1-24.商人の来訪
街との交易商人が来たのは、修練9日目だった。
基本的にこの村と街との行き来はない。驚くくらい無い。日本では時刻表がほぼ真っ白なバスであっても、定期的に動いているだけ凄いのだなと思った。
村長がこの間から出かけているのを除けば、誰かが街に行ったという話も聞かない。……いや、さすがにメリンソル村がおかしいのでは。今回の商人さんだって月に一度しか来ない程度に間が開いているよね……?
商人の周りは取引のための人だかりが出来ていた。俺は特にほしいものもないが、商人が持っている情報は気になった。
「フィエ、村長いないけど、それでもあの商人さんってウチに挨拶に来たりする感じ?」
「するよ。さっきわたしが挨拶行ったときにあとで寄るって言われたし」
外界との行き来が少ない村。つまり街の活きた情報をくれるのも、逆にこちらからの情報を持っていくのにも、あの商人は大きな役割を果たしているわけだ。
昼過ぎ、取り合えずの取引が終わったあたりで商人ケリルトンは挨拶に来た。
「先ほどから話には聞いておりましたが、初めまして『迷い人』様。
取引であれば幅広くやっております。御贔屓に」
この商人は日焼けして、少し太っていて、顔のシワに年季がある。
村長もおっちゃんって感じではあるが、ちょっとダンディすぎる。こっちの方が本物のおっちゃんって感じだなぁ。味のある顔してる。
「コバタ、こちらはケリルトンさん。
生まれはヌァント王国の方ですけど、この村と長くお付き合いのある商人さんです。
シャールト西方商会にて大きな役割を果たされている方です」
フィエは相手に親しみを込めた紹介している。今となっては俺にはわかる、これ物凄くお愛想だ。村長の孫娘としての上っ面だけだわ。
「アハハ、大きな役と言われましても御用聞きだけです。
いやはや迷い人様、つまりは稀人とは商人にとっても吉兆で御座いますでな。お会いできてうれしい限りです」
御用聞き……とは言うが『大きな役割』であるということは権力者との面識、コネクションも持っているということだろう。かなり偉い人のようだ。
「コバタです。こちらこそ、お会いできたことをとても嬉しく思います」
とりとめのない内容での談笑、さして意味もない時候の話を経て、俺たちとケリルトンさんのご挨拶は終わった。ここからが本題だ。
「……街の御三方は相変わらずですよ、フィエエルタさん。
おそらく、あなたにとって残念なことに」
相手の方から切り出された。村長はもう街についているはずだが、俺とフィエの婚約の件についてはまだ反応なしか……。単にあの3人にまで噂が届いていないのかも知れない。
この商人はこちらに探りを入れる様子など欠片もない。婚約の噂含め、もうこちらのことはよく分かっていそうだ。商人だけあって耳も鼻も利くのだろう。
「……それは残念です。どうしたら良いか、お知恵をお借り出来ませんか。
ケリルトンさんほどの方にもしご助力頂けるのであれば、大変助かります」
「助力と言いましても、わたくしに出来ることなど限られたものです。それぞれお取引を頂いています関係上、明白な肩入れなどできません。
勿論のこと、フィエエルタさんに不利益となるようなことも致しません。中立の立場を取らせて頂きます。
御三方への取次でしたらこちらにお任せ下さいませ。
加えて、商人らしく席をお売りいたします。荷台の席を。お取引がないままというのも商人の名折れ、お安く売らせて頂きます。おそらくはそれをお望みなのでしょう」
「……」
図星だ。沈黙する俺に対して、商人ケリルトンは続けて言う。
「こちらの件はいずれ解決せねばならないことです。
街で説得なり交渉なり謝罪なり、決闘なりで解決することです。そこさえ越えてしまえば、相手方も諦めがつくというものです。
このまま逃げ出して追われるも一つの選択ですが、それはよろしくないでしょう。交渉の機会すらなければ、彼らも逃げる相手を追わざるを得ません。
あなた方はまだお若い。怯え隠れて生きるのはもったいないことです」
……ド正論だ。問題から逃げずに解決しろと諭されてしまった。確かに解決すれば、フィエの憂いは無くなるのだから。
「そして、フィエエルタさん。あなたも良くない。
気がないのに待たせる女性ほど、性質の悪いものはありません。増してや、あなたは既に心に決めた人が出来たのですから。
商人としての私から見ても、答えをはぐらかす取引相手はうっとおしいものです。早く答えを届けねば、さすがに不実と言わざるを得ません」
辛辣だった。フィエも今までいろいろ悩んだうえで今の態度を取っていたのだろうが、それを一刀両断する言葉だった。
俺としてはフィエをフォローしたい。だが、相手方から見ればフィエは答えをはぐらかしていて、俺は横からフィエを盗んだ人間と言えるのか……。
言い返す言葉があるとしたら感情的な言葉以外ないが、ここはぐっと飲みこまなくてはならない。今この状況で敵は増やせない。
フィエが静かに口を開いた。
「……わたしは街のお偉方を良く思っていませんでした。そのせいで、相手側から見た自分の姿というものを考えていませんでした。
確かにわたしは『求婚の返事を蔑ろにし、裏切った女』です。
……愛する人が出来た今となって分かりました。これはわたしの未熟さであり、相手方にも大変ご迷惑をかけ、そして愛する人にも不実なことです。
……お恥ずかしい限りです」
しゅんとしたフィエからも、言い返す言葉はないようだった。
商人はそれを見て、やや同情の目をする。さすがに年若い娘に厳しくものを言うのは、あまり本意ではなかったのだろう。
「……あなたのお気持ちはわかりました、フィエエルタさん。
お亡くなりになったご両親はあなたを政治の世界に入れたかった。あなたとは考え方が違うご両親でしたが、それを良かれと思っていたのでしょう。
でも、あなたにその気がないのなら断ってくればいい。はっきりとね。ご両親が売り込んだという過去はあれど、あなたはあなたです。もう子供ではないでしょう」
商人は先ほどまでの厳しい態度を緩め、優しく諭すように言った。こうして俺たちは街への席を確保した。
商人ケリルトンとの話は終わった。それをララさんに報告しに行く。
「状況の最終確認だ。どんな感じだった?」
「……ケリルトンさんにはいろいろ諭されました。
街行きに問題はありません。でも味方になってくれるわけでもなさそうです」
「街行きを勧めてくれたなら、あのおっちゃんが何を考えていようと問題ないよ。あのおっちゃん、やるべき仕事やってるだけなんだから。
何より私たちだけで街に行くより、よく取り計らってくれるし便利だ」
「でも、わたしにも結構親身になって話してくれていたようでした……」
フィエは商人からの諫言に少し落ち込んでいた。個人的な好き嫌いがあるから仕方のない事とはいえ、約束を蔑ろにしていた自分に気付き、呵責があるようだ。
俺はフィエと繋いでいた手に優しく力を込め、こちらを見たフィエを優しく見つめて頷いた。ララさんは言葉で元気付けた。
「フィエが呵責を感じることはないよ。
お前自身が約束していたならもっと反省しなきゃだけど、違うだろ? 飽くまで親が勝手にしたことだ。
……っていうか、年期ある商人のおっちゃんの話なんてもっといい加減に聞いてもいいんだぞ。相手はプロだから、言葉のテクニック高いんだわ」
「うん……でも……」
フィエはちょっと振り切れないようだ。あとで俺が慰めないといけないな。
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