1-26.襲撃者2wave
翌日。メリンソルボグズの街まで、あと一日と言ったところまで来た。
南へ向かう道だ。正面高くに太陽は昇っている。俺たち三台の馬車は細い川に沿った道を進んでいる。
道の両脇は一段高くなっており、まばらに木が生い茂っている。林間の小路といった雰囲気だ。時間があるならフィエと散歩でもしてみたかった。
ララさんが一番前を進んでいる馬車から降りて、フィエの乗っている真ん中の馬車に声掛け、そして俺とケリルトンさんの乗る3台目の馬車まで来て、御者席に掴まった。
「狙われてる。ケリルトンさん、警戒頼みます。迎撃します。
前に速度緩めるよう伝えたんで、合わせて馬車間を詰めて下さい」
ケリルトンさんが頷いて応える。俺は驚いてララさんに聞いた。
「狙われてるって、もしかしてフィエを?」
「んー、その線は微妙。
襲撃依頼されたチンピラとか、恋慕系一般人ではなさそう。街の雰囲気がないから山賊っぽい。しかもこんなルート狙ってくるってことは流れ者クサい」
山賊……いるのか。実際そんなものに襲われる機会があるとは思わなかった。ララさんはさらに続けて言う。
「潜伏と回り込みの早さがプロだわ。統率が出来る首魁がいる。でもまだ相手は陣形が整ってないから先制する。
この重荷では逃げるの無理だから潰す。多分15-6人くらいだ。20以上はいないから私で潰せる。
コバタくん。一緒に追い払うぞ。賊には手加減無用だ。
とりあえずキミは合図出すまでこの馬車内にいて。投石や弓矢からの対処はまだ教えていない。遠くから狙われるのがキミにとって一番不利だ。
弓持ってそうなのは私がなるべく潰すから。合図したらフィエの馬車の方に行ってやんな。近付いたのは潰せ。相手は害虫だ、遠慮するな。
……楽しくなってきたなぁ、後悔させてやんよ」
ララさんが戦闘民族な笑顔を……攻撃的な、牙を剥く表情をする。なんというか、俺はその笑顔に釣られてしまう。
鼓動が高まる。でも、ララさんが楽しそうだからさほど怖くない。ほんのちょっと肺の中に感じる不安なチリチリ感、それを俺は大きく吐き出して、言った。
「そうですね。後悔させてやりましょう」
ララさんはふわっと御者席から飛び降り、空中から降りる前に杖を回して『灯虫』を出す。20M以上先の茂みに魔法が飛び出していく。
数人、それぞれ違う位置から男のうめく声がする。
「さっさと出てこいクズども! 全員の目玉焼いてやるぞ!!」
ララさんが啖呵を切り、相手を威圧する。
既に馬車はやや間を詰めて停止し、迎撃の構えを取っている。俺は長い得物を馬車から降りるときに引っ掛けないように構えて待機した。
ケリルトンさんは御者席に座ったままに、既に長めのナタのような刃を抜き放っている。片手で手綱、もう片方に柄を握ったまま、御者席の足場にゆるく刃先を預けている。……慣れたものなのだろうか、落ち着き払っている。
「コバタさま。相手はたかが人間です。山賊なんぞをやっているのなら魔法も使えないでしょう。しかもよりによって、ライラトゥリア様がいるとは間が悪い。つまりは間抜けどもです。処分しておかないといけませんね」
おおぅ……この人も戦闘モード入ってるじゃん。武闘派商人かよ。
飛んできた矢をケリルトンさんが手で叩き落とす。続いてバスンバスンと馬車の幌に矢が刺さって止まる。相手はララさんの啖呵に反応せず、無言のままこちらを攻撃……それとも威嚇なのだろうか。
「命で弁償して貰いましょうねぇ」
馬車の幌に穴をあけた代償を、ケリルトンさんは血を流すことで払わせようとしているようだ。命の値段って安いんだな。
「射るの遅えぞボケ! さっさと全員位置見せろ。ビビってんじゃねぇよ!」
ララさん吠えるなぁ。ていうかあんな目立つ位置で仁王立ちとか勇ましすぎる。ララさんの周囲の地面には何本もの矢が刺さっている。避けたのか。
……さらに数人の悲鳴が聞こえる。ララさんの灯虫って怖いな。ララさんから合図。どうやら山賊射手の目玉焼きはこれで調理完了のようだ。
「もう出ていいぞ、コバタくん。イっちゃおうぜー?」
ララさんは程よい緊張感に、ウキウキとした口調で下ネタを言っている。俺は馬車から飛び降りて、フィエのところに向かう。
2台目馬車の後ろにフィエはいる。馬車の後ろ入口から俺が声をかけると、織物の山の中からフィエが顔を出した。既に護身用の短刀は抜かれ、フィエもいざというときの準備は出来ている。
前の御者台にいる商人のお姉さんも、油断なく警戒してくれているようだ。
「フィエ、問題ないか。怖くないか。大丈夫?」
「大丈夫、コバタが来たから更に安心だよ。コバタにララさんもいるし、わたしは下手に加勢せず大人しくしておくね。
コバタ、気を付けてね。……ララさんが警戒解いてないってことは、まだ来るかもってことだから」
……まだ山賊は撤退しないつもりなんだろうか。人的被害がそこそこ出ているなら、もうやっても損な範囲に入ってるんじゃないのか。
ふ、と視界の端に動くものを捉えて俺は構えた。目に捉えたのは短めの片刃剣を持った山賊。草陰、馬車の陰に潜んで近付き、前屈みにこちら向かい脚に力を入れている。近くでこんなの見るの初めてだ。山賊ってやっぱり汚ない格好してるんだな。<突け>
