第三十話 初恋の感情
『皆原、午後から用事あるー?』
日曜日、友利が机に座って期末テストに向けた勉強をしているとメールが来る。
送り主は瑞樹だった。
友利はペンを動かす手を止めてスマホを操作し始める。
七月になったと思えばもう期末テスト二週間前。
中間の成績をキープしたいのでコツコツと勉強しているわけだ。
しかしそんな勉強もスマホによって遮られる。
勉強中は滅多にスマホを触ることはないが瑞樹からのメールとなると仕方ない。
『特にないよ』
『じゃあ十四時から一緒に勉強しない? 学校近くのファミレスで。教えて欲しい部分いっぱいある』
『いいよ、他に誰か来る?』
『天音誘ったけど勉強したくないらしいから二人で勉強しよ』
『わかった』
友利はそう返信してスマホを閉じた。
さて、楽しみもできたことだし午前中はあと一時間頑張ろう。
友利はそうして勉強を続けた。
***
「あー、もうわかんない」
午後、ファミレスにて瑞樹はため息をつきながら机に伏せる。
まだ勉強開始から三十分程度しか経っていない。
しかし集中力が切れてきたらしい。
前回の中間テストでの勉強会での瑞樹の様子を思い出す。
「どこ? 教えようか?」
「ここなんだけどさ……」
「……授業聞いてた?」
「寝てた」
「流石にそこは授業きいてないとわからないと思う。ノート見せてあげるから理解したらその問題やってみて」
「うう……」
やはり前回も同じようなやり取りをした気がする。
授業をしっかり聞いていればいいのに瑞樹は大抵睡魔に負けている。
「早坂って勉強嫌い?」
「当たり前でしょ。こんなの好きな人がどこかって話」
瑞樹は口を尖らせて文句を言いながらも、結局ペンを動かしている。
なんだかんだやる気はあるのだろう。
それに勉強に誘ったのも瑞樹だ。
「でも誘ってくれたの早坂じゃん」
「それは……皆原と一緒なら勉強できるかなって」
「……嬉しいこと言ってくれるじゃん」
「だって皆原、勉強熱心だからそういう人が近くにいたら捗るでしょ?」
友利はまた少し胸が熱くなっていた。
気を紛らわそうとワークブックの問題を見ながらペンを動かす。
理由はともあれ、友利を誘ってくれたことが嬉しい。
最近になって自身の感情が何なのか気づいた。
多分、瑞樹に恋をしているのだ。
少し前から恋心を抱いていたのだろうが、なかなか気づかなかった。
何せ今まで人に恋をしたことがなかったから。
だから瑞樹に対しての接し方がおかしくなってしまったのだ。
けれど恋心に慣れた今、いつものように接せられている。
「あと、純粋に補習が嫌なんだよね」
「そっか、赤点取ったら補習か」
「うん、一個でも取ったらダメだから……前回ギリギリだったんだよね。おかげで大会参加できたけど」
「夏休みも大会あるの?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけど補習になったら部活しばらく参加できなくなっちゃうから」
「なるほど」
会話もその程度にして二人は勉強を再開した。
瑞樹のわからないところは教えつつ、友利の勉強も進める。
間食も頼んだりして、気づけばもう二時間半経っていた。
午後十六時半、だいぶ体も疲れている。
ただ、友利はだいぶ危機感を感じていた。
自分に対してではない、瑞樹に対してである。
「あー、疲れたー」
「……早坂、この三時間でどれくらい進んだ?」
「え? だいぶ進んだんじゃない? この三時間は化学やったから大体ワーク一ページ半くらい……あれ、テスト範囲ってどこまでだっけ」
「九十二ページから百七ページ、それにプラスだから合計で十五ページくらいはある」
「うん、全然進んでない」
瑞樹は「あはは」と笑ったが、苦笑いで顔は引き攣っている。
一教科でこの有り様である。
テストまでに間に合うのだろうか。
基本を一からやっていて理解するのに時間がかかったというのも理由の一つだろう。
ある程度理解した状態になれば効率も上がるはず。
と言ってもこのままのペースでいくと赤点コースだろう。
なら、友利が教えられることを教えるしかない。
「来週から放課後、毎日一緒に勉強しない?」
友利は瑞樹にそう提案する。
私情もなくはないが、一番の理由としては赤点をとって落ち込む瑞樹が見たくない。
「……お願いします。勉強教えてください」
「わかった、明日から毎日勉強ね」
「毎日か……うう、勉強辛い」
「部活はないんでしょ?」
「二週間前はある……けど、コーチにテストの方優先していいからって言われた。前回の点数ギリギリだったから」
「なるほど、それは頑張らないとだね」
瑞樹は疲れ切ったのか机に伏せて項垂れた。
今日のところの勉強は負担になるだけだろう。
「皆原、まだ勉強する?」
「僕はそろそろ帰りたい。あ、でも早坂が勉強したいなら場所変えて勉強してもいいよ」
「私はもう今日は勉強しません」
二人はそんな会話をしてファミレスを出た。
外は太陽が少し沈み始めていた。
「ちょっとコンビニ行かない?」
「いいよ、何買うの?」
「アイス買おっかなって、皆原にも奢ってあげるよ。勉強教えてくれたお礼にさ」
「別にいいのに、教えるのも楽しいし」
「ううん、皆原が私のために教えてくれるのに何も返さないのは嫌だから」
「なら、素直に受け取っておこうかな」
友利がそう言った後、瑞樹はニコッと笑う。
そんな瑞樹を見て、友利も口角が少し上がってしまっていた。
やはり瑞樹のことが好きなんだなと実感する。
「アイス、何買う?」
「ちょっと高いやつでもいい?」
「買える範囲だったらいいよ」
「じゃあハーゲンダッ……」
「ちょっとどころかだいぶ高いかな」
そうしてコンビニまで会話をしながら歩いていく。
友利にとっては、そんな些細な会話さえ楽しいものだった。
仲の良い友達として見ても好きな人として見てもその価値はどちらも高い。
しばらくしてコンビニも後少しという時、前から女子数人が歩いてくる。
その女子の一人は瑞樹を見るなり、小走りでこちらに来た。
「瑞樹じゃん、やっほ」
「やっほ、|果穂(かほ)、偶然だね。何してたの?」
「友達とカラオケ行ってた。瑞樹は……って」
その女子は瑞樹の隣にいた友利をジトーっと見つめた。
友利と瑞樹を交互に見つめてなぜか眉をひそめながらもニヤついていた。
「見たらわかるか……彼氏とデート?」
「なっ、か、彼氏じゃないから。友達だから」
「あ、そうなの? てっきり彼氏かと」
「同じクラスメイトで少し仲が良いので早坂に勉強を教えてました」
「なるほど、早坂アホだもんね」
彼女は瑞樹を小馬鹿にしてケラケラと笑った。
けれどそんな瑞樹も怒っている様子はなくて仲の良さが伺える。
「じゃあ私たちもう行くから、ばいばい、瑞樹」
「ばいばい、また明日」
女子数人はそうして去っていった。
さっきの人たち、特に瑞樹と親しげに話していた人は誰なのだろうか。
「さっきの人は?」
「同じ部活の子、昼練たまに一緒にしてるから仲いいんだ」
「なるほど」
「にしても……なんか間違えられてたね。私たちって外から見たらカップルに見えるの……かな」
瑞樹は少し頬を赤くしながらそんな疑問を口に出す。
答えにくい質問をされるのは少々困る。
「うーん、どうだろ。手とか繋いでたら流石にそう見えるだろうけど」
「じゃあ……繋いでみる?」
瑞樹は手を差し出した。
冗談のつもりなのだろうが少しドキッとしてしまう。
何ともタチの悪い冗談だ。
「冗談もほどほどにね」
「皆原は私と手繋ぐの嫌?」
「え、いや、そういうわけじゃないけど……」
「じゃあ……」
瑞樹は自分の手を友利の手に段々と近づける。
その動作が友利にとってはゆっくりに見えて、だからこそ心臓に悪かった。
「……なんてね。流石に冗談」
瑞樹はそう言って笑った。
けれど見てわかるくらい頬は赤みを帯びていた。
自分で仕掛けて自分で恥ずかしくなっている。
それからまた他愛もない会話に戻った。
けれど話している間も何度かさっきの一件が頭をよぎった。
恋をしたのは瑞樹が初めてだ。
だからこそどうすればいいのかわからない。
瑞樹に恋をした、だから付き合いたい。
すぐにそんな思考になるかと言ったらそういうわけではない。
まだやっと自分の感情に整理がつけられただけなのだ。
ただ、瑞樹ともっと一緒にいたい、もっと話したい、そう思う自分がいた。
クラスのボーイッシュな美少女に嘘告しろと命令された結果、案の定振られたが翌日からなぜか弁当を一緒に食べる仲になった テル @tubakirou
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