1-20.まじめな検証実験
その日の夕方、ララさんの家でお泊り会が始まった。
フィエは元々、ララさんの家によく遊びに行っては夜更けまで語り合うような仲らしい。村長も「いつものことか」という顔だった。……俺がついて行くことに何か疑問を感じなかったのだろうか。
あれから3人で話し合った結果、村長には魔法の指輪やジエルテ神のことは伝えないことで一致した。巻き込まれる人間は減らしたかった。
村長……まさかこんなサバトが行われるとは思っていないだろう。信じて送り出してくれた村長、ごめんなさい。
「まず、分身を出す実験だ。弓張月でキミを出してみてくれ」
ララさんに指示されたとおり、弓張月で分身を作ることを念じる。
部屋の空いた場所に、するりと煙が集まる。俺と瓜二つの、だが素っ裸の俺が現れた。もう一人の俺は少し慌てて股間を隠した。
「今、股間を隠したのはキミがなにか指示したのか?」
ララさんは真面目な顔で、ちょっとしょーもないことを聞いてくる。
「いいえ、そいつ自身が判断してやっていると思います」
「では、彼の考えていることは分かるか?」
「直接分かるわけではないですが、想像はつきます。『何で裸なんだ』でしょう」
「服などは複製できないということか。まぁそりゃそうかもな。
あ、フィエ。分身くんの体を観察して違和感はあるか」
「あまり視界が良い場所では見ていないので、こういう感じなんだ……って」
フィエは顔こそ赤らめてはいるが興味津々で見ている。フィエが俺の身体を見る機会は前に行った湯煙漂う温泉と、薄暗い寝室の中だけ。こんな風に明かりを灯した状態でじっくりとは見ていない。
あれは俺、いや俺とは言え別の存在だ。自分とそっくりな体を見られることへの恥ずかしさと、自分とは別の個体にフィエが興味を示していることへの嫉妬心が沸き上がってしまう。
「フィエ……そいつは俺の分身とはいえ、あまりじっくり見ないで」
俺はそう言ったが、フィエは好奇心旺盛に分身の裸を見続けている。やめてくれない。なんでやめないの。
「ところで分身のキミ、喋ることはできるかい?」
ララさんが問いかけると、俺の分身は恥ずかし気に目を伏せたまま喋り始めた。
「……はい、ララさん。できればあまり晒し者にしないでくれますか。
フィエ、分身がこんなこと言うのもなんだけど、こんな格好で……ごめん」
俺の分身はとても気まずそうだった。二人の女性から裸体を観察されていて、しかも俺本体からも微妙な表情で見られているのだから。
「恥ずかしがらなくていいよ。コバタは分身でも、素敵だよ」
フィエ……ッ! そんな奴褒めないで。自分の分身に対してのジェラシーがさらに強くなる。<クソッ俺も裸になってフィエに褒められたい>……俺は何を考えているんだ。邪心に乗っ取られかけてないか。
「取り合えず確認は終わっておこう。
いったん、分身くんを消してやってくれ。見られて興奮し始めている」
「消します!」
消えろクソが、と念じると、分身は煙のように消えた。……あの分身野郎……ッ! フィエに裸を見られて興奮するとか救い難い変態め。
「次は……羽織れる服か布を探してくる。戻ったらフィエの分身を出してくれ」
俺の分身に対して無かった気遣いが、フィエの分身にはされるようだ。ララさんが羽織れそうな布を抱えて戻ってくる。
「あ、ちょっと待て。『出来ないこと』をちゃんと確認しておきたい。
まずは下弓張月で、私を出そうとして見てくれ」
「実験ですね、……念じました」
ララさんをイメージして念じたものの、能力発動の感覚がない。
「何の反応もなし……か。よし、次はフィエを」
フィエをイメージして念じる。煙が現れてフィエの形になる。フィエは分身でもきれいだなぁ……。すぐに布で覆われたけど。
「分身フィエに聞く。自分の意志、考えはあるか?」
「はい、意識ははっきりと」
「コバタくん、キミは分身フィエに何か命じてみてくれ」
「セクシーポーズを」
俺は布だけをまとった分身フィエの姿を見て、思い付いたことを言った。イカン、邪心に身を任せてしまった。
俺の後ろにいたフィエ本体から軽く脚を蹴られる。ちょいイタイ。分身フィエは照れ笑いしながらちょっとぎこちなくポーズを取った。
「分身フィエ。今のは自分の意志か、操られたのか?」
「……うーん、わかりません。曖昧です。コバタの言葉を聞いたので、やってあげようかなという気持ちになりました」
フィエは分身でも優しいなぁ。しかもセクシーポーズが初々しくて可愛い。写真か録画技術が欲しい。残しておきたい。……クソ、現代知識チートを使いたい! でもどうやるか分かんねぇ! 勉強しとけば良かった!
