1-27.キィエルタイザラとの会談

 山賊との戦闘の翌日。ようやく街に着き、商人ケリルトン宅で身なりを整える。偉い人に会うのに平服というわけにはいかない。ケリルトンさんが早馬を出して報せ、会談に関する段取りを全て用意をしていてくれた。有能な人だ。


 俺たちは事前に、それぞれが会いに行く先を決めていた。俺はキィエルタイザラ氏に会いに行く。おそらくは決闘のために。


 フィエは面識あるアーシェルティに。ララさんは残りのケルティエンズに。


 それぞれの会談が終わったら、基本はアーシェルティ邸に集まることとなっている。フィエ曰く、中々帰してくれない人だから絶対長くなるとのこと。


 フィエとララさんは少し身支度に時間がかかるため、俺が一番最初に行動開始することになる。


「コバタくん、危ないと思ったらもう仕方ない。相手を終わらせてやれ。指輪の魔法を使って構わない。相手は実力者だ。それは卑怯ではない。


 いいか、忘れるなよ。地の魔法使い相手は、屋内や街の分厚い石畳の上はまだ安全なんだ。草地や地面が露出した場所には絶対に出るな。絶対だ。死ぬ。


 殺るなら安全な場所、可能なら屋根に上るんだ、いいな」


「コバタ、危険だと感じたら絶対に躊躇わないでね。


 相手に恨まれるとかそんなの考えないでいい。わたしはコバタとならいくらでも屍の上を乗り越える覚悟はあるから」


 女性陣からの声援は嬉しいが、明らかに血が流れることを示唆されている。俺は緊張を消せないまま、屋敷に向かう馬車の中でもカチコチだった。


 ……初めて、人に魔法を撃ったり、殺したりすることになるかも知れない。




 キィエルタイザラ邸は、その横の新居より小さかった。


 フィエのために作られたという新居の方を、石畳の道から覗き込んでみる。周りはよく手入れされた庭と、上品な装飾で満ちている。……これ用意するのにいくらかかったんだ。


 決して煌びやかな豪邸というわけではない。だが、慎ましく上品ながらも細部にまで気を使われていて暮らし良さそうだ。フィエへの思いやりを感じてしまい、俺は決意を新たにした。


 相手がここまで本気なら殺すしかねぇ。負けられねぇ。フィエは渡さねぇ。俺が選ばれたんだから渡してたまるか。この新居はフィエには見せられねぇ。敵対するようなら焼いてやる。悪役にだってなってやる。




 邸内に入り、使用人に案内されキィエルタイザラ氏のもとへ向かう。途中ご本人と思われる肖像画があった。


 30代半ばほど、綺麗に整えられた髪と口ひげ、上等そうな服。歳はいっているとは言えイケメンで、顔立ちが優しげだ。俺は相手への劣等感を『フィエに愛されているのは俺』という気持ちで塗り潰してから扉を開け、対峙した。


 その屋敷の、その部屋の主は、完全に脱力し椅子に身を預けていた。


 ここまで案内してくれた使用人が、そんな主の姿を見て、悲しそうに目を伏せて退出する。……やめてくれ、出来れば俺を罵ってくれ、死ぬな。


「コバタと言います。この度、フィエ……フィエエルタと婚約しました。


 フィエを愛している者です。そして、フィエにも愛されています」


 この言葉で、相手は死ぬだろうか。……いや、殺してやらねばならない。すでに相手は白装束で腹に刃を突き立てているようなものだ。介錯してやらねば。


 紳士は、ガクッガクッと電池の切れかけたおもちゃのような動きをして、立ち上がろうとしている。生まれたての小鹿が、立てなければ命を失う存在が、立ち上がろうと頑張っている。


「私はキィエルタイザラ、肩書は……フィエエルタ、さんの求婚者……だった。


 君ほど大した者では……ない」


 ……一応、正式な肩書は知っている。メリンソルスフトの流れを汲む貴族アルガルピア家の副当主、そして地教団メリンソルボグズ支部の重鎮。近年まで戦争の最前線にて孤児の保護活動のため戦っていた。芸術と福祉の支援者。魔法修行と善行をし、領内を取りまとめ……フィエに求婚していた。


