1-30.アーシェルティとの会談は危険な領域に突入する
「私は公平な人間として振舞いたく思っています。
本性は違うと分かっているでしょうが、それでもそういう立場で話します」
「わかりました。
あとおっぱいネタでからかうのやめて下さい。あなたのには興味ないです」
「軽いおふざけのつもりだったのですが」
アーシェルティはしゅんとした振りをして見せた。
「あんたねぇ……、俺は隣でフィエに微妙な顔されるの嫌なんですよ」
「……コバタ、わたし多分これから大きくなるから」
「ほら、こーゆーこと言い出す」
これからフィエのおっぱいが大きくなったとして、それに対する愛は変わらない。というかフィエのおっぱいが好きなんだよ。俺は大きさで見てるわけじゃないんだ。個人で見てるんだ。何でわかんないかなぁ、もう。
「確かに、話がそれるし宜しくなかったですね。
いちいち雑談して、何か引き延ばしをしているような疑念を持たれても困ります。先ほど興味を持たれた話をしましょう、よろしいですか?」
「どうぞ、話しやすい所から」
アーシェルティは長い話を始めた。
「……神というのは割とよく目撃例があるのです。
最短で3年前にそれらしきことがありました。でも『それらしきこと』でしかない。このように露骨に表れて、意味のある行動をしてくるのは珍しいのです。
それは140年ほど前にもありました。今回と似てるのは250年前の事例。これらはその特徴の符合から、ジエルテ神の降臨であると思われます。
とはいっても降臨して名を残すのはジエルテ神ばかりなのです。民間信仰が厚いのもそのせいでしょう。
でも、この神の降臨は吉事ではありません、凶事なのです。ジエルテ神は不吉を予言して回る、凶事の先駆けなのです。前回も、前々回も大きな危険がありました。当時の教団組織が何とか解決したのですけど。
見方によっては、優しき神が人々を救おうと警告をしている、とも言えます。基本的に民衆にはそう捉えられている。実際に解決に動くのは教団ですが、それは秘匿される。だから民衆はその意味も碌々理解せず、お気楽にジエルテ信仰などしてしまうのです。
私は、自分の生きる時代にこの神に現れてほしくはありませんでした。駆けずり回って『災厄』を解決しても、慎ましくもその名前が削られるだけ。
叙事詩や記録は教団により検閲され、無用な個人崇拝を生まぬように取り計らわれます。やっつけ仕事、下手な削り方……当時の人間の不本意さが伝わってくるようです。もはや意味も分からなるほど改竄された史書を、難読に疲れた学者が冗談にする。多数の人間が関わったであろう偉業さえ、お芝居では架空の超人が解決したことと栄誉を集約してしまう。
ああ、失礼しました。話がそれました。
奇態な話に思えるでしょうけど、そういう形で危険の兆候があります。今回現れた、老いた吟遊詩人が歌う内容は危険の仄めかしばかり。それはまだ曖昧過ぎて、具体的な内容を読み取ることが出来ていません。
……あなたたちの村にも、吟遊詩人が来たんでしょう。しかも普通に歌って帰ったとか。なにかありそう。あったのでは?
普通であれば旅芸人があの村に行く必要は薄い。おかしなことです。しかも村ではもう一つ、それ以前におかしなことが起こっている。それは、迷い人。
お前はなぜ現れ、フィエエルタを盗み出したの?」
「現れた理由なんて俺だって分からない。
それにフィエはあなたのじゃない。盗んだなんて咎めを受ける謂れはない」
「ハッキリ言います。わたしはコバタのもの。あなたの口出しは無意味。
そしてコバタはわたしのもの……だよ」
フィエ、そこで言い淀まないでくれ。ちょっと悲しいよ。……ララさんのことが思い浮かんだんだろうけど。
「そう、フィエは俺のものですよ。あなたには触れてほしくない」
「そうですか、それは申し訳ありません。
で、お前はフィエエルタと誰のものなんです? 言え」
……フィエが少し言い淀んだのを即回収してくる。
「……」
「……ライラトゥリア、短くするとララトゥ、あるいはララ」
アーシェルティはこちらを見つめてくる。ちょっと非現実的に光る青緑の瞳。こちらの心を見透かそうとする目。こわいなーこわいなー。
「いや、その……それは今の話に関係ないです」
俺は耐えきれず、話を逸らしてしまった。目も逸らした。
「いい加減にしろ。潰すぞ害虫」
魂の底から吐き出すような罵倒。どうやら彼女から見た俺の姿は邪悪そのもの。俺は突然どこからともなく現れた不審者であり、財を盗み害する悪しき存在のようだ。……多分そう、一面的にはそう、おそらくそう。
「ララさんに関しては特殊な事情がありまして」
「……事情、そう事情ね。そんなついでみたいに……。
言い方気を付けろ、消えて無くなれ下衆」
