1-07.魔法というもの
ララさんは俺と同年代かちょっと下くらいで、いつ会っても少し気だるげな顔をしている。そういう地顔なのだろう。
あまり手入れを感じない濃灰色のボブヘア。深く青い瞳。薄く焼けた肌。背は俺と同じくらいなのだが手足が長くすらりとしている。
綺麗な人だし顔立ちに雰囲気があるというか絵になる感じだ。ボサついて乱れた髪すらも、そういうファッションに見えてしまう。作ったわけではない真の無造作ヘア。フィエが髪を梳いて艶やかな髪をしているのとは対照的だ。
フィエと同じく上はケープやチュニックを着ているが、ララさんはスカートではなく動きやすそうなスボン。そして革サンダルだ。……それにしても脚長いな。背丈は俺より少し低い程度なのに腰の位置が違う。モデル体型だ。
「お、フィエか。よく来たね。
……ふむ、今日はコバタくんの付き添いとかそういう感じ?」
ララさんの声はややハスキーな感じで、落ち着いたテンション。
そういえばフィエも最初は落ち着いた喋り方をする印象だったが、どうも俺に対してクールぶっていただけらしく、最近は話し方も大分崩れてきた。
「そうなんです。今日コバタと話していたら、ララさんの魔法が見てみたいって!
いきなりですけど、お願いしていいですか」
フィエの声のトーンを聞くに、フィエはララさんとは親しいらしい。割と遠慮なくても問題ない間柄のようだ。
「へぇ、コバタくんは魔法が見たいの。
もしかして、あちらの世界では珍しい感じ?」
「あ、はい。概念自体はあるんですが、創作以外では存在しないと思われている感じです。俺も実際には見たことがありません。
ララさん、無理を言ってすみません。どうしても見てみたくて」
「いいよいいよ、ちょっと待っててね」
そう言うとララさんはいったん家の奥に引っ込んで、杖を持って表に出てくる。頑丈そうな木製。背丈ほどの長さ。そして先端には魔法杖らしい装飾がある。
「ちょい離れて、コバタくん。少し振り回すし」
ララさんはそれまでのやや気怠そうな感じを改めて、儀式のような身動きを行なった。詠唱のようなものはない。練習なしにはできないだろうスムーズな体の動作。ほんの数秒で握り拳二つ分よりちょっと大きいくらいの光球が空中に現れた。
その光球は見つめても問題ないくらいの眩しさだが、夕闇の中から辺りを照らすだけの光量を持っている。俺は化学反応とかに詳しくはないが、これはそういうのじゃないなと直感した。
杖の頭近くに浮かんだ球状の灯りは、ララさんが杖を動かすと追尾する。杖にくっついているわけじゃない、ひもや糸で垂らしている動きでもない。
「ええと、『灯虫の魔法』って言うのがこれですよね。ララさん。
魔法は初めて見ました。えっとこれは……名前の通り虫なんですか?」
初めて見る魔法。しかもこれ本物っぽい。俺が興奮混じりに訊くとララさんは小さく微笑んだ。
「いやいや、これが虫ということはないよキミ。実際にいる虫になぞらえてそういう名前がついてるだけ。
この辺りにはあんまいないけどヌァントの辺りにそういう虫がいて、そこの光教団で『発見』された魔法だからそういう名前が付けられたって聞くね。
魔法はその本質よりも、見た目からの分かりやすさを重視した名前が付けられることが多いんだ。『癒しの帯』、『光の大爪』、『大火球』、『風の拳』とかね。
そういえばコバタくん、キミはそういう虫見たことあったりする?」
先ほどまでのローテンションに比べて早口感がある喋り方だ。もしかしたらララさんは専門分野だと多弁になるタイプなのか。
「はい。直接はないんですけど、動画では有ります」
「?? 直接はない? なんかそういう魔法でもあるの」
どうやら『動画』は翻訳が上手く働かないようだ。ララさんは首を傾げている。
「魔法とはまた違ったものですけれど、そこにない物を見られるものが俺が元居たところにはあったんです」
「へぇ、そういうものがあるんだ。コバタくんの世界って便利だねぇ」
