1-09.追撃のONSEN

 フィエと山からの帰り道を歩く。道すがら山菜を見付けては摘んでいく。行きの道だと荷物になるから、こうして帰りに摘んでいるのだろう。


 山道に関してはフィエに任せきりだ。何度か来れば憶えられそうではあったが、今の段階だと『先ほどここ通ったな』くらいしか分からない。


 しばらく下り道を歩いていると、なんか見ていない場所のように感じた。……まさか、フィエが道を間違えたとか?


「あのさ、フィエ。ここちょっと見たことない場所の気がするんだけど」


「……ん?


 ああ、帰りに寄っていきたい場所あるし、寄り道ってほどじゃないから」


 フィエはニコニコとしている。特に心配することでもなかったようだ。追加で山菜でも取っていくつもりなのだろうか。


 俺も多少疲れてきているとは言え、まだ余裕はある。問題ないだろう。




 フィエが言っていた『寄っていきたい場所』とは温泉だった。近付くにつれ空気が変わった気がしたので何かと思ったが、これだった。


 近付くまで分からなかったのは、温泉によくある硫黄の匂いがしなかったからだ。そういえば先ほども温泉のことは話題に出ていた。


「着いた着いた。コバタ、お疲れ様。


 わかるかな、温泉だよ」


「……うん、わかるけど。どうしてここに?」


「向こうの世界って温泉に入ることとかない感じなの?」


「いや、基本的に温かいお湯に入るのは普通のことだけど……」


 こちらの世界に来てからは、基本的には水浴びだった。暑い季節だし不便も感じていなかったが、こちらでお湯に浸かった入浴はまだだった。


「疲れたんでしょ? 入っていこうよ。今の時期だと少し熱く感じるかもしれないけど、ぬるめに調整すればそれほどじゃないから。


 あっちが源泉。ほら、溝が掘ってあってこっちに流してるでしょ。それでこっちの川の水と合わせて調整できるんだ。湯舟はあそこね」


 ……温泉。入りたいと言えばそうだ。久々の暖かな入浴。しかしここには男湯女湯と言った物は存在しない。


 村でする水浴びであれば、ある程度の時間差や距離を取ることで男女別にできていたがここはそんな感じではない気がする。


「えと、フィエも入るの?」


「……え、わたしだけ入れない?!


 それはさすがにヒドいよ。コバタ」


 ……そういう意味じゃないのだけど。…………混浴、混浴なの?


「……一緒に、入るってこと?」


「そうだね。一緒に入る感じだね」


 フィエはさも当然であるかのように言う。しかし俺にとっては異常事態という他なかった。可愛い女の子と混浴温泉とか俺の人生にないはずのイベントだ。


 湯舟はそれなりの広さはある。詰めれば10人くらいは入れそうだ。二人だけなら広々ゆったりだろうが、距離を大きく開けられるほどではない。


 心の中のもう一人の俺が話しかけてくる。<……フィエの今まで見れなかった部分が見れるな、やったな!> ……失せろ邪念。いやいや、まずくない?


 そうだ、大きめのバスタオルのようなものがあればガード可能だ。タオルを着けて温泉に入るのはマナー違反だったと思うが、あれはたしか共用する湯舟が汚れるとかの問題から定められたものであって、異世界では関係ないはずだ。


 あるいは水着に類するものを着用するのか。きっとフィエにはそういう用意があるに違いない。


 俺が色々と物思いにふけっている内に……フィエは既に服を脱ぎ、湯舟の脇にいる。湯気の合間から見える。白い背中、細い肩。……うん、全裸だね。綺麗な体だね。


 フィエはお湯の温度を手で確かめて問題なかったようだ。置いてあった桶で軽くかけ湯をして温泉に入ってしまう。…………俺にどうしろと言うんだ。


「コバタ! 早く入ろうよ。あったかくてちょうどいい感じだよ」


 どうすればいいかはフィエが指図してくれた。俺の身体は汗でベタベタだ。風呂に入れるものならすぐにでも入りたい。


 もう一人の俺が話しかけてくる。<……今なら更に、フィエ成分が溶け込んだ湯に入れるぞ、やったな!> ……失せろ邪心。確かに入りたいけどさ。


 なんにせよ、ここで突っ立っているわけにもいかない。それは不自然な行動と捉えられかねないのだから。


 意を決し、湯舟に近付く。フィエの服が脱がれ、軽くまとめられて大岩の上に置いてある。そこを脱衣所として認識する。不思議なことに岩は湯気で湿ってはいない。何か風向きの角度とかが計算されているのだろうか。


