紙の上のことば
おれが本を読んでいると、彼女はきまって手元を覗き込んで、「何を読んでいるの」と尋ねた。サリンジャーだよ、とか、ヘミングウェイだよ、とか答えるけれど、彼女は「そう」とだけ言って、おれが顔を上げたときには、もうすでに、タブレットに視線を落として、熱心にゴシップガールを観ている。おれが答えようが答えまいが、彼女にはおなじことであるのだと思う。彼女が唯一読んだのは、VOGUEだった。ファッションに興味はないので、おれは読まなかった。
毎年、クリスマスカードを書く。書店に足を運んで、去年選んだそれと似ていないものを探す。必要があれば、インクも買い足した。ひんやりとしたガラスのペンの先にインクを吸わせていると、彼女はきまって「そんなの、テキストで送ればいいじゃない」と言った。手書きのほうが気持ちが伝わるだろう、とおれは返事をした。毎年のことである。
「そういうものなの?」
「そういうものだよ」
「だめ。さっぱりわからない」
彼女は笑って、肩をすくめた。
ある朝、いつもどおりのアラームで目を覚まして、まぶたを貫く陽光に背を向けると、ベッドサイドのテーブルに小さな紙を見つけた。角が揃えられないまま二つに折りたたまれ、半開きになったそれに、彼女の字で書かれた「いままでありがとう」を見つける。筆圧でできたくぼみを指でなぞるが、気持ちなんてものはちっとも見えてこなかった。彼女が正しかったと思った。
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