1-04.お茶と軽食、面通し
フィエエルタさんが湯気が立ち上るお茶と、皿に何かを載せて持ってきてくれた。おっちゃんの方にも同じものが置かれる。どうぞ、と言われたのでこれも食べていいらしい。……枝豆だな、これ。
「おじいちゃん。わたし水汲んでくるから、お願いね」
「あっフィエ、またお供え忘れてるぞ!」
彼女はお供え物と言われた小さな包みを持つと、また外に行ってしまった。
「…………まったく、落ち着かねぇなアイツは」
おっちゃんがやれやれといった感じで独り言ちる。彼女の出て行った後の屋内は静かで、おっちゃんの他に誰かいる様子もない。おっちゃんと二人で、お茶と軽食タイムとなった。
本当に異世界だとしたら礼儀作法は分かるわけもない。言葉は何故か通じるからいいものの、こちらがノーマナーを繰り返せば向こうもいい気はしないはずだ。取りあえずは出されたものに手を付けないことが一番無礼になるだろう。信用してないってことになるし。
まずはお茶を飲む。沸かしたばかりだからかちょい熱め。なんか濃い目の麦茶っぽい感じ。塩味を付けて煮た枝豆にも手を付けて、おいしいですと感想を言う。……正直なところ、現状にショックでちゃんと味を楽しんでいる感じがない。ただ、空きっ腹に物が入って落ち着いた感じはする。
「それでその……昔に現れたという迷い人の方はどうなって」
「この村に留まったが、何年かして流行り病で亡くなったと聞く」
俺よりずっと前に誰かが来て、戻ることもなく死んだ……。ということは俺も死ぬまで、もう二度と戻れないのだろうか。
なぜ俺が異世界に……別に元の世界が大好きってわけじゃないし、だからそうなったのかもな。まさか俺は物語みたいに冒険でもすることになるのか。
冒険か。……得られる栄誉、報酬、賞賛、そして一緒にいてくれる可愛い女の子。人生を素晴らしく思える世界。欲しいものてんこ盛りの英雄譚。……でも自分がいきなりこんなことになると話は別だ。
これからどうなるのかが、全く見通せない。今まで敷かれていた人生のレールが消失する。あまり良いものではなかったにしろ『これから先の人生はおそらくこんな感じ』いう将来の見通しがなくなる。
俺はどうなるんだ、これから。……自然と黙りこくってしまう。そんな俺の様子を察したのか、おっちゃんが声をかけてくれる。
「君が不安に思っているのは分かる。
だが、幸いにもこの村に来られたんだよ。安心なさい。
……コバタがまだどんな人間か分からんところは勿論ある。だが、暴れたり悪させんならここにいればいいと、ワシは思っとるよ」
「えと、あっ、ありがとうございます」
取りあえずはここに居ればいい、ということが分かって少しホッとする。でもそうか、場合によっては村から追い出されたりとか、そうなることもあるのか。
「今のところ、気性が荒くも悪くも見えんしな。
ウチには余っている部屋もある。今日はそこで休むといい」
おっちゃんがこちらに悪くない評価をしてくれるというのは、今の俺にとって有利なことなのは間違いない。だけど……自分の性格が良いとは思わない。もちろん俺は人を殴ったりするような粗暴なタイプではない。……でも、言葉で人を傷つけたことは何度か覚えがあるし、他人を喜ばせた経験も少ない。
少し後ろめたい。俺は立派な人間ではないし誇れるところもない。今は非常事態だから何とか動けてはいるけど、俺は本来行動的ではない。対人関係にも消極的。面倒ごとが嫌いだし、事なかれ主義だ。
そんな俺が……これから、ここでどう振舞っていけばいいんだろう。
善人として振舞い、甲斐甲斐しく働いた方がいいんだろうか。それとも図太く客分として悠々としていていいのか。どうしたらいいんだろう。陽気で積極的な奴の方がウケはいいんだろうけど……。中学入学の時に無理して自分を飾った自己紹介をして、恥をかいた記憶がフラッシュバックする。
……ぐ…………苦い記憶を思い出すと叫びたくなる。ぐっと堪える。
ここにいて支障がない限り、素の自分と違いすぎるキャラを演じるのはやめよう。俺の演技力ではすぐに化けの皮は剥がれる。もちろん相手に不快と思われない程度にはちゃんとしなくてはならないだろうが。
こちらがそんな考えに囚われている間、おっちゃんはゆっくり茶を飲みながら待っていてくれた。……そういえばおっちゃん、仕事はいいのだろうか。
「えと、俺にお部屋を貸して頂けるということなら……。
何かこの家のお仕事があるのでしたら、手伝わせていただけますか。ご親切を受けられるというなら、何かの形で報いなければと思いますし」
「まぁ、今は畑仕事もひと段落したところだ。手も足りてる。日中は暑いし、無理してせっせと働く時期でもない。慣れるまでは特に何もせんでも構わんよ」
繁忙期ではない、人員が足りている、出社の必要がない。それは素晴らしい。でもそれだと俺はここで何をしていればいいのか分からない。
そんな風に思っているとフィエエルタさんが水を汲んだ桶を持って戻ってきた。
「ただいま。……どう? おじいちゃん」
「部屋もある。これからはうちにいて貰おうと思ってるが、いいか?」
「いいと思う」
早い。手短な会話少しで、俺のこれから住む場所が確定した。とてもありがたいことなのだけれど、その早さに戸惑う。
「でもいきなり、その……いいんでしょうか」
「他に行くとこ、あるのかね?」
おっちゃんは『ないだろう?』と言いたげに笑った。確かにそれはそうだ。