 まず、服を脱ぎます。次に心を静めます。すでに起こってしまった肉体的反応を精神の力で押さえます。……精神の力を信じろ。自分を制御しろ。邪心よ消えろ。


 そして奇跡は起こった。荒ぶり、猛り狂っていたはずのそれは完全とは言えないものの鎮まり、何とかなった。普通こんな都合良くは収まらない。少年期から青年期の男性は暴走するコレの対処にひどく困るものなのだ。


 そして湯舟に目を向けると、そこは驚くほどの桃源郷だった。可愛い女の子、フィエが全裸で浸かっている温泉だった。


 唇を噛んで自分を制御しながら、湯舟に向かう。湯気のおかげでやや視界が遮られているからセーフ。準備態勢であって臨戦態勢ではないからセーフ。


 かけ湯をする。マナー。温かさは丁度いい。……そうだ、さっさと湯舟に入ってしまえばセーフだ。あまりじろじろ見たりせねばセーフだ。異世界だし、気にすべき法規は現代社会とは異なるのだから。


 俺はフィエに視線を向けないように湯舟に入り、山の遠景を見た。


 ……しかし、こっちに来てから半月くらいか。いろいろ慣れない環境であったため、なんだかんだリラックスできていなかったのかも知れない。今の俺の下半身がまさにその証明だった。今までは脳味噌にばかり血液を優先していた。下半身がここまで反応し硬化しているのは朝くらいのものだった。


「コバタ、どうしたの。黙っちゃって」


「えーとその。……この辺って混浴って普通なの?」


「んー。分けることもあるけど、今日はその意味はないよね。二人だし」


「あー。そだねー」


 ……うん、フィエには男性として意識されてないだけなのかも知れない。俺の自意識過剰なのかも。こわいなー、勘違いしちゃうところだったよ。


「でも、わたし二人きりで入るのって初めてかも」


 ……ナニソレ。その言われ方を俺はどう受け止めればいいんだ。


 この温泉は発汗作用、血流増進の効能以外もあるようだ。今、意識が混濁しているのは火山性ガスでも含まれているからだろうか。気になって嗅ぐと湯の匂いに混じってフィエの匂いがする。<……フィエの匂いがする、なんて素敵なんだ> ……黙れ邪心。


「……丁度いい感じにあったかくていいね。なんだか疲れた筋肉に染みるねー」


 俺は崩壊しそうになる理性を押し留めるため、全力で筋肉に意識を集中した。今日頑張ってくれた筋肉さんにお礼の気持ちを持って、その感覚に、筋肉の声に耳を傾けた。


 筋肉が俺に語り掛けてくる。<今日は頑張って疲れたよ、でもダンナのためならまだまだ頑張れるぜ>……ありがとな筋肉。でも今日はもう頑張らないつもりだから。


「あっ!」


 フィエが何か声をあげた。今まで逸らしていた視線が吸い寄せられる。


「ああ、大丈夫。思い出した思い出した。


 ちゃんと着替えも持って来てある。忘れてなかった。汗がたくさん出そうだから、ちゃんと用意した。わたし一瞬ド忘れしてたかと思って焦っちゃった」


 俺は、目にした。フィエのはまだ小さいがちゃんと房になっている。綺麗だと感じた。それから肩や鎖骨のラインが綺麗だったと。


 俺は再度目を逸らし、山の遠景を見る。……自然って綺麗だなぁ。


 結局、俺はヘタレだった。

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