1-17.魔法の概要について、ララさんの長い話

「まず、魔法研究の始まりは600年ほど前だと言われている。


 それ以前にも存在は確認されているが、一子相伝やら偶発的に覚えたもの。大組織では運用されることのない細々としたものだった。魔法使いが権力者に自分を売り込んだり、困ってる村とか街での臨時の雇いとか。


 魔法研究が進んでいない頃はあまり有効なものとは見なされていなかった。魔法使いが強いって言っても、人海戦術や暗殺、矢や短剣で殺せるからね。


 しかしその内に、宗教勢力がその力に注目し始めたんだよ。不可思議な力と宗教は相性が良いし、宗教組織は人を集めるのに向いてる。なにより当時、魔法の才能を持った奴を集め研究する能力は宗教にしかなかった。




 んで、魔法は火・水・地・風・光の五つが宗教化された。別々にだ。当時の権力者による、計画的な宗教の創始であることが分かっている。魔法を一つの組織に独占されることを危ぶんだのかもしれない。あるいは単に利権を切り分けただけかも知らんけど。しばらくはそれで、魔法の研究が行われた。


 分かっていないことばかりだから学者がたくさん飛びついた。金は宗教から出て、研究は幾らでもできるんだ。腹と好奇心は満たされる。


 その内に、各宗教に支持派閥が明白に分かれてきた。


 火魔法は軍人と相性がいい。遠方から砦や兵糧を焼くのには、火矢をまとめて放つよりも圧倒的に成功率が高かったんだ。少人数でいいから隠密性も高い。


 水魔法は農民や商人と相性がいい。灌漑作業や水運に日常的に利用されている。攻撃や防御にも使えるから安全にも一役買える。


 地魔法は鉱夫、商人、軍人と相性がいい。使い勝手がいいんだ。鉱脈探しや落盤からの回避、高速移動、それらを応用して攻撃だってできる。


 風魔法は船乗りと相性がいい。風を和らげたり強めたりして航行の自由度を高められる。凪から抜け出すにも、櫂で漕ぐよりは少ない人員で効果がある。


 光魔法は宗教として最も栄えた。護りと癒しの力は何より欲しがられる。特に貴族階級とは癒着して力を強めている。




 そうして宗教化されたものが、300年も経つと少しづつ崩れてきたんだ。今から200年ほど前に宗教色が薄れて形骸化し、学問と化したのは火と風だ。


 軍人は戦神の加護を信じるが、それでも生き死にの場では効率化が求められた。宗教的な束縛を外して教義に則さない形での研究も行なわれた。死んで会う神を祀る宗教派閥より、生かしてくれる学問派閥が優勢を取ったわけだ。


 他の宗教勢力はその不信心に怒ったが、軍事専門家である王侯貴族との対決を嫌った。関係悪化の末に余計な争いになったり、力を制限される法を敷かれる危険は冒したくなかったんだろう。特に光教団は傷付いた兵士を癒すことで、寄進を増やしたりしていたからな。ケンカしたくなかったんだ。


 風の魔法の学問化ついては、なるべくしてなった感じだ。自然発生ではなく『意図有りで作られた宗教』だからな。もともと有った土着信仰などをこじつけて、魔法に関する神様にしたわけなんだよ。


 海上や河で活動する船乗りたちの信仰はそのまま海や河の神だ。つまりは商人たちが崇める水の神様の範疇だな。船乗りと商人の関係は深い。


 風の神様もありがたくはあるが、そちらに比べて求心力が薄かった。宗教としての側面が弱まってしまい学問の側面が強くなった。




 そんなわけで、魔法を憶えるには『学問所か宗教施設』に行くことになる。当然、監視も管理もされる。その派閥の機密そのものなわけだし。


 特に重要な魔法を憶える才能があると、栄誉の代わりにがっちり管理される。管理から逃れるにはその魔法使い本人が成り上がらなきゃならない。自由に歩きたかったら実力と権力、まぁ融通が利くってそういうことさ。


