1-23.ララとの修練
村長へ俺とフィエの婚約報告をした翌日。
昨日用意された弁当を持って、早朝から村長は街へと向かった。フットワークが軽い。街への途中にある村にも、俺とフィエの婚約の話は伝えてくれるそうだ。
そんな村長を見送りながら、俺はララさんとの武術訓練を始めた。
まずは早朝、準備運動をして日が強く照り付けてこない間は走る。朝ご飯の時間になるまではひたすら走る。道だろうが草原だろうが木立の中だろうが走る。
「いいかー。これは私と毎朝行なうぞ。前日夜更かししてようがサボるなよ」
速度の緩急を付けたり、ジグザグに走ったり、障害物を飛び越えたりと単なるランニングではない。全身運動だ。パルクールという奴か。
「コバタくん、きつくなったら止まっていいぞ。だが少し休んだら再出発な。自分の出来るラインを見付けてちょっとずつ伸ばしていかないとなー。
いいか、無理して体を壊すんじゃないぞ。治してる時間ないから」
俺はその朝だけで何度か限界を感じた。以前のフィエとの山登りの時点で、俺の体力は微妙だと言うのは分かっていたが、それでも無力感を感じた。
「……ララさんは、毎朝こんなんやってるんですか」
「私はたまにサボるけど、基本はやるようにしている。一応この村で食わせて貰っている名目は『警備や村外脅威の排除』だからなー。
あ、ちなみにこの毎朝の走り込みな、フィエも一時期やってたぞ。充分に体力付いてからは達成の喜びがなくなったのかたまに程度になったけど」
ララさんは軽く汗はかいているが、まったく息が切れていない。対して俺は早朝からフラフラだ。
「俺、こんなんで武術訓練……ケホッ、できるんすかね……」
「体力が尽きてしんどい時は悲観しがちだ。これから何度もある。慣れろ。
それにコバタくん、安心しろ。フィエが作ってくれる朝メシ食べればキミだって頑張る気力がわいて来る」
……確かに。それは大きな原動力になりそうだ。
朝食を終えると、思ったより気力と体力が回復して気分も上がっていた。ララさんと共にフィエに朝食の礼を言い、また外へ赴く。
次の場所は村から少し離れた岩が転がる平原。前に『太陽の矢』を試したところだ。この辺りは今はあまり用がなく、人が来ない。
夏もそろそろ終わりに近づいているはずだが、依然として太陽は照り付けている。そんななか、棒術の訓練を始めた。
俺は革製の籠手と薄い胴鎧を付けている。ララさんは籠手だけだ。
「いくら指輪の能力が強くたってな、キミ。体の動かし方もよく分かってない奴じゃ何もできん。基礎を覚えておくだけで相当に違う。
魔法使いならまずは走り込みはするし、簡単な格闘や武器戦闘も会得している」
ララさんは身の丈ほどの棒と、1Mほどの棒の2本を俺に渡した。
「魔法使いがなぜこんなことをやるかというと『魔法だけだと近接で攻められたときに対応しきれない』からだ。自衛のための訓練だな。
キミの『太陽の矢』は即時発動するが、普通の魔法はそうはいかない。発動までに所定の行動と集中時間がいるんだ。
例えば近くで不意打ちをしてこようとした奴がいたら、その気配というかを察して物理的な防御行動がとれないとそこで死ぬ。
使い捨てのチンピラという安価な雇用費で、時間と金をかけて育成した魔法使いが潰されるんだ。どうだ、経済的じゃないだろう」
ミサイルとか戦車を、安価なドローンで潰すみたいなことか。確かにそれに対する防御は重要なことだ。
「籠の鳥レベルの魔法使いだと常時2人は周辺に護衛兼監視が付く。それでも本人がドン臭いと護り切れないから、護衛付きであっても訓練はしている。
ちなみに本当に魔法に熟達したら護衛すら不要になる。逆に邪魔になりかねんし、既に十分な信用と地位を得ていることになるからな。
キミがこれから相対する3人は全員そのレベルだ」
「……なんか、魔法使いって戦闘特化のヤバい存在なんですね」
「別に戦闘特化ってわけでもないんだが……。
今の社会、宗教や国家はそれなりに魔法に依存しているんだ。教育制度は整えられているし、魔法使いを目指す奴は向上心も高い。強くもなる。
貴族や権力者クラスとも会って失礼のないように教養だって必要だ。『超強くて王侯から信頼厚いレベルの魔法使い』なんてマジ化物だよ。まぁ、そのクラスになると狭き門過ぎて、大国にですらいるかいないかあやしいけど。