 そんな男が、死にかかっている。


「……こんなことを言うのは失礼かと思いますが、私はあなたの業績や努力を聞き及び、仰ぎ見る思いがあります。


 ……ですが、フィエを渡す気はありません。納得頂けなければ戦います」


「その、必要はない。


 私の血で手を染めてはいかんだろう。君たちの未来のために。


 彼女にしても君にしても、気に病むことはあってはいけない」


 相手は、こちらを殺す気はまったく無いようだ。俺に怒りもしていない。今は心身ともに薄弱とはいえ、時間が経って復調しても怒りはしないだろう。なぜか確信できる。


「……君のことは、メリンソル村の村長より聞いた。


 そういう巡り合わせであったのだろう。……そう、そうだな、きっと」


 涙声。……アカン。キィエルタイザラさん、泣いちゃダメだ。頑張ってくれ。俺は無言で祈るしかできない。俺は今は喋れない。これ以上、言葉で人を壊してはならない。


「……長い会談は必要なかろう。彼女のもとに行きなさい。愛する者に寄り添うことが、君の今後の道のはずだ。


 君は私にとって、少なくとも受け入れがたい相手ではない。幸せを祈る……ふふ、いつもじゃないぞ、時たまに思い出したときだけ」


 相手は持ち直して、言葉を継いでいる。冗談っぽいことを言ったようだが痛々しくて見ていられない。


 俺は、言われた通りに立ち去ることにした。彼にとっても俺にとっても辛い時間だった。部屋から出ようと、扉に近付いたときに呼び止められた。


「ひとつ、伝言を頼まれてくれ。


 私が彼女に、もう二度と顔向けできないように、私の恥を伝えてくれ」


 彼はどうやら、フィエと決別するために言いたいことがあるようだ。……この人は、最後の最後に憎まれ役、嫌われ役までも買って出るのか。


「分かりました。伝えます。


 俺もフィエに、あなたを忘れるように言います」


 ……フィエはぶっちゃけ、あまり気にしていなかったから忘れるも何もないと思うのだが、彼の意気は汲んでやらなくてはならない。


「……ありがとう。


 『お前は見る目のない奴だ、幻滅した。もう顔を見ることもないだろう。


  お前のような下らない女になど、幸せがくるものか』


 ……そう伝えてくれ。私はもう、二度と彼女に関わりつもりはない」


 それは、ある意味本音だったのかも知れない。しかし、決別の言葉としてはかなり穏当なものだった。


 ……俺は、呼び止められたことでひとつ、彼にしたかった質問を思い出してしまった。残酷な質問だ。それは口から零れ出た。


「あなたは、フィエが、フィエのどこが好きだったんですか」


 フィエの母親への恋慕があったのは知っている。しかしだからといって、その娘と婚約し、ここまで努力する気になったのはなぜなのか知りたかった。


 残酷に過ぎる質問に、彼は微笑んで答えてくれた。




「劇場で、彼女がまだ幼い頃であったが、会ったことがある。彼女の両親に招かれて共に観劇したのだ。


 彼女が劇のあれこれを楽しげに見る様子……。私はそのとき『地母神より美しい』と思ってしまったのだ。


 ……私は地母神の信者だ。そのような大それたことを思ってしまったのなら、彼女を崇めることでしか、背信は許されぬと思ったのだ。


 彼女を地母神の具現と……そう思わなければ、ならぬと。


 ……君のように、彼女と語り合う時間を持ち、その内心を良く知っていたかと言われれば、私はそうではないだろう。つまるところ神とは『触れ得ざるもの』であるからな……余所余所しいものだ。


 ハハハ、……しかも、どうやら彼女は地母神の具現ではなかったらしい。


 地母神は嫉妬が強いという側面もある。きっと、私は地母神に罰せられたのだ。そういうことなのだろう」




 ……地母神より美しい、か。


 …………ん?


 母親に似ていたかも知れないとはいえ……まだ幼いフィエにそう思ったのか。


 コイツ、まさか。


 ……俺は今、彼に失礼なことを考えてしまった、かも知れない。


 …………まぁ『触れ得ざるもの』なら、無害な方のロリコンか。


 ……いや、今のは忘れよう。

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