ララさんは話題を軽く流して特に多くの説明を求めなかった。まぁ詳細に説明するのも言葉の翻訳が上手くいかないから難しいのだが。
「でも、そういう虫と比べてかなり光が強いですね。それと大きい」
「そりゃあキミ、暗いところを照らすのにはこのくらい必要さ。調整しているんだ。強くなれと念じてあげれば灯りは強く、逆に弱めることもできる」
ララさんは光を指差して、それが言葉に合わせて明るさを増したり、弱められることを実践して見せた。
「そしてこうして……。ほーら、あっちいってこい」
光球は杖を離れて10Mくらい先まで、周囲を照らしながら滑るようにフゥーっと飛んでいく。意外と早い動きでビックリする。ララさんはそれを数秒遠くの空中に留まらせてから、また杖に戻ってこさせた。
俺はずっと光球の挙動に釘付けだった。これが魔法か、すごい。実際見てみると興味はさらに増すばかりだ。自分でも使えたら楽しそうだし、この村でも役割が持てそうだ。
横からの視線を感じフィエの顔を見ると、微笑ましいものを見る顔で俺を見ていた。どうやらフィエはこの魔法を見慣れているらしく驚きもないようだ。
「ララさん。これって、訓練や学んだりしたら俺にもできるものなんですか」
「それは知らない。できるかどうかの判定は個人で出来るものじゃないから。
キミにできるかどうかは分からないとしか言いようがないんだ」
「そうなんですか」
そう気軽に教えて貰えたりするわけでもないようだ。考えてみれば当たり前だ、この村の魔法使いはララさん一人のようだし、その程度には希少なのだろう。
「興味があるなら……んー。でもキミって迷い人だしな、何も知らないか」
「あ、何かあるんですか」
「私の魔法はこれっぽっちだから外で自由にいられるけどさ、大層な魔法が使えるって分かっちゃったら籠の鳥だよ」
それもそうか。RPG的な魔法が存在するとしたら、銃や爆弾を持っているのと変わりないだろう。個人に自由にさせるのはちょっと危険だ。
「だからわたしは覚えるつもりはないんだ、村にいたいし」
俺の横でそれまで黙っていたフィエが、小さく呟いた。確かに一度覚えてしまったら自由に暮らせないとなるのなら、フィエの考えも分かる。
「この灯虫だってさ、勢いよくぶつけたりすれば相手は転ぶし、当たったところはそこそこの火傷になる。他には、思いっきり光らせれば目くらましにもなる」
なんか色々使えるっぽい。自分が学べるかはともかくとして、興味が尽きない。
「……他にある強い魔法だと、どんな威力なんですか」
「強力な魔法は、まとまったところにいる人間なら一度に3-40人は殺すよ。
もっとも自己催眠で高度の集中状態になっていないと無理らしいけど。そう言う使い方は軍隊組織でなくては運用しにくいんだ。魔法使いがトランス状態になっちゃって自身で動くのが難しくなるから、フォローする人が必須になる。
大きな戦争とかでもなければそういう方法は取られないね。私もそのやり方は知らない。一種の軍事機密とも言えるし」
殺す、という言葉が重い。ひとクラスくらいがまとめて吹っ飛ぶとか、そりゃあ管理やら制限される。それを使える魔法使いは籠の鳥にされるよな。
「確かに、それだけ強い威力の魔法を持った人を自由には出来ないですよね」
「まぁ、そこそこの地位まで上り詰めちゃえば割とフリーなんだけどね。
少なくとも下っ端の兵士みたいな身分のうちは自由にさせて貰えないよ。他より良いお給金がその見返り。それが欲しい人にとっては魅力的だね。
でも、魔法を覚えて出来ることは『魔法を使う』だけじゃない。実績と能力によっては平民あがりであっても、ある程度は政治に首を突っ込める立場になれる。
さらに女なら……あはは、権力者様に見初められりゃあ、気軽に浮気出来ない女房にもなれたりもするのさ」
出世ルートの塊だ。上昇志向がある人ならそりゃ覚えたくもなるだろう。国家資格のスゲー奴を持っているみたいなもんなのだろうか。