この人、過去にララさんに執着、今はフィエに執着してるんだよな。その二人ともなんかよく分からない奴が持って行ったんだから、怒るよな。そりゃ怒る。
「すいません。二人とも幸せにするつもりはあります」
「迷い人お前、喧嘩売るのが上手ね」
<錯覚や誤認ではない、明白な殺意だ><フィエを守って下がれ>
とっさにフィエを後ろに庇い、俺は『地鞘の剣』を出した。相手が興奮して殺しにかかってくるのを感じた。待ち受けて剣を構える。
相手は予想外の剣の出現に、素早く距離を取った。剣を出すという威嚇行為がなければ、多分もう死んでいた。
「……ふぅん、そういうの持っているの。
狭い部屋でフィエエルタに当たったらどうするつもり、考え足らずめ。
やってやるから表に出ろ」
相手はこちらが出した武器が『異常なもの』であると知りつつ怯まない。
「コバタ、アーシェ様。やめなさい。
あのね、わたしも、多分ララさんも、こういう喧嘩は迷惑。
ホンッット迷惑。だからやめて」
フィエは強引に俺たちの間に割り込んでくる。
俺はフィエの言葉を聞いて、もうやめたかった。こんな呆れられた言い方をされるのは嫌だ。でも相手の殺意はまだ消えていない。
「アーシェ様、殺すならわたしだよ。
『わたしが認めた』からララさんもそーなんだし」
フィエが相手の目を見据えて、俺をかばうように手を広げる。俺からアーシェルティの怒りを逸らそうとしているのを感じる。また俺を守ろうとしている。
相手は殺意を俺に向けるのはやめなかったが、言葉を発してくれた。
「…………迷い人、出ていきなさい。私はフィエエルタと話をしたいのです。
お前とは相性が悪い。好む相手が同じで不快。消えて」
「コバタ、お願い。大丈夫」
……出ていくのは負けだと思うが、いつまでもここで剣を構えてはいられない。コイツはフィエに危害は加えないだろう。監禁とかはしそうな気配あるけど。
剣を消し、部屋を出て廊下の窓から庭を見る。ドレス姿のララさんがいる。
こっちきますか? とサインを送ったらキミが来い、と返された。
アーシェルティ邸の広い敷地、庭園の一角の東屋。そこを勝手にお借りしてララさんと話した。
ララさんは会談用の盛装であり、いつもと違ってしっかり髪も梳かして薄く化粧し、紅も注している。
ララさんは美人だ。いつものお洒落やる気ない感じのスッピンのララさんも親しみやすくて好きだけど、ここまで変わるのか。……マジで化けてる。なにこの綺麗な人。……まぁ、中身はいつものままだ。普通に話そう。
「なんかアーシェルティには汚い言葉で罵倒されました」
「珍しいな。基本的にあいつ、怒っても丁寧言葉なのに」
「ララさん、あの人はガチの人なんですか?
フィエには優しげなのに俺に対する当たりが強くて」
「いきなりそんな感じかぁ。
うーん、別に男を嫌ってるとかそういうんじゃなくて、特定の相手に執着するというか、そういうのはフィエと同じだな。
ただ今まで対象が女ばっかりだから、なんかそういう風に見えるだけで」
このまま一生そうならガチの人で間違っていないと思う。
「ララさん凄くモテてないですか? フィエにも、アーシェルティにもですし」
「キミ、キミ」
ララさんが俺のことを目線で示す。
「もちろん俺も好きです」
「そういうとこ、言われなくてもちゃんとしてくれ。傷付くんだぞ」
ララさんは割と乙女ハート持ちだ。下ネタの印象が強すぎてそれを俺は忘れがちだった。いつもドレス姿でいてくれるならそう考えやすくていいのだけど。
ララさんは囁かれるのに弱い。損ねた機嫌を直すため俺は少し耳元で囁く。
「すいません。実は大好きの方でした」
「……! 今のは良いぞ。うん。良かった。
それでな……アーシェは基本的には優しい。相手を査定して減点するけど、加点もちゃんとする。キミに今聞いたように一気に嫌ってくるのは珍しい。
査定甘いから、私なんて何かした覚えないのに好かれていたんだ。
あと公平で分け隔てなく親切に接するから男からも尊敬集めてたりするんだぞ。おっぱいとは関係なく」
「普段は人格者なんですね」
「で、あいつの政敵であるケルティエンズな、私が会ってきて話を付けてきた。
いろいろ話してくれたよ。あのエロジジイ、意外とキャラ作ってたのな。あいつからもアーシェは信頼されていたぞ、次代の担い手って」
「なんか、俺が嫌われていることが凄く不安になってきました」
「キミは特殊な立場でもあるから、そこが気に障ったのかもな」
「なんかツラいので話題変えていいですか……えーと、不吉を喧伝するジエルテ神の神託が起こってるって聞いてます?」
「聞いた。まだ詳細はよくわかんにゃーいとか言ってた。
……私って何も知らされていない下っ端だったんだなぁ。見当違いに怯えていたと分かったよ。上層はちゃんと『神』について把握していたんだな。
しかし一般大衆と上層の認識の差がデカすぎだろ。……まぁその方が世の中が上手く治まるってことなんだろうけどさ」