せめて網膜と言うフィルム、脳と言う電子媒体に焼き付けようと凝視する。そんな俺の様子を見つつ、ララさんは次の指令を出した。
「コバタくん、今のとは別のことを『声には出さずに』命じてみてくれ」
(俺にキスして)
分身フィエはこちらに近寄ると爪先立ちになり、俺の頬に手を当て引き寄せてキスした。後ろのフィエには蹴られた。
俺は悪くない。さっき俺の分身の裸を見ないでって言ったのに、じっくり見てたのはフィエじゃないか。あれの埋め合わせだ。俺は悪くない。俺は悪くない。
「コバタくん、想定通りか?」
「最高ですね……ッ」
ふいに後ろから俺の服がグイっと引っ張られる。フィエ本体はむくれながらこちらを見上げてる。無言の抗議だ。かわいい。
「分身フィエ、なぜやろうと思った」
「なんか、そう思ってそう、と感じて行動しました」
分身フィエはなんか俺に命令されたことがまんざらでもない声色だ。
「分身フィエ。次は命令を感じても『それに従わないよう努力してみてくれ』
コバタくん、命令を頭の中で」
(フィエ本体にキスして)
そして、それはその通りになった。俺は百合を愛好するわけではないのだが綺麗な存在同士のキスは、やはり綺麗で素敵だ。
フィエは口を拭いつつも俺にローキックを放つ。さっきより蹴り方が上手くなっている。技術の成長を感じる。
「コバタくん、キミはいい趣味をしている」
ララさんは褒めているのか呆れているのか分からない、抑揚のない声で言った。その表情を窺い見ると、実験者・観察者の瞳をしている。
「俺は脚がイタイです、でも満足しています」
「キミの命令に分身は逆らえないか……やっぱこれ、えっち機能ではないのか?」
「困りましたね、俺もそういう風に思えてきました」
俺は痛む脚を抑えながら言った。フィエはちゃんと加減しながら蹴ってくれているようだ。痛む脚からもフィエの愛を感じる。
「分身フィエ、ちゃんと逆らったのか?」
「何だろうこれ……意識も自覚もあるんですが……やっちゃいましたね」
分身フィエは少し照れたように言った。なんだろう、布一枚まとっただけの姿のせいか物凄く色っぽい。フィエは可愛い。分身でもこんなに可愛い。
「コバタさん、わたしは今、怒っています。わかりますか」
フィエ本体はわざわざ『さん』を付けることで怒りを表現している。あーやっぱりフィエ可愛い。俺が分身に見惚れていたのに嫉妬してくれている。可愛い。
「ララさん、わたしは了承しましたけど、こういう使い方される危険は把握できましたね? 本当にいいんですか?」
「コバタくんに……ひどいことされちゃう?」
「多分しません」
多分、を付けてしまったのは俺がウソを吐けなかったからだ。多分やらないだろう、でも絶対に……? 本当か、本当にそう言い切れるのか。かつて邪心と呼んでいた存在に俺は近付きつつあるような気がしてならない。
なんか俺、フィエが嫉妬している姿を見るのが新鮮で、変な趣味に目覚めているのではないだろうか。
今までのフィエは素直で優しくてちょっとエッチなところのある娘だった。今のフィエは『俺がフィエの分身に興味を示すことに嫉妬して』俺の脚を蹴ってくれている。少し前までのフィエだったら有り得ない行動だ。俺にはそれがすごく嬉しい。フィエが俺を愛してくれていると感じる。
「まぁ、私は覚悟するよ。でもフィエの分身は大切にしてやってくれ。私はひどく扱われても納得する」
「ララさんにもフィエにもしませんってば!」
「「すごく疑わしい」」
二人のフィエがハモッた。俺の株が下がってるのを感じる。
「……言いなりにできる女の子を出す道具って、神様やべぇ性癖なんじゃないの」
ララさんは神の存在について、新たな疑問が出てきたようだ。
その後も、簡単な実験をいくつか行なった。自己紹介をさせてみたり、感覚や考えが、フィエと分身で一致するかの質問などなど。
「いろいろ興味はあるが、なんだろう……私の頭が変なのかな。
今はえっちな使い道しか頭に浮かんでこないんだ」
「わかります。俺も同じです」
フィエはローキックの経験値稼ぎに夢中のようだ。イタイ、そしてかわいい。
蹴り終えたフィエは憤然として言った。
「二人ともバカなこと言っているけれど、これは怖い能力だってわかってる?
コバタ、わたしの分身に質問してみて。『ウソをつかずに言え』を付けてね」
「えっ……? 『ウソをつかずに』ってどういうこと?」
「さっきわたしの分身に質問をしていて気付いたんだけど『見栄やウソを含んで』質問に答えているの。
つまり『質問に答える』のはコバタの指示で強制させられるけど、答えは必ずしもわたしの内心、本音、認識とは一致しなかった」
フィエは、バカ二人が能力のエロ利用について思いを馳せているなか、そんな分析をしていたのか。
でも、フィエの本音を分身に強制して答えさせる……。プライバシーの侵害どころじゃない。というか、そんなのやっていいことなのか?
「……そんな。フィエの分身に命じて無理やりに本音を言わせるとか、ひどいことは嫌なんだけど」
……さっき、フィエが嫉妬してくれるのが嬉しくて既にひどいことをしてしまった後の気もするが、俺は基本的にはひどいことはしたくない。
「わたしはコバタが真面目な人だって信じているから。無暗に使ったりしないって信じてる。……これは実験だよ。実験だから、やって」
「俺を真面目と言われても……分身にエッチな事しそうって思ってるんだよね?」
「……じゃあそれ、分身に聞いてみればいいじゃないの」
フィエはちょっとむくれて、そっぽを向いてしまった。……仕方ない、言われた通りにするしかない。
「……分身さん、嘘をつかずに答えて。俺って分身に性的な意味でひどいことしそうって思ってる?」
「コバタは本体には出来ないことを、分身のわたしになら試したいんじゃないの。
コバタは『セクシーポーズ』とか『キスしろ』と分身のわたしに命令したけど、本体には今までそんな要求、命令なんてしてくれなかった。
コバタは本体に対して遠慮し過ぎ、もっといろいろして欲しいのに」
……なんか、複雑な気持ちになる。『本音』と証明された言葉は強い。やっぱりその、フィエって結構エッチなところがあると言うか……今の回答だとちょっとMっぽいところが垣間見えた。
俺は今までフィエは結構ストレートにものを言っていると思っていた。だが、それでもオブラートに包んだり、あえて言わないでいることも多いんだろう。
「……わかった?」
フィエがちょっとそっぽを向きながら言う。頬と耳はとても赤い。
「キミはもうちょっと恋人に対して強引さを持て、ムッツリスケベ」
ララさんのツッコミが俺の痛いところを突く。確かに俺は『フィエに嫌われたくない』という理由で『俺がしたいこと』を抑えているフシはある。
「……分身が言ったことに捕捉するけど、そういうことしたいならまず、本体のわたしにしてね。何で分身に先を越されなきゃならないの」
俺はひどく赤面した。フィエと、その分身も赤面している。その空気を無視してララさんが真面目な話を始めた。
「つまり、これは倫理を無視して使えば情報収集に絶大な効果をあげることができる。もはや尋問ですらない、条件を付ければ正直に答えてしまうからな。
加えてそっくりな分身が『ウソや見栄』まで使えるなら潜入、なりすましはほぼ完璧だ。本人と鉢合わせるとか以外では誰にも見抜けない、本人そのままの行動を取れるから」
エッチ機能とか言ってた人がシリアスになるくらいはヤバい内容だ。
「他にも、特定の人間を狙って交わり、分身を作れるようにしたとする。
次にその分身を使って誰かを刺すなりして周囲に目撃させる、そうすれば目当ての相手本人を投獄させたり復讐のターゲットにもできる。対立を煽って社会を混乱させられる。
うまーく使えば、キミ一人で社会を混乱に陥れられるんだな」
かなりド外道な使い方だ。そんなことを平然と言ってのけるララさんの瞳はやはり無感情で無機質なものだった。
「俺はそういう使い方は……したくないです。本音強制とか対立煽りとか罪の擦り付けなんて最悪のクソですよ。
でも、平和にエッチ機能としてなら……使いたいですが」
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