艶消し研ぎの片刃剣がこちらに届く前に、下あご、そして胸板に向けて棒を突き出す。ゴリッとした感触がして、突き押す重みが伝わってくる。
相手は血と唾液を散らせながら吹き飛ぶ。俺の足の位置が良かった、腰の入った突きが出来た。<追撃、踏み込め><少し大きく振りかぶって叩け> バズン、と仰向けの腹を打ち据えると相手の身体がビクリと跳ねる。ララさんが横から駆けて来て、そいつの首を勢いよく踏んで折る。
「取り合えずキミの記念すべき一匹目だな。
コバタくん、捕縛じゃないから潰していいんだぞ。まだ遠慮してるな~?」
ララさん、相手殺しておいてウッキウキじゃねぇか。今までどんな修羅場くぐってるんだ。……でも、対応が遅れたら俺が死んでいた。だから相手が死んだとて罪悪感のようなものはない。
「今の何点でした? それともララさんが最後持ってったから失格?」
「70点くらい? 腰が入ったいい突きだ。ベッドの上で鍛えてるだけある」
「こいつら全部潰す頃には満点いけますかね」
「私も寄ってきた4匹潰したけど、もう本隊逃げたっぽい。残念。次の機会だ。
置いてかれた子がいるみたいで可哀そうだから、処分してくるわ」
ララさんはそう言って、足取りも軽く川向こうの林に向かっていった。……なんだもう終わりか。……そう思ったのが俺の未熟さ、弱さだった。
「注意ッ!」
ケリルトンさんの注意喚起の声。まだ遠くの矢、近付いてくる。傍観。傍観。先ほどの戦闘から興奮が冷めて、まだ動けない俺の体。
ぐいっと馬車の方から引っ張られ体が傾く。小さな手、この感じフィエが思い切り引っ張ったのか。矢の軌道上からは外れる。俺はまだ呆然として先ほどの方角を見つめている。その視界を水の塊が覆う。矢が、その重い水塊に止められる。
「コバタ様、油断大敵です! 逃げたからと言って撃たないわけでもありません。もうしばらくお気を付けください!」
ケリルトンさんがこちらに声をかけてくれる。あの人が魔法使ったのか。
「すいません。ありがとうございます! 警戒します!」
「コバタ、大丈夫だった?」
フィエが声をかけてくれる。……そうか、俺は自分の身も大切にしないといけないな。この可愛いフィエは、俺が無事だった場合のフィエでしかないんだから。
「フィエと、ケリルトンさんに助けて貰えたから大丈夫。ありがとう……まだまだ反省ばかりだな」
俺の実戦初戦。対山賊戦はこちらに物損による被害軽微、山賊側は7名の被害となった。勝利とはいえ、一歩間違えれば俺は死んでいた。
街も近そうだ、少しづつ人の住処が近付いてきたことを感じる。人工物が、ほんの少し、ほんの少しと増えていく。
そして、そのままコトコトと馬車がいくと、道の真ん中には10人程度の男がたむろしていた。なんだ、デモ活動でもしてるのか。
「止まられよ! 止まられよ!
……この馬車はメリンソル村からの馬車に間違いないか!
ケリルトン殿ご所有の馬車に間違いないか!
フィエエルタ嬢、そしてその婚約者なる男はご乗車であるか!
我々は、フィエエルタ嬢を巡っての決闘を申し込みに来た!
相手の男は、出てきて武器を取られよ!」
……デモ活動で間違ってないな。『フィエを寄越せ』と主張して暴力ふるってくる感じか。相手の装備は棒っきれにあり合わせのものを転用した防具だ。暴力による現状変更はヤメテケレ。しかし対処しないわけにもいかない。
俺は得物を持って馬車から降りる。この棒には名前を付けてあげたいが、物干し竿とか言う既にある名刀の名前しか思い付かない。さすがにそのまんま過ぎて良くない。あの名前は刀だから意味がある。
「お前がコバカか!」
……名前間違えられてる。小馬鹿にされてるのか。
「……俺がコバタだ。
一対一か? 集団ならこちらも加勢を貰う」
集団の内から一人進み出る。若い男だ。……悲しい目をしている。そりゃあ好きな人が取られたらこんな目にもなるよな。
「一対一だ。オレから、戦わせてもらう。
命を取る気はない。しかし、負けを認めるならそこまでだと思って貰うぞ」
相手は木刀だ、こっちは槍相当なのに。……冷静な判断力失ってるっぽいな。そりゃあ好きな人が取られたら冷静でいられるわけないよな。
「あれ? なんで? あの子」
俺の後ろにいるフィエが不思議そうな顔をしている。
「フィエ、知ってるの?」
「数年前に街に働きに出た近所の子だよ。……名前なんだっけ。男の子とはあまり遊ばなかったから憶えてないや」
俺は、フィエの残酷さを見た気がした。フィエってちょっと興味ない相手に対して無関心過ぎない? さすがにやめてあげて。俺もなんか、ちょっと怖くなっちゃうんだよ。もともとあっち側の人間だから。
彼からは熱意は感じたけれど、少しも訓練されていない。ララさんや山賊のような迫力はなかった。
俺は相手の胸板を突いて突き飛ばし、よろけたところを下から顎を打ち上げて終わらせた。気絶したな。それを見た周囲は戦意を喪失している。一般人だ。
こちらの世界でも、一般人は暴力行為に慣れてるわけでもないんだな……。
「彼は勇気を持って戦った! 続く者はないのか!