法将マファクとか、泥のケルクキカとか何人か居るにはいるんだよ。今を生きながら伝説、みたいな奴がさ。
……安心しろ。あの3人はそこまでじゃないから。生ける伝説レベルはでな」
そのちょっと下のレベルではあるという言い方をされる。
俺は貰った棒きれのうち、短い方を腰ひもに通し、長い方を両手に持った。ララさんが同じようにしているから真似した。
「いいかコバタくん。これからこの訓練は二日やって休養一日、を繰り返す。朝に走る方は毎日やるから忘れるなよ。
まずは防御だ。だが、打ち返せそうと思ったらいつでも来い。やり返せるようにならなかったら訓練は進まないと思え。
これから訓練する『自衛』というのは防御だけじゃない。反撃して自身が逃走、もしくは救援が来るまで時間を稼いだり、敵の追撃を防いだり、良質な反撃により不利を悟らせて相手に諦めさせる目的もあるんだ。
基本は長い棒を使え、無理なく携帯可能な長さの主要武器だ。短い方は公的な場面とかでも携帯を許される武器の長さ。使っても使わなくてもいいが、必ず身に付けた状態でいろ。付けた状態で訓練するのに意味がある。
キミには指輪で出せる剣があるが、カムフラージュの意味も込めて帯剣はしておきたい。それが普通の武装だしな。
よーし、それじゃいくぞ」
え、素振りとかそういうのも無し? いきなり実践していく感じか。
「……防御や攻撃のやり方は? 構えとか練習しないんですか?」
「そんなのキミの好きにしろ」
ララさんは棒で突いてくる。俺はとっさに弾こうとしたが、少し遅れた。
しまった、と思ったが寸止めされていた。ララさんは棒を引いて、今度はやや大振りに上から。それを防ぐ。また棒が引かれて別の攻撃。
午前中はこれを繰り返した。俺は何回かへばったが、少し休んではそれを繰り返した。ララさんは訓練された魔法使いだけあって、ちゃんと体力があった。
夏はまだ終わる気配を見せていない。激しい運動に流れ出る汗は多い。フィエが用意してくれた湯冷まし水の入った桶と、塩は欠かせなかった。
ほとんど口頭での指南はない。こちらが質問しても『やれることをやれ』の一点張りだ。昼も近づいた頃にララさんは言った。
「コバタくん、キミは攻撃を防いだり避けたりするのに夢中過ぎる。他に何も考えていない状態だ。キミは『やり返して良い』と言われたの忘れてるのか?」
……正直忘れていたわけではない。反撃してララさんに当ててしまい、身体を傷付けてしまうかもと怖かった。
「……こういう訓練、光教団で何千何万回とやったがキミと同じタイプはいた。とにかく相手を傷付けるのを好まないタイプ。
だがな、それじゃあ訓練は進まないんだよ。どんなに防御が上手くなろうと同じ場所で足踏みしてるだけなんだ、わかったか。
第一、私との実力の差は感じているだろう? キミが反撃して来ても私は余裕で対応できるんだ。弱いくせに強い奴に遠慮とかおかしいだろう。
いいか、そのままでは自衛という第一歩に届かない。増してやフィエを守るなんてことは出来っこない。今の心構えのままでは、何年かかっても」
喝を入れられる。ララさんの言っていることは正しい。
「……俺が反撃しても、ララさんは対応できるって分かってはいます」
ここまでのララさんの動きはずっと綺麗なままだった。息が乱れない、体勢を崩さない、いつでも余裕を持った顔でこちらを観察している。
「この前の晩、槍使いは積極的だったし工夫してただろ。キミはベッドの上だといろいろ攻めてくるのに、なんで今はひたすら守りに入ってるんだ」
……クソ、下ネタ入った罵倒って軍隊訓練かよ。後ろめたい部分なのにそういう言い方やめてくれよ。今の状況に関係ないじゃん。
「それはその……少しでも気持ちよくなって貰おうと」
「……よし、こう考えろ。
私を、その木の棒で殴られるのが好きな奴だと思え。私は工夫して殴られるのが好きな奴で、キミがうまく反撃して一転攻勢してくれるのを待ってる。
というか、さっきからキミ反撃無くて訓練するにしてもつまらないんだよ。こっちにばかり攻めさせやがって。こんなんじゃ張り合いが無くて飽きる。
ベッド以外では腰抜けか? 気持ち良くないんだよ下手クソ」
ありきたりな挑発だと分かっていたが『下手クソ』と言われカチンとくる。それは言っちゃならんだろ……!
