは未来の勇者であり英雄なのだ」
そんな大げさな、とは感じなかった。……このオッサン、まったく嘘吐いてねぇ。俺を全肯定してくれる目、言葉、態度、オーラ、カリスマ。
一応ここ、結構規模が大きいとはいえ地方都市の区分だよな。その修練場になんでこんなにすごい人がいるんだ。俺の心が惹き込まれるような感覚。
ジエルテ神の言葉が耳に蘇った。
『周囲から仰ぎ見られ尊敬を集める者であっても、その多くが儚く消える。
史書を読み、そこに記されぬ英雄がなんと多き事かとわたくしめは嘆きます』
きっとこの人は、そういう英雄なのだろう。
トティツ師匠は教え上手だった。ララさんの棒術の師匠なだけはある。昼から夕方までの修練ですら、自分が大きく成長したと感じる。……この早さで伸びるのか、俺。……出来る子なのか、俺。
日も傾き、修練が終わったときに師匠は俺に言った。
「コバタ、でかしたぞ。
お前には才能がある、新しくコツを学び得てはすぐに活かせておる。
我輩がかけた言葉の断片からでも、教えた以上の多くを学び取っておる。
我輩がこれほど楽しく、気分がいいのだ。大成果と言える!
でかしたぞコバタ。よくやってのけたな!」
師匠に褒められる。尊敬できる相手からこのレベルで褒められた経験は今までにない。嬉しくて泣きそうになる。
「あぅ……あ、ありがとうございます。
明日もまた来ます、さらに伸びて見せます」
「そうか、良いことを聞いた。明日もまた楽しい。
我輩にとって良い巡り合わせであったな、コバタ。お前と会えて嬉しい」
「…………!! は……っ、はい! 師匠、俺もです!!」
そんな様子を、フィエはこっそり見ていたのだ。
「ララッ、ラッ、ララさぁん! あわうわおおうわ」
フィエはバターンとドアを開け、ララとアーシェのいる部屋に飛び込んだ。
「なんだ、どしたフィエ」
「フィエエルタ、急用ですか?
ライラトゥリアとはまだ話している最中なのですが」
「コッ、コッ、コバタがなんか、棒術の師範のオジサンを見る目が!
うっとりだった、やばいイカンですよあれ」
「あー、フィエ落ち着け。大丈夫大丈夫」
「トティツ様ですか。……まぁ、良い師ですから尊敬もするでしょう」
「普通なの?! コバタのあんな表情見たことない、わたしないよわたし」
「……フィエ、あのオッサンは元々はヨチカ傭兵団にいた人だ。
新兵訓練のプロだ、昨日まで戦ったことのなかった奴にでも自信と笑顔を与えるプロなんだよ。新兵を敵側の熟練兵に突っ込ませて削るプロなんだ」
「なっなっなんで、そんなのがここに? コバタ戦場行くわけじゃないよね?!」
「これからを考えれば戦場に行くようなものです。
……トティツ様は、ヨチカ傭兵団から宣伝工作で送り込まれた方ですね。
地方都市で若者に教える、教官に心酔させる。
↓
戦場で武功を上げることに憧れさせ、自身の出身であるヨチカ傭兵団を勧める。
↓
ヨチカ傭兵団の人員不足を解消する、といった役割です」
「宣伝工作?! 何でそんなもん受け入れてるの?」
「血気盛んに過ぎる若者……それが時として賊となったり街の治安を乱すのです。
堅実な若者は国外の傭兵団になんか行きたがりません。無謀で夢見がちな者の選別に役立ちます」
「ええ……、そんな感じなの?」
「フィエ、お前吟遊詩人の歌って好きだよな。あれも結構、宣伝工作なんだぞ」
「わたしの好きな歌が?! ヌァントの麗姫とかも?!」
「ああ、『戦場で活躍したヌァントの勇士が美姫を得た』というロマンチックな古典作品ですね。まぁ……そういう側面はありそうですね」
「…………世界は陰謀で満ちているの? どうにかしなきゃ……」
「かも知れないが、フィエ、そんなこと気にしてどうするんだ。陰謀があったとしてそれを正してお前が何か得をするのか、そもそも弱いお前が何か正せるのか」
「フィエエルタ、私とライラトゥリアはそのことについて話していたのです」
「ララさんとアーシェ様が……陰謀の話を?!」
「違います。あなたが弱いから鍛えようという話です」
フィエはアーシェに説得された。弱いままではコバタがトティツに向けたような尊敬の目を得られることはないと。若さや美しさといった新鮮さを失った時に何かしらの価値を得ていなければならないと。努力なしにいつまでも関係が保たれるほど甘くはないと。
フィエはララに説得された。守られるにしても弱過ぎるのは良くないと。役割を持っていなければ、コバタの目に映る機会、コバタに頼られて話をする機会、コバタが恩に報いようとえっちなことをする機会を失うのだと。
フィエは説得された。そして魔法の修練を始めることとなったのだ。
「わたしは頑張ります。コバタのために。
……でも、魔法って教えられたら籠の鳥じゃないの?」
「ケルティエンズ様の派閥である『放任・執行』側であればかなりの自由が約束されます。以前ほどの放任は禁じられ、魔法使いの名簿作成や登録はしっかりやらせてはいますけどね。
私としては叩き潰したい勢力でしたが、役に立つのなら使います」
「なんだ、結構緩いんですね……」
「……フィエ、そっちの派閥だと『悪いことしたら駆除対象』だからな? 法の庇護を必ずしも受けられない厳しい立場とも言えるんだぞ。
『執行官』判断で裁判なしの即執行だからな、よーく肝に銘じておけ」
翌日、フィエは『選抜執行官』であるクィーセリアのもとへ赴くこととなった。
