1-06.それから少しの日にち
それからは朝起きて、村長かフィエに手伝えることを聞いて、それを手伝い……というよりは教えて貰っているようなことを何日もした。
ずっと昔に機械化されて手作業ではやることがなくなったはずの仕事が、ここでは現役だった。糸を縒ったり、ひもを作ったりとかの家内制手工業。やったことがない作業を教えられ、新入社員の時みたいな気持ちになった。手伝いという名目だが、知らないことが多くて手伝いになっていない。
村長がやっている仕事は村の維持に関するもので、やることが都度違うから俺には手伝いが難しい。そんなわけで手工業のやり方はほとんどフィエに教わった。
それを半月ほどだろうか。フィエから色々話しかけられたり、こちらから質問したりをしている内にだいぶ話せるようになったように思う。
フィエと話してきて分かったのは、こちらにない概念の言葉が全て意味の分からない音に聞こえるらしい、ということだ。
例えばニホン、と言ってもフィエには発音し辛い言語となり、オウム返しもできない。だけど古幡……コバタはここに居るのでフィエにも言葉が届くし、何故かフィエも発音できる。何かよく分からない力で翻訳されている感じがある。伝えるのが難しいことを無理に話すのは、早い段階で俺も諦めてしまった。
異世界に来て、現代知識で無双するみたいなのがあった気がするが、そもそも俺にはまともに伝えられるほどの知識なんてない。それにフィエも村長も、俺が元居た世界についてあまり気にしていない。無関心なわけではないが、意味の分からない音を俺が喋るのを好まない。
「コバタ、元の世界のこと無理に話そうとしなくていいよ。
それを話しているときのコバタ、よく分からない呪文みたいで怖い」
……日本語はこの世界では、名状しがたい宇宙ホラーな言語に聞こえるのか。
フィエくらいの年の娘だったら、知らない世界のこととかあれこれ尋ねてくるんじゃないか、どう説明しようと俺は考えていたが、盛大に空振りしたようだ。
フィエと一緒にいることや日々の作業に慣れてきてから、いろいろこちらが質問した。知りたかったのはこちらの世界のことで、現状どんなところにいるのかが気にかかった。
「そうだね、わたしはあまり遠くまでは行ったことがないけれど……。コバタが村まで来た道ね、反対方向に2日ちょっとくらい行けば大きな街があるんだ。
……飽くまでこの近くでの『大きい』なのかもね、コバタから見たら期待外れかもしれないけれど」
「この村と街では、良く行き来があるの?」
「若い人を中心に出稼ぎに行っている人は結構いる。あとは交易の荷馬車がたまに取引に来るだけで、普段はあまり人通りは多くないよ。近くの村でも一日かかるし、この村は山のふもとの奥まったところにある村だからね」
「若い人は出稼ぎかぁ。……フィエも、もしかして街に出稼ぎとかに行くの?」
「うちは村長の家だからちょっと余裕あるし、出稼ぎ自体行く必要はないんだ。
わたしは今、村から出る気はないかなぁ……コバタもいるし」
俺の面倒見をやっているのは主にフィエだ。俺のせいでフィエが村から出られない感じだったら申し訳がない。とにかくお礼だ、お礼を言おう。
「村長の家で余裕あるからとはいえ……いつも面倒見て貰えて俺はとても助かってる。ありがとう、フィエ。特にフィエにはお世話になりっぱなしで」
「お礼なんていいよ、好きでしてることなんだもの。
それに……コバタはわたしが見付けたんだから! 例えわたしが村長の家の子じゃなかったとしても、それでも絶対連れて帰るよ」
「……? そうなの?」
フィエは俺を連れ帰ったことをまるで『得をした』と言わんばかりだ。俺って座敷童とかそういう扱いなのか? もちろん俺にはご利益があるわけでもない。何の役に立っているかは分からないのだが、それでもフィエには強く歓迎されている。
「コバタみたいに長ぁーくいろいろ話ができる人が少ないんだよ、ここって。
わたしが知っていることは大体、みんなも知ってることだし……。似た話ばっか多くなっちゃって続かないの」
ああ、なるほど……。過疎化した村の若者が、来訪者を話し相手にしていると考えると、なんだか納得がいくような気もする。フィエはどちらかと言うと教えたがりで、何かを質問して貰えることの方が楽しいようだから、知らないことばかりの俺は丁度良かったのかも知れない。
普段のフィエの生活を聞くに、季節ごとにいろいろと村の作業を手伝っているようだが、俺が来て以降はよく構ってくれている。あれからほぼ付きっ切りだ。トイレの使い方から水浴びの場所とかまで、なにかとフィエがついて来て教えてくれる。最初こそ抵抗があったが、慣れた。
村の人たちも特に俺に対して悪い印象もないらしく、ナチュラルな接し方だ。何か困るような事態もなかった。小さな子供を除けば、中高年がほとんどの村であるからかどこか落ち着いている。顔を見知っている人は増えたが、あまり深く関わることもないのは何かとフィエがいるからだ。
同じ人がずっとついて来てくれるわけだから、いろいろな人に頼るよりは圧倒的に楽と言える。……でも、俺の近くばかりでいいものなのだろうか?
