1-32.もっと、アーシェルティといっしょ

 実験自体は一通り終わった。


 無難に終わったと言っていい。少なくとも罵倒の言葉はなかった。少しこちらにきつい態度ながらも、アーシェルティはちゃんと協力してくれている。


 俺は……このままで良いのかと自分に問うた。


 昔の俺なら現状維持をする。相手がこの態度のままで不便がないなら、労力をかけてまで改善しなくても良いという判断をしただろう。


 でも、アーシェルティは嫌いな相手にすら誠実な人のようだ。良い人に嫌われているのはツラい。もっと関係が悪くなる前に、改善の糸口が欲しい。


「俺から質問があります。実験や能力とは関係ない部分で」


「……言いなさい。お前を無視する権利が私にはあるのですから」


「アーシェルティ様に対して俺が、強い不快を与えているのは承知しています。


 そんな奴からこう言われるのも嫌でしょうが……なんとかして関係改善を行なえないでしょうか。


 俺がやっていることで改善すべき点、直すべき点を教えて下さい」


 答えが返ってくるかは分からない。だが少なくとも『俺が関係を良くしたい』と訴えているのは分かっただろう。


「……感情、感性の問題です。好き嫌いというものは。


 ですが……そうですね、あなたが悪いというわけではない。単に私が『世の中の不条理』に我慢ならなくなっただけでしょう。あなたの改善は不要です。


 前に私がした態度は感情の爆発であり、反省すべき部分でしょう。……私の短気、落ち度についての謝罪の意を込めて、アーシェと呼んでください。


 『アーシェルティ様』などと呼ばせたままでは、関係改善に望みがないと言っているようなものですから」


 思いのほか優しい言葉だった。略称で呼んでも良い、とかいう大幅な譲歩。何気に呼び方も『お前→あなた』へアップグレードされている。


 ララさんが言っていた『アーシェは優しい子だから、加点評価もしてくれる』という言葉を実感した。


「では、アーシェ。……図々しくもお聞きします。お答え頂けない内容なら退出を命じて下さい。


 あなたにとっての『不条理』ってなんなんですか」


「……得たいものほど、得られない。


 …………退出なさい。話は終わりです」




 俺は部屋を出て、フィエとララさんが待つ部屋に向かう途中、ずっと考えた。


 ……得たいものが得られない、か。ララさんの言っていること合ってたな。つまりはそれで『拗ねている』のだろう。


 彼女は光教団内での権力、個人的な能力、資金力、コネクションとかその他いろいろ持っている人だ。……そんな人がフィエやララさんに限って欲しがる理由って? 二人ともとても魅力的だけれど、アーシェ視点ではどこに魅力を感じて執着したんだろう。




 部屋に戻るとフィエとララさんに、アーシェについて話を聞くことにした。


 じとー、と言う目でフィエに見られる。『やっぱああいうの好きなん?』という目だ。……そうか、そう見えてしまうのか。


「いいか、フィエ。俺が好きなのは『好きな人のおっぱい』なんだ。大きいからとかそういう理由じゃない」


「キミキミ、私のおっぱいは好きか」


「あったりまえでしょうが。あれだけ興味示されてなお確認したいんですか」


「でもさコバタ。アーシェ様に興味ある、関係改善したいってことはつまり、将来的にあれも好きなおっぱいになるんじゃないの、わたしはそれが心配」


 フィエのツッコミは、一応論理的ではある。でも俺はアーシェとそういう関係になるつもりはない。そこまで好かれているわけないし。


「そういうことは考えてはいない……第一に俺にはフィエとララさんがいる」


「でも、キミは私の時もそんな感じでフィエにこだわっていたが、最終的な関係はどうなったと思う?」


 ララさんからもツッコミを受ける。あんた自分のこと棚に上げて……くそぅ。


「えーと、二人はアーシェとの関係改善には反対なわけ?」


「ん~。正直に、わたし正直に話すねコバタ。……アーシェ様すごい美人じゃん。おっぱい大きいし」


「俺は面食いでおっぱい好きと思われているのか……?」


「男の人ってそうなんじゃない? いろいろ好みはあるんだろうけど基本的に」


 ……そうかぁ、そう思われているのか。…………俺もそうなのかなぁ。


「わたしとしては、ララさんは好きだからいいけど、アーシェ様はなんかヤダ」


 フィエにとってはなんか壊れているアーシェは嫌なんだろうな。アーシェが『得たいものほど得られない』というのは、やはりやり方が悪いだけでは?


