1-22.会議、そこから導かれた対策

 『下弓張月の魔法』の確認を行なった翌日の昼。


 俺たち3人はララさん宅にて今後の相談することとなった。今日の議事内容はフィエを狙う街の権力者の話だ。議長兼進行役はララさんだ。


「この件はフィエと私とで過去に少し話してはいたが、あまり踏み込んだ話はしてこなかった。フィエにとって嫌な話だしな。避けていた。


 ……今となっては無責任な楽観だったと思ってるが、私は正直これらの件は意味を失って風化するんじゃないかとも思っていたんだ。


 光教団の2人の政争に決着が付くか老齢のケルティエンズが死んだり、地教団のキィエルタイザラは危険な紛争地にも出向いていたりするから死んだりするんじゃないかってな。


 まぁ、時間や偶然が解決してくれるようなものでもなかったわけだ。時間くんや偶然くんに頼るのをやめ、私たちで解決していこう。


 取り合えず今日は、後回しになっていた相手の情報の確認からだな。




 一人目は光教団のケルティエンズ。古狸。フィエを政治利用したい奴。


 まず、コイツ自身はフィエと婚姻するつもりはない。教団の『献身』という政略結婚システムにフィエを使おうという思惑がある。自派閥と貴族を繋ぐ役にフィエが欲しいわけだ。派閥のためにやってるから簡単に引く気はないと思われる。


 お偉いさんだし、私とは教団内で派閥が違ったから面識はあまりない。


 実力者の魔法使い集団『執行者』を抱えている派閥だから武力解決は無理だ。話し合うしかないけど、その話し合いもうまくいくか難しいだろうなぁ」


 俺は聞いていて眩暈がした。一人目から難題だ。


 だがフィエ本人への執着はなく、完全に政治のことしか考えていない相手。つまり代替案が有効かもしれない。逆に言えば『それで済む相手』だ。とはいえ望むだけのものが得られないようなら、強引な手段に出てくるかもしれない。


「ララさん。相手がフィエ本人というより政治的な手駒を欲しているというなら、何か代わりになりそうなやり方は出来たりしないですか。


 目的は貴族との関係強化ですから、他の方法を提示するとか……」


「そうは言うけど、あっちに出来なくてこっちにだけ出来る事なんてないよ。


 それにその政略結婚システムって有効だから長く続いてるんだよね。代わりの案と言っても、かなり大きな取引をしなきゃならない。


 言い換えれば、フィエは大きな見返りを引き出せると見込まれているわけだ」


 ララさんは言ってから少し気まずそうにした。まぁ、フィエを『品物』扱いしてるとも言えるしな……。ジエルテ神が言うところの『財』と大差ない。


「……わたしは、そんなのに従いたくない。


 誰とも分からない相手に身を捧げるつもりなんてないし、それの対価が富貴の身分であると言うなら、いらない。


 そもそも何でそれで色好い返事が貰えると思えるのかが不思議。


 明白に断れば、脅しや圧力があったり……するのかもしれないけど」


 フィエは不快を顕わにしている。フィエからすれば得るところが全くない押し付けの婚姻だ。それでも断り切れないのは相手が『権力と武力』を持っているから。


「脅しか、戦力持ってるしなー。可能性はなくはない。


 相手に弱みがあるとすれば、ゴタゴタが起きればその政略結婚自体にケチが付くからそこを突いていけばいい……のかなぁ。


 どう思う、コバタくん?」


「……俺とフィエが婚約したと街中に振れ回ったらどうです?


 こちらの態度を示せますし、それでも相手が諦めないとか報復するというなら、それが周囲に見苦しい態度と取られないですか。相手を牽制できます。


 フィエと政略結婚を通して婚姻を望む貴族にしても、そうとなってしまえば体面を気にするでしょう? そっちだっておそらくは人気取りが目的なんですから。


 ……ナメられないよう強硬になるか、政治的イメージダウンを回避するかはその人の状況次第でしょうか」


「まぁ、その辺は相手の心次第だからなぁ。当たればヨシの精神だね。


 ただしその案には良い点がある。ケルティエンズを強く支援する者以外の協力を削れるかもしれない。消極的な支援層は様子見か拒否に回るかも」


「……マジですか、かなり無理筋かもと思ったんですが」


「だって、フィエ本人に好きな人がいて婚約済って告知されちゃうんだぞ。


 ……泣いてるフィエを強引に連れ去って『これでフィエを手に入れたぞグヘヘ』みたいのが一般受けすると思うか? それじゃ完全に悪役じゃねーか。しかも大衆にも一発で分かる感じに典型的な悪役だ。ケルティエンズ周辺もそのレッテルは流石に欲しくないだろうしなぁ。