 ……私は光の魔法が欲しかった。聞いてりゃ分かると思うが私は不信心者だ。それが宗教派閥に行こうと思ったのはもっとも食いっぱぐれないからだ。


 特に有用なのが癒しと護りの力。『癒しの帯』『光の大爪』の光魔法だ。これを持っていれば政治的にも強い立場になれる可能性が上がる。実績と信頼、人望を積んでいけば無視できない力となる。


 ……私の魔法は政治的な意味でハズレだった。夢破れて今に至るわけだ」




 ……魔法が宗教となり、政治の材料か。社会に取り込まれるとこんなものか。気軽に冒険のお供とするわけにはいかないのはちょっと残念だ。


「おおよそ分かりました。また分からないことがあったら質問します。


 えっと、フィエはどれかの宗教信者だったりします?」


「フィエ本人は宗教自体にそうでもない。『満遍なくそこそこに』だね。


 対外的にもニュートラルな立場。でもそういう立場も維持が難しくてね。特に光と地がめんどいのよ」


「そいつらがフィエを取り込もうとしてるんですか」


「光教団関係では、内部の派閥争いに利用しようとしている奴が2人いる。アーシェルティと、ケルティエンズ。それぞれ別派閥の大物だ。


 光教団は強いよ。癒しと防衛の力だから貴族とも繋がりが強いし、信者も多い。外に対しては強いから、その内部で権力を得ようとする奴はフィエが欲しい」


 派閥争い……そんなクソみたいな理由か。フィエが政治利用を嫌うのもわかる。そんなのに巻き込まれるとか迷惑でしかない。


「地の方は? もしかしてここら辺に鉱山でも?」


「お、察し良いね。


 そりゃ掘りたいだろう。見ての通り、周囲は手付かずの山が多い。調査すら出来ていないとはいえ宝の山が眠っているかもしれない。それにメリンソルボグズの街にある他の勢力と比べて影響力がやや弱いから、そこを補いたくもあるんだろう。


 ここら辺の迷信で忌避されている鉱山開発を『入植開祖の血』というブランドを持ったフィエの存在で解決して欲しい、ってことさ。


 元はと言えば、フィエの両親が婚約話を持ち掛けたのも地教団の実力者なんだ。ここらで産業を興そうと思ったらそことの絆を強めたいからね。


 その時、婚約を持ち掛けた相手が、キィエルタイザラという。


 その時にフィエの両親がした政治的喧伝、つまりはキィエルタイザラの権威を持ち上げるためにやったことなんだけどさぁ。それが上手く行き過ぎたのかなぁ、あちこちからフィエを欲しがる奴が出て来ちゃったってわけよ。


 結果として、キィエルタイザラ個人との婚約話は曖昧になっちゃって、何人からも求婚を受けるような状態になっちゃってるんだよね」


 この村の周辺の山は綺麗なまま。おそらく街から見ても『近場で掘れる山が少ない』ということになる。地教団の影響力が弱いというのはそう言うところも関係しているのだろう。


「今更ビビる気はありませんが、そいつらと争うのはどの程度ヤバいんです?」


「全員が幹部級だからねぇ。お偉いさんだよ。


 本人の実力もさることながら、周囲に働きかけられると怖いんだわ。個人よりも集団に追い回される方が怖いだろ?」


 ここまで話してきて、俺にとっての敵がどういうものかのイメージが固まってきた。組織力で動いてくる相手が3人も……それに対するのが、俺一人。


 不利だ。とんでもなく不利だ。今日明日にでもフィエに魔の手が迫ったら、本当に何もできないままで終わってしまう。……だからこそ、神だというあの老人は、俺に力を預けたのか。フィエを奪われて何もできず、それで終わり……だなんて、本当に『つまらない歌』だ。


 ……時間がない。性急に魔法の指輪の力を使えるようにしなくてはならない。


 目の前のララさんを見る。この人はフィエに好意的で、話しぶりから街の勢力側にさほどいい印象を持っていないようだ。


 ララさんは何というか、雰囲気がある感じの人だ。カリスマというのとはちょっと違うかもしれないが、お姉さん的な頼もしさがある。……ララさんを信じてあの指輪について相談しよう。魔法使いでもあるこの人が相談相手で良かった。


「ララさん、ちょっと見て貰いたいものがあるんですが」

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