もうむり

403μぐらむ

短編

「ねえ、せめて食器の洗い物と風呂掃除くらいはやってくれたっていいんじゃない?」


 仕事でへとへとになって帰ると妻がカリカリとしながら小言を言ってくる。


「俺ももう疲れてんだよ。それくらいの融通はきかせてよ」


 妻は専業主婦で、一応週に3日だけ10時から16時までのパートに出ている。子どもは二人で、上の子は小学4年生の男児で、下はまだ保育園に通っている女児だ。


「ふざけないでよ。わたしだって忙しいなか家事をしているんだから分担するのが夫婦ってものでしょ?」


 家事を分担するのは吝かではないし、子育てにしても家事にしても男も関わり合いになるのはおかしなことではない。むしろ一切関わらないという方がおかしいという風潮だし俺もそう思っている。

 だからといって心身ともにくたくたになって帰ってきた途端に大して家事もやっていない妻から文句を言われるのはなにか違うと思う。


 掃除は基本的にロボット掃除機があくせく働いてくれているし、洗濯もスイッチポンで洗浄から乾燥まで完全に自動で人がやることは衣類を畳む程度のこと。

 料理だって最近は子供に手がかかるとかいってレトルトや冷凍食品を多用しているし、ついこの間はオートクッカーなるものを通販でポチっていた。


 長男は決して手のかかる子ではない。もう10歳だしある程度のことは一人でこなすことができる。下の子を保育園に送っていくのは俺の役割だし、妻は夕方迎えに行くだけ。

 パートが休みの日は何をしているのか知らないが、ママ友とカフェ巡りとかをしているとか聞いたことはある。あとはヨガとか。


 何処に忙しい要素があるのか俺にはまったく理解できない。


「今日はパートが休みだったろ? 今日くらいは俺の負担を減らしてくれてもいいんじゃないのか」


「いい加減にしてよ。それくらいのこともしてくれないんじゃ離婚よ。もうあなたとは離婚!」


 妻は何か気に食わないことがあると伝家の宝刀よろしく離婚を口にする。子どもは可愛いし妻と離婚するつもりはさらさらなかったのでこれを言われると昔から俺は口を噤むしかなくなる。


 渋々風呂を洗って、食器やオートクッカーも洗う。その間妻といえば韓流のドラマをソファーにドカンと横になって見ているだけ。ご丁寧にせんべいまでボリボリ食べている。


「そういえば俺の飯は?」

「あ? ああ、冷蔵庫にセブンの弁当が買ってあるからそれチンして食べて。今いいところなんだから静かにしてよね」


 妻と子供は煮込みハンバーグを食べたらしい。洗い物に残った残骸で知った。







「ね、相談があるんだけど」

「なに? もっと収入を上げろっていっても今が限界だぞ!?」


「それも大事だけど、いまはそれじゃなくて」

「じゃ、なくて?」


 何もないときは夫婦仲はいいほうだと思う。レスだが。

 会話がないとか冷え切っているということはないと思うし、そう思いたい。


「あのね、来月お父さんが定年なの。それで、退職金を使って二世帯住居を建てたらどうだっていってくれたの」


「二世帯住居?」


「そう! 孫の優太と真悠ともおじいちゃんおばあちゃんとして一緒にいれるから保育園だって通わなくても良くなるし、最高じゃない?」


「え、なんで? 家を建てるなんて今まで一言も言っていなかったじゃないか? そもそも俺たち自宅は賃貸派だったろ。それがどうしていきなり」


 しかも俺からしたら義両親と一緒に住むようなものになる。いくら二世帯住居だからって一切関わらないなんてことはないと思うし。


「ん、何か嫌なの? 文句あるんだったら先に言ってよね。もう住宅会社の営業さんは今週末には来るって言っているんだから」


「は? 何を言ってるのかわかんないだけど。どうして聞いてもいない話がそんなに進んでいるんだよ?」


「そりゃわたしが二世帯住居に大賛成だからよ。文句あるの? あるんだったらあなた一人でここに住み続けたらいいでしょ? そうなったら離婚しましょ」


「……」


 またもや、だ。離婚をチートスキルか何かと勘違いしているのではないだろうか。




 そしてあれよあれよと言う間に話は進み、結局妻一家に押し切られるかたちで二世帯住居は完成してしまう。設計に俺の意見や希望なんか微塵も入っていない家だ。義両親のことは嫌いではないし、とてもいい人たちだと思うが今回のこともあり一緒に住むのは気が重い。


 引っ越しに伴い下の子の保育園は結局転園というカタチになった。やめておじいちゃんおばあちゃんに見てもらうんじゃなかったのかよ。

 上の子は転校が嫌だとぐずったので、小学校の残り2年半は義父が学校まで送り迎えすることになった。隣町までなので大した負担じゃないけど申し訳なくおもう。


「優太はあなたが送っていけばいいのに」


 できるわけがない。どうやって仕事をしている俺が子どもの送り迎えができるというのだ? 妻に文句を言うとまた離婚だと言われるのはわかっているので何も言わない。







 このあとも妻は事あるたびに「離婚」を口にしている。

 そのたびに俺は萎縮して妻の言いなりになってきた。

 こんなのって普通じゃないよな? 世の旦那さん方はこんな仕打ちに耐えているのだろうか? 会社の同僚にも聞くに聞けない。知恵袋や増田に尋ねてみたが碌な答えなど一つもなかった。


 会社でも責任が重くなったので、相当つらい思いをしている。そうやっても帰宅したら家族が温かく迎えてくれるからと頑張ってきたんだと思っている。




 ある日、珍しく早い時間に帰宅できたとき。

 一緒の夕飯は無理でも家族団らんくらいは久しぶりに味わえるかと期待してみたら、家族は全員1階の義両親宅に集まっており、2階の自宅は真っ暗で寒々しい状態にあった。帰宅の連絡も入れたはずなのに。


「……なんなんだ。無視かよ」


 もう連絡するのも億劫になり、着替えもぜずにソファーに横になる。


「結婚ってなんなんだ?」


 俺が思い描いていたのはこんなもんじゃない。何をどう間違ったのだろうか?





「離婚届って住民課でもらえるんだ……」


 俺はスマホ検索して準備に取り掛かることにした。

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