今日は激しい運動のため、間食の他にちゃんとしたお昼御飯がある。木陰に倒れてへばっているとフィエがお弁当を届けに来てくれた。
「コバタ、頑張ってるみたいだね。汗びっしょりだ。なんか今、コバタすごい顔になってるよ。……首尾はどうですか、ララさん」
「良いよ。かなり良い方だ。やっと攻めっ気も出てきたしな。
コバタくんは健康に育っている。体力は早くに付くだろうな。棒術はやった事がないと言ってる割に、構え方などは分かっている。疲れてへばる度に動きの無駄も改善してきている。適正はある。
まぁ、10日ほどやったら遠慮がなくなるよう分身に戦わせた方がいいかもな」
俺はララさんの意外な言葉に起き上がる。
「へっ? そんなに高評価なんですか」
「……あー、褒めすぎたか。飽くまで基本の部分の話だ。
まず過去の病気やケガ、栄養不足で体が弱かったりで満足に動けない奴とかがいる。気の毒ではあるがあまり荒事には向かない。
次に子供の頃の喧嘩のクセか知らないが、好戦性が雑さになっている奴も多い。言っても聞かない奴とか、訓練だってのに私怨持ち始める奴とかもいてな……。
といった理由でまぁ、教えても伸びしろが少ないと判断することもあるんだ。そういう場合、育てるのは実用ではなく趣味の範疇になってしまう」
日本で健康で文化的な最低限度の生活を営めていた、というのは割とアドバンテージだったのかも知れない。異世界だと医療や健康水準もあまり高くないし、ネット動画で武術の動きなどを見たこともないだろう。普通に生きてきて得た知識だけでも、情報が集約されていない世界では利点となり得るのか。
「コバタ頑張ってるんだね、よくやったね」
「ああ……フィエ、ありがとう」
フィエの笑顔はまぶしく口調も明るいが、どことなく作ったようでぎこちない。やはりと言うべきか俺とララさんが実験……をしてからこうなった。
あれから2日、フィエとの今までなら止まらなかったお喋りも時々話題を避けてか詰まってしまう。それまでなら気にならなかった無言の時間が今は重い。フィエの体調もあり、触れ合うのも控えている。
俺もフィエも双方歩み寄ろうとしている。でも、どこかぎこちなくなってしまっていた。
5日目の訓練。早朝の走り込みがきついのは変わらないが、身体が慣れ始めた。棒術訓練の方も、絶対にやらなければという目標がある以上、ララさんへの遠慮も消えていた。
ララさんの構え方や動き、そう言ったものを見て盗んでいく。なるべく反撃をして、その方法が良いか悪いかを確かめていく。
多少は打ち合えるようになったものの、それでも早い段階でララさんの優勢が決まり俺は負ける。まだ一度も勝ちはない。引き分けっぽいのすらない。
ララさんは強い。俺が当てたとしても少しも怯まないし、強くは当てさせない。しかも5日目になっても手加減は続いている。ララさんは正々堂々で全て対応している。搦め手も、何かテクニック的なものも使っている感じがない。
「ララさん。フェイントとか足払いとか……そういうの仕掛けてこないんですか」
「今は体力作りだ。
そういったことをやるとキミは警戒して打ち合いに来ない。体力が付かない。体の動かし方が固くなる。考えすぎで散漫になる。体力が辛くなると警戒してるふりして休憩しだす。せっかく付いてきた自信を損なう。
今は人間相手に慣らしながら、体力や体の動きを作ってるだけだ。技術は体力という下地が出来てからでいい。キミはとにかく体力を付けないといけない。キミは判断力は良いと思う。だが息が切れ切れの状態ではそれを活かせない。
そんなこと考えられるなら余裕出てきたんだな、キミからはやっていいんだぞ」
体力作り……。初歩の初歩段階ってことか。免許皆伝までは遠そうだ。