「……昔の記録とか叙事詩から登場人物の名前を削っていたの、ジエルテ神じゃなかったんですね、そういえば」
「私はそのおかげでキミを知れた。怯えてみるものだな」
その出来事が良い思い出であるかのようにララさんは語った。……間違った知識に怯えて混乱したララさん、それを救うためにまぁ、エッチなことしたわけで。ホラーではなくドタバタコメディだったんだな、あれ。
「……間違いから始まってはいますが、そうですね。俺にとっても良かった。
また3人で一緒にしますか」
「…………今度はキミと二人だけで、ドキドキする後ろめたい感じの方がいいなぁ。ちょっとナイショな感じっていうのも良くない?」
意外と欲張ってくるな。俺に執着的なものを見せてくれるのはドキリとする。
「フィエ、嫉妬で済みますかねそれ。割と本気で怒られそう。
俺だけじゃないですよ、ララさんもきつーく怒られますよ」
「それがいいんじゃないか。
フィエに怒られて、コバタくんと二人で謝るところまでがセットだよ」
俺は思った。フィエは多分怒りながらも許してくれそうだ。……でも絶対今の会話で激怒する奴いるよなぁ。絶対に許さない奴が。
そして、非常に高い隠密スキルを持った高性能殺戮機械は、俺とララさんの後ろにいた。
「ライラトゥリア」
ララさんが飛びずさる。山賊相手には見せなかった、おそらくは本気の戦闘用の動き。ドレス姿なのに猫みたいに早い。人間の動きに見えなかった。
「ライラトゥリア。私は悲しい。
ライラトゥリア。私はとても無念というか、寂しい気持ちなのです。なんで私は、軽視されたり警戒されたりなんでしょう?
あなたにもっと私のことを見てほしかった。悲しいです。ライラトゥリア」
俺は座った姿勢のまま動けない。『太陽の矢』を使うという手段すら、緊張で頭に上らなかった。アーシェルティは背後から俺に声をかけて来る。
「聞きなさい、迷い人。
フィエエルタと話し、お前との会話を条件付きで承諾しました。
私は自由にお前を無視できる。特に必要と思ったことだけ答えます。
私はお前に危害を加えない。我慢ならないときは周囲からの退場を命じます。
聞きなさい、下衆。
お前が嫌いです。私の欲しいものを持っているからです。
私はお前が嫌いです。私が手に入れられないものを持っているからです。
いいですか、私はお前が嫌いです。お前が、きらい。
聞きなさい、私の敵。
私の死を願うなら、どうぞ殺しにかかりなさい。
その場合に限り、私は反撃できるのです。お前を殺します。
お前がどのような手段を使おうとも、それは私の恐れるところではない。
私は、今までの修練で得た力でお前を殺します。出し惜しみはしません。
たとえ力及ばずとも、私は決して諦めずお前を殺しにかかります。
喉元を噛み千切り、睾丸を蹴り潰してやります。死の旅の道連れです。
私のいなくなった世界に、お前が残っているなど何よりも耐え難いこと。
聞きなさい。
お前は敵です。敵なのになんで、まだ生きているの」
怖い。でも内容を聞き逃す方が恐ろしくて、耳と脳に集中する。
「アーシェ、殺すな。やめろ」
「ライラトゥリア、私の欲しい言葉をくれないのですか?
なぜ聞きたくない言葉ばかりを言うのです?」
「……いやいや、さすがに今のアーシェはおかしいぞ。
アーシェ、こっちにこい。ほら」
ララさんは笑顔で両手を広げる。敵意の無さと抱擁を示している。
ララさんはいつも良い選択をしてくれる、そういうところのあるお姉さんだ。アーシェルティの怒りを止めるには、自分が歩み寄るべきと判断したのだろう。
だが、アーシェルティはそのまま立ち去った。俺はそれが恐ろしくて仕方がなかった。
「なんで、あんな、ヤベーのが人格者とか呼ばれているんです?」
「…………基本は良い子なんだけどなー。
なんだろう、拗ねちゃったのかな。拗ねてる感じだ。ハグしてやるぞーって誘い、昔ならノータイムで飛び込んできたぞ。まぁ以前喧嘩しちゃってそのままだし、まだ私に怒ってるのかな」
「拗ねて、あんな感じなんですか」
「ほら、人によって感情の強弱って違うから。
私もあんなに拗ねたアーシェなんて初めて見るけどさ。多分アーシェにとって怒りより拗ねるの方が激しい感情なんだよ」
「俺にとっては初めて見るタイプです」
俺と深く関わった女性、フィエとララさんはどちらかと言うと陽だ。どちらかと言えば賑やかでプラスの力を感じる。いま怒って……拗ねているというアーシェルティは間違いなくマイナスのオーラに溢れている。
俺はララさんと一緒にフィエのもとに向かった。無事ではあるだろうが、あんなのの近くにフィエがいたという事実が恐ろしい。
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