フィエエルタさんは俺のために、今は使っていない部屋を片してくれるらしい。俺も手伝った方が……と腰を上げると押し留められた。
「まぁ大したことするわけじゃない。それよりやっとかんとな、村への面通し」
「えーっと?」
突然だったので単語が頭に入ってこなかった。
「知らないのが村にいると、村の奴らがビックリするだろ。もう噂にはなっとるとは思うがね」
ああ、村人に紹介してくれるということか。大勢の人前って苦手なんだけど、断れる内容でもないな。
「まぁ村の者の顔なんて一度に憶えられんだろうし、向こうにコバタがいるってことを知って貰うためだ。ワシの横で立っていてくれればそれでいい」
夜中に起きて、歩いて村に着いてまだ朝の内なのにもう居候になっている。加えてこれから村人に紹介して貰える。スピード感がすごい。
もっと警戒されたりはしないのか。一週間くらい牢につないでおいて監視されたりとかあったりしないのか。なんでもう受け入れられているんだ。
こちらに来るまでに神様と会ったり何かを貰った憶えもないが、これはそういった加護なのだろうか。
おっちゃんに連れ出された広場のようなところで、その辺にいる村人たちに紹介された。そこだけで30人くらいは居ただろうか。
多くの人に見られると不安な気持ちが増す。石とか投げられたりはないよな? と少しビクビクしていたが、そんな粗野な行動はなかった。
「この男はコバタ。迷い人のようだ。
これからはワシの家、村長宅で暮らすこととなる。まぁ良くしてやってくれ」
あとは広場近くにいない者に会ったらこのことを伝えてくれ、とおっちゃんが言ってそれで終わり。また家に戻ることになった。かなりザックリな紹介だ。村人たちから俺に直接質問されることすらなかった。好奇の視線で見られていたようには思う。
俺は村長宅で暮らす……って言ってたな。つまりあそこは村長宅。おっちゃんは村長なのか。
村長宅に戻り、一階のリビングの椅子に腰かけ、息を吐く。
ほんと大勢がいる場所苦手だな、俺。一対一なら割と話せるつもりだけど、3人以上とかだと話すのが凄く下手になる。タイミングが分からなくなる。
「いろいろお手数かけてすみません」
「結構結構、コバタはなんというか礼儀正しいもんだね。あまり気にせんで」
そういえば村長の口調が先ほどの渋くて落ち着いた感じから、だいぶ砕けてきている。こちらがいつもの調子なんだろうか。
「……もっとなにか、俺の素性について聞かれるかと思っていたんですが」
「みんな興味はあるがね、まぁその辺は何日か経ってぼちぼち聞きに来るかもな。しばらくは村人同士で噂話でもしてるだろ」
そうなのか、結構のんびりしている。時間の流れが遅いというか、情報に飛びついて根掘り葉掘り知りたがるわけでもないようだ。
「えっと。村長さんだったんですね」
「おう。言われて長いから、コバタも村長って呼んでくれ。名前なんか20年くらい呼ばれてないんでな。ワシ自身忘れかけちまってるよ」
割と若い頃から村長だったということは、世襲なんだろうか。まぁ住んでいる家が一番立派だし、この村の有力者の家系なんだろう。
「コバタもコバタで、村の奴らから呼び間違えられても怒らんでくれよ」
「いや、呼び間違いなんて気にしませんよ」
「そうだ、あいつの名前は教えたっけか? うちの孫。フィエエルタだ、フィエって呼んでやりゃあいい」
村長にはそう言われたものの、こちらは初対面から間もない女の子に愛称で呼びかける度胸はない。あちらも多分、よく知らん男から馴れ馴れしくも愛称で呼ばれるのはキツイだろう。
「あいつの両親がフィエを街に行かせるつもりだったからよ。そのせいで長い名前になっちまった。結局、こんな田舎で律義に名前呼ぶ奴なんていないからなぁ」
村長の言っていることがちょっとよく分からない。街に行くには長い名前? この辺りの名付けの風習なんだろうか。
ちょっと考える。……んー、多分こういうことか。
……人が少ない田舎では短い名前でも不自由しない。だが都会に住む予定があるのなら、個別に認識されるために名前が長くなる……ということだろうか。
そう言えば名字も今まで聞いていない。家族単位の名字もここでは無いのだろうか。家族……あれ、そういえば……。
「そういえば、フィエエルタさんのご両親は? 広場にいたんですか」
「父親の方は戦に巻き込まれて、母親は流行り病で死んじまった」
「あ……」
人の死に関する話は、地雷ネタのような気がしてなんとも話しにくい。
戦争と流行病か……人間社会がある以上は当然あるものだ。戦争と病が世界のどこにも存在しない時代なんて、元の世界でもないはずだ。
先ほど広場に集まっていた人間は、若い世代……特に男があまり多くない印象を受けたのは徴兵制で取られたからだろうか? あるいは単に都会に就職している感じなのだろうか。
どうあれ、あの娘に両親がいないというのはネガティブな話題のように思える。
「……あまり、そのこと話さない方がいいでしょうか」
「んん? 人は死ぬときは死ぬもんだ。気にすんな」
村長の態度は軽い。ここって割と、人がコロコロ死にやすい世界なのか。そういえば前の『迷い人』も病で死んでいる。
……自分もそうなるかもしれない。戦争や病気で死ぬかも知れない。
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