その四
О市の混線現象は、実際は大した出来事ではないのかもしれません。早い話がただの人違いが極端になったものだからです。問題なのは有名人と混線した場合、かなり周囲の人が振り回されてしまうという事です。О市では混線体験をした人の体験談を資料としてまとめて自由に市立図書館で閲覧できるようになっています。市外からも読みに来るマニアがいるそうです。私も読んでみましたが、印象に残ったのは次のような十年前の二十代の女性の体験でした。今の私と同世代です。
「数年ぶりに大学で同じサークルだった男性から電話がかかってきた。なんの用かと思ったら「お前をずっと昔から好きだった。二人だけで会ってほしい」とのこと。私はその時ある有名女優と混線していたので電話の彼に対して私の名前を言ってと確認してみたら、案の定、私がその女優さんだと信じていた。訂正したらわかってくれたが「お前のことが昔から好きだったのは俺の勘違いらしい」とのこと。彼の声は震えていた。自分が有名女優と同じサークルだったと錯覚したせいで、存在しない記憶と感情を持っていると思い込んでしまったらしい。なんだか複雑な心境になった。」
なんだかこの体験談は、他人事と思えませんでした。私と級友だった?シャギーニットのワンピースの女性も、ひょっとしたら私と……いえ、美絽との架空の友情や思い出を作っていたのかもしれません。
美絽は?美絽の方では何かあったのかな?と思ったりします。彼女は誰かと間違えられたりしたのでしょうか。О市に住んでいないとすれば、きっと彼女は無傷でしょう。O市に住んでいて、仮に美絽の方も混線していたとしても連絡を取り合っている家族や友人、仕事関係等の身近な人とは問題は起こらないでしょう。ひょっとして彼女の方でもわたし、美紘に間違えられたでしょうか。それでは混線というより交換ですが。
もし、わたしだと思われたとしても周囲からは平凡で穏やかな対応をされるくらいでしょう。
モデルの生活については詳しく知りませんが、なんだか忙しそう。わたしと間違えられたいたのなら、ひょっとしたら良い息抜きを彼女は経験できたかもしれません。彼女も喫茶店でなめらかな布を張った椅子に座り、ぼんやりとお茶を飲んたのでしょうか。
だったら良いのですが。
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