1-31.アーシェルティといっしょ

 結局、その日から俺たちはアーシェルティに保護を受けた。どこに収容されるかと思いきや、彼女の自宅だった。


 アーシェルティ邸は豪邸ではあるが建物自体はそんなに大きくない。しかし見通し良く丁寧に植樹された広い庭、それを外から覆い隠す高い塀に囲まれていて、それが裕福さを感じさせる。


 加えて言えば建物から少し離れた敷地内に湯屋がある。温泉が引かれており、かけ流しになっている。ニオイの少ない温泉。こんなものを邸宅の主一人のために用意できるとか、やはり金持ちだ。


 反して使用人さんは決まった一人しかおらず、邸内に人の気配はほぼない。


 アーシェルティは俺たち3人のために広めの客間を用意してくれた。大きなベッドもある。気が利いているとか相手を慮ると言えばそうだなぁ、と思った。俺たちの関係、アーシェルティは納得していないはずなのに。


 そこに村長がやってきた。村長は俺とフィエの婚約話を広めるため、また街での協力者を得るため、先に街を訪れていた。


「おう、フィエ。コバタにララも」


「おじいちゃん……! どうなの首尾?」


 フィエは会えたことへの喜びを表現したが、すぐ実務的な話に移った。


 フィエと村長の会話はいつもこんな感じだ。愛情や信頼は感じるが、端的。早々に意思疎通をはじめる。


「噂を広めることはできたが、協力者は無理だった。まぁアーシェルティ様だからなぁ。ワシが街に来たのが即バレた時点で手を回されて終わりだ。


 言っちゃなんだが、実行力もコネも桁違いでな。無理にでも協力を申し出てくれた人もいたが、こちらから固辞した。震えてたから」


 村長は呵々と笑う。……村長は有能な人で、年季もある。それを軽々と凌駕するアーシェルティは怖い。


「ワシにはもうできることがない。村に帰るとするよ。


 ……フィエ、この難局は自分で乗り越え、後は好きに生きなさい。


 コバタ、ララ。フィエのことを頼むぞ。


 柄でもないが、神に祈っておいてやる。お前たちの良い人生を」


 村長はそう言って笑ってくれた。……実際に神と会ったことがある俺としては、あんなのに祈っても何も変わらない気がしてしまった。あの神は祈りを聞くほど優しくないように思えるからだ。




「迷い人、話しなさい」


 アーシェルティ邸。応接室。怖いアーシェルティの記憶が残る場所。


 一応の安全は保障されているとは言え、昨日、強い敵意をアーシェルティからは向けられたばかりだ。とてもこわい。


 フィエやララさんと一緒に俺がいると、アーシェルティは目に見えてイライラし出す。俺が無視されやすくなる。結局一対一での会談となった。


 俺はジエルテ神との出会い、預けられた能力について事細かに話した。そうせざるを得ない。既に『地鞘の剣』は見られてしまったし、相手は情報ネットワークや権力者限定の知識を持っており、協力を仰ぐにはこちらも話さねばならない。


 『太陽の矢』の説明が終わったところで、アーシェルティは口をはさんだ。


「検証不足ですね。


 太陽の矢は今、指に宿っているの? どの指?」


「指輪を付けている、右手の人差し指です」


 対アーシェルティ用の即効性のある魔法だ。当然チャージしてある。


「指輪を外しなさい」


「嫌です、こわい」


 俺は即、拒否した。アーシェルティはため息を吐いた。デカい胸を揺らしながら立ち上がり、奥から椅子を一脚持ってきた。そしてポケットから取り出した長いリボンをこちらに渡す。


「私を縛ってから、指輪を外しなさい」


 即断即決でこういう対応とってくるのか。アーシェルティはその椅子に座り、後ろ手で拘束されるように腕を垂らしている。


「俺に攻撃されたりの心配はしないんですか」


「お前の懸念はすでにこちらも考慮済みです。既に納得の上で話しているのだから、従いなさい」


 渡されたリボンはかなり実務用と言うか、そっけなく頑丈そうなデザイン。多分人前でお洒落で使うものと言うよりは、長い髪が邪魔になるときにまとめる事だけを目的としたものだ。