前の世界にいた時はまさかこんな風に戦うための訓練をするとは思ってもいなかった。でも、やってみたくはあった。強くなりたいとは思った。……とはいえそれが実生活で役に立つと思えなかったので、結局やってはいなかった。
この修練はキツイが正直楽しい。実際に使う想定の訓練は無駄にならないし、何より上達を感じる喜びがある。
……あとは、ララさんがこうして毎日長い時間を費やして俺に関わってきてくれること、気にかけてくれていることにも充足も感じる。
小休止。木陰で塩分と水分を補給する。少し時間を置いたらまた打ち合い。
「そろそろ、新しい動きについて教えてもいいか。
いや……うーん。声出しからかなぁ……キミは精神的な部分に課題多いし」
ララさんは考えながらも俺と打ち合いして捌いている。次の訓練方針か。
「声出しってなんですか」
「大声だ、大声。いきなり相手が大声出したり、威圧的な声出すとビビるだろ。
コバタくんは鉄火場の雰囲気には慣れていないだろ。キミはそういうのに弱そうなんだよなぁ。ビクッとして動きが固まりそう」
「……そうかもですね」
正直、威圧とか脅迫みたいな声によるプレッシャーに耐えるのは、自分でも苦手な気がする。そういうの慣れていないし。
「キミは体はいいよ。反射もいいし持久も付いてきた。このまま鍛えれば何も問題ない。でも精神的なところ、自分より弱い相手であっても大声で威嚇されたらビビりそうな感じなのがな、イカンよね。
それに声で脅すのは基本だから、よく使われるし、よく効くんだ」
「こっちの世界の人でも大声の脅しって効くんですか」
俺は平和な世界から来たから、特別に臆病なのではないかと思っていた。こちらの人間はもっと精神的にタフなのでは?
「なにっ、キミはこの世界の人間を何だと思っているんだ……。
臆病な奴だって当然いるし、ここみたいに平和な田舎とか、上品に育っているとそういうの聞かないから慣れていない奴もいる。
一流の師範に教えて貰った文官系貴族の坊ちゃんが、戦場でビビり散らかして兵隊から笑われるってのはあるんだよ」
「……? その師範ってのは大声の威嚇とか教えないんですか」
「武官系の貴族なら全然大丈夫だし、むしろ推奨される。問題なのは文官として出世して現場知らないタイプだよ。
師範が怒鳴ったりすると、自分や子息に対する侮辱のように感じて機嫌を損ねちゃうわけさ。それが命の危険につながるとも理解しないでね」
なるほどなぁ、俺は自分を卑下して考えていたけど同じような人もちゃんといると分かってなんか安心した。
「じゃあコバタくん、これから大声解禁な。
最初は何事かと村人にジロジロ見られるけど、修練だと分かれば納得するから遠慮なくいけ。私をビビらせるつもりで声を出してけー。
勿論、私からもやるから覚悟しとけよー」
そうやって、ララさんとの修練は少しづつ内容を増やしながら続いた。
今日もフィエはお昼のお弁当を持ってきてくれる。フィエと俺はまだどことなくぎこちないままだった。困ったことにまだ打開方法が見つかっていない。仲が悪くなったとか愛が冷めたとかではない。ただなんとなく、ぎこちない。
思えばフィエと恋人関係になってから、あまりにも短い期間で色々起こり過ぎた。……普通はもっと時間かけて何とかするものなんだろうけど、俺とフィエの関係はそもそもまだ下積み不足だった。
三人でご飯を食べていると、ララさんは俺とフィエをじーっと見て言った。
「フィエ、コバタくん。考えていたことがある。聞いてくれ」
「……? なんですか、ララさん」
「私には不満があるんだ。抱え込むと良くないかも知れない。
キミたちの協力が必要だ……相談してもいいか」
ララさんからの、相談……?