メリンソルボグズの外、周囲に何もない荒野。一般人はおろか悪人ですら近寄らない場所。予算が少ないのを如実に表すボロ建物。魔法の恐ろしさを知る人間が行なったであろう中傷の落書きもそのまま。街から離れた場所に位置しているのも、『厳密に管理されない魔法使い』は危険視されている現状を良く表していた。
「やぁ、良く来たね。ボクはクィーセリア。選抜執行官です」
フィエより少し年上、小麦色に焼けた肌、後ろでまとめた乳白色の髪、薄い唇に浮かべた悪戯っぽい笑顔。幾つかのシンプルな耳飾り。明るい赤褐色の瞳は好奇心にあふれている。
フード付きの暗緑色ローブを羽織っており、それは執行官を表す制服だ。もっとも着用が義務付けられているわけではない。秘匿行動の際は一般人と同じような格好をすることもある。クィーセリアのローブは腰上まで大きく丈を詰められていた。走りやすいようにするためだろう。
彼女の健康的に伸びる生脚は、この文化圏ではやや異端の過激さだ。短めのボトムス、使いこまれて走りやすそうな革ブーツ。
クィーセリアはボクっ娘ではあるが、生来ボクっ娘というわけではない。神のしもべであることを意識した『執行官』特有の一人称であった。
「フィエエルタと申します。
えーと、わたしも『ボク』って言った方がいいんですか?」
「執行官やる予定がないなら必要ないですよ。でも歓迎しますよ~執行官になってくださいよ~女少ない職場ですから~ボクのパートナーになってほしいなァ」
クィーセリアはフィエと握手した。通常は右手のところが左手。フィエは気付いた……ローブに隠れ、見えてはいないが右手首から先がない。おそらくは過去の駆除業務の際に失ったのであろう。
「えーと、好きな人のために強くなりたいんです。それ以外の危険はちょっと」
「……いいですね! いいですよその志。目的がはっきりしてて良い。
ボクはね、そういう子大好きです。もっと魔法って実用していかなくちゃいけませんよね。今みたいに微妙にハレモノ扱いでなくてね。
大義とかそういうのも大事ではありますけど、もっと個人的な目的で自由に使いたいですよね、魔法って」
そんな話をしているところに、遅れて入ってきた二つの影。ララとケルティエンズであった。ケルティエンズはやや肥満した老人だ。
「……これはケルティエンズ様。わざわざご足労頂きありがとうございます」
フィエは少し警戒しながら挨拶した。悪い噂の多い人物で、自分も狙われていたのだから、当然だろう。
「ごきげんよう、麗しきフィエエルタ嬢。
おお、クィーセリアちゃん、相変わらずいい尻をしているね。
……そして小生の横にはライラトゥリア女史……あれ、この状況チャンスか?
キレイどころ3人と小生、夢が溢れちゃうのだよ~」
フィエは思った。ララも思った。……そんなチャンスなんてねぇよ、と。
フィエは思った。コイツ筆頭執行官なのに一人称がボクじゃない。身分高いからか? それともボク必須じゃないのか? ……と。
「筆頭執行どの。ボクは慣れてますけど、いきなりの下ネタ良くないですよ。
最近の娘には引かれるんですよ。もうお爺ちゃんなんだから弁えてください」
クィーセリアは上司に対して諫言した。これで直りはしないが、諫言しておかないと少なくともこの場で同様の発言を繰り返すからだ。
「小生さ、古い時代の人間だからさ、今更変えようがないのだよ。
昔はこれくらいじゃないとツマラナイ男って言われたのだよ」
ケルティエンズは無反省だった。しかも若い娘に叱られて喜んでいる節がある。
「フィエ、ドン引きしてやるな。こういうジジイなんだ。
自分が面白いと思っていることが時代に合わなくなっちゃったジジイなんだよ」
ララの言葉には諦めの気持ちが含まれていた。こいつは道中ずっとこの調子で、さすがに少し疲れた、そう思っていた。
ララがケルティエンズを連れてきたのには理由がある。
一種の密約だった。それはフィエを政略結婚に利用しない代わりに、ケルティエンズの派閥に協力を行なうことだった。フィエに魔法を覚えさせるよう『誘導した』のはそういう理由からだった。
ふと、真面目な顔になったケルティエンズは宣言した。
「フィエエルタ、ライラトゥリア両名。
執行官より魔法を学び、それを使用する権利をここに認める。
指導担当教官はクィーセリア選抜執行官とする。
本来は訓練にあたり予備執行官としての登録を要するが、特例により免除する。
これは『ジエルテの神託』事件に関わる上で秘匿を要するとの判断からである。
執行許可証である『鍵の証』は従来通りに与える。
君たちは特例だ。必ずしも執行に傾注する必要はない。義務は免除する。
しかし、可能な範囲での執行を期待する。
『悪しき魔法使いは根絶されなければならない』
我々は、この言葉を旨として活動する。……天上神のご加護を。
以上。頑張るのだよ」
ケルティエンズはフィエとララの手に『鍵の証』を渡す。名前の通り、鍵を模した形のペンダントだ。執行官の執行許可証、そして身分証明に使うものだ。
「……与えて貰ってなんなんですが……わたし、義務も果たさず権利貰っちゃっていいんですか。他の執行官から不満は出ないんでしょうか」
「あー、昔はこれくらいユルかったから。問題ないのだよ。
あ、クィーセリアちゃーん。この子たちに上位機密教えちゃっていいから。
上位区分三等級くらい? 二等級でもいいかな~。うん、そーゆー感じで」
このユルユルガバガバの末路が今この情勢、『放任・執行』派閥の衰退を招いているのでは……本来貰っちゃいけない権利まで貰ってしまったようだ、とフィエとララは戦慄した。
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