1-19.フィエの天秤
お昼頃、村長宅に着いて出迎えてくれたフィエは、俺の後ろのララさんの様子がおかしいことに気付いた。いきなり俺に疑念の目を向けてくることはしなかったが、ララさんにばかり話しかけて俺と話してくれない。
俺の力は見せてはならないものだった。下ネタばかり話していたお姉さんがそれを見たせいで壊れていて、どうやったら治るか分からない。
何でこんなことになったんだろう。俺のせいだ。ララさんが頼りになるお姉さんだから大丈夫だろうと、特大の爆弾を投げつけてしまったのだ。
「コバタ、ララさんはどうしたの? ララさんは話してくれない」
やっと話しかけてくれた内容に、俺は正直に答えようと思った。フィエからこういう問い詰めをされるのは、すごく悲しい。でも俺が全て悪い。
「今日、ララさんに相談事があって家に行ったのは知ってるよな。それで……」
こうなった経緯も、神についても魔法の指輪についても洗いざらい話した。フィエの目を見て隠すことが怖かったが、目を逸らすことが卑怯と思い、できなかった。途中で言い訳をしそうになる自分をぐっと堪えて話した。
「……そうなんだ、それでララさんを連れてきたんだね」
俺が話し終えた後のフィエは、思いのほか落ち着いていた。全ては信じて貰えなかったのかもしれない。荒唐無稽な内容であるのは確かだし。
「えーとね、コバタ。
わたしに話し難いことだったんだろうけど、それでも話してほしかったな。
今日は街のことを聞きに行っただけだと思っていたから、わたしには吟遊詩人のおじいさんのこととか指輪の話が初耳で困っちゃったよ」
フィエは信じてくれたんだろうか。突拍子もない話だ、神様とか魔法の指輪とかファンタジー過ぎる。……いや、魔法がある世界だしそうでもないのか?
「……ごめんなさい。
よく分からないまま話すより、専門家に見て貰ってからがいいと思ったんです」
「わかった、それはわたしを驚かせたくなかったコバタの優しさだね。
……ララさん、ごめんなさい。怖がらせてしまって」
……今のフィエの言葉は、コバタはララさんに優しくなかったよね、とでも言いたげだった。フィエから当て擦りのような言葉は初めて聞いた。
確かにフィエが大切だからという理由で、ララさんを利用したと言われればそうだ。ララさんはフィエにとっての友人、近所の親しいお姉さんなのに。
「代わりに今度、フィエの恥ずかしい秘密を教えて貰うよ。そいつ喋らなかった」
ララさんは少し落ち着いてきたのか、冗談のようなことを言う。
「分かりましたララさん。この件が落ち着いたら話しますから」
フィエはいいのか、話すのか……。それで丸く収まったかは分からない。でもララさんはかなり落ち着いてきている。まだ日も高いのに今日は疲れた。
「ジエルテ神の伝承は劇の題材にもなるから、知っていました。削られた名前についてもです。……ララさんがそうなるかも知れないってことですね。
今夜、2人でララさんの家で泊まりに行きます。……コバタ、いいよね?」
「え、何が……?」
「……コバタはよく分かっていない部分があったとは言え、それは無暗に話せない内容と感じていたんだよね? ……なら、責任取る必要があるよ」
思考が止まる。フィエからそういう提案があるというのが、俺の脳を止める。……嘘だろ、嘘だと言って欲しい。
「え……、そう……なの? そう……するの?