「……その言い方だと、やっぱり俺ってアーシェに手を出すと思われてるのか?」


「逆の立場で想像してみて。


 わたしはコバタが好き、大好き。だけどある時、わたしが何かカッコいい感じの男の人と仲良くなりたいと言い出す。そのときコバタはどんな気持ちになる?」


 ……やめて。フィエなら大丈夫って思っているけど、不幸な想像が勝手に始まる。……いやだ。そんなの凄く怖いし。


「……フィエの気持ちはわかった。俺って良くない提案したね……ごめん。


 ララさんは何か言いたいことあります?」


 俺はもう諦めていた。何と言ってもフィエが一番好きだし、そのフィエがイヤな気持ちならやるべきではない。その意見を尊重したい。


「私はヤっちまえって思ってるけど。


 アーシェが魔法媒体付けないで風呂入ってるときとかがチャンスだな。行っちまえ、バーンと。でもあいつ、胸以外は細いようで筋肉オバケだから投げ飛ばされる可能性もあるけど」


 ララさんは逆方向の意見だ。しかもなんか結構とんでもないこと言ってる。


「何でそこまで行くんですか。俺は関係改善以上は望んでませんよ」


「アイツの分身が作れるようになったらすごく強いぞ。近場で有数の使い手だ。筋力、持久力、瞬発力、判断力に加えて魔法の熟練。部隊指揮も単独戦闘もできる。


 政治的な立場としても求心力が高いから、分身が作れればいろいろ役立つ」


 ララさんの目線は飽くまで戦力増強や利便性のようだ。


「それは理由になりませんよ。俺には無理です」


「そーいえば、下弓張月って女のみ……なんだよな? それ本当か? キィエルタイザラあたりの男と実験してみないか、やらないか」


「やめて下さい……ってかあの人やっぱり強いんですか」


「強いぞ。地の魔法はホント。『地に足をついている限り恐怖は消えない』って言われるくらいには怖い。キィエルタイザラの熟練度だと一瞬で脚壊されるぞ」


「……キィエルタイザラさんとアーシェが戦ったらどっちが勝つんです?」


「一対一のケースで考えた場合、突発的な遭遇戦ならキィエルタイザラ、事前に戦うことが分かっている状況ならアーシェ。


 早くて一撃持ってるキィエルタイザラが不意打ち成功すれば一瞬で勝負は付く。それを躱せたらアーシェが反応速度と肉弾戦で勝てるかどうかだが、両者鍛えていて男vs女だから肉弾戦もややキツいか? うーん、でもアーシェはアーシェだからなぁ……。筋肉強いし、奥の手もありそうな……」


 なんだろう、化物vs化物ってロマンがあるな。


 …………すっかり考えから抜け落ちてしまっていたが、ジエルテ神が予告して回っている『なんかの危機』が迫っているんだよな。先ほどララさんが戦力増強を考えてアーシェの分身を作りたいと言っていたのは、悪ふざけでも何でもないのかも知れない。俺も強くなることをしなければ。


「……そういえばアーシェはララさんと棒術が互角って言っていましたが」


「アイツ、私が光教団やめる頃に胸が巨大化し始めたからな。あれをうまくコントロールできていないなら以前より弱い。


 ……いや、あの忍び寄り技術を昔は持っていなかったから、不意打ち含めれば前より強いのかな」


「昔のアーシェは大きさがそうでもなかったんですね」


「昔さ、私の師匠からアイツを教えてやってくれって預けられたとき『女の子とか言ってたけどマジ? 美少年じゃん』ってなるくらい無かった。


 昔は今ほど髪長くなかったから、ちょっと髪を伸ばした美少年みたいでさ、女からのモテっぷりはそれが尾を引いてるのかもな」


「へー。わたし、その時代のアーシェ様知らないな。見てみたかった」


 フィエが美少年と言う言葉に反応したっぽい。……フィエ、今夜はお仕置きだ。


「真面目に練習するし呑み込みが早いし、私にもよく懐いてくれた。コイツは大成するよ、間違いないって思った。


 いいか、アイツの腕や背筋は戦闘時、血が充分に巡った状態になるとバッキバキの鋼になるからな。ガチムチ。あんなでっかい胸をぶら下げて姿勢良くしてる奴の背筋が弱いわけないっていうのは何となく分かるだろ。


 あいつが12の時、『癒しの帯』と『光の大爪』の両方を得て一気に『法掌』になったって聞いて、私は折れた。有望過ぎる後輩に先を越されたんだ。


 コイツと比較されるのが怖い、生まれた時代が悪い、光教団は依怙贔屓してるんじゃないかとか、いろいろ思い詰めて教団をやめた。


 そして、街から離れてメリンソル村に逃げたんだ。そうしてフィエと会って懐かれて、癒されたんだなぁ……。


 アーシェといい、フィエといい……なんで懐かれた年下に先を越されるんだ」


「わたし? なんかあったっけ?」


「…………コバタくんを先に持ってっただろ」


 ララさんは遠くを見ながら話を戻した。


「まぁ、キミがやりたいようにすればいい。知っている限りのことは教える」




 俺はララさんからアーシェについて詳しく聞き、啓発された。すごい努力家で尊敬すべき相手だと感じた。


 アーシェと関係改善したいとの思いは強まったが、それ以上に彼女の前に立つにはもっと鍛錬が必要という思いに苛まれた。

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