今まで頼りにしてきた相手から相談を持ち掛けられるのは意外であり、同時にそれに応えたいという気持ちも湧く。フィエの顔を見ると同様の気持ちらしい。
「是非言ってください」「わたしに出来る事ならなんでも」
「そうか、じゃあまずフィエに言いたい。
コバタくんが来る前、お前は私によく懐いていた。よく一緒に遊んだし私はお前が笑っているのが好きだから喜ばせようとしてきた。逆に辛そうなときは、全力で相談に乗ってきたつもりだ。つまりは、友達だな」
ララさんとフィエが仲良いというのは俺も重々承知だ。しかし、このララさんの言い様は少し怨念のようなものを滲ませていた。
「好きな男が出来たから、私はもうイラナイコなのか。
むしろ邪魔だったりする?」
少し気落ちしたような、悲しげな雰囲気のララさん。あまりにいつもと違う。
「……?! そんなっ! そんなことないです! どう思ったらそうなるんです。わたしはララさんが大好きです。そんな言い方したら、おこっ、怒りますよ!」
フィエが堰を切ったように、ララさんの言葉を否定する。
「すまない、言いすぎたな。
フィエが離れていくようでさ、ちょっと寂しく思っただけなんだ」
「寂しくなんて……そんな、させませんよ……」
フィエがララさんにしがみつく。なんか必死感がある。大事な友人がネガティブなことを言い出したのにフィエはとても慌てている。どうやらフィエに対しこういう態度を取るララさんは相当に珍しいようだ。
ララさんは、そうかそうかと言いながらフィエの髪を撫で、そのまま片腕で抱き締める。そしてクルっと顔をこちらに向けた。
「んで、コバタくん。
キミに言いたいことなんだが……キミ、私からフィエを盗ったな?」
ララさんは何を言っているんだ……まぁある意味そうなのかもしれないけどさ。俺が何も答えられずにいるとララさんは続けて言った。
「そして私は、この可愛いフィエから少しであれキミを盗ってしまった。
……つまりアレだ。『キミだけ盗られてない』んだ。不公平じゃないか」
「えっ? あっ? ええ? ……不公平? 何が言いたいか分からないですララさん」
「フィエが望んでキミのもとへ行ったのは承知している。
それに対して私が納得いっていないから、少し盗り返させてくれ」
「あの……その……何が言いたいか分からないです」
「キミは『是非』にと言い、フィエは『なんでも』と言った。
その言葉がウソだったら私はとても悲しい裏切りを受けたことになる。ウソじゃないと証明してくれ。……ちょうど村長はいない。これからキミの部屋に行くぞ」
(詳細は省略)
フィエは寝入ってしまったようだ。さすがに俺とララさんから集中攻勢を受けて消耗したのだろう。寝息を立てるフィエの乱れた髪を直してやる。
「キミもよく分からないとこあるよね。さっきの猛りっぷりはどこいったの」
ララさんはフィエを起こさないようにか、落ち着いた声で俺に話しかける。
「……フィエを起こしてまで続けるつもりはないですよ。さっきのは飽くまでララさんの指で感じてしまったフィエへのお仕置きでして」
「お仕置きぃ? そうは見えなかったぞ。
…………キミは本当にフィエを大切にするよな。
……キミを好きな身から一つ聞かせて。……私には何が足りない? フィエと私とで何が違う……っていうか、いやさすがにこれは諦めが悪い質問か」
ララさんは決まり悪そうに笑う。俺はそんな様子のララさんにウソは吐けなかった。というか、口から勝手に零れ落ちるように本音が出てきた。
「……フィエが、俺のところに一番最初に来てくれたからです。
鈍感な俺に、フィエは頑張って一番初めに愛を伝えに来てくれました。それが何より嬉しかったし、愛おしく思います。この気持ちは薄れない。
……もし俺のことをフィエより好きだって言うんなら、ララさんは何で最初に来てくれなかったんですか」