 俺は従い、アーシェルティを後ろ手に縛りながら言った。


「リボンをブチ切って攻撃してきませんよね」


「ライラトゥリアから、棒術の修練時に髪をまとめるよう渡されたものです。愛用しています。切ろうにも切る気力が起きません」


 彼女のキャラを見ていると、説得力が高かった。俺は観念して指輪を外した。


「そこら辺のゴミ、小さなものを対象として燃やしてみなさい」


 従う。大きめの皿を持つ燭台、そこに屑籠から出したごみを載せて燃やす。


「指輪を外しても使えるようね。……指輪は媒体。力は指に。


 右手の中指に付けて力を得なさい。中指です、いいですね」


 ……言われた通りにする。右手の中指に力が宿った。そういえば人差し指以外は初めてだ。それをアーシェルティに伝える。


「指輪を、別の指に嵌めて同様に力を得るよう試しなさい」


 それを試す。……結果として俺の両手、そして両足の指にまで力は宿った。20発分のチャージ……。


「足の指を太陽に向ける姿はやや滑稽でした。咄嗟には行ない辛いようですね」


「……言わないでくださいよ」


「いざというときのため、常に『太陽の矢』の力は貯めるようにしなさい。


 力を使用する指を選べるのであれば、補充しやすい手の指から使うように。


 規定外の使い方である可能性もあります。もし体に変調などを感じた場合は、即座に太陽の矢は放出するように。


 他にも『地鞘の剣』を速攻で使う場合は手の指に、隠す意図を持った場合は足の指に付けなさい。足の指に付けて、剣を使用するまでの練習もなさい」


「……感謝します。ですがいいんですか、俺を殺しにくくなるのでは?」


「こちらは一応、守るという立場です。


 それに私を相手取って、その程度でどうにかなるとでも?


 お前の動きは研鑽を始めて間もない素人です。私が火に覆われようとも、死ぬまでにお前に組み付いて喉を噛み千切れます。


 殺せますよ」


 それがガチなのか脅しなのかは分からない。俺が肌に感じている恐怖は、それをガチだと判定しているようだ。


「ララさんに教えを請うたと聞きますが……ララさんより強いんですか」


「彼女は『法指』、つまりは一つの魔法を使うものです。


 私は『法掌』、つまりは複数の魔法を覚え、操ることが出来ます。


 これだけでも大きな差ですが、当時の私は棒術においても彼女に匹敵しました。


 指南の後半は、師と言うよりは練習相手でした」


 指南当時、ララさんが15-17歳、アーシェルティは10-12歳のはずだ。年齢と体格的にララさんが圧倒的に有利のはず……アーシェルティさん化物やん。そりゃー後ろ手に縛られていても怖くないよな。


「参考までに聞きたいのですが、以前ララさんから高名な魔法使いは凄くヤバいと聞きました。あなたより強い人がいるんです……?」


「知るだけで16人、それ以上いることは間違いないでしょう。実際に力を見たのは3人だけですが、あとは伝え聞いた話から戦闘能力で格上と思えた相手です」


 この世界怖い。俺を殺しにかかられたらあっという間に死にそう。




 アーシェルティは相変わらず縛られたままだ。解こうかと提案したが


「いちいち説明を止めたくありません。必要になったら言います」


 と現状維持で構わないと言われた。縛られた女性と密室に……いや縛られた化物と一緒にいるだけか。大丈夫だわ。


 月の力の説明に入った。満月の力、魔法の反射について説明し、質問した。


「ララさんは反射と聞いて驚いていました。どう異常なのですか」


「通常は相殺・消滅・妨害と三種が、魔法への対抗手段です。


 相殺は、魔法現象に対して、他の魔法をぶつけて潰すこと。


 消滅は、『光の大爪』と言う魔法で防御すること。


 妨害は、相手の魔法術式の想起を動揺させるなどして妨げる、もしくは術者本人に肉体的な加害して行ないます。


 見てみないと分かりませんが、反射は現在の理論だと意味が分かりません」


「えっと、試しますか?」


「嫌です。それは本当に怖いですね。


 魔法学者としては興味がありますが、未知の動作は大きな事故となりそうです。過去に魔法実験は幾度も行なわれましたが、事故……惨事となった例も多い。……それを語るのを好みません、その能力もできれば使わないよう。