彼のように勇気を持ち、立派な人間はいないのか!
彼の裂帛の気合に、俺は背筋が震えた!
彼のように俺を震えさせる勇者はいないのか!」
俺は大声を出して他の奴らを威圧しながら、名前も知らない彼をフォローすることに専念した。暴力に慣れているわけではないということは、きっと彼らは悪い奴じゃないのだ。
彼らは、代表である勇者を抱えて去ったようだ。ララさんが声をかけて来る。
「しまったな、私も向こうに混じればフィエを得られたかもしれないのか」
「……ララさん、状況が落ち着いたら相手しますけど、覚悟してくださいね。足腰立たなくしてやりますよ」
「キミも言うようになったなぁ。武器での対決じゃなくてそっちかー。いやー、負けっぱなしだもんなぁ」
「……ララさん、コバタ。二人が仲良くなるのはいいんだけどさ。わたし抜きだとちょっと複雑だよ。場合によっては怒るよ。
……まったくもう、本番の戦場が近いって言うのにふざけているんだから」
……戦場、か。フィエの言うとおりだな。
まだ遠景ではあるが、メリンソルボグズの街はここからでも見えた。大河を挟んで両岸にたくさんの建物、そしてこちら側の岸に立ち並ぶ街並みの中には、大きい環状の壁がある。あれが街の中心部なのだろう。
俺がしげしげとそれを眺めているとララさんが説明してくれた。
「あれが本来の街壁、あそこは『光の大爪』の魔法で守られていて治安もガチガチ。ほら、街壁部分の上辺りの空さ、薄っすらと色合い変わってるだろ?
あの壁のところで、4交代制で『守り巫女』16人が魔法を常時展開してるんだ。フォロー要員を含めると48人もの魔法使いが常にあの壁の内側に魔法を撃ちこまれないように気を張ってるってわけさ。
大変な仕事だ。常に外に気を払って魔法を展開する立ち仕事だし、抜き打ち審査もされるからなぁ。あれをお役目終了まで成し遂げる奴は我慢強い奴って評価されるのもわかる。おしっこ漏れそうになっても持ち場からは離れられないっていうから、膀胱が強くないとキツい仕事でもある。
壁の周りと向こう岸にあるのが下町だな。本来の街より何倍もの広さがある。ここら辺は広すぎて魔法で外部からは守れない。柄も悪い所もある。だから警邏隊とかで巡回して治安維持しなきゃならないんだ。色街とかもあるけど、あんま衛生良くないって聞くから行くんじゃないぞ、コバタくん。
んで、あの辺の高台が有力者たちの邸宅があるところだな。河の氾濫や大波に強い位置だ。それにほら、あの辺の空も薄っすら色が違う。『光の大爪』の魔法で守られてるのがわかるだろ? やっぱ裕福だとなぁ、保護されるんだよ」
ララさんが多くを説明してしまったので、教えたがりのフィエは少し不満げではあったが、残りの部分を補足してくれた。
「アーシェルティ様の邸宅は高台、広い土地を確保しているね。普通のお宅……とは言っても有力者の豪邸なんだけどさ、その3倍の敷地を持ってる。
あとは、下町には見世物小屋とか曲芸団がいたり、立ち見劇場とかもあるね。壁内になるともっとしっかりした歴史ある劇場がある。
あとは川沿いとかはあまり近付かない方がいいかも。しっかり治水して岸を整備してあるんだけど、そこら辺って荒くれた人とか家がない人の溜まり場になってたりするから」
「ああ、それとケルティエンズがいるのはあの壁内だろうな。光教団本部。多分『放任・執行』派閥の建物にはいないだろ。ボロいし街外れだし。
キィエルタイザラも壁内かな。近隣の有力貴族だし邸宅がそこにある」
やはり、たまに街に遊びに行っていただけのフィエと、長く住んでいたララさんとでは知識の厚みに差がある。フィエはちょっと悔しそうだ。かわいい。
街への到着予定は明日となる。重い荷を抱えているとやはり速度は出ない。もう見えるところまで来ているのになぁ。
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