その三
貸し切りとなったていたレストランで料理を作るのにひと区切りついた時です。私は厨房の片隅で休憩をとり、ペットボトルのレモネードで喉を潤していました。
その時、ちょっとした騒動が起こったのです。
「もう我慢できないわ!」
強い口調で声を上げたのは初老の女性でした。同窓会に呼ばれた先生だったのでしょう。現在でも先生なのかは知りませんが。
「ナカバヤシさん、貴女どれだけ自分を偽るの!」
ナカバヤシと呼ばれた女性はキョトンとしていました。あっけに取られたように先生らしき人を見ています。
「貴女は昔からそうだったわよね。暗くて何を考えてるか分からない隅っこの方でじっとしてるような人だったけど口だけは達者で!平然と学歴を詐称しておきながら同窓会にノコノコやってくるなんて、異常よ!もっと厳しくしておけば良かったわ!」
「学歴?別に嘘をついたことはありませんが……」
ナカバヤシさんは困惑の表情を浮かべました。私はペットボトルを持ったまま、煉瓦を装飾に使っている柱の陰からから隠れるように観察をしました。
「嘘をついたでしょう!ファッション誌で!」
「ファッション誌?」
混線だ、と私はすぐに分かりました。間に入った方が良いのかもしれませんが、どう説明を切り出そうかとまごまごしてしまいました。
「全然違う高校を卒業したと堂々とインタヴューに答えていたじゃありませんか!美絽として!」
「美絽?え、あのモデルの?」
「そうです!貴方が美絽なんでしょう!」
「あの、違いますけど……」
ナカバヤシさんは引きつった表情をしていました。ナカバヤシさんと先生らしき人の周囲がざわつき始めました。混線じゃない?との声がしました。ああ、そんな事あるって聞いたよね、という声も。同窓会の参加者の中にもО市の混線現象について知っている人がちゃんといたのです。
騒ぎはやがて収束しました。
ナカバヤシさんは勝ち気そうな笑みを浮かべて先生らしき人にこう言いました。
「先生は私の事を昔から暗くて何考えてるか分からない人と思っていたんですね。それを今になってわざわざ教えてくださった、という……」
そのナカバヤシさんの笑みを見て私はこう思いました。隅っこでじっとしているタイプではないな、少なくとも今は違うな、と。
きっとあの先生らしき人は時の流れを感じているに違いありません。
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