「そういえば村長は狩りもするんだよね。フィエもそれについて行くって言ってたけど、今はやったりしないの?」
俺に付きっ切りで本当に良いのか気になったので、回りくどく聞いてみた。
「今は時期じゃないからね。畑を荒らしに来る獣はともかく、狩りにまではいかない感じかな……あ、もしかしてやってみたいの?
コバタは狩りの経験ないみたいだし、一度練習がてら裏の山に行ってみようか。わたしが色々教えてあげるから。
わたしは弓は出来ないけど、この辺の野山の歩き方は教えてあげられるよ。今度わたしと一緒に行こうね」
どうやら俺にフィエが付きっ切りになるのは確定のようだった。
確かに俺は狩猟の時期もよく分かっていない素人だ。それでもまずは山について教えて貰えるというのはありがたい。この村で何かの役割を見付けたい。なにせ元の世界に戻る方法なんて全く目途が立っていない。最初の大木の周辺なども一度行って調べてみたが、何かあるわけでもなかった。
それなら、ここで生きていくしかない。
俺は今、村で役に立てていない。俺が持っていた現代社会でのスキルはここで使える内容ではなかった。もともと持っていたのは食事の用意のお手伝いくらいだ。フィエから見れば俺のスキルは子供同然だろう。大人なのに俺、何もできん。
「……俺は狩りのことよく分かってないし、弓も使えないし……。
それに、いろいろできないことだらけでフィエはやっぱり変だと思う?」
ネガティブな気持ちで口を開いたら、愚痴っぽいのを言ってしまった。アカン、これって相手がフォローしてくれるの待ってる言い方だ……。
「やったことないならそれは仕方なくない? 変じゃないよ。
わたしだって弓も魔法も使えないし、何でできないのって言われても困るもの」
フィエは優しいから、明るくフォローしてくれる。それと……唐突に魔法という言葉が出てきて驚いた。魔法あるんだこの世界。今までの会話の中で特に出てきたことはなかったから、あまり日常的なものというわけでもなさそうだが。
「え。魔法は俺、見たことすらないんだけど、誰か使える人がいるの?」
「この村だと、ララさんが『灯虫の魔法』が使えるんだよ。
……あのね、杖を持ってこう……くるっと回してトンと地面叩いたりすると杖に明るい灯がともるの」
ララさんと言うのは、村の入り口近くに住んでいるお姉さんだ。初日にフィエと村に入って最初に会った人だ。今日まで何度か、フィエと一緒に歩いているときに会って挨拶したことがある。あの人って魔法使いだったのか。聞いた限りだとガチの魔法っぽくはあるが……。あるいは何かの化学反応みたいなものかもしれない。
「ちょっと俺……魔法を見てみたい」
もしも、もしも俺が魔法を使えるとか才能があるとかの都合の良いことになれば、村の役に立てるかもしれない。それに……使えるなら使ってみたい。
「じゃあ、今日の夕ご飯を食べ終わったら会いに行って、お願いしてみようね」
夕食後か、まだだいぶ時間があるな。基本的に村人は日中は何かしているから、時間を作って貰いやすいのは夕方以降ということだろう。
ちなみにこの村の生活習慣では朝と夕方の1日2食だ。昼間も間食はとるが、時間を決めて集まって食べるようなことはなく、各自適当に食べている。
そして夕食後、ララさんの家に向かう。突然の訪問は迷惑じゃないかと気になったが、フィエは特に気にすることもなく俺の手を引いていく。最近気付いたが、フィエが手を繋ぎたがるのはここら辺の文化というわけでもなさそうだ。大人が子供の手を引く以外で見たことがない。
フィエに手を繋ぎたがる癖があるというのは……どうなんだろうな。俺としては嫌われていない感じがして嬉しいけど。この世界に来たばかりの時、不安な状況で手を引かれて救われた経験があるせいか、俺はフィエの手には安心を感じている。
ララさんの家に着いたときには日は大分傾いており薄暗かった。フィエが家の中に呼びかけるとドアを開けてララさんが出てきた。
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