「……ただ、そう誰しもが上手くいくわけでもないんだよ」
ララさんは自分を指しながら言葉を続ける。少し寂しげな顔だ。
「才の薄い者、政治力のない者、美しくない者、上からの評価が良くない者とかね。必ずしも結果が得られるものじゃないさ。
……あ! 便利ではあるよ、これは確実だね。この灯虫とか照らすなら松明でいいじゃんとか言われたりもするんだが、使ってみるとなかなか強いんだ。大雨でも消えないし、しかも飛ぶんだぞ」
暗い話をしたことを恥じたのか、努めて明るくララさんは振舞っている。
才能、政治力、美貌、評価……。少なくともララさんは俺から見るに美人だし、今ここにいるのは、どの部分がなかったからなのだろうか。
でも、そういうネガティブな部分を深く聞くわけにもいかない。それよりも魔法の機能についてならララさんの得意分野だろうし、そっちの質問をしよう。
「これっていくつも作ったり、何度も出したり消したりできるんですか」
「んー、いくつも作るってのは普通はやらないね。別に出来ないわけではないんだけど、そういう使い方は推奨されていない。
出したり消したりするにも限度がある」
「限度が来たら、しばらく魔法は使えなくなる感じですか?」
「あー、キミは『魔法疲れ』も知らないよね。ある程度魔法を使うとしんどくなり始めて、無理し続けるとカクッと意識がなくなっちゃうんだよ。
私も失神訓練っていう皆から嫌がられる特別訓練で3回、失神するまで使ってみたことあるけど……もうやりたくない。なんてったって気絶して起きた後は頭ガンガンして凄くキツイんだよ。
そんな状態だと集中が難しくて、魔法はしばらく使えないね」
要するにMP切れみたいなものか。そもそも意識が無くなってしまえば魔法を使うどころではないだろう。
「さっきキミが言ってた『複数の魔法を同時に使う』ってやつ、疲れが急激に早くなるんだよ。だから危険なんだ。しんどさを感じた次の瞬間に意識がなくなることもあるって聞くからね。大丈夫なタイミングでやめられないことがある。
そういう使い方の『魔法疲れ』で倒れた人を横で見たことがあるけど、あれは怖いよ、危ないよ。ゆっくり倒れるんじゃなくて、カクッて一瞬で落ちるから」
ボクサーが顎に一発食らって気絶する感じだろうか。だとしたら本当に危険そうだ。ララさんはこちらの表情を見て、取り繕うように言った。
「ただ、普通の使い方なら急激になるものじゃない。一つ使うだけなら危なさはないよ。疲れてきたら止めればいいだけだから。
ちなみに私はこれ一つ灯しただけで消さないなら、夜が明けるまで照らせる」
「すごい。それをするにはたくさん訓練が必要なんじゃないですか」
ララさんは笑った。何も知らない異世界人である俺に、なんとなくでも自分の努力を分かって貰えたことを喜んだようだ。
その日は他にもいくつか質問し、主に『灯虫の魔法』の挙動について教えて貰った。そしてあまり夜遅くなる前に礼を言って切り上げることにした。
「コバタくんが面白く思ってくれたなら何よりだね。じゃあこの棒っ切れに付けてあげるから、帰りはそれで照らしていきな。
寄り道するんじゃないよ、しばらくしたらそれは消しちゃうから」
ララさんは細い焚き木に『灯虫』をくっ付けて渡してくれた。こんな使い方もできるのか、と最後まで感心させられる。興味は尽きない。
帰りの夜道でも魔法のおかげで足元は明るくしっかり見える。それでもフィエは俺の手を引いてくれている。家に入る前にフィエが言った。
「コバタ。今日は魔法、見られて良かったね。
……そうだ、明日はわたしと山まで出てみようか」
フィエは握る手を少し強めて言った。……教えたがりのフィエのことだから、きっと明日も色々と話してくれることだろう。
「また、フィエにいろいろ教わることになるけど。お願いできるかな」
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