 次の説明に入って」


 怖いもの無しっぽい人でも嫌がるレベルなのか、反射って。


「新月の力です、俺の姿が消えます」


 力を使い、相手から見えなくなったことと声の届き方を確認する。


「これは、さしたる能力ではありませんね。


 これを使えると分かっているならいくらでも対応できます。


 少し移動してみなさい。


 ……椅子の前から窓際へ、当たっていますか」


 あー、分かっちゃうんだこの人。見えない存在感じ取れちゃうんだ。こわいなーこわいなー。


「もういいです。次を」


「……弓張月の力です。使う前に説明します。俺の、裸の分身が出てきます」


「そうですか。


 そういえば次の実験では動く必要がありますね。拘束を解きなさい。


 …………よし。やってみなさい」


 能力を使う。煙が現れ実体化する。分身の俺はやはり裸だ。


 アーシェルティからは精神的動揺を感じない。ちょっと赤面とかしてくれればいいのに。つまらないもののような反応。……まー興味ない男の裸なんだしそんなもんか。


「迷い人の分身、いくつか質問に答えなさい。


 その後で耐久を試験します。抵抗しないように」


 クッソ怖い。しかし、分身はちょっと覚悟を決めているようだ。まぁ想像ついていたことだしな……。




 アーシェルティは俺の分身を、最終的には殺した。


 彼女の実験は、別に嗜虐的な雰囲気を出していたわけではない。傷付けてはいるが、いたぶってはいない。確認すべき部分を確認しただけ。


 この実験でアーシェルティは魔法『癒しの帯』を使った。回復魔法だ。傷や毒にも効果があるらしい。そういった意味で高性能ではあるが、即時回復というわけではない。


 ララさんと違い、アーシェルティは魔法の杖を使用しない。手首に付けた腕輪を媒体としているようだ。普段それは目につかない。まだ暑い季節だと言うのに長袖の服を着ているからだ。


 両手を組んで合わせて祈るようなポーズをした後、手を引き離すと光の帯が出来る。そして腕の動きに合わせて伸び縮みし、患部に巻き付く光の包帯。しばらく待つ。軽い傷ならそれで綺麗に回復する。重症と言える傷であっても、さらに時間をかければ回復した。


 俺の分身はよく耐えていた。自分がこんな我慢強い子だとは思わなかった。腸がはみ出した状態で健気に痛みに耐えて頑張ってるのは驚いた。


 アーシェルティははみ出した腸を、きれいに洗った手で押し込んでから『癒しの帯』を使用している。人体の知識というか、医療的な要素も分からないままに使えるものでもないようだ。


 そして最後に、滑らかな心臓への一突き。分身は十数秒で煙となって消えた。


 ……俺の気のせいかもしれないが、気のせいであって欲しいが、アーシェルティは俺の分身を殺す時、死にゆくそれを見つめながら、大きくため息をつくような肩の動きをした。


 俺にはそれが、ストレスが解消されたときの、ご満悦のため息に見えた。


 アーシェルティはゆらりと立ち上がり、俺をじっと見つめてくる。……やめて下さいこちらは本体なんです。


 俺は次の能力、下弓張の能力……もともと使うのに気が重かったが、彼女の心中を慮れば慮るほど、恐ろしくなってしまった。


「これでこの能力の実験は終わりです。


 お前が自らを鍛えるほどに、この能力の使い勝手は上がります。精進……もうしているでしょうから更に励みなさい」


「アッハイ」


 さっき俺(の分身)を殺した奴からかけられる言葉の威圧感は凄い。


「次」


「使う前にご説明を。この能力は現在、フィエとララさんの分身を作れます。


 ララさんは能力解明のため、彼女の善意によって協力を申し出て頂きました」


「以前、小耳にはさんだ会話ではそこまで余所余所しくはなかったようですが」


 あー、あー、あー、あー、怖い。あーもうやだ、次に何て言えばいいか分からないよ。怖いよ。


 俺はいつ、彼女の罵倒が始まるかと、無言で硬直していた。


「……まぁ、関係ないことですね。


 フィエエルタ、ライラトゥリア、二人同時。その順で」


 彼女はフィエの裸の分身が現れた時、少し悲し気な顔をした。


 ……どういう感情かは分からない。用意した布に体をすぐに包ませたからフィエの体に強く興味があるわけでもなさそうだ。


 そして、いくつか質問などを行なう。フィエの分身は素直に答えはしたが、アーシェルティへの警戒感は表れていた。


 表情こそ変わらずフィエの分身も気付かなかったようだが、この部屋でしばらく彼女といた俺からすると、アーシェルティの雰囲気の変化、落胆を感じた。


 それが分身であっても、フィエに警戒されていることへの落胆。


 ……彼女はやり方が悪いだけで、本当の本当に仲良くなりたいだけなんじゃないかと思った。やり方が悪いというか……怖いだけで。

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