「……ふむ」
ララさんが考え込む。俺自身言ってから『しまった』という気持ちがした。なんというか、分かって貰えない部分を言ってしまった気がしたからだ。
イジワルな言い方をしてしまったのも良くなかった。子供っぽい感情の発露だ。これを言ったところでララさんがどうこうできるようなものじゃない。……でも理屈じゃない。俺にとっての本音だった。
「……ごめん。私はキミのところに最初に来てあげられなかったな。出遅れがちなところは自覚している。……私は見栄を張っちゃうんだなぁ。
格好つけて……うん、それで失敗したことばかりだ」
ララさんは寂しそうに言った。過去を思い出している顔だ。
「……私には弟がいてさ、アイツが産まれた時に思ったんだ。コイツのためにも、自分が立派なお姉ちゃんにならなきゃな、って。かといってすぐに誇れるものが出来るわけでもない。虚勢……見栄を張った態度を取るしかなかった。
……あの時からやり方間違えたまま、ここまで来ちゃった気がする。
なんか見栄を張って自分を偉く見せようとばかりするようになっちゃった。それで失敗しても懲りることがなかったのが、私の悪い所だな」
俺はララさんが悪いとか間違っているとは思わない。でも、自分自身に語り掛けるようなララさんの言葉に、俺から返せる言葉はない。
その部分にはあまり触れずに、次の言葉を探した。
「……ララさんって弟さんいるんですか。初めて聞きました」
「ああ、実家で元気にしてるんじゃないかな。家を出てから会ってないけど」
「……? あれ、ララさんの実家ってこの村じゃないんですか」
この村に馴染んでるし、てっきりそうだとばかり思っていたが違うようだ。
「えっ? ここにはメリンソルボグズから離れる時に、近場にいい感じの村があったのを思い出したから来ただけだよ。税安くて楽そうだし。
あとはフィエが可愛かったからだなー。この子いるならいいじゃんって」
……結構いい加減というか、雰囲気で生きてるなララさん。
「俺はてっきりその、ケープについても詳しかったからこの辺の人だとばかり」
「学んだんだよ。土地の文化に合わせて生きた方が楽だろ。そうしたまでさ。
迎合するって言うのも有利に生きるために必要じゃないか」
「……この辺りと同じ慣習がなかったってことは、だいぶ遠くから?」
「海の向こうの島出身だよ。文化的隔たりは感じたなぁ。まぁそれを求めて来たとも言えるけど」
「実家には戻ったりしないんですか」
「戻ってどうするんだよ。夢破れ、恋に敗れたとて帰らなきゃいけないわけでもない。ここで生きていけるならそれで良くないか」
「……ララさんは、やっぱり強く見えますよ。虚勢とか見栄とかじゃなく」
「心の内側はそうでもないんだぞ。……寂しくなったらまたフィエを襲ってしまうかもしれん。それが嫌ならキミに何とかして貰いたいものだね」
ララさんは意外とたくましく欲張ってくる。なんなんだろう、この強さは。
「…………コバタ。わたしはララさんなら、いいって思ってる。
わたしがララさんにまた襲われちゃう前に、守ってね」
寝ていたと思っていたフィエが、こちらを見ながら言った。微笑みながら俺とララさんの手を握る。
「コバタとララさん。二人とも好き。……そして、わたしってモテすぎでは?」
フィエは最初は呟くように、そして最後はちょっと冗談めかした。
きっとフィエにとって引っかかっていたのは、3人としての関係。それを2人だけでは解決できなくて、ぎこちなくなってしまっていた。
ララさんのやったことは、その関係を腫物扱いするのではなく、強く推し進める方向での荒療治だったようだ。……ちょっと変わった形ではあったが、俺とフィエのぎこちなさはこれ以降消えた。
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