1-29.アーシェルティとの会談
使用人さんに案内された部屋に入ると、座ったフィエがなんかデッカいのに拘束されていた。体が大きいのではない、背はフィエとそんなに変わらないだろう。だがフィエより体積が多いであろうことは察せられた。……敵だわコイツ。女の子同士のスキンシップにしては執念を感じる。
「失礼します。遅い到着になってしまい、申し訳ございません。
……失礼ながら、顔を見ながらご挨拶させて頂きたいのですが」
こっちにケツ向けてんじゃねぇよ。フィエ放せと優しく言ってやった。
「これは失礼いたしました。
アーシェルティと申します。……フィエエルタの恋人さん」
相手はフィエを開放し、こちらに優雅に挨拶をする。
「コバタです、席についてもよろしいですか」
返答も待たず多少強引にフィエの横に座る。あんなもんに埋もれたら死ぬぞ。砂の山に埋もれるのと変わらんだろ。チアノーゼはないか。フィエの頬に手を当て安否を確認する。息が荒く、多少涙目だが問題なさそうだ。
「フィエ、遅くなってごめん。寂しくなかったかい?
いつもより華やかな服装だ。とても綺麗、素敵だよ」
歯の浮くようなセリフ、所構わずイチャつくバカップルを演出する。空間を占有する魔法だ。相手もさすがに辟易して距離を置いてくれるようだ。
……まぁ、ドレスで着飾ったフィエがとても可愛いのは間違いない。いつもより華やかで薄化粧もしている。……レース生地の長手袋、いいよね。かわいい。
「……えへへ、その言葉『助かる』なぁ」
フィエはこちらの意図に気付いたようだ。やはり危ない状況だったか。
対面からなにか圧を感じた。そちらを見れば整った顔立ちにアルカイックスマイル。まつ毛の長さ盛ってない? ……いや多分あれ天然だわ。化粧特有のうさん臭さがない。長く育てた……いや、伸ばせるのかまつ毛って?
その顔立ちの下にはデッカイものが付いている。……なんか詰めてるのか、魔改造か? あれも天然なのか、何だこの生き物。
上品で均整の取れた美術彫像にあろうことか乳を盛ったみたいな存在だ。綺麗な人体を描くのが上手な絵師さんが、乳を盛ることに関してだけゲシュタルト崩壊を起こしたみたいな感じとも言える。
「あら……ふふ」
こっちが現状把握していたのを目敏く見付け、なにやら材料にされてしまったようだ。フィエの方を見ると『やっぱああいうの好きなん?』という目で見られた。
アイツめ、いきなり離間策仕掛けてくるんじゃねぇよ。フィエに不信の目をさせるとは。俺が好きなおっぱいは『好きな人のおっぱい』だ。それ以外は無関係な物質でしかない。手前のじゃあねえんだよ。
だが、あれだけ体積のあるものだと視界を占有する。見ないように視界を調整すると仰け反らなくてはならない。それはできない、異様な姿勢だ。何で興味ないものを見た扱いされなきゃならんのだ。
……やっぱ敵だわ。しかもなんか強そうだ。よし、フィエを連れて逃げよう。
「来て早々ですが、もしお話が終わっているようなら長居も失礼。
ご挨拶だけで帰りたいのですが」
「あら、もっとゆっくりしていらして下さいな。
私はこういったお話の機会は大好きなのですから」
美しく優しい笑顔だ。だがさっきの様子からして、これは引き留めを行なうために用意された仮面でしかないだろう。美形巨乳腹黒娘か……どっかにいそうな属性盛りやがって。
「ハハハ、ご冗談を。
お偉い方が忙しくないというのを真に受けて、ご迷惑はおかけできません」
ゴリ押しで逃げを選択する。フィエを守るにはここは逃げの一手だ。さっきロリコン野郎からフィエを託されたのだから、ここで手を緩められない。
「…………」
真顔、というか少し微笑みを含めた無表情でこちらを凝視される。ゲームキャラの基本表情みたい。リアルでやられると怖い。この裏で何考えているんだ。
「コバタ、実はもう言いたいことは言った後なんだよ。
帰って問題ない。その後はどうあれ、ね」
フィエの言い方は帰宅ルートに危機があることを示している。頑張って突破してやる。ここに残るよりはマシだ。
「じゃあ、帰ろうか」
フィエの言葉に間髪入れず賛同して腰を浮かせる。よーし帰るぞー。素早く帰ることは学生時代から得意だったから自信がある。
だが相手は、微笑み続けた。すげぇ圧がある。政治家の笑顔は怖い。必要だからその表情をしているのであって、裏に何があるか読ませない笑顔。
「……言いたいことがあるなら、どうぞ。聞いて帰ります」
「迷い人、座りなさい」
問答無用の殺し文句。俺は鋼の心を以ってそれを無視する。俺はさっき心が壊れたオッサンを残して出てきたんだ。非情の心がある今なら帰れる。
「フィエエルタ、座りなさい」
俺たちの背中に、無機質に同じ声が刺さる。……フィエが振り返ってしまった。仕方なく俺も振り返る。
アーシェは先ほどからの微笑みを、笑顔に変えた。とてもきれいな人の笑顔だった。こりゃ人気あるわ。
「ふたりとも、座れ」
美しい笑顔で、命令される。
「…………」
「座れ」
「嫌だ。あなたは俺の言い分を聞かないでしょう?」
「……座って下さいな。話し合う気がないと思われたのは心外です」
「敵に回したくない相手に、あえて無礼をしているのは聞く耳が付いてなさそうだからです。
あなたは強い方だと聞きます。ですが話せない相手というのならクマと同じです。逃げるか、死を覚悟で戦うしかない」
「……ふふっ。……フィエエルタと似たようなこと言うのね。私ってどういう風に見えるのかしら。困ったものね。
ねぇ……私があなた達を裂いて喰らう獣だとしても、まだやってはいません。あなた達が『喉笛を噛み千切られそうだ』と、恐れているのは分かりました。
その扉から私の許可なく出たらそうします。……座りなさい」
仕方なく俺は座った。出ていくのは無理だ。ガチで食われそう。こうなったら相手のペースに乗った上で決裂してやる。
「あなたの望みはフィエのようですが、本人が望んでいない。俺も嫌だ」
「勘違いしていますね。そう言う話ではないのです。
私は、フィエエルタを守って差し上げると言っています。これには確かに傍に置きたいと言う下心は入っていますが、嘘ではありません」
正直なのはいいが下心は異物混入だろ。
「言葉の通じないクマの懐が安全? それで何から守れると。
興味のない話題でしたら今度こそ帰らせてもらいますよ」
「ジエルテの神託」
…………ここでその名前出るのか。どこからか漏れたのか、偶然か。
「何の話です、内容が見えませんね」
「ウイアーン帝国、隣国の名前です。
神託が下されました。老いた吟遊詩人が不吉を歌って回ったのです。似たような記録は250年前にもあります。ふらふらとうろつく神が現れたのです」
思い当たる特徴を持っていた。老いた吟遊詩人。
「その……神様が、何を言ったと?」
「……『話の通じないクマ』に聞きたいんですね、こんなことを。
先ほどまであんなに嫌がっていたのに。
こんな、世迷言かも知れないような話を」
アーシェルティは、俺を刺すような目で見た。犯人を見付けた刑事とかそんな感じの、縫いとめるような視線。
……そりゃそうか。神が降臨したとかいうヨタ話をわざわざ、クマの檻の中に留まってまで聞くんだから。何の関係もない人間なら一笑に付して帰るはず。
……俺とフィエは中々返して貰えないだろう。相手の勝ちだった。
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