俺とフィエが、まだ付き合い始めて間もないのに……?」
俺にはフィエの心が分からない。あんなに好きって言ってくれたフィエなのに、何でこうなるのかが俺には分からない。
「……はっきり言って、これはとんでもない異常事態なの。
コバタがこっちの世界でなら『有り得るかも』と思っていた相手も、貰ったものも異常。ララさんのショックは大げさでも何でもない。
この世界でだって、そんな経験をして物や魔法を貰うのって伝説以外では有り得ないの。おとぎ話の中だけなの。
あの吟遊詩人のお爺さんが、ジエルテ様だった……なんてすごく驚いたけれど色々と特徴は合っている。
さっき見せて貰った魔法の剣も『世界中のどこを探したって、誰にも絶対に見付けられないもの』なの。こんなところに本来は有っちゃいけない」
「だからと言って……。俺はフィエが好きで……フィエもそうだよね」
「わたしがコバタを大好きなのはもう分かってるでしょ。
だけど、国や世界を揺り動かすかもしれない物事が起きたとき、それはただの個人間の問題でしかない。世界が壊れたら、その土台が無くなるの。
ララさんについても、根拠がどうのって足踏みしている段階じゃない。既に大きな脅威の前に立たされている。わたしは……自分のこだわりのために大事なララさんを失いたくはない」
フィエは恋愛とその他の出来事を秤にかけられるタイプのようだ。俺は世界がどうあれ、フィエとの恋が特別に思える……俺が恋愛脳なだけなのか。
フィエは冷徹な雰囲気を崩し、いつものフィエとして俺に言った。
「……わたしの大切な人、二人ともそうだから。だから、コバタもララさんをもっと好きになって。それをわたしが咎め立てたりはしないから。
……でも、わたしが一番って思わなくなったら思いッッきり蹴るからね」
蹴るってどこを? フィエの脚は細いのだが、よくバネが利く脚で蹴ったらかなり威力がありそうだ。こわい。どこ蹴るつもりなの。
「どんな時でもフィエが一番です」
「よろしい」
フィエが俺を説得すると、こっちをぼーっと見ていたララさんが口を開いた。
「コバタくん、キミには変なことをお願いしたと分かっている。キミもよく分からないままに、プライベートな箇所を私に晒すのも嫌だろう。
キミの考え、『フィエという恋人がいるのに、不貞のような真似をするのはおかしい』というのは平時なら妥当だ。この辺での倫理的にも正しい。
……今、とても話したいことがあるんだ、聞いてくれ。今回のことで、壊れてしまった私の認識についてだ。
私とフィエが危機感を抱いていて、キミと齟齬が発生しているのは恐らくここが共有できていないからだ」
「わかりました。聞きます。どういうことですか」
「哲学めいた話だ。つまらないかも、訳が分からんかもしれん。
まず魔法は何であるのかということだ。今の世の中だと忘れがちだが、魔法は当たり前にあるものではない。なぜか人間が使える『何か』なんだよ。
生きるために必要な機能ではない。そりゃ、いろいろ役に立つが魔法を使えない人間だって元気に生きている。
つまり、我々人間の内的な能力ではなく『外付け』なんじゃないかってことだ。宗教はそれを『神の恩寵』と説き、学問側は『自然の仕組』と推定している。
魔法は修練を要するものの、人為的に覚えることができる。このことから学問側はこう考えている。
『神が与えたものだとしたら、人為にて覚えられるのはおかしかろう。
つまり魔法に神は関係ない。
自然に存在する何らかの仕組を動かす、それが魔法だ。
それに気付いたのが単に人間だっただけのこと。
魔法は神授のものではない。そしてヒトも特別なものではない。
魔法は単に、この世の中の未解明なもののひとつでしかないのだ』
私もその理念を内心で支持していた。宗教色が強い光教団には内緒にだがな。
しかもそれで体感的にはしっくりくるんだよ、魔法ってのは。自然の何かから力を取り出すシステム。それが魔法。
魔法が自然のシステムであれば、手違いや取扱不注意はあって何か事故が起こってもそれは神とは関係ない。天罰じゃなくて事故だ」
ララさんは荒い息を抑えるため、そこで一度言葉を止めて休んだ。……なんか魔法の話なのに科学めいた話だな。学問化されるとそうなるのか。
「だが宗教はもちろん、学問側でさえも公には神を否定しない。
神が要るのは宗教的な統率のためと『恩寵を受ける者』選別するためだ。
実際、どの教団でも魔法使いの選抜には何かの意図が見え隠れする。つまり人間の都合を『神という届かないもの』に押し付けているんだ。
光教団で『癒しの帯』の恩寵を得られるのは権力者の子女、もしくは政略結婚の相手として光教団が用意する従順な信徒くらいだ。ひどいもんだ。笑っちゃうくらい偏ってるんだ。例外的な奴がほぼいないんだ。
つまり人為的に、魔法が使える奴を決めることが出来てしまうという証明さ。だが対外的には『神の恩寵を授かれたか、授かれなかったか』という扱いなんだ。
学問側であっても、都合の悪い人間を弾くための大義名分で『神』を使う。信徒はそれで納得するし、そうでない者であっても納得せざるを得ない。だって『そんな理不尽、神のせいにでもしなきゃやってられない』だろう?