 となると無理を通して力を誇示する意味合いも薄い。アイツの派閥、衰退中だもん。むしろ悪評となればダメージの方がでかいかもな」


 俺にはそこまで都合良く事が進むとは思えなかった。ララさんも半分くらいは景気づけ、元気付けのつもりで言っているのではないだろうか。


「……わたしはその案に賛成。


 今までのわたしは、この件を消極的に先送りにしてたから。ここで積極的な方向で動けるとしたら、それは『これから』につながるんじゃないか、って思う」


 フィエは少し笑顔を作って見せた。不安を隠し、勇気を表現する笑顔だった。


「よっし。じゃあこれはこれで行こう。決定。


 じゃあ次に同じく光教団のアーシェルティ。ケルティエンズ同様、直接の婚姻目的ではない。あ、コバタくんにはこっちの名前は馴染みないから分からないかな。こいつは女なんだ。


 私は過去にこいつと棒術の訓練相手をしばらくやっていたから面識はある。優秀な奴だった。文武両道。


 ただ面識があるとはいえ、私が街を出てくる頃にイザコザがあってそれ以来会ってないんだよ。粘着質なところあるから、まだ怒ってそうなんだよなぁ。


 政敵ケルティエンズへの対抗の意味でフィエを確保したがってるっぽいし、相手が諦めたら対抗もしなくなるんじゃないかなぁ……?」


 ララさんって権力者の人と知り合いなのか。意外と組織内でも立場のある人だったんだろうか。……しかし、今の関係は良くないみたいだな。


 俺が何か言う前に、フィエが口を開いた。


「ララさん、多分ですけど単なる対抗でもないとわたしは思ってます。


 実はわたし、アーシェルティ様には何度か会いに行ったことがあるんです。ララさんと関係良くないの知っていたから……内緒で。ララさんごめんなさい。


 女性だということもあって以前は頼りにしてた部分がありました。言ってみれば婚姻関係にはならない相手ですし、『献身』の政略結婚システムに対しても慎重で消極派だから、問題解決の糸口かなと思って。


 でも失敗だったと思ってます。一緒にお芝居とか見たりしてコミュニケーションを取ってみたんですけど、とにかく派閥内に取り込みたい感が強い。側仕えにならないかって。やっぱり何らかの権威付けに使おうと思っているみたいです。


 それで今は距離を置きました。……ララさんが言う粘着質って言うのは確かにそうかも。今でも観劇の御誘い来ますから。


 あとは現在の主流派に属しているし、アーシェルティ様個人への支持者も多いところが怖くもある。数でこちらを封じ込めて来そうな感じがあって。……望まない束縛されるなら、実質的に政略結婚みたいなものでしょ?


 コバタとの婚約を契機にもっと距離を取れればと思う相手なのは同じ、かな」


 フィエはなんとも微妙な表情というか、困り顔だ。……まぁ、ちゃんと断ってみてそれからだろう。


「……俺、ちょっと話それるかもだけどフィエに聞きたい。


 劇を見に行ったのって割と最近? どのくらい会ったの?」


「うーん、2-3年ほど前に、期間としては1年の間くらいに10回かなぁ。


 最初は……『プレゼント合戦』の件で街は怖くはあったんだけどね。アーシェルティ様自体が権力も個人戦闘力も強いし、街の外まで出迎えに来てくれるから、何というか大丈夫だった。


 でもそれが良くなかったのかな。彼女のシンパの一部に睨まれたりで。……まぁ、それはともかく。そんなわけでわたしからの話は聞いて貰えるかと」


 ララさんが微妙な表情をして口を開く。


「フィエ……そういやなんか出かけてる時期はあったな。それも10回って、お前それ解決に向けた行動というより劇見たかっただけじゃないのか」


「……まぁ、それはちょっとあったかも」


 フィエは政治利用を受ける立場であるとともに、退屈を敵とする若い女の子でもある。話をしに行くついでに見る劇が楽しくなってしまったか……まぁ、不真面目と責めるのもお門違いかもしれない。


 ララさんはさぁ次次、と今の内容を流しながら次へと進行した。


「最後に地教団のキィエルタイザラ、こいつはとても厄介だ。本気の奴だ」


 ララさんが『コイツはなぁ……』という顔をしている。俺はその様子が気になって、ララさんを急かした。


「その最後の、キィなんとかさんはどういう奴なんですか」


「………………。


 フィエの両親が、結婚相手として売り込んだ相手ってのは前にも話したっけな。


 貴族であり地教団内でも地位があり、魔法使いとしての実力も高い。以前は度々紛争地への支援活動をやってたりとアクティブな奴で、しかも危険な最前線で活動していたってのに五体満足で生き残っているんだ。


 ……幼いフィエにマナー良くプレゼントを渡したり、他の奴らによるプレゼント合戦が過熱してフィエが怯えたときには村長と協力して周囲に苦言を呈して止めさせたり、既にフィエが住むための新居を作っていたり、フィエと同じエルタの文字が名前の中に入ってる奴。横入りしてきた光教団の二人より弱い立場なのに、フィエを諦めずに喧嘩上等で張り合って来た奴でもある」


 ……ララさんは説明しつつも難しい顔をしている。俺もそうだ。


 前の二人はなんか『うーん』な感じだったけど、この人はまともに求婚を頑張っているように聞こえてしまう。……フィエ本人はどう感じているんだろう。


「……フィエ、その人どう思ってるの」


「どう思うも何も、顔も憶えていない相手だよ。


 忙しく働いている人って言うのは知ってる。周囲の評判がいいってこともね。でも小さな頃に引き合わされて以降、一度も会ってない人だよ。なんでそんなんで他の相手と意地を張り合えるのかが分からなくて怖い。


 あとはわたしの両親と同世代で知り合いだったとか、わたしの名前の由来の件とかも知ってはいる。エルタは『地母神の有名な信者』の名前だしね。


 ただ正直、両親と同世代って言うのがわたし的に一番引っかかってさ……。なんて言うかこう……嫌だ、受け付けない。


 それに今、ララさんが言ってたわたし用新居の件は初耳だった……なにそれこわい。なんで本人の了解や婚姻確約の返答もなしにもう建ててるの?


 プレゼント合戦の件は……対処してくれたのには感謝したい。お礼を言うべきだね。……でも今まであれってお爺ちゃんが全部やってたとばかり思ってた」


 フィエはキィエルタイザラにも拒否感があるようだ。それは俺にとって嬉しいことだったが、相手に対して少し憐れみを感じた。フィエには伝わらない方法で頑張ってしまった人のように思える。


「……その人には、フィエは会わせられませんね。俺が会ってきます」


 聞いた限り説得や交渉が通じる相手ではないように思う。決闘かな……。相手は本気っぽいし、禍根が残る相手だ、俺が終わらせてやらなくてはならない。


「……そーだな。キミ的にも一番ケリを付けたい相手ではあるだろう」


「でもコバタ、危なくないの? コバタが無事でいてくれるのが大切だよ」


「フィエ、俺はその人に会っておきたいんだ。俺は生き残るためにちゃんと自衛はする。会いに行かせてくれ」


 前の二人が政治的利用タイプだったのは、ある意味気が楽だったと言える。本当にフィエを想っていそうな相手ほど、厄介なものはない。


 ララさんが議事のまとめに入る。


「それでは、これからの方針。まず『コバタくんとフィエが婚約した』ということを広めて相手の出方を見つつ、個別にお断りの交渉をしていく。


 ヨシ、これから村長に相談に行くぞ。キミらの婚約報告と、加えて事前の宣伝工作をお願いする。村長だけあって顔は広い。


 それで私たち3人が乗り込む時期だが、街からの行商人がそろそろ来るだろうからそれに便乗する。そこからの情報もほしいし、それまでにコバタくんを軽く鍛えておきたい。


 ……ちなみにジエルテ神のことと、その指輪のことは村長に伝えない。そこに巻き込むわけにもいかない。いいな?」


 俺とフィエは、ララさんを見て共に頷いた。




 村長は仕事を一区切りして、外で岩に腰かけて軽食を取っていた。


 今日は一人で村内の各お宅を回り、意見調査のようなことをしていたようだ。そこへ俺たち3人がぞろぞろと訪れた。村長は特に驚くでもなしにいつも通りだ。


「おう、3人揃ってどした」


「あ、あの、村長……!


 ご報告遅くなってしまいましたが、フィエと……フィエエルタさんと真剣に交際させて頂いております」


「おう、知ってる。知ってた。まぁ頑張れよ」


 すげぇアッサリとしている。そうだよな村長こういう感じだよな。


「というか、フィエがケープで報告してるも同然だし、別にいいよそんなん。ワシだっていつ死ぬか分からん、そんなのに義理立てとか報告とかいらんて。


 年寄りに構わんでいい。好きなように生きなさい」


 やはりアッサリとしている。こっちってこういう感じなのか。それとも村長が特別なのだろうか。フィエも淡白な感じで村長の言葉に頷くだけだ。特に何か村長に言う感じでもないし、感極まって涙ぐむといった感じもない。


 これにて婚約の報告は終わった。……結構緊張していたのだが。


「村長、報告があります。コバタくんをフィエからちょっと盗みました」


 ララさんが俺の腕を取り、村長に言わんでも良さそうなことを言う。村長は俺の方を見て、諭すように言った。今までのアッサリより少し重い口調だ。


「……コバタ、強く言っておく。


 周囲に敵を作らないよう気を付けなさい。


 女一人を連れまわすなら別に心配するほどではないが、何人も連れまわしていると、どういう姿に見えるかだけは自覚しなさい。


 別にやるなとは言わん。しかし意味もなく周りに見せびらかして反感を買うことはワシは愚かだと思う。そういった気遣いくらいはするように」


 俺は土下座した。そうするしかなかった。


 土下座は大げさなアピールのような気がして、俺は本来好きではない。でも平伏してでも謝りたい気持ちになった時には、地面に額を擦り付けるしか方法がない。




 その後、街勢力への俺たちの対応についても相談し、了解を得た。ウン、ウンと相槌だけの村長からのアドバイスは特になく、こんな言葉のみだった。


「まぁワシが協力するとはいえ、お前たちで乗り越えることだ。


 まだ若くて人生長いんだから、この件はこれから頑張っていくことの一つでしかない。ワシも頼まれごとはやるから、お前たちもしっかりやりなさい」


 確かにそうだ。これからどうなるにせよ、フィエと生きていくつもりならこれは第一歩でしかない。

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