eのついたアン、ひらがなのわたし


 空を、あおいろと思う。青とも、蒼とも違うのである。直線と、それから、申し訳程度の曲線からなる文字へと閉じこめたとき、そのひろやかさはたちまち失われてしまう。

 わたしがわたしと言うとき、それは私ではなく、ひらがなのわたしである。譲りたくないもの、ある種のこだわりであった。アン・シャーリーが、〝eのついたアン〟であることを望んだように。

 わたし、と舌の上を転がる音は、私がもつそれよりもずっと円い。わたしはわたしと言うとき、その響きと同じかたちをもつ人間であるのだ、と周囲に知らしめることを望んでいるのかもしれない。あるいは、そうあれとおのれに暗示をかけているのだろうか。

 漢字で書くことのできる言葉をあえてひらがなとするのを、漢字をひらくという。それと同じに、わたしはわたしと言うとき、ひらかれた自分なのである。どこまでもひろやかな、あおいろにあこがれたわたしなのである。青とも、蒼とも違う、空のあおいろに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いろいろなひと 英 李生 @LeoH

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