神に選ばれなかったと理由付けをして、諦めるしかない。反抗しようにも、教団の力が強くて勝てないんだよ」
なんか汚い裏事情の話が始まった。……神を都合よく使っているだけ、か。
ララさんは『恩寵は授かれたけれど自分の望んだものではなかった』人だ。光教団に対してはいろいろ思うところがあるのだろう。
「話がちょいと逸れてしまったな。すまない。
……キミが経験したのは、常識をぶん殴ってボコボコにできる出来事だ。
神という『意思』が本当に存在してしまったんだ。今まで名前を利用していただけの存在が本当にいたんだ。人間の都合や予測ではどうにもならないものが現れてしまったんだ。加えて『魔法と神』に関係性が生まれてしまったんだ。
キミがその実例であるように『人間のルールとは関係なしに神が魔法を与え』始めたらどーする?
それか逆に『魔法を人間には使えなくするね』ってなったらどーする?
世界の基盤が崩壊して乱れるし、たくさん死ぬ。
キミの持っているものは、神の証明だ。それが知られるのはマズイ。あらゆる勢力が『実在した神』にてんやわんやになる。……昔も今も、神はいたんだろう、世界自体は何も変わっていないんだろう。でも『人間の認識』が変わってしまったら、社会が壊れて混乱して沢山死ぬんだ」
俺にはいまいちリアリティというか、実感がないのだけどララさんの目は血走っている。俺の世界には魔法というものが身近に無かったせいだろうか。
……そうか、元の世界に当てはめよう。
神様が実在して「人間には電気使えなくするね」と言って、本当にそうなったら確かにヤバい。インターネットも使えなくなるという現代版バベルの塔だ。
会話や手紙などの旧態の方法も残っているが、それは大きな混乱を何とかできるものではない。一度有ったものが失われたのなら大騒ぎだ。文明が崩れる。
混乱して他者を傷つける人や、暴動・紛争・内乱といろいろ起きるだろう。
電気であれ魔法であれ自然のシステムなら『意思がない』。人間による使い間違いはあれど、裏切られない。つまり……意思があって強大な力を振るえる神は、とんでもなく怖い。
「コバタ。ララさん程じゃないけど、わたしもこれがとんでもないと分かってる。
……わたしはコバタが大好き。本当なら独り占めにしていたい。わたしのことだけでコバタの心を満たしていたいって、そんな我儘な気持ちもある。
けど、大きな力を持った神様が害を成すかも知れないと言うのなら、それからララさんを守りたい。大切な人だから」
「…………フィエの気持ちは、わかった」
フィエの真剣な目を見てしまっては、こう答えるほかない。
「とにかく、受け取った力は危険だ。内容を把握しないと危な過ぎるんだよ。
うっかり見せたり使ったりしたら、各勢力がどんな風に動くのか想像が付かない。常識では有り得ない事態になるかもしれない。
ジエルテ神は、キミにその力で『フィエを守れ』と言ったんだろう? しかしこんな力、使うこと自体がリスクを呼び寄せかねない。
だがそれでも、必要になった時にはリスク覚悟で使うべきだし、持ち腐れはあってはならないと私は思う。だって、ジエルテ神がわざわざ現れたってことは『その力を使う』ことを望んでいるっぽいからだ。神とかいうヤバい存在に機嫌を損ねられたら不利益が起こり得る。
使っていくためにはまず、機能を良く知らなくてはならない」
そしてララさんは、俺が避けていたことをはっきり口にした。
「うっかりした使い方をしたことが原因で社会が混乱・崩壊するのに比べれば、私とキミがヤるくらい大したことではないだろ。
フィエの許可も出た。私を助ける気持ちで頼む」
ララさんは頼りになるお姉さん。相談事にのって貰おうと思うくらいに信頼している。ちょっと下ネタが多くて困惑させられるところ以外は好感しかない。
フィエという大好きな存在がなければ、この提案も素直に嬉しいのかもしれないけど、全然喜べない。
何故なら……ララさんから俺に対して特別な気持ちなんてないだろう。そこが俺の中で引っかかっている。せめて、こんな条件でなければ良かったのに。
「よりによって下弓張月の条件が『契り』なのは、どうしてなんでしょうね……」
「まぁ、生き物の交合からの生命の誕生って言うのは、中々に解が難しいものだ。魔法的な要素が関わっているという見方もある。さほど不思議じゃないさ」
世の中の未解明なもの、それが魔法だとしたら随分と広範囲だ。……目の前にあるこの何とも言えず気まずく不思議な状況、これも何かの魔法のせいなんだろうか。
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