第二十九話 二人きりの体育館

「話しかけるって言ってもな……」


 朝、友利は小声で呟きながら机の上に伏せて項垂れる。

 

 悠里からアドバイスをもらった次の日、友利は瑞樹にどう話しかけようかと真剣に悩んでいた。

 いつもなら意識せずとも話しかけているがなぜだか最近はそうもいかない。

 

 しかし自分から話しかけると決めた以上は今日はたくさん話しかける。

 そのためにもまずはどう話すかだ。


 幸いにも瑞樹はまだ来ていないので考える時間は少しある。

 

 そう思って友利はしばらく考えることにした。


 (まずは挨拶して……一限目なんだっけとか聞いたりして……それだけだと会話広がらないし……)


 今日一日、瑞樹と多く話せるように話題を考えていると背中に軽い衝撃が走った…


「おはよ、皆原」


 友利が顔を起こして後ろを振り返ると瑞樹の姿があった。

 どうやら瑞樹が友利の背中を叩いて起こしたらしい。


 ちょうど瑞樹のことを考えていたので友利は心臓が一瞬跳ね上がってしまう。


「お、おはよう、早坂」

「連日お疲れだね。昨日何時寝たの?」

「十一時だけど……」

「健康的だね、逆に寝過ぎて疲れてるんじゃない?」

「……それもあるかも」


 友利は返答が少し質素だったかもと思い、言葉を付け加えた。

 会話を不自然に途切らせたくはない。


「けど六時起きだから七時間睡眠。普通じゃない?」

「あ、私と同じ時間だ」

「そうなの? ちなみに何時に寝てる?」

「いつもは十二時とか……あんまり変わらないか」

「本当にちょっと疲れが溜まってるだけだからそんなに心配しないでいいよ」


 瑞樹には心配してほしくないので友利は気にしないように伝えた。

 これは友利個人の問題なのであまり瑞樹に心配させてたくない。


 それに割と会話も続かせることができた。

 なのですぐにいつも通りに話すことができるようになるだろう。


 友利はその勢いのままに瑞樹に話題を変えて会話を続かせようとした。

 しかし瑞樹が先に話し出した。


「ねえ、昼休み空いてる?」

「うん、空いてる」

「じゃあさ、昼練付き合ってくれない? 今日、昼練のいつメンが誰も来ないらしいから練習したいんだけど一人だと寂しいなって」

「僕、運動できないよ?」

「皆原は私の会話相手になってくれるだけでいいよ」

「じゃあ、行こうかな。暇だし」


 友利は瑞樹の誘いに対して了承した。

 暇だからという理由を付け加えたが、瑞樹と話したいだけである。


 そうしていつの間にか昼休み、友利は瑞樹と一緒に昼食を摂って体育館に来た。

 瑞樹の言った通り、体育館には誰もおらず、友利と瑞樹の二人だけ。


 誰もいない体育館だからか声や体育館を歩く足音がいつもより鮮明に聞こえる。


「何の練習するの?」

「今日はシュート練習かな。シュートの調子上がってきてるからこのまま感覚掴みたいんだよね」


 瑞樹は倉庫の中からバスケットボールが多く入ったカゴを取り出してきた。

 そしてシュートを打ち始めた。


 カゴからボールを取り出して、手に取って構えて、それをゴールに向かって入れる。

 素人の友利から見ても、そのフォームは美しくてかっこよかった。


 瑞樹の立っている位置はスリーポイントラインの外側。

 スリーポイントシュートの練習をしているらしい。

 

 よく届くな、などと思いながらそんな瑞樹を見る。


「友利もシュート打ってみる?」

「球技とか無理だしいいかな」

「よかったら教えるよ? 打ち方とか」

「じゃあ……ちょっとやってみる」


 瑞樹に誘われて友利は断る気でいたが結局了承した。


 友利はカゴからボールを取って瑞樹と同じ位置から投げてみる。

 しかし当然入るわけがなく、ボールはゴールに届きすらしなかった。


「最初はもっと近くでいいよ、ここら辺」


 友利は瑞樹の行った位置に移動する。

 そして「打ち方のノウハウを教えてあげるよ」と言って瑞樹は落ちているボールを拾った。


「まずツーハンドからやった方がいいかな。こう持ってみて」

「こんな感じ?」

「そう、それで脇をもう少ししめて……」


 友利は瑞樹に言われた通りのフォームに改善していく。

 そしてある程度指導してもらった後、シュートを打ってみた。

 ただ、ボールはゴールに弾かれてしまい、入ることはなかった。


「うーん、難しい……」

「大丈夫、練習すれば入るよ」

「もうちょっとだけ教えてくれない?」

「いいよ、入るまで教えてあげる」


 友利は一本も入らないまま終わるのが癪だった。

 なので瑞樹に少し教えてもらうことにした。

 

 自分の運動神経の無さに嫌気がさしながらも、瑞樹に教えられていくうちに段々と上手くなっていく。

 惜しいという場面が増えたのだ。


「もう一本、打ってみて。多分、次入るよ。フォームよかったし」

「わかった」


 瑞樹に言われて、友利はボールを持つ。

 一呼吸した後、友利はゴールに向かってシュートを放った。


 友利の放ったシュートは弧線を描き、綺麗にゴールに入った。


「おお、やったじゃん、皆原。いえい」


 友利がシュートを決めた後、瑞樹は両手をパーにして胸の前に出す。

 ハイタッチを求められているらしい。


 友利は瑞樹とハイタッチをした。

 しかし、満面の笑みでタッチされて瑞樹のことをまじまじと見つめられなくなってしまう。

 

 なぜ他人のことでここまで喜べるのだろう。

 なぜ喜んでいる瑞樹を見てここまで嬉しくなるのだろう。

 なぜ満面の笑みの瑞樹をもっと見たいと思ってしまうのだろう。


「ん、どうしたの?」

「いや……な、何でもない」


 やっぱり最近の自分は少しおかしい。

 一旦、別のことを考えて瑞樹のことは考えすぎないようにしよう、考えても仕方がない。


 友利はそう思って、切り替えようとした。


 しかしそんな友利の右手を瑞樹は急に掴んだ。


「え、えっと……どうしたの?」

「……最近さ、皆原元気ないよね」

「元気はあるよ?」

「嘘だ、最近の皆原全然笑ってくれないもん。いじりがいないし」

「それは……たしかに」


 瑞樹は不貞腐れたようにそういった。


 いじったりいじられたり、前に平気でやっていたことが今はできない。

 それが少し不満になっていたらしい。

 いきなり態度を変えられたら誰だって不満を抱くだろう。


「……正直に言って欲しい。私のこと正直うざいって思ってる?」

「ううん、それはない、絶対に」


 そこばかりは友利はキッパリと否定した。

 瑞樹のことを嫌いになったりウザく思ったりするわけがない。


「本当にちょっと疲れてるだけだから」

「なら……よかった。じゃあそんな皆原にマッサージ」

「いててててっ……!?」


 加減を知らないのか瑞樹はマッサージと称して手のツボを思いっきり押した。

 割と痛くて友利はすぐに手を離した。


「あの、加減って知ってます?」

「ごめんごめん、間違えた」

「間違えたって何?」


 友利は何だかおもしろおかしくて思わず笑ってしまった。

 その様子を見て瑞樹も笑って、二人で笑った。


 笑った後、瑞樹は今度こそ友利にマッサージをする。


「疲れた時、友達がよくやってくれたんだよね。ここのツボ押すとちょっと疲れが取れるらしいよ」

「へー、これだけで?」

「血流がよくなるんだとか」


 瑞樹は友利の手を数分間マッサージした。

 ある程度したあと、瑞樹は友利の手を離す。


「はい、どう疲れ取れた?」

「ちょっと取れたかも」

「そっか、ならよかった」


 瑞樹は友利に対してニコッと笑った。

 そんな瑞樹の何気ない笑顔が引き金だった。


 気持ちが言葉にはいえないほど高揚して、胸のドキドキが止まらなくて、体が徐々に熱くなっていく。

 抑えようとしても抑えられなくて、瑞樹の笑顔により惹かれていく。


 (なんだろ、これ......収まらない)


「あ、チャイム鳴った。戻ろっか」

「そう......だね」


 瑞樹は先に体育館の扉の方に向かっていった。

 そんな瑞樹の後ろ姿でさえドキドキしてしまって、けれど目が離せなかった。

 

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クラスのボーイッシュな美少女に嘘告しろと命令された結果、案の定振られたが翌日からなぜか弁当を一緒に食べる仲になった テル @tubakirou

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