1-28.【フィエエルタ】アーシェルティとの会談
わたしが向かったのは、アーシェ様の邸宅だった。門前でピシッと待機していた使用人さんの女性に案内を受け、邸内に入る。
アーシェ様とは何度か一緒に観劇をした間柄だ。多少の面識はある。愛想が良く落ち着いた方だし、『一点を除いては』わたしの話もよく聞いて頂ける。
わたしが彼女に苦手意識があるのは、アーシェ様からやたらと側仕えに勧誘されるからだ。わたしが暗に断り続けてもこの一点だけは強情に諦めない。しつこい。諦める気配がないから、この件は距離を置くことで先送りにしてしまっていた。
そもそも、わたしは宗教組織の中にいたいとは思わない。不信心者と言われればそうかもだけど、儀式ごとが苦手なのだからしょうがない。
なんか興味ないことをやっているのをずーっと大人しく見ていなければならないのは、苦痛だしなかなか慣れることが出来そうにない。それが生活の一部となって今後も長い期間続くのは勘弁して貰いたい。
そういえば、久しぶりの盛装だなぁ。先にコバタに見せて感想貰いたかったけど状況が落ち着いてないのが残念。
純粋に着飾ることが好きな子もいるが、わたしは人に見せる目的がないなら楽な格好がいい。小さな頃に両親に何度かおめかしして貰ったことがあるが、はしゃいで折角の服を汚したり破いたりしてしまい叱られた記憶があって、どうにも窮屈に感じる。
今は我慢の子だ。お洒落はそれを崩さないためのガマンが大事……微妙に暑い。……慣れないことしちゃダメだな、もう脱ぎたい。
応接室の前までたどり着いて、息を整える。……ここがわたしの戦場かぁ。
「フィエエルタ、よく来てくれました。
そちらにおかけになって……ひさしぶりですね。会えて嬉しい」
アーシェ様は艶やかに伸びる青銀色の髪を、ふわりと散らしてわたしに振り向いた。やはり気品が凄い。コバタとは違う意味で別世界の人間という感じ。笑顔を向けただけで、彼女の支持者が失神したと噂は本当だろうな、と思う。
前に会った時よりも、さらに磨きがかかったような美貌だ。ぶっちゃけコバタには会わせたくない。男の人の好きそうな要素多いし……。
眼差しは優しいながらも、惹き込まれそうな明るい青緑。美しく仕上げた彫像の顔、神が手間暇をかけた工芸品の色合い。
わたしは吸い込まれそうな気持に怖くなって目線を下に逸らした。……アーシェ様、またデカくなったなぁ。
アーシェ様は特注と思われる礼服を着ていた。通常の光教団の礼服には胸の部分に光教団のマークがある。だが、アーシェ様のデッカいものはゆったりデザインの礼服ですら歪ませる。胸に付けたマークが、その大きなものが揺れるたび、狭間に飲み込まれていくのだ。
通常のデザインでは誤魔化しきれない質量に、おそらくデザイナーは敗北を認めたのだろう。アーシェ様専用礼服は大きくデザインを変更されていた。どうせ目立つんだから着やすくしましたよと言わんばかり、礼服の本来の目的、体型を隠す機能を忘れ、むしろそれは強調されている。
わたしを出迎えて席を勧め、手ずからお茶を用意して下さる動作の中で、あまりにもデカいものが揺れる。おそろしさと、触れたらどんな感じなんだアレ、という感情が入り混じった。
「お久しぶりになってしまい……この度はご会談いただきありがとうございま……お茶、いい香りですね。アーシェルティ上等祭司様」
くそぅ。アーシェ様が近くで動くと怖い。ぶつかりそうで。
親しさの表現か、対面ではなくソファの横に座られた。そのデカいものを付けて横に座られるとむしろ威圧感あるんですけど。なんでこんな大きいのに腹回りとかはスリムなんだこの人……。
「アーシェでいいですよ。畏まらないで。
地位など、公的な発言の場以外では無価値なものです」
強い人のセリフだなぁ。……まつ毛長くて綺麗。程よく伸ばした髪の揺れ方が優雅。日々のお手入れきっちりやってそうだなぁ。
髪が揺れる時に良い匂いが程よくフワッとくるのがズルい。……わたしももっと髪伸ばそうかな、コバタはどんな髪型が好きなんだろう。今度訊いてみよう。
「それでは、アーシェ様。まずは度々のお誘いに都合がつかずお断りすることとなったことを謝罪させて頂きます……申し訳ございません。
また、連絡や確認もないままに、婚約をご報告することとなってしまったことを重ねてお詫びさせて頂きます。わたしの未熟故です。お許しくださいませ」
わたしは深く頭を下げた。しつこい相手とはいえ、今回の件はわたしの優柔不断に非がある。この点はしっかりと謝意を示して、責任を取ろう。
「そのように深く謝らずとも。
フィエエルタはまるで悪いことをしたように思っているようですが、私はそのように感じてはいません。
それにここは大聖堂の会議室などではないのです。女二人だけの場なのですからもっと、ざっくばらんでも構いませんよ」
アーシェ様は何でもないことかのように言う。
「……ざっくばらんをお望みというのなら、早速ですがわたしの訊きたいことを。
この度のことについて、アーシェ様はどのようにお考えかお聞きしたく」
「先ほども言いましたように、私個人の考えとしては何ら問題はありません。
あえて一度聖職者としてお話しするなら……婚約を手続するということであれば、それは教団の立ち合いを以ってするべきです。確かに先に連絡を入れるべきだったかも知れませんね。
ですが、それを許容せず左道とするのであったら、幾つの愛が認められずに潰えて消えるか分かりません。そのような不寛容は天上神様もお望みにはならないでしょう」
……この人はこの部分は問題ない。気にも留めていない。
「ご支持頂けるようで、有難うございます。
……それで、かねてよりお話を頂いていた側仕えの件ですが……」
わたしの言葉の途中で、アーシェ様は強引に割り込んできた。
「ええ、構いませんとも。
フィエエルタの伴侶ともども、私の側にお迎えさせて頂きます。周囲があれこれうるさく言うようでしたら、私が責任を持って保護します」
うーん、全然諦めてない。やはり問題はこっちか。要求を取り下げない強情さは政治家としての彼女のスタイルそのままだ。
保護、それ自体は後ろ盾を得られる素晴らしい内容だろう。でもなぁ、『この人だからこそ保護は受けたくない』んだよなぁ。
完全に勘、この人は危険。凶器鈍器おっぱいもそうだけど、ヒトとして危険なものを感じる。……本来なら波風は立てたくない。この人、敵にしたらすっごくキツイだろうし。
彼女に憧れる支持者がウットリと、その勇ましさを称えるのを見たことがある。そして思う。コイツの向かい側でその勇ましき攻撃を受ける立場になったら、ウットリとした人はどんな感想に変わるんだろうと。
とにかく、わたしとしては、コイツとは距離を置きたくて仕方ない。……ええい、動くな。立ち上がるな。その重量物は危険だ。距離を置きたい。
「フィエエルタ。
あなたが政治と関わるのを嫌うのは知っていますし、その点に関して私は無理強いなどしません。はっきりと約束します。
ですが、あなたには保護が必要なのです」
アーシェ様はゆっさ、ゆっさと応接室の窓際まで歩き、外を見つめる。
何処か非現実的で芝居のようだ。でも……これがお芝居だとしたら失敗作だな。女優の胸を減らせ。セリフより目立っている。
「……保護、それはいつまでです。
アーシェ様。あなたは寛容ですから、わたしは無礼をあえて言います。あなたはなし崩しにでもわたしを引き留めるつもりではないのですか。
わたしはそれを受け入れません」
わたしは明白に意思を示した。これでわかってほしい、と念じたがどうやら空振りのようだった。
「私は保護が必要と思われる間は、何としてもあなたを留め置くつもりです。あなたにとって良いことであるから、あなたの意思に関係なくそうします。あなたは周辺の危険を分かっていない。だから私が守るのです。
ねぇ、フィエエルタ……きっぱりとした返事自体は大変嬉しく思いました。あなたは強くなりましたね。それが私には喜ばしい」
気持ち悪い。話が思うように通じていない。こっちは文句言ってるんだ……喧嘩か、本格的に喧嘩売るか。こっちには婚約者がいるんだ。これ以上、お前に付きまとわれてたまるか。
「あなたは辛辣な言葉を喜ぶようですが、わたしは本来、このような露骨な拒絶の言葉は発したくはありません。わたしが無理をしてでも逆らうのは、飼い猫がじゃれているのとは違うのです。
あなたにとっては子猫が嫌がる姿を楽しむ気持ちなのでしょうが、わたしは真剣に嫌がっているのです。あなたの息苦しい手の中にいたくありません」
わたしは語気を強めて、相手にぶつけた。アーシェ様はピクリと反応したが、余裕ある態度を崩しはしなかった。
「……私は、好きな人にほど遠ざけられるみたいね。ライラトゥリアもそうだった。傍に居て欲しいと思うと逃げていくの」
「なら、あなたを好いてくれる人の中から探してください。わたし以外を。
沢山いるじゃないですか、あなたの支持者。こんな状況でワガママを言うわたしなんか、バカな子だと見切りをつけて」
「……あなたにも好きな人、婚約者がいるんでしょう。ちょっとした我がままを言ったくらいで嫌いになれる?
私なら、そんなフィエエルタも素敵、可愛らしいって思うわ」
……くそ、コイツ。よく分かんねぇけどわたしに執着しやがって。わたしはコバタのものなんだぞ。コイツはその辺りにまで口を挟んできそうなお節介でイヤなんだ。いい加減気付いてほしい、幸せを妨害しそうな相手って思われてると。もし善意だったとしてもこんな強引なのは害にしかならないって。
「じゃあ、あなたの『わかっていないこと』を話しますね。
わたしは、あなたに気兼ねなく愛する人と肌を重ねたいのです。あなたの目が届くところ、手の内にいるのは嫌なんです。気持ち悪くて」
「……うーん、悪い意味でハッタリが効いちゃってるわね。そんなに何でもできるわけじゃないのに。
一応、地位ある身なの。この目で監視なんてそもそも時間的に無理よ。……あのね、覗き趣味はないわよ。さすがに失礼じゃない? ふふふ」
アーシェ様は言葉を崩して、楽しそうに抗議した。こわいなーこわいなー。わたしには分かってしまったんですね。やはりコイツ、尋常の者じゃない。あそこまで露骨な拒否の言葉を放り投げても、何の動揺も怒りも見せないとか。
「ねぇ、フィエエルタ。……私だって必死だって分かってほしい。
政治の場で戦うのは楽じゃないし、私だって心細いの。私についてくる人は皆『私を見ていない』んだから。
あなたに負担はかけないわ。近くに心の支えが欲しいだけなの。あなたが受け入れてくれるだけで、全て解決することなの。
きっとあなたは、何か思い違いをしているだけなのよ」
なんか弱ったフリまで始めやがった。こっちを聞き分けのない困ったちゃんのように扱ってくる。……そういう扱いしてこられるの、どれだけイラつくか分かってるのかコイツ。
「ウソ吐け、わたしがいなくても余裕でやってるじゃん。弱い子ぶるな」
「あ、今救われたかも。心が救われた感じしたなぁ。
そういう歯に衣着せぬ感じに言われるのって、私は好きなの。うれしいなもっと欲しい」
ちくしょうコイツ手段選ばないでまとわりついてきやがる。嫌われていようがお構いなしとか性質が悪い。
アーシェ様の笑顔、能天気な足取りに騙されたわたしは背後を許してしまった。
「もうちょっと、救われたい」
ソファに座ったわたしは物理的に拘束された。ララさんとの棒術訓練で鍛えたという細いながらも強い腕。肩の上に乗って、頬を圧迫してくる重量物。
コイツ……こんな重いモン付けながら軽やかに背後に忍び寄ったのか?!
……折られる。こんな重いモンを彼女の背筋で振り回されたら首が折れる。
わたしが死を予感したその時。それまで真綿を締めるようにわたしを圧迫していたアーシェ様が、何かにピクリと反応する。
少しして急いだ足の音。がちゃりと、わたしのヒーローが助